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    アロマきかく

    @armk3

    普段絵とか描かないのに極稀に描くから常にリハビリ状態
    最近のトレンド:プロムンというかろぼとみというかろぼとみ

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    アロマきかく

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    緑が親友に心を開くまで、ただそれだけ。
    ただの日常の一コマ。
    特別なことなんて何も起こらない、ただの日常。

    #ろぼとみ他支部職員

    親友と呼べなかったあいつ 顎に握り拳を軽く当て、思案するような仕草。
     眉間にはほんのりと皺が寄り、若干目を細めている。余程の鈍感であっても「真剣に考え事をしている」とわかる雰囲気。何となく気圧されて、果たして今話しかけて良いものかと躊躇う。
     ただ、予め「気軽に何でも聞いてください」とも言われている。ならば多少は問題なかろう、と、やや恐る恐る口を開く。
    「なぁ、管理人。その……ここ、どういう意味なんだ?」
     直前までの表情が嘘のように、ぱっと雰囲気が変わる。今まで見ていたのは幻覚か何かだったのだろうか。気圧される程に感じられた深刻さはどこ吹く風といったように、微塵も気配を残していない。
    「えっと、どこです?あぁ、これは……」


     ――――


     業務が終わり、管理人は他の管理職と自分を連れて皆で夕食をとろう、と言い出した。

     管理人は「少しずつでもダフネさんがこの環境に慣れていければなって」と言ってはいるが、やはりそう簡単に慣れることはできそうもない。気後れしてしまう。会話に混ざれない。何を喋れば良いのか、何を喋りたいのかがわからない。
     管理人の意図は心得ているつもりだ。だからこそ余計に、管理人の意図通りの展開に出来ないことを申し訳なく思ってしまう。緊張と思考の袋小路に迷い込む。管理人の意図からかけ離れた態度と表情が滲み出て、どうかこの袋小路から出してくれ、と手当たり次第に縋りたくなる。いざ手を差し伸べられても、縋る勇気など無いのに。
     間違いなく管理人は自分がこんな顔をすることなど望んではいない。
     それがわかるからこそ、胸が苦しくなった。
     こんな気持ちは管理人に出逢うまで知らなかった。感じたこともなかった。この胸の苦しさは一体何なんだ。
     訊きたかったが、原因が原因なだけに気が引けてしまう。
    「……すまない」
     かろうじて絞り出せたのは短い謝罪。管理人へ、そしてこんな面白くもないだろう俺なんかに付き合わせてしまった他の皆へ。

    「何で謝るんだよ。ダフネはなんも悪いことしてないじゃんか」
     ストーム、とか言ったか。自分がこの時間軸に飛んできたその日に雇用された奴だが、元々名前を覚えるのが苦手なうえに自分自身が他の職員たちと意図的に距離を置いてきたせいで、最近ようやく名前を覚えたばかり。……特に絡みもなかった同僚の名前を覚えたのは、もしかしたら初めてのことかもしれない。どうせすぐおさらばする点なんだ、覚えていたって意味がない。そう思ってハナから覚える気が無かったのも確かだ。
     俺なんかと一緒に飯食ったって楽しくないだろう。言いかけて、飲み込んだ。わざわざ管理人がセッティングしてくれた夕食の席だ。口に出してしまったら、管理人の気持ちを全否定してしまうことに気が付いた。
     言うはずだった返答を飲み込んでしまったから、結局沈黙でしか返せない。重くのしかかってくるような沈黙の間を感じて、殊更管理人が望まないだろう表情を形作る。自分だって管理人の前でこんな顔はしたくない。申し訳無さが募る。
    「少しずつ、って言いましたよね。無理して合わせようとしなくてもいいんですよ。雰囲気や場の空気を感じるだけでもいいんです。ダフネさん、ずっと誰とも距離を置いてましたよね。それが数歩でも近寄ってくれればいいなって」
     沈黙を埋めるように、管理人が柔らかい笑みを浮かべて諭すように喋りかけてくる。
    「そーそー。俺らだってそれわかって集まってんだからさ。ダフネが引け目を感じることねーのよ」
     ストームが続く。うんうん、と皆して頷き、同意を示す。この場の全員が自分のために己の時間を割いている。そうまでして得られるものなど、きっとないだろうに。

