その熱に触れたい「そーちゃん、あの、さ」
壮五よりも背の高い彼が少しだけ屈んでくる。
ああ、キス、されてしまう。
きゅ、と壮五は目をきつく閉じた。
そんな壮五を見て環は寂しそうに笑う。そして、
「そーちゃん、まつ毛ついてんよ」
と頬に手を伸ばした。
壮五よりも高い体温のその指先が頬に触れたと思った瞬間に離れていった。
「環くん、あの」
「おやすみ」
するりと頭を撫でて環は部屋を出て行ってしまった。
環と付き合い始めて数ヶ月。
好きになることが当然だと言うように気付けば環のことを好きになっていた。
それはきっと彼のことを一番に理解したいとか、お互いにわかり合いたいとか、とにかくその一心で環のことを見つめていた。その中で世界で一番かけ離れている存在だと思っていた彼を一番大好きな人だと思うようになったのだ。
そんな壮五に環から告白をされた時のことは今でも覚えている。あの人同じことをしろと言われてもきっと同じことができると確信しているくらいには。
ーーでも。
まだ、二人は「ただ」付き合っているだけでそれから先に進んでいない。
人を好きになることなんて初めてだった。初めてだったからこそ、環との付き合いを大事にしたいと思っているのに人間の欲とは恐ろしいもので好きになった人と恋人になった。恋人とはアレがしたい、コレがしたいと思いつくことはたくさんあった。
その中には、欲に忠実に言えば彼に対して性的な欲求だって。
そんなこと、環に知られたくない。きっと環は壮五のことをそんなこと知らない清廉潔白な人間だと思っているだろう。何より環がそんな知識を持っているとは思えなかった。だって環は純粋な人だから。
ならば環からの恋人への欲求に応えるわけにはいかない。何故なら応えてしまったら最後。最後まで求めてしまいそうだったからだ。
そんな壮五に対して環も何も気がつかないはずもなく、こうしていい雰囲気になりながらも最後まで手を出すことをしない。
それは互いにとっていいことのはずだ。
いいことのはず、なのに。
ぽすん、と音を立てながらベッドに倒れ込む。
環は悲しそうに笑って壮五の頭を撫でて部屋を出ていく。
環が近づいてきたとき、キスされると思った。本当はしたい。キスをして、どうしようもなくぎゅうっと抱きしめられて、それからそれから……と考えてハッとする。
こんなことを考えるからだめなのに。
「そーちゃん起きてる?」
部屋の外から先ほど出て行ったはずの環の声がする。気のせいかいつもより声が硬い気がした。
「う、うん……」
慌ててドアを開けるとやはりいつものように優しく壮五を見つめる環の顔ではなかった。
「入って」
環を部屋に招きベッドに座ると環はそれに反して床にペタリと座った。
「あの……」
「そーちゃん、さ」
「うん」
「そーちゃん、優しいから俺のこと断れなかったんだよな」
「えっ?」
「俺、平気。そーちゃんと別れるってなっても俺、ちゃんとIDOLiSH7もMEZZO"もやるよ」
「ちょっと待って、別れるって何」
「そーちゃんはさ。俺のこと振ったら俺との関係が悪くなるって思ったんだろ」
「そんなわけない、君のことが好きだからその、こ、こい、恋人になったんだ」
恋人、と面と向かって言うのが恥ずかしくてどもってしまったがそれが逆効果だったのか環は首を横に振った。
「無理しなくていいよ。それにそーちゃん、俺がそーちゃんに近づくだけで身体かたくなってたし。だからもう近づかない。……あー、嘘、仕事の時は許して」
「ちが、」
違うのだ。
環が近づいて身体がかたくなるのは環にそのままキスをしたいと思ったり、抱きしめられたり、それ以上のことをしたいと思ってしまうからだ。
「今まで俺のわがままに付き合ってくれてありがと。それだけ言いにきた」
「っ、勝手に決めないでくれ」
「は?」
そのまま突進するように環に抱きつけば環はよろけながらも壮五を受け止める。
「僕、が、君に近づけなかったのは」
「う、うん」
「こういうことが、したくて」
「は?」
「キスとか、その先のこととか全部君としたくて、だから」
「っ、ちょっと待てそーちゃん今なんて」
「だから、君とキスもセックスもしたいって言った!」
「いや言ってねーし!」
ぺしりと額を叩くけれどそれはちっとも痛くない。
「えっと、ごめん、整理させて」
「ごめん。いやだよね。僕に急にそんなこと言われて。君は僕のこと、清廉潔白だと思っているだろうし、こういうこと、知らないだろう。でも僕は君と毎日そういうことをしたいって考えるくらいには君のことが好き」
「嫌じゃねーし……」
「えっ」
「いや、なんでえ? なんだよ」
「嫌じゃないの?」
「嫌じゃねーっていうか……俺もそういうの、したいと思ってるし……」
もごもごという環の言葉に驚きと、嬉しさと、どこでそんな知識を? と思う自分がいる。
環こそ純粋でそんな知識など一ミリだって持っていないと思っていたし、できることならばそういう知識は全て壮五から教えたいと思っているというのに。
「あのさ。俺だってもう二十歳超えてんの。好きな人できて、じゃあその人とどうなりたいかって考えたり調べたりするじゃん」
「そ、そうか……」
「だからさ。そういうことしたいって思うの、そーちゃんだけじゃないよ」
環はそう言ってゆっくりと壮五の唇を指でなぞった。
「俺は、そーちゃんと、チューしたいと思うよ。……そーちゃんが言うようなエッチなこともしたい。そーちゃんは?」
「僕も、僕も君とチュー、したい、です」
顔をくしゃくしゃにして環が笑い、ゆっくりと環の顔が近づいてくる。
ああ、とうとうきてしまう、そう思うのに、先ほどとは違い、嬉しくてゆっくりと瞳を閉じると、唇にそっと温もりが触れた。
それはたった数秒のことなのに一秒のことのようにも一時間のことのようにも思えた。
「あの、」
「ん?」
「……かい、」
「なに、聞こえないからもう一回教えて」
ニヤニヤという環にはきっと聞こえているはずなのだ。
「っ、もういっかいして」
そう言い終える前にまた唇に熱が触れた。