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    reiwaruka00

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    reiwaruka00

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    🈁🐶♀「結婚前夜、忘れられない元カレと……」のモブ運転手視点②。
    🈁🐶♀がパン屋さんやってるだけ。

    🈁🐶♀ファミリーもりのパンやさん私は鈴木喜朗、歳は五十代を過ぎたあたり、いたって普通の善良な小市民だ。
    といっても仕事は善良とは言い難い、なんせ凶悪組織梵天の最高幹部九井一様のお抱え運転手だ。
    いつものように九井様は後部座席でタブレットを覗いて仕事をしている。道も余裕があるし梵天の定例会には十分間に合う見込みだ。そう思いながら運転をしていた。
    「頼みたいことあんだけど」
    「……」
    「聞いてる?」
    「……あ、私ですか?」
    普段、雑談をしかけてこない九井様の言葉に少し驚く。
    「定例会の場所で俺をおろしたら、とある場所へ行って物を受け取り別の場所に届けてほしい。距離的に時間がかかると思うが、終わったら今日は帰っていい。住所はここに書いてある、頼めるか?」
    「もちろんです、かしこまりました」
    否という権利はそもそもない、渡された小さな紙をスーツの胸ポケットにしまった。

    最初に訪れたのは工場だった。メモに住所と一緒に書かれていた偽名を告げると台車に載った大きな段ボールが運ばれてくる。
    「お、重い……」
    運転ばかりしているので腕っぷしは非力だ。
    工場の人が手伝ってくれたおかげで、車に乗せられた。
    「重いですね……なにはいってんだろ」
    詮索ではなく、独り言のつもりだったが親切な工場の人はにこやかに答えてくれた。
    「業務用のオーブンですね、もっと大きいのもありますよ」
    オーブン……そう言われて周りをみると、配送を待つ業務用の冷蔵庫や調理台などが所せましと置かれている。どこかの料理店やホテルなどで使う物なのだろう。しかし、九井様の職業でオーブン、と思うと使い道は一つしかない。嫌な予感にふるふると首をふる。職業柄荒っぽい場面もたびたび立ち会ってきたが、根は善良な小市民なのであまりにも生々しい暴力はやっぱりこわい。

    嫌な予感を裏付けるように、車に積み込んだオーブンの届け先として指定されたのは東京の〇〇村の山奥だった。日も暮れ始めて山道は暗い。ただの山道はちっとも怖くないが、九井様が使うオーブンを届ける山奥は怖い。
    案の定、辿り着いたのは廃墟のような荒れ果てた廃屋だった。どうやってオーブンをおろそうかと思ったが、おりよくそれだけ妙に新しい台車が置いてある。一瞬の重みに耐えて、台車に乗せ家の中に置こうと思ったがどこに置けばいいか分からない。適当に置くよりは台車に乗せたまま気づくような場所に、と思い部屋の真ん中に置き、家を出た。
    ざわざわと風で揺らめくしげみすらなんとなく怖いのでそそくさと車に乗り込み山を下りる。
    九井様のいる組織がやっていることが凶悪なことは分かっている。しかし、九井様の担当は経理面やフロント企業の統括なので、荒事に巻き込まれる場面は少なかった。
    前に雇い主だったヤクザの組長が言ってたことを思い出す。死体を処分する際に細切れにして、よく焼いて、バラバラにして埋めると足がつかないらしい。都内で炎を上げて、焼くのは大変だろうが業務用オーブンを使って細かく分ければ……。ぶるぶると背筋が寒くなる。早く帰ってビールでも飲んで寝よう。


    (中略)

    「車、別のにしようかと思ってんだよな……」
    九井様のその言葉に返答に困った。仕事内容と移動距離を考えれば車移動以外の選択肢はない。経費削減でもないだろうし、買い替えるということだろうか?

    「あのさ……鈴木さん……だっけ……?」
    「え?あ、はい」
    はじめて九井様に名前を呼ばれた。珍しくもごもごと言いよどむ気配がある。
    「…………俺とパン屋さん、やらねえ?」
    「え!?!?!?」
    何を言ってるんだろう、凶悪組織の幹部がパン屋さん……?それも私といっしょに……?パン屋さんに運転手が何できるんだ?
    「どうしたんですか……?」
    突拍子もないことをいっているのは九井様も分かっているはずだから、さすがに聞いても良いだろう。といっても何から聞けばいいのか。

    「いや……好きなヤツが美味しいパン屋さんが好きだって言うから…………」

    多分大半の人は美味しいパン屋さん好きだと思いますよ!?好きな人が好きって言ったからで店開いてたらキリないですよ!?普段理知的な九井様らしくないよく分からない言葉をいって顔を背ける。

    「悪い、変なこと言った……忘れて」
    いつかみたいに顔を赤くする。
    ……なんというか、ずっと女性に興味が無いのだと思っていたけれど、それは違くて、ちょっと常人では測れないほどのロマンチストなんじゃないか……この人?前に言ってた他の人と結婚する、という女性のことかな、と忘れたはずの記憶を引っ張り出す。
    そして私は初めて、九井様の指示に逆らった。

    「忘れません」
    「……」
    「すぐには回答できませんが……考えてみます」
    賢い人だから、それなりの見込みはあるのだろう。自分一人食えればいいのだから、この人のロマンチストに付き合ってみるのも面白い人生経験じゃないかと思った。

    でも……パン屋さんに運転手って、何が手伝えるんだろ?