    「2ヶ月って結構長いしね。ずっと一人きりじゃ絶対つまらないし寂しいって。2ヶ月間ずっと仕事だけしてあとは一人の時間、ってさ。キツいと思うんだ、絶対」
     エリザも主張する。ストームと同じ日に一緒に雇用された。第一印象は「やたら声がキンキンと響く奴」。
    「裏路地出身だからってさ、遠慮することないんだよ。あたしだって環境こそ違えど裏路地で暮らしてたんだし。本当にちょっとずつでもさ、他の人と接することに慣れていければいいんじゃない?」
     人の事情も知らないで。……こればかりは口が裂けても言えない。言ってはいけない。

     2ヶ月なんて悠長に考えていられるか。そういうのに限って一週間も保たずに死ぬ。自分だって覚えきれてないアブノーマリティがまだ山ほどいるだろう。2ヶ月どころか2週間……いや、2日生きられれば運が良い、ここはそういう場所だ。
     ただ、この時間はやたらと管理人が職員を大事にする。誰かが死んだら、またはパニックになって治療が難しいようなら、即座にTT2プロトコルで1日をやり直している。今までを考えると異常なほどに、過剰なまでに職員一人ひとりを死なせまいとしていることは伝わってくる。
     この管理人……Xとやらが特別なだけなのだろうか。
     管理人Aは余程優秀な職員でない限り、容赦なく死んだ職員を見捨てていた。まだ管理方法が不明なときには職員を実験台にしてアブノーマリティの特徴を調べる必要も出てくる。そのために職員を使い捨てることすらも厭わなかった。淡々と、事務的に。
     自分も相当な回数使い捨てられてきた。裏路地出身で何ら取り柄もなく学のない管理職など、使い捨ての実験台が似合いだと言わんばかりに。
     実際その通りだから、最早諦める他無かった。優先的に未知のアブノーマリティの作業に充てられ、生き延びられたら儲けもの。大抵は奴らの機嫌を損ねるなりなんなりで幾度となく死んだ。
     お陰様でそれなりに生き延びる役には立っている。1日生きるために何回死んだかわかりやしない。
     TT2プロトコルでやり直せるとはいえ、管理人Aが巻き戻してやり直したことは――少なくとも自分の覚えている限りでは――数えるほどしかない。やり直すなんて時間の無駄だといった調子で、TT2プロトコルが実装される前とほとんど変わらず職員を使い潰していた。切り捨てていた。使い捨てていた。
     その管理人Aと”性格以外は”全く同じでありながら、Aとは違い誰一人職員を死なせたくないらしい。なぜ突然こうなった。本当に、Aではない……のだろうか。
     この点で初めて遭遇した管理人Xについては、いまだわからないことだらけ。ただ警戒はしておくに越したことはない。

    ……このお人好しで甘ちゃんな管理人の意図はわかっているのに。
     自分に向けられているのは悪意ではないとわかっているのに。
     過去の経験から、どうしても警戒心が先に来る自分自身に、若干嫌気が差した。



    「その……なにぶん、今まで暮らしてきた環境が環境だから……素直に受け取れない、のかもしれない。気ィ遣ってくれてるのはわかる。けど……」
     できる限り角が立たないよう、乏しい語彙から言葉を選ぶ。それでもやはり言葉に詰まる。何かを教えてもらうときくらいしかまともに会話らしい会話などしてこなかった。一応それらしい言い訳をしてはみたものの、「けど」の後にどう続けようか、何も思いつかず頭が真っ白になってしまう。
     本当のところ、「俺なんかに気を遣うよりか、別のことをしたほうがずっとマシだ」と続けたかった。それでは管理人の意図をまるっきり無視してしまう。元も子もない。
    「……どういう対応をすればいいのか、わからないから……」
     沈黙からの逡巡。沈黙という名の針の筵に責め立てられて、何とか引っ張り出した無難な返答。ある意味、率直な今の気持ち。
     少なくとも悪意ではない。むしろ好意的なものなのだろう。
     だが自分にそんなものを向けられたとて、何をすればいいのかが、わからない。

    「わからなくていいんです。誰だって最初はわからないことだらけですから。わからない、っていうダフネさん自身の意見が聞けただけでも、僕は嬉しいんです」
     業務中よりもずっと柔らかい口調で、本人の言う通り心底嬉しそうに、管理人が笑いかけてくる。
     わからないことがわかって嬉しい?それこそわけがわからない。

     わけのわからないまま進行し、わけのわからないままお開きになった食事会。頃合いを見て、適当な人の流れに紛れて早々に立ち去ろうとした。
    「あ、ダフネさん」
     小走りに近づきながら、声をかけてくる管理人。面倒だな、と思いつつも無視するわけにもいかず、足を止める。周囲に聞こえないよう、小さめの声で問われた。
    「このあと、時間ありますか?」
     まだ何か用事でもあるというのか。面倒極まる。厄介事に巻き込まれないうちにとっとと退散したほうがよさそうだ。

