えごころ「え、これもしかして猫だったんですか?」
うさぎだと思いました、とバイトの女の子が目を見開いてこちらを向く。
「……いや、くま……なんだけどな」
「え」
女の子はしばらく立て看板とこちらを交互に見続けた。
「青、お前本当に絵下手だよな」
君伸がビールを飲みながらじとっと見てくる。左手でひらひらとさせているコピー用紙には俺が描いたくま。今日も2人で宅飲みだ。
「せめて猫らしく描いたらどうだ」
「くまだって」
君伸からコピー用紙をひったくる。家に帰ってもう一度生み出したかわいいくまを猫だと言う君伸には渡しておけない。
元々自分は立て看板を描く機会が少ないのに、バイトの子にあの絵を見られてはさらに減るだろう。別に看板を描くのが特別好きと言うわけではないが、
「俺だって時々は描きたいし」
「猫じゃなくて飯を描けって、喫茶店なんだから」
「いや、だからくまだって」
ふはは、と笑う君伸にムッとする。俺の絵を見てからいつもよりだいぶご機嫌だ。
「そんな言うなら見本見せなよ、先生」
コピー用紙とペンを君伸に押し返すと、君伸は片眉をグッと上げて嫌そうにしながらキュッキュッと描きだした。
「で?」
音緒が呆れた顔で俺と君伸を交互に見て手元の注文用タブレットに目線を戻す。注文を終えタブレットを片しながら、わざとらしくため息をつきコピー用紙をひらひらさせて俺の方を見る。
「猫?」
「くまだよ」
今度は君伸を見て
「うに?」
「……スパゲッティだ」
音緒は下を向いてもう一度ため息をつくと、今度は弾けたように噴き出しケラケラキャハキャハ笑い出した。
俺は口を一文字にして、君伸は目を閉じて眉を寄せて音緒の笑い声を聞く。
「いやいやいや、赤羽根もへったくそだけどのぶ先もバカへったくそじゃん」
なにこれ、とコピー用紙に描かれた2人の絵を見ながら音緒はしばらく笑い続けた。店員さんが料理を持ってきてもまだ抑え切れないのか、プルプル震えながら受け取っている。
「笑いすぎだぞ、てか俺は描けなくても困らないよ」
「でものぶ先だって授業で描かなきゃいけないかもしれないじゃん」
「そうだぞ君伸。危機感を持ちなさい」
「俺よりお前の方が描く機会多いだろ」
メニューとかさ。言いながら君伸がパセリとブロッコリーをせっせっと俺の皿に寄越す。
むぅっと頬を膨らませていると
「はい、これが猫とスパゲッティでしょ」
音緒がサラサラと描いた絵を見せてくる。
「「……うまいな」」
その絵は女子小中学生が好きそうな丸くてきゅるんとした可愛い絵柄だった。技術的に上手い絵というよりプリクラで描きそうだったり、シールにありそうな可愛い絵。実際この子はプリクラで得た技術だろう。
「可愛いでしょ可愛いでしょ。仕方ないから画伯な2人に教えてあげるって」
今日も奢ってもらったしね。デザートのパフェを口にしながら、音緒の可愛い絵講座が始まった。
描き上がった看板を少し離れて確認する。描くのは結局1ヶ月ぶりだ。
「あ、赤羽根さん」
おはようございます、とバイトの女の子が元気にやってきてこちらも挨拶を返す。
「おぉ、赤羽根さんイラスト上達しましたか?」
「してる?良かった。流石に知り合いに教えてもらったよ」
「はい。可愛いですよ、くまさん」
「……かえるなんだけど」
「え」
END