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    mnmna_tukn

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    mnmna_tukn

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    去年三月お祭り苺のボツ
    季節揃えられてないな……と途中でやめて書きかけで放置している

    できあいの運命論と三時のおやつ 初めて一緒に食べたおやつは秋の野苺だった


     崖を降りれば途端に血の匂いが遠ざかる。
     草木をかき分け、踏み入った。人間たちの戦場の目を掻い潜ったオレたちの戦場から、さらに一歩自然に足を踏み入れる。人の手の入らない森はひんやりと涼しく、木漏れ日が美しい。落葉と紅葉の混じる十一月、晩秋というにはまだ鮮やかな気配がある。
     ふと嗅覚が甘い匂いを捉えた。ちょうど目当ての方角だ。
     ガサガサと葉を鳴らして落葉樹の木立を抜けると、緑と光の中にとても自然のものとは思えぬ銀色が見える。
    「何やってんだよ」
     大の字に転がった山姥切長義。先の戦闘中に崖から滑り落ちていく敵を、喜び勇んで追ってった男。
     受け身は上手に取ったのだろう。衣装の乱れはなければ目立った怪我もない。真珠色の外套が艶やかな緑の上に広がって、裏地のはっとするほどの青を覗かせる。同じ色の眼は閉じられていた。深い皺が寄っているのは眉間だけだ。
    「敵は」
    「そんなもの落下の間に叩き斬ってしまったよ」
     低く明瞭な一声。あまりにきっぱりと言い切る様はまるで不貞腐れて開き直る子供のようだ。甘酸っぱい香りが昇り立つ。
     やけに濃密な匂いに足元を見れば青々とした葉の間に野苺が見えた。艶めく小さな果実は南泉の足元から始まり、長義の倒れる崖の麓にかけて群れを成す。ははぁ、と合点がいって息を吐いた。一部の隙もない黒を銀鼠で覆い、差し色の青で締めるいつもの姿。自信満々の外套の背中はきっと出来立てのベリーソースでぐっちゃぐちゃだ。
    「深追いの罰だな。ちょうどいいお灸だろ」
     一度言おうと思っていたのだ。あえて向こう見ずになるのはお前の悪いところだ、と。もちろん言って聞くやつじゃないのはわかっている。先陣が一番気持ちいいのも身に染みている。突っ走りすぎて馬鹿を見るのはまあ、新人の通過儀礼だろう。顕現初めての失敗なんて得てして可愛いものだが、一等深い学びを残す。居合わせたオレは少々胸がすく。
     お前がいると気が気じゃないんだよ、なんてこっそり思いつつしゃがんで綺麗な一粒を指で摘んだ。
    「思ったより甘い」
     舌で押すだけで柔く潰れる。ちょうどよく熟れて、とろけるように崩れていった。ほんの少し酸っぱいのは気管に染み入る匂いだけだ。このまま砂糖で煮詰めたらさぞかし美味いジャムになるだろう。
    「くそ……いい気なものだな」
    「誉はお前なんだからへそ曲げんなよ」
     ぎゅっと寄った鼻梁の根元。心なし淀んだ瑠璃色を覗き込んで真上から影を落としてやる。ほら、と結んだ唇に果実を捻じ込んだ。
    「……甘い」
     短い咀嚼と嚥下、小さく舌で唇を舐め取る。甘味の類は嫌いではないはずだ。
     彼は微かに嘆息し、一息に体を起こした。背中の模様が見えたのは一瞬で、極度の見栄っ張りはすぐさま身を翻すと外套を剥いで畳んでしまった。結局見慣れた、黒、銀、青。
     死守したであろう黒塗りの拵えを携え襟を正す。綺麗な実を探してしゃがんだままの同行人を見下ろした。
    「猫殺しくん、おやつは本丸に帰ってからだよ」
     ぷちりと一粒。美味い。小豆長光の寒天ゼリーに匹敵する。
    「お前も食べたかったら食べればいいだろ」
     ため息が一つ落ちた。呑気なオレに対してじゃなく、気に食わない現状にだ。奴が存外単純で、言うほど優等生然とはしていないと生憎オレは知っている。膝もつけずに仕方なしのヤンキー座り。
    「さっきのものより酸っぱいな……」
     手近な実はハズレだったらしい。顔を顰めて口をもごつかせる。赤く染まった色はあまり変わらないようだが。
    「この辺のは甘いけどな」
     こっちのやろうか、と言えば足元を物色していた革手袋が止まる。オレは目についた中で一番綺麗で大きな実を摘んでやった。
    「あ」
     手を伸ばせば届く距離。少し首を伸ばして、雛鳥みたいに唇を開いてみせた。愛らしさなんかない。ちろりと鋭い視線が一瞬オレと目を合わせて、それから鈍色のまつ毛が帷を下ろす。外套を剥いで瞼も閉じればお得意の瑠璃の差し色は窺えない。
    「ん」
     爪先が触れないようにそこに放り込んでやった。平気な面で咀嚼する相貌は、味はお気に召したようだ。対応が正しかったかどうかは正直わからない。
     手を伸ばしたついでに酸っぱいらしい一粒を摘み取った。
    「……前から思ってたんだけどよ」
     それを食べずに指でつまんで持て余す。緑と赤の地面を見つめて探る。
    「そういう試すみたいなのやめろ」
    「心外だな。そういったつもりはないよ」
    「意味ないんだよ」
    「さて、何を言いたいのかよくわからないな」
     ときどき、あるのだ。化けの皮を剥がすでもなく、小綺麗な顔で高慢も携えて、そのくせ不意に距離感を崩す。まるでオレがどこまで許すか知りたいみたいに。
