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    uno_0516

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    uno_0516

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    薫翼の薫さんと輝翼の輝さんがチューしようと奮闘するだけのお話

    かわいくない、かわいいキミ「天道、何も言わずに唇を僕によこせ」
    「きゃー、桜庭センセイってば大胆」
     君に用件がある、と真剣な表情で桜庭に告げられたのは先週のことだった。個人的な相談に乗ってほしいと言われて、一つ返事で頷いていた。あの桜庭が俺個人に相談だなんて珍しいこともあるものだ、と茶化す気にもなれなかった。お互いに次の休みは水曜日、昼飯ついでにどうだ、と俺は自宅に桜庭を招いた。
     外は連日、茹だるような暑さで、相変わらず食に興味のない桜庭にちゃんと栄養を摂って欲しいという個人的な思いもあった。昼食にと振る舞ったのは夏野菜をふんだんに使った冷製パスタに鶏胸肉ともやしのサラダ、デザートに牛乳プリンのおまけ付きだ。これが翼ならぺろりと平げ、お代わりを要求してくるだろう。あいにく、俺たちの大事な恋人は仕事で不在だった。
     グラスに注いだ麦茶がようやく空になり、桜庭もアイスコーヒーでいいか、と尋ねようとした時だった。不意に、真剣な眼差しがこちらを射抜いた。天道、と涼やかな声が呼びかける。椅子から立ちあがろうとしていた俺は腰を元に戻した。
    「茶化すな、僕は至って真面目な話をしている」
     目の前で青い瞳が瞬きもせずにこちらを見つめていた。本当に綺麗だよな、こいつの目ってさ。翼はよく晴れた青空みたいに透き通っているけれど、桜庭の瞳は凪いだ海を思わせる。普段は静かだが、底には俺より熱い情熱を秘めている。
     あのなあ、と俺は頭をかきながら口を開いた。
    「何がどうしてそうなるのか、とりあえず説明してくれないか。何も聞かないで、はいそうですか、なんて納得出来ないだろ。……いや、俺は別に、お前とキスするのは平気だけどさ、なんか理由があるんだろ」
     桜庭はたまにこうして言動が吹っ飛ぶことがある。彼の中ではきちんとした理屈が通っているんだろう。でも俺はこいつじゃないし、言葉で言ってくれないと分からない。俺の訴えに一理あるなとでも言いたそうに、桜庭は乗り出しかけた身を落ち着けた。
     ああ、と静かにうすい唇が語りだす。事の発端は桜庭が一ヶ月後に控えている連続ドラマの撮影だった。最近流行りの、というと語弊があるか。いわゆる男同士の恋愛を描いた深夜ドラマの相手役に抜擢された桜庭は、もらったばかりの脚本に目を通していた。
     一見おとなしそうに見えるが実は相手を取っ替え引っ替え弄ぶ魔性のゲイ、という設定の役所だった。大学の教授で、桜庭が演じる彼はある日、運命の相手と最低な出会い方をしてしまう。教室を訪れた大学一年生の主人公から一目惚れされ猛アタックをかけられ、誘われるなり刹那的に関係を持ってしまう、という流れだった。
     事務所のソファーに腰かけて脚本に目を通していた桜庭の表情が、あっという間に険しいものになっていったのをよく覚えている。プロデューサーからも他の方に役を譲った方がいいのでは、と心配されていた。問題ない、と桜庭はいつもの調子で答えていたが、どう見ても問題大アリな表情だろう、それは、と事務所にいた誰もが思ったに違いない。
     だから君が適任だと思った、と桜庭は淡々と語った。曰く、自分の身近にいる人間で、柏木ほど距離が近くなく、触れても大丈夫だろうと思える人物。その条件に唯一適合したのが俺、天道輝というわけだった。
    「あー……、理屈はよく分かった。つまり、役作りの一環として俺相手に練習がしたいと。そういうことだな」
    「君にしては理解が早いな」
