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    いちか

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    ティラミスをこっそり作る話

    甘く芳醇な果実蒸留酒と珈琲の香りが辺りを包んでいる。これはどちらも、世話になっている騎空団の団員でそれらに詳しい者から教えてもらったものだから、品質には間違いないだろう。同じくレシピもよく行く酒場で聞いたものだから不味くなるわけがない。
    アルベールは自室の机の上を綺麗に空け、材料をすべて並べて、よしと頷いた。簡単に出来ること、この時期は調理室が満員になること、誰にも見つかりたくはないこと、それを考慮すれば安全な場所はここしかない。
    腕まくりをし、硝子の器の底に敷き詰めたビスケットへ抽出した珈琲を混ぜた蒸留酒をゆっくり注いでいく。菓子作りは先ず小麦粉を〜等と考えていたが、なる程、既存の菓子を流用すれば一部の工程を省くことができるのか。卵すら碌に割れない自分でも、こうやって作ることが出来るならば、他の料理にも挑戦してみるのも面白いのかもしれない。
    溢れすぎないよう、少な過ぎないよう、うまく水分を吸ってビスケットがひたひたに柔らかくなったのを見届けると、アルベールは小さな保冷庫から器を取り出した。底には半透明の水が溜まり、嵌め込んでいた笊の中にはガーゼに包まれ重しを乗せられた白い塊が置いてあった。

    「……上手く、できているのだろうか……」

    顔を顰めながら重しを取り除き、包を開く。
    水分がすっかり抜けたそれを別の大きい器に移すと、最初は半固体であったヨーグルトはぼとんとその丸い形を崩さないまま器へと落ちた。これがチーズの代わりになるらしい。と、端の欠片を指で掬って舐めてみると確かに葡萄酒にも合いそうな味がする。聞いた通りの様子に見えるから、恐らくこれは成功したのだと判断する。今度このまま生ハムや橄欖油を添えて出してみてもよいかもしれない。多分、気に入ってもらえるだろう。

    「よっ……こいしょっと」

    生クリームに檸檬を少々。手早く混ぜていくと僅かに固まって抵抗感が出てくる。もったりと重みを感じるようになったら、先程の水分を抜いたヨーグルトと砂糖を合わせて。
    不器用ではあるが、少しずつ料理店で見た食後のデザートと同じ形になっていくのがわかる。それだけで愛しさが込み上げて来る。

    「随分と楽しそうにしてるじゃないか」

    だから。アルベールは背後から不意に掛けられた声の主へすぐに意識を向けることが出来なかった。

    「当たり前だ。親友殿に気に入ってもらえるような菓子を作ってるんだからな。不器用だのなんだの、散々に言ってくる仕返しだ。俺にだってこれくらいは出来る。晩酌の時に出して、あいつを…………ッ!?」

    振り向いた拍子に、泡立て器が派手な音を立てて床に落ちる。何度か跳ねたそれは足元にクリームを撒き散らし、コロコロと相手の足元まで転がって止まった。
    何故、騎空団の団長だと思い込んで居たのだろう。声色も口調も声の降りかかる位置もまるで違うのに。
    よりにもよってサプライズする相手へ堂々と種明かししていた事実と、バレンタインに意中の相手へ手作りのお菓子なんてベタなやり口を見られたことに、アルベールの顔は耳まで真っ赤に染まる。
    羞恥に固まり、微かに唇を震わせる彼に少し目を細めると、ユリウスは拾い上げた泡立て器をそっとその手に握らせる。

    「楽しみにしてるよ」

    そんな期待の囁きすら、耳元を掠めてしまっては、その先の甘味より甘い時間のことを想像させるには溢れる程に足りていた。
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