     だが正面切って尋ねたところで答えてくれるほど素直なやつだったならば、こんなに回りくどい真似は端からしないのだろう。
     ふむ、と少しばかり思案する。視線を上げると目に痛い青がこちらを見ていた。両目を閉じて軽く顎を上げた。
    「ん」
    「……は?」
     口角を下げて小さく閉じた唇に、正面から度肝を抜かれた声が発される。恐らく今とんでもなく面白い顔をしている。が、わざわざ見てやるものでもないだろう。それにここでへそを曲げられては敵わない。
    「仕返しか?」
     手元を一瞬探る音がするが、別に野苺なんか求めてない。食べかけならまだ指に挟まっている。
    「ちげぇよ。いい機会だろ。見ないふりしてたって仕方ない」
    「見ないふりじゃない。慎重に見定めていたんだ」
     崖は躊躇なく飛び降りといて慎重を謳うとは馬鹿げている。いつまでも待っているオレに、彼も徐々に虚勢が凪いで困惑が露わになった。
    「……別に俺は、きみの特別になりたいわけじゃない」
     少し掠れた声は弁明に近い。片方の瞼だけ持ち上げればすぐさま視界が覆われる。頬に触れる革の感触に、それがさっきまで刀を握って果実を探していた手のひらだと思い知る。一瞬見えた顔色は仄かに赤かった。
    「そんなのオレも同じだよ」
    「同じだと」
     カッとなった声。低く抑えた熱の籠った声。
    「俺と同じだなんて、それはもうそうなっているのと同義だ」
    「気づいてんだろ」
    「まだこの身を得てほんの幾ばくかだ。早計だろう」
     僅かに身動げば抑えるように肩を掴まれる。視界は遮られたまま。手袋越しの両手は声音と同じでどちらも熱い。
    「でも励起された瞬間からこうだった。違うか?」
     奴の言いたいことはわかる。変えてどうする、人の真似事をしてどうする。そういうことだ。
     この体は一年にも満たないのに、共有してる部分だけでも五百年分の諸々が詰まっている。ひとと違うのはそういうところだ。だが、人の身を得てしまったからにはその記憶やら記録やらはどうしたって身に余る。物理的に。溢れてこない方がおかしい。
     それを垂れ流しておけないからどうにかしたいって話のはずなのだ、お互い。
    「何百年も変わらなかったからってきみは甘いんじゃないか。そんなに簡単に済む話じゃない」
    「そりゃお前の方だっての。変わらなかったっていうなら、無理にでもきっかけ作らないとずっとこのまんまだぜ」
     ずっと、ただただそばにあっただけの刀と刀のまま。それが悪いとは言わないが、時折じっと見つめる瞬間はもはや鋼のそれではない。触れられる体を持ったから、まずは触れたい類の感情かどうか見定める。その堅物は結構なことだが、なあ、もう遅いって。
     山姥切は恐々力を抜いた。肩を掴んでいた手を解いて、瞼を押さえていたもう一方を離す。
    「その通りだ。俺は、顕現した瞬間からこうだった。どこまでなら許容されるものかを考えていることも事実だ。だが決して、何か変えたいわけでも、変わりたいわけでもない。……好きなだけだ。本当に」
     目を開いた。思ったより近くにいたし、見ている間も近づいてくる。野苺のない場所にそっと黒のスラックスが片膝をつく。
    「同じだって言ってんだろ」
     今度は頬に革が触れた。
    「触れてしまったらどうなると思う。俺は自分がどうなるのかわからない」
     溺れるのは嫌だ。見失うのは嫌だ。オレたちにはそれぞれやるべきことがあって、こんなことにかまけている暇なんてないのかもしれない。本当は。
     だけど、我慢できないみたいな目をした瑠璃色が近づいてくる。意思の宿った瞳があまりに力強いものだからオレは唇をゆるめて笑った。初めから迷いなんかなかったのだ。
    「さあ。オレにお前を変えれるとは思えねえんだけど」
     だから安心してこうして差し出しているというのに。オレだって、生意気で高慢で理想も現実も矜持も全部が高くそびえる誰かさんをどうにかしてしまいたいわけじゃない。鋼鉄みたいな強さと意思に、同じ玉鋼でできた己が惹かれないわけがない。それだけだ。強いていうなら、ほんの少しだけ先に生まれて、お前のいない季節を二つほど超えて、別の提案が浮かんだ。同じ気持ちなら手を握るくらいいいんじゃねえの、って。
     焦ったいほど待ったけれど奴は退きはしなかった。お陰で一度触れれば、あっけない。目を瞑って大人しくしていれば、一度二度、どころか三度四度。
     流石に身を捩って目を開けた。
     真っ赤になった顔。なおも吸い付いてこようとする唇に野苺を捩じ込んでやる。構わず口付けられた。果実の味がする。結局オレが食べた。
    「恋愛がしたいわけじゃない。信じてくれ。猫殺しくん。きみが好きなんだよ。どうしようもなく。それだけのことで、……あぁ、くそ、違うんだ。なあ、もう一回。何でこんなに満たされるんだよ」
    「オレもお前が好きで丸く収まってるから」
    「俺ときみは別だろ。確かに俺はきみがすきだが、逆に猫殺しくんが俺を好きだからといって……猫殺しくんが俺を好き? なんだそれ」
    「両想い」
    「そうじゃなくて」
    「口吸うか考えるかどっちかにしたらどうだ」
    「やめたくない」
    「考える方をやめろっつってんだよ、ばかやろう」
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