お題「ケンカ」 ソファに座って、背中ごしに霊幻の気配を感じながら、茂夫は黙っていた。正確には、茂夫は茂夫の言いたいことをすべて言い終えて、霊幻の返答を待っていた。もう何回目かも分からない喧嘩だった。
「……なんとか言ったらどうですか」
霊幻は答えない。茂夫は舌打ちする。いつからか、霊幻は喧嘩の時にこうやって黙り込むことが増えた。以前なら怒濤のマシンガントークでやり込めたり煙に巻いたりしていたものを、茂夫が生来の空気の読めなさを遺憾なく発揮して反論することを覚えてから、そしてふたりが同じ家で暮らすようになってから、霊幻は、口をつぐみ、目を逸らすようになった。それは言葉が尽きたのではなく、言葉を飲み込んだように茂夫には見える。その言葉が何なのかを茂夫は知らない。知らないことが腹立たしかった。
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