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    いちか

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    虫除けの話

    郷愁と馨香艇着場は変わらず賑やかな様子を見せていた。貿易が盛んに行われているのは、行き交う人々がレヴィオンではまず見ない品々を運んでいることで見て取れる。
    そして、その喧騒の中でも不思議と自分を探す相手のことは認識できるものらしい。大きな鞄の肩掛け紐を握り直したアルベールは、市場の方から此方へ歩いてくるユリウスの姿を直ぐに見留めた。

    「ユリウス!」

    腕を上げて、存在を主張すると彼の足取りが僅かに速まった。会議の合間を縫って出てきたのだろうか、正装は少し崩れている。

    「……間に合ったようだね。まだ件の騎空団は到着してないのかい?」
    「そうだな。あと少しで到着するとは思うんだが」

    少し離れたところにある時計台の示す時刻は約束の時間よりまだ余裕がある。わざわざ見送りなんか来なくてもよかったのに、とアルベールが呟くと彼はそういう訳にも行かないだろうとその手に触れた。

    「暫く離れるというのに、随分と冷たいねぇ」
    「だからだろ……」

    一緒に居るから離れ難い。そう決まり悪そうにアルベールが眉間に皺を寄せる。それを見越していたかの様にユリウスは口許を綻ばせると、触れていたアルベールの手に小さな瓶を握らせた。

    「そう言うと思ってね。暫く前に研究していた入浴剤のサンプルを渡しておくよ。郷愁に駆られた時に使うといい」

    中には淡い葡萄酒色に似た粉が入っている。

    「……これは何の入浴剤なんだ?」
    「そうだね……葡萄の香りをメインに、樹木から取れた精油を混ぜてある。例えるならレヴィオンの葡萄畑、故郷の香りとでも言えばいいかな」

    蓋を開けて、匂いを嗅ぐと確かに何処か懐かしい香りがする。胸が温かくなるような、慣れ親しんだ柔らかいその香りは暫し祖国を離れて郷愁に駆られた時に落ち着かせてくれるかもしれない。それでも。

    「だが、"親友殿"に逢えない事実は解決出来ないな……」

    だから敢えてユリウスが仕事に追われているはずの日中に経つことにしたのに。そうぼやくアルベールへ、ユリウスはやはり微笑みを崩さないまま胸ポケットから何かを取り出した。それが香水瓶だと認識する前にシュッと香霧が此方へ向けて吹き掛けられる。

    「………ッ!」

    思わず噎せそうになり顔を背けたアルベールの空いた手に同じく香水瓶を渡し、ユリウスは彼の顎を引いた。

    「私が普段使っているもので良ければ、これも渡しておこう。寂しくはなくなるだろう?勿論、独自の調合で効果は実証済みだ」

    困惑するアルベールの耳元でそっと囁く。

    「君にとっての虫よけにもなり得るだろうしね」
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