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    薫翼の薫さんと輝翼の輝さんがじゃれてるだけのお話です。

    さわって、かわって「なあ、桜庭。キスしていいか」
    「断る」
     だよなあ。予想していたのか輝の声は平坦そのものだ。事務所のソファーがぎしりと音を立てた。手元の本から目も上げず、薫は読書を続ける。翼がさあ、と恋人の名前を出され、さすがに視線が立ち止まった。
    「オレは輝さんと薫さんにも仲良くしてほしいんです、って。いやあ、俺とお前が仲良くするのは無理だろ」
    「奇遇だな。僕も同意見だ」
     柏木翼は天道輝と桜庭薫、二人と付き合っている。そういう関係になって半年が経とうとしていた。当初は戸惑ったものの、翼の希望もあってこの関係は続いている。大抵は輝か薫の自宅で三人で過ごしていた。たまに二人きりになると妙な気恥ずかしさを感じてしまう程には、三人で過ごす時間が当たり前になっていた。それに輝も薫も異論を唱えるつもりはない。しかし、翼だけが時折二人に尋ねてくる。――輝さんと薫さんは仲良くしないんですか?
    「あいつがいてそれで上手くいってるんだし、これ以上は無理じゃないか?」
    「そうだな」
     薫は短く相槌をうつ。これ以上の会話は不毛だと言いたげに再び手元の本へ視線を落とした。輝がソファーに身体を預けると、ぎしりと再度耳障りな音が響いた。誰もいない事務所は静かだ。プロデューサーは十分ほど前に買い出しに行ってきます、と出かけていった。賢は休みの日だったし、輝と薫はたまたま、偶然、二人揃って事務所に立ち寄ったに過ぎない。用事も済ませた上に、あとはプロデューサーが帰って来るのを待つだけだ。
     ――なあ桜庭ぁ、と輝の呑気な呼びかけが宙ぶらりんになる。薫は微動だにしない。ぎしりと何度目になるかも分からないがソファーが悲鳴を上げた。
    「……何のつもりだ、天道」
    「翼に写真、送ったら信じてくれるんじゃないか?」
     じりじりと薫へにじり寄ってくる輝は意味深な笑みを浮かべていた。おそらく『仲良く』している写真を撮れば、翼も信じてくれるに違いないと輝は言いたいのだろう。例えば二人で抱き合ってキスでもしていたり、あるいは――、と想像が不埒な方へ及びそうになるのを薫は食い止めた。柏木以外となんてあり得ない。理解は出来たが、薫はさっと距離を空けた。
    「フリだけだって、ほらほら、桜庭センセー」
    「近寄るな。さっき結論が出ただろう」
     まあまあ、と薫の言葉も意に介さず輝は更に距離を詰めてくる。とうとうソファーの隅にまで追い詰められた薫は、鬱陶しいと言いたげに輝を睨んだ。はあ、と聞こえよがしに溜息を吐く。
    「いい加減、覚悟決めて撮ろうぜ?」
    「……君がどんな行為を想像しているかは知らないが、おそらく納得してくれるだろう、柏木は」
     不意に薫の手が伸びる。輝の左手を取ると指先を絡めた。つめたっ、と輝の悲鳴が聞こえる。翼の体温よりは低いが、薫自身のそれより高い温度だ。貸せ、と輝の手から携帯端末を奪い取ると、流れるように薫は写真を撮った。自然と二人の顔が近づく。輝は何故か頬を赤くして薫の様子を眺めていた。端末を握りしめた薫はそのまま翼宛に写真とメッセージを送る。
    『僕だ。今、事務所にいる。天道も一緒だ』
    『わあ、輝さんも一緒なんですか?オレも早くお二人に会いたいです!』
     だそうだ、と薫は輝に端末を返した。
    「桜庭、お前さあ……。こっちの方がよっぽどハードル高くないか?」
     繋いだままの手に視線が注がれる。輝から体温を奪ったおかげで指先が温もっていた。当然だが翼とは全く違う感触に、薫は改めて恋人のことを思う。自分より大きく、柔らかな手のひら。その手は人を労り、癒す手だった。
     輝の手をじっと薫は見つめる。保湿はしているのだろうが足りていない。乾いた感触は普段から料理をしているからだろうか。