     桜庭の余計な一言がなければ、俺は気持ちよくその依頼を引き受けていただろう。人から頼られるのは好きだ。信頼されていると感じる。あの桜庭が俺しかいないと判断したのだから、応えてやりたいとは思う。だがしかし。桜庭ちゃんさあ、と溜息混じりにつぶやいた。
    「それが人に物を頼む態度かよ。……ったく、仕方ねぇなあ。それで、俺はどうしたらいいんだ?」
    「……恩に着る。そのまま目を閉じて動くな、天道」
     言われた通りに目を閉じれば、冷たい指先が頬の辺りに触れた。この間はそういえば俺、こいつの手にキスしたんだったっけ。吸い寄せられるみたいに、気がつけば触れていた。滑らかな感触は、同じ男の手とは思えない程だった。多少骨張ってはいるが、繊細な指先。翼が好きだと言うのも納得だ。
     天道、と間近で桜庭の声が聞こえた。耳の辺りに落とされた声は艶めいていた。いつもより少し低く掠れた、翼と行為をする時の声音だ。柏木、とただ名前を呼ぶだけなのに情欲のこもった桜庭の言葉に、いつも翼は恥ずかしそうに俯いていたっけ。あの声がまさか俺に向けられるとは思ってもいなかった。ぞくりと背筋を何かが駆け降りる。
     乾いた感触が唇に触れた。薄く冷たい唇は掠めるように俺の唇を奪った。桜庭の舌先がいつ入ってきてもいいように、覚悟を決めて口を開く。しかし、触れるだけで離れていく気配がして、俺は慌てて目を開ける。これでどうだと言いたげな目の前の表情に、おい、と思わずツッコミを入れそうになった。話が違うだろう、桜庭。手を伸ばして頬に触れる。青い瞳が驚いたように見開かれた。
    「っ、天道、離せ」
    「いやいやいや、これ、キスした内に入らないだろ。桜庭の役、魔性のゲイなんだろ?こんなにあっさり終わるはずないって」
     翼とはあんなに何度もキスした癖に、これじゃあ初恋もまだまだ遠い子供みたいな触り方だ。不服そうに視線を逸らした桜庭に、俺から唇を近づける。目ぇ閉じるなよ、ちゃんと見てろ。青い瞳に、俺の真剣な表情が大写しになる。
     唇同士を重ね、軽く擦り合わせた。角度を変え、何度も口づける。やっぱり翼のそれとは違って、うすくてあっさりとした感触だ。ちゅ、と軽く音を立てて一度だけ離れた。桜庭の顔を下から覗き込む。相変わらず不服そうに唇を閉じていたが、拒まれそうな気配は無い。再度触れようとした時、不意に桜庭の唇が開いた。
    「天道、痛い。髭が邪魔だ」
    「悪ぃな、これは俺のアイデンティティだからよ」
     煩いと言いたげに涼しげな瞳が細められる。まるで猫みたいだと思うが口にはしない。翼の前ではあんなに柔らかい表情をするのに、俺相手だといつだってこんな調子だ。こいつとはきっと、こうして言い合うことで分かりあっているのかもしれない。
     いつも翼にしているように、俺は小さく耳元に声を落とした。桜庭、舌出して。整った歯列をなぞり、舌の根から上顎まで丁寧に辿った。うすい舌先を誘うように舐める。俺の挑発に応えるように、桜庭の舌が絡みついた。当然だけど翼とは全く違う触れ方だ。躊躇いなく俺が気持ち良いと思う部分を刺激してくる。さっきまで猫を被っていたのかと思うほどだ。唾液を注ぎ込み、飲み込ませた。ごくりと喉元が動くのを見計らって、俺は唇を離す。
    「……これくらいやんなきゃ駄目だろ」
    「……余計な、お世話だ」
     いつもはあんなに器用で何をやらせても卒なく出来る桜庭が、こうして俺より出来ないのを見るのはなんだか変な気持ちだった。優越感とは違う気がする。愛おしい、とでも言うのだろうか。具体的な言葉にしようとすればするほど、分からなくなる。
     だが理解はした、と桜庭は短く答えて距離を置いた。素直じゃないのがこいつの可愛いところでもあり、憎らしいところでもある。ご馳走さん、と俺は空になった食器を片手にキッチンへと向かった。二人分のアイスコーヒーの準備をしようか。

    〜終わり〜
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