    「鈴木のおっちゃん、これ積み込んでくれる?」
    ケースを持ったイヌピーさんが店から出てくる。種類ごとに値札の書かれたかごに入れていく。いぬとねこの可愛らしいイラストが大きく描かれたパンの移動販売車の専属運転手が私の今の仕事だった。オーブンを運び込んだ山の奥の廃屋はリフォームされてメルヘンな赤い屋根に白い壁の可愛いおうちになっている。

    九井様……じゃなくて、ココさんがその家でパンを焼いて、冷めたらイヌピーさんが袋に詰めて賞味期限や使用食材の書かれたシールを貼っていく、出来上がったものを販売車に詰め込んで私が街や住宅街に売りに行く。
    楽し気な音楽を流して、空き地などに車を止めて売っていると近所の家族連れや主婦、子どもたちが買っていってくれる。結構評判がいい。

    パン屋さんになることを了承して、イヌピーさんに引き合わされた。ココさんが席を外したタイミングで話しかけてみた。
    「パン屋さんなんてできるんですかね?」
    「ココは器用だからなんでもできる」
    絶対的な信頼に満ちた言葉だった。
    「イヌピーさんは、パンが好きなんですか?」
    「パンが嫌いってあんまり無くないか?美味しければ好きだ、なんでも」
    「……ですよね」
    自分の予想通りの回答が帰ってきた。
    「でも、ココさんはなんで急に……」
    「何度も止めたんだけど……俺だって美味しいパン作れる!!ってムキになってて……ココは意志が強いというか……頑固なんだ」
    全然わからん。確かにイヌピーさんは美人だし、ココさんとは幼馴染らしい。ロマンチストとか通り越して完全に愛の重い男性だ。

    「イヌピー、鈴木のおっちゃん、これ試作のシナモンロール。食べてみて」
    三角巾をつけて、キナリ素材のエプロンをつけたココさんが厨房から出てくる。白銀の長髪は、商品に混ざったらクレームになる、と店を始める前に切ってしまった。
    小さい皿に切り分けたシナモンロールと楊枝が差し出される。
    普通にうまいんだよな。

    「美味しい、ココ!」
    普段あまり表情が変わらないイヌピーさんもココさんのパンを嬉しそうに食べている。
    「ん、よかった」
    優しい顔で笑いかけるのも今では見慣れた光景だった。
    「来月に向けて、新商品三種は増やしたい……それに米粉とか糖質カットの商品も需要ありそうだし……子供向けの動物パンも……」
    生産予定の表を見ながらぶつぶつ呟いている。現時点では趣味みたいな利益もそんなに出ないパン屋だけど、この人ならもっと手広くやりはじめそうな雰囲気だ。
    「ココさん、そろそろ出ますよ」
    「あ、もうそんな時間か」

    三角巾とエプロンを外して、用意を整える。
    スーツの上着を着てブランド物の鞄をもち、ギラギラ光る腕時計をはめれば……そこにいたのは山奥でシナモンロールを焼く優しいパン屋さんじゃなくて、梵天の最高幹部、九井一様だった。
    「……いってらっしゃい」
    イヌピーさんはいつも複雑そうな表情で見送ってくれる。ココさんはそれに手を振って、狭い移動販売車の助手席に座った。山を下った人気のない場所に、後任の専属運転手と車が待っている。そこまでココさんを送り届けてから、街にパンを売りに行く。

    ココさんは今も梵天の最高幹部を続けている。
    ココさんの立場でそう簡単に抜けられないのは重々承知だったが、山奥の家でイヌピーさんと息ぴったりで協力したり、良い物ができたときは嬉しそうにはしゃいだりと、犯罪組織の幹部の張りつめた顔では無く、自分の子供位の年齢の年相応の姿を見ると、この二人も普通に結婚して、幸せになる道があっただろうに、と立場も忘れて思ってしまう。
    「鈴木のおっさん」
    「どうしました?」
    「……どうして俺がお前をこの計画に誘ったか分かる」
    「…………イヌピーさんを守るためですか?」
    専属運転手からパン屋さんの移動販売車運転手に鞍替えしたが破格の給与の維持は確約してくれた。その上、借金の方もココさんのほうで肩替わりしてくれたのだ。恐縮する私に、ココさんは言った。
    「俺がいない時はイヌピーを守るタマヨケになれよ」
    要は身代わりに死ぬ、くらいの覚悟で護衛しろ、ということだ。


    「それはそうだけど、なんていうかな」
    山道を下っていく、外の景色をぼんやり見ている。
    狭い車なので、男性が二人乗ったらもういっぱいだ。短い距離とはいえ、タブレットを操作するのも難儀する。
    「俺もこの道入ったとき、親とは縁切ったし、イヌピーも……まあ、俺が切らせたようなもんだけど。……だからかな」
    木の葉のはざまから朝の光が差し込んでくる。
    私はいつかみたいに、静かに答えた。いつかと違って、その言葉を消すことなく脳裏に刻み付けながら。

    「光栄です」
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