    「アイドルならケアくらいちゃんとしろ。荒れているぞ」
    「いや、今朝ハンドクリーム塗ったぞ?」
     繋いだままの輝の親指が薫の手の甲をさらりと撫でる。慣れない感覚に薫の背筋がぞくりと震えた。いつまで触っているつもりだ、と抗議の声を上げる。嘘だろ、と呆然としたような声が聞こえた。
    「桜庭、……何使ったらこんなにすべすべになるんだ?」
    「皮膚の保湿はなるべく早くこまめにする、それだけだ」
     前職からの習慣で手先には気をつかっていた。アイドルという職業で人前に出る以上、頭から爪先まで手を抜いてはならない。――薫さんの手、オレは好きです。以前、翼が薫の手を取り、しみじみとつぶやいていた。優しくて繊細で、とっても温かいんです。
    「離すぞ。そろそろプロデューサーも戻ってくる頃だろう」
     薫は指先に力を入れるがびくともしない。天道、と低く名前を呼ぶ。輝はまじまじと薫の手を見つめていた。ちゅ、と軽い音がして、気付けば輝の口付けが手の甲に落とされていた。熱く乾いた感触は一瞬で離れる。
     思わず薫は声を上げた。
    「っ、天道!どういうつもりだ、」
    「いやー……ちょっと気になって、つい」
     気になるくらいで他人の身体にキスをするのか君は、と薫は反論したいのをぐっと堪えた。おそらく翼と行動原理が似ているのだ。その時、したいと思ったから。許可を求めてくるだけ、柏木の方が賢い上に愛おしいと薫はつくづく思う。今度こそ指先が離れた。
    「お疲れ様です!」
     聞き慣れた声が事務所のドアの向こうから聞こえる。見慣れた姿がぱたぱたと足音を立てて二人の前にやってきた。翼はにこにこと上機嫌な様子で二人の顔を見比べている。
    「薫さん、輝さん。お二人が仲良くしてくれてオレ、嬉しいです」
     無邪気な笑みを浮かべながら言われてしまえば、今更違うと否定するのも心苦しい。輝も薫もぎこちなく視線を逸らした。翼の大きな手のひらが二人の前に差し出される。
    「オレもお二人と手を繋ぎたいです。いいですか?」
    「お安いご用だ。なあ、桜庭」
     ああ、と薫も答えて手を伸ばす。指先を絡め、繋いだ。すっかり馴染んだ温かな体温に思わず薫の頬が緩む。輝も同じように満足げに頷いていた。
    「薫さん、ちょっと手が温かいですね。輝さんにあっためてもらったんですか?」
    「天道は無駄に体温が高いからな」
     いいなあ、と羨ましそうに呟く翼に、薫はそれだけではない温かさの理由を考えていた。輝に触れられた部分からじわりと熱が伝わってくる。なぜかその温度を心地良いと思ってしまった。
     輝はちらりと薫を見やると唇だけをぱくぱくと動かした。『さっきのことはつばさにはないしょ』薫は言うまでもないと言いたげに視線を逸らす。あの天道に手だけとはいえキスされたのだ、どうして柏木に告げることが出来るだろうか。もし告げたところで、先程と同じ言葉を繰り返すだけだろうが――お二人が仲良くしてくれて嬉しい。その意味は一般的なそれとは異なっている。
    「この後、お二人は何か用事がありますか?もし空いてたら、この間話していたカフェに行こうと思ってるんですが、どうでしょうか?」
    「ああ、名物メニューがあるっていうあの店か。俺は空いてるぜ。桜庭は?」
    「僕も非番だ。柏木が食べ過ぎないよう、見張っていよう」
     やったあ、と子供のように翼がはしゃいだ声を上げる。お二人と食べる時がオレ、一番幸せなんです。眩しいくらいの満面の笑みを浮かべた翼に、二人はつられたように笑った。この笑顔に何度でも恋をしてしまう。真っ直ぐにこちらを見つめてくる眼差しが、声が、好きだと全身で表してくれる。柏木翼という男に、二人は恋をしていた。
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