フラダリさんの右側の口角が少し上がった。
「やはり、キミはどこか私に似ている。だが君と私とでは『正義』についての考え方が全く異なるようだ。正義や英雄というものが常に勝つのではなく、勝った方が後々正義として讃えられる。つまり多少間違えていても、勝てば英雄になれる。私はそう考えているのだが」
真っ赤なカフェの丸くて小さなテーブルを挟んで向かいに座る王家の末裔の男はそう言った。
彼の手元にはもう既に冷めてしまったコーヒー。
一方自分の手元には空になったカップと読みかけのイッシュ英雄伝。
周りに客はいない。店員が二人、どちらも無言で必ずどっちか片方は常にこちらを見ている。気味が悪い。
沈黙は嫌いだから少しだけそれっぽい事を口にしてみる。
「悪者は……なにか間違ってるから、毎回負けてしまう………………神様が悪者に考え直す機会を与えるために、そうしてるのかなって」
本当は正義とか英雄とか悪とか崇高な話はどうでも良くて、かっこいい背表紙に引かれて英雄伝に手を出しただけなんだけど、どうも大人は難しい話に持っていきたがる。
「神様……か、キミもかなり信心深いようでなによりだ。ところでキミは他地方の神話についても興味がありますか?もしよろしければ、私の持っている本であればいつでもお貸ししましょう…………」
うんぬんかんぬん。
フラダリさんはいつにも増してたくさん喋って、あげられる本は君の家に送っておきますね。なんてまるで引越し直前にものを押し付けてくる隣人のような、あるいなジョボンヌ城の城主の100パーセントの善意のような、なににたとえてもピンとこないが、とにかくいつものフラダリさんなら絶対にしないことを目の前のフラダリさんはしていた。
多少おかしいとは思ったが言及しなかった。
その日彼と神話について三時間くらい一緒に考えたり意見を交わしたりしたあと、やっと解放してもらえた。
帰る頃にはフラダリさんの言動の違和感なんてすっかり忘れていた。
その日は雪が降っていた。
フロストケイブよりは南だが、かなり北まで来たのだから何らおかしいことはない。
朝の陽ざしでキラキラ煌めく雪はまるで宝石の欠片。
道の端に残る踏まれずに白いままの雪はまるで石英だ。
大きな扉の前で白い息を吐く。
七つ目の扉。
ここのジムを超えた自分はきっと、きっと自分だけの英雄にまた近づけるはず。
カントーのテレビ番組でみた、あの赤い帽子をかぶった少年みたいに。
『さいしゅうへいきを つかい せかいを いっしん します!』
堂々の喋るフラダリさんは少し上の方に目線を向けていた。あなたより身長の高い人はそうそういないだろ。いったい誰に向かって喋っているんだ。
「…………リザードン、そらをとぶ。ミアレまで頼む」
あと残り一つでジムをまわりきるというのに。
あとひとつのジムをまわればリーグへの挑戦権が得られるのに。
なんで、なぜ今なんだ。
世界滅亡の危機だというのに、自分のことで頭がいっぱいだった。きっと今の自分を見たらフラダリさんはきっとオレを選ばれし者ではなく愚かな人間に格下げしてくれるだろう。オレだって母親がサイホーンレーサーでなければ、博士にも選ばれなかったはずで本当にただの少年だったんだ。
けれどミアレシティ上空で普段通りに笑って、喋って、普通の日常を生きる人たちをみたときに気づいた。
ああ、この人たちはフラダリさんには選ばれなかったシアワセな人たちなんだ、と。
何も知らない人にフラダリを止める権利は無い。ましてや義務もない。
選ばれたことを不幸ととるか、光栄ととるかはその人次第だ。でも一瞬だけ、オレには選ばれなかった人が酷く羨ましくみえた。
それでも止める権利があるのは知ってしまった人たちだけだ。知ってしまったからには止める義務がある。
これは博士に選ばれた子どもたちだから止める権利があるんじゃない。
フラダリ自身が情報を与えて、フラダリが選んだ人達全員に止める権利は与えられているのだ。
フレア団も、博士も。
フレア団したっぱはボスを止める気はないし、きっと彼らにとってボスのやることは全て正しいと思っているに違いない。
だからオレはオレにできることを全力で。
博士もおとなりさんもサナたちも、きっとそうするはずだから。
店員二人を倒し、隠し通路をぬけてエレベーターの前に立つフラダリを見上げる。
「ようこそ」
今度は均等に口角を上げて、不気味に彼は微笑んでいた。