湯華繚乱庇の下に取り付けられた小さな提灯の明かりが、冷え込んでも尚熱い湯の水面に光を穏やかに反射している。その明るさを更に反射するのは夜灰色に染まった寒空から舞い落ちる氷の粒で、白い柔らかな花弁の様に揺れては幽かに煙る湯気の中水面に触れて解けていく。
湧き出る湯が注がれていく音としんしんと雪の降りゆく音。もう一刻。暫くすれば丁度此処から見える山の端がぼんやりと白んでくるだろう。
目を瞑り自然音に聴き入るユリウスの耳にふと静寂を割く声が聞こえた。
「ユリウス!」
聞き慣れた明朗快活な声だ。風情も何も其処にはあったものではない。
腰にタオルを巻き、盥を小脇に抱えたアルベールは、ユリウスが振り向く前に傍に近付いて湯に爪先を浸けた。そこで漸く様子を見る気になったのか、ゆっくりと横で身体を温泉の濁り湯に沈め、一度は置いた盥を引き寄せる。
「除夜に雪見酒と洒落込もうじゃないか」
真新しい檜の盥からはまだ仄かに木の香りが残っていた。その中には温められた酒器と揃いの小さな枡が収められている。ふわりと漂う香りは果物のそれに似て甘く、葡萄酒ではないことが窺えた。
「……全く、呑んだくれの気持ちは理解し難いねぇ。先日は降誕祭、今日は除夜、何かと理由を付けたがる」
アルベールが手渡された枡にやはり雪はちらちらと舞い降りては溶けた。縁に唇を当てて含む酒は、純米の甘さが熱によって強く香る。
既に酔いは回っているのだろうか。ユリウスの言葉に口許を綻ばせた彼は倣って酒を一口飲み、それからふにゃり、と更に破顔した。
「理由なんて、幾つ付けてもいいだろ?」
細められた柘榴石色の瞳が二つ此方を向く。
しんしんと降り続く柔らかな雪の華を冠の様に淡い蜂蜜色の髪に飾ってアルベールは噛み締めるように微笑っていた。
「こうやって、お前と。節目節目のイベントを一緒に過ごせることが嬉しいんだ」