秋の社。
懐かしのゲーム機がセットされていて、モニターには昔ながらのドット絵のタイトル画面が映っている。
カイとクラマは、いつものように並んで座っていた。
「よし、じゃあスタートっと……お、キャラ選だ」
カイが2P側のコントローラーを手に取る。
「ハガー取っていいぞ、お前」
「……当たり前だろ。俺のだぞ」
当然のようにハガーを選択するクラマ。
巨大な筋肉市長のドットが、画面にドーンと映し出される。
「お前とハガー、身長5センチくらいしか変わらねぇってのウケるよな」
笑いながらそう言うカイが更に続ける
「お前も筋肉暴力市長見習って筋肉つけろよ。で、悪さした奴投げ飛ばせよ」
「どんだけ治安悪いんだよ。こんな平和な里にそんな奴いたら怖えだろ。
……言ってろ。お前こそそのナイフ使うやつ似合ってんじゃねぇか、軽薄そうで」
「うるせぇ!!コーディーはな、真面目に恋人のために戦う男なんだよ!ヒロイン助けるために戦ってんだぞ!ロマンだろ!!」
そんな軽口を叩きながら、ゲームが始まる。
「コーディー使うならちゃんとハメ技使えよ」
「わーってるって」
ステージをクリアするごとに、ふたりの熱はさらに上がっていく。
そして――とある場面で、ふとクラマがつぶやいた。
「……やっぱりお前との協力プレイが一番気が楽だな。何も考えず、ただ楽しい」
「そうだろそうだろ。お前、俺のこと好きすぎだろ〜」
冗談のつもりだった。
どうせ「バカか」とか言われて終わると思っていたのに――
「……そうだな。確かにそう言われたら、そうだな」
「……悪かった悪かった!冗談……?!!え?!今、“そうだな”って言ったか?!」
「言ったな」
「ちょ、ちょっと待て!俺の“好き”とお前の“好き”って一致してんのか!?」
カイの声が上ずる。
手の中のコントローラーは、汗ばんで滑りそうだった。
敵が暴れ回る画面なんて、もうどうでもよかった。
それよりも、この一言の真意が知りたかった。
クラマはカイの方を見て、少し目を細める。
「……分かってるくせに聞くなよ。お前、鈍くはないだろ」
「いや、俺は鈍くなかったとしても、お前は急にIQ下がること言うからな!
後から“やっぱ無し”とかダメだからな!俺の“好き”はこういうことだぞ!!」
言いながら、カイはコントローラーを置いてクラマの手を握った。
じんわりと汗ばんだ手が、熱を伝えてくる。
カイはしっかりとクラマの方を見る。
すると――
「……これが“好き”ってやつなんだろ」
クラマも手を握り返した。
その顔は、ほんのり赤くなっていた。
カイは肩を揺らして笑う。
「……ずっりぃなぁ……
俺、そういうの言う時は毎回冗談にしてんのに、
いざ本気で返されると……めちゃくちゃ心臓ぶっ壊れそうなんだけど」
「お前のは冗談に聞こえるけどな。
“俺のこと好きだろ〜”とか、そういう軽いやつ」
「軽いように見せてんだよ、バーカ。
本気で言ったら、逃げられそうで怖かったんだよ」
「……逃げるのは、もうやめだ」
その言葉に、カイの目が揺れる。
“もう離れない”という覚悟が、確かにそこにあった。
ゆっくりと、クラマが身体を傾ける。
カイも自然と顔を寄せていた。
どちらともなく、引き寄せられるように。
息がかかる距離。
手はまだ繋いだまま。
カイがそっと、クラマの頬に手を添える。
いつもの冗談めいた口調は消えて、そこには優しさだけがあった。
そして、唇が触れた。
やわらかくて、あたたかくて、
ただ触れ合うだけの、短くて、確かな口付け。
……なのに、息を止めるほどに緊張して、
触れたあとの余韻が、やけに長く感じられた。
唇を離しても、手はまだ繋がれたまま。
ふたりの間には、静かな熱が残っていた。
沈黙を破ったのは、クラマだった。
「……ときメモなら、ここで鐘が鳴ってるな」
カイが吹き出す。
「クラマテングノミコト、攻略できて良かったぜ」
「まさかファイナルファイト中に、こうなるとは思ってもなかったな」
画面の中では、ゲームオーバーの文字が点滅していた。
でも、ふたりの関係は、まさに“スタート”を迎えたばかりだった