夏空が迫る暑い。とても暑い日だった。すっきりした濃い青空に、大きな入道雲が立って、現実離れして見えた。君は暑いからって、川の浅瀬に入っていった。
「おいコウ、危ないぞ!」
「大丈夫だって!ヒロもおいでよ!」
君は入道雲を背に満面の笑みで手を振っていた。その瞬間が、あまりにも綺麗で、今も頭に焼き付いている。あの夏の日が忘れられない。またあの笑顔が見たい・・・・・なのに、
「なんで目を覚ましてくれないんだよ、コウ・・・!なんで、笑ってくれないんだよ・・・」
あの日からコウは眠ったままでいる。なりを潜めていた持病の再発。でも、それが落ち着いても何故かコウは目を覚まさない。
ベッドの横で、声を掛け続ける日々。ただただ、虚しい。
ある日、まだ幼い俺の妹が絵本を抱え、目を輝かせて教えてくれた。
「あのね兄たん、王子様のキスのおかげでお姫様は目が覚めるんだよ」と。
おとぎ話に夢中な年頃の妹は誰かに話したかったんだろう。それだけのことなのに、「王子様のキス」という言葉がずっと耳に残る。病室に着いても、頭の中をぐるぐると回っている。
なんなんだと考えていたら、不意に唇に柔らかいものが当たった。はっと現実に引き戻されて、自分がコウにキスしていたことに気づいた。
「・・・ッ!」
急いで距離をとった。頬がじぃんと熱を持つのがわかった。またいつもの席に座る。あることを唐突に理解したんだ。
そっと、コウの手を握ってシーツに突っ伏した。
「コウ、俺さ、・・・あのさ、俺、コウのこと・・・好き、なんだ。自分もさっきまで気づいてなかったけど、またお前の笑顔が見たい、声が聞きたいんだ」
一思いに告げた。静かな病室で、届かない告白。
の筈だった。
「ヒ、ロ、それ、本当・・・?」
「え、」
目覚めたコウが、ぎこちなく口を動かしていた。
「あ、りがとう、ヒロが、呼び戻して、くれた、から、帰って、これた」
ゆっくりとコウが微笑んだ。信じられなくて手を伸ばした。
「コウ、コウ・・・!」
純白のブランケットごとコウを抱きしめる。胸いっぱいに君の匂いが香って、じわじわと安堵が広がっていく。
「僕も、ヒロのこと、好き、だよ」
一際強く抱きしめる。そっと俺に擦り寄ったコウの体温に、涙が溢れた。