     だが、待てよ。この得体の知れない”管理人X”が自ら近づいてきてくれるのであれば、わりかし自然な形でこいつの観察ができるのではないか。今までの点には存在しなかった管理人。Aとほとんど同じでありながら、性格だけは全く異なる管理人。一体どういうことなのか、少しでも情報が得られれば儲けものか。
     面倒だが仕方ない。現状は把握しておくべきだろうな。

    「……」
     沈黙をもって返答とする。少なくとも悪意がないことはわかっているので、できるだけ平静を装う。明確に否定はせず、相手の判断に任せてどう出るかを見ることにした。
    「えぇっと、その……」
     沈黙を肯定と捉えたらしい。しかしさっきからやたらと言いづらそうな雰囲気を醸し出している。面倒だから早く切り出してくれ。観察しておきたいが、面倒事は極力避けたい。我儘な要望をこねくり回している内に、管理人がおずおずと口を開いた。
    「ダフネさん、光の巨人ってわかりますか……?」
    「……は?」
     完全に想定外の方向から飛んできた質問に、素っ頓狂な声が出た。あぁ、予想以上に面倒なことになるやつだ、これは。
     管理人に腕を引っ張られながら、やっぱり退散しておけばよかった、と心の中で後悔した。



     このような、……何と言ったか。娯楽?エンターテイメント?の類とは一切縁のない人生だったものだから、最初は何が何だか全く頭に入ってこなかった。少なくとも、およそ現実には起こり得ないだろう展開であることだけはかろうじて把握できた。
     自分自身の境遇そのものがまず”起こり得ない展開”であることは棚に上げ、気がつけばわからないなりに頭を空っぽにしてテレビの画面を食い入るように見ていた。
     見たこともない奇抜なデザインの光の巨人とやら、どことなくアブノーマリティにも似た怪獣、それらを取り巻く人々の姿。そして描かれる物語。
     はじめは物珍しさから。何となく展開がわかってきて、話の内容の方にも意識が割けるようになってきた。
     作り物だとわかっていても、なぜだか心惹かれるものを感じて、
    「おもしれえなこれ……」
     思わず零していた。
    「でしょう!」
     がっと勢いよく身を乗り出して、俄然嬉しそうに頬を上気させながら管理人が迫る。顔が近い。表情をひきつらせながら管理人の勢いを受け流すように上半身を引く。
     だらしなくにやけた顔で、いやぁお勧めしてよかったぁ、とDVDのパッケージを手にして小躍りする管理人。ここまで熱っぽく感情をむき出しにした管理人は、業務初日から観察していたが初めて見るものだった。

     ”管理人A”はひたすら事務的だった。機械的だったと言ったほうが近いだろうか。職員のことを駒もしくは管理するための道具としか見ていない。いや、道具ならまだいい。奴は平然と職員を使い潰す。道具どころか消耗品だ。観察するような隙も見せなかったうえに、よりにもよって自分が言うのも何だが、”管理人A”は感情らしい感情を見せたことがない。喜怒哀楽。そのどれも、”管理人A”が見せたことはなかった。少なくとも覚えている範囲では。
     いっぽうこちらの”管理人X”はどうだ。職員も管理人も仲良くしましょう、誰かが死んだら必ず戻ります。――甘ちゃんもいいところだ。裏路地なら真っ先にカモられるだろう。
     あまつさえ他人を自分の趣味に付き合わせたりもする。己の心情を向こうから曝け出してくる。こちらの心情を把握しようとしてくる。……本当に、管理人に何が起きた?”今回”だけが特別なのか?

     いつの間にか、管理人をじっと見つめていた。きっといかにも怪訝な目つきだったに違いない。なにせ考えていた内容が内容だ。
     気づいた管理人が、浮かれた顔つきのままこちらの目を見てくる。反射的に若干目を伏せ、逸らしてしまう。
     目は口ほどに……とはよく言ったもので、目を見ていると、自然、相手の行動傾向や性格など色々なものが透けて見えてくる。裏路地でドブを漁っていた時分は、目から読み取れる僅かな情報をも糧にする必要があった。こちらが糧にされないためにも、無意識のうちに”誰かと目を合わせる”という行為を避けるようになっていた。
     目を逸らすことそのものが、内に抱えたやましいものを隠しているというサインであると取られかねないのだが、所詮そこまでだ。それ以上の情報が引き出せない以上は、目を直視させないに越したことはない。
     目を逸らしはするが、対象はしっかりと視界内に収めておく。出方を伺うのも生きるためには必須の行為。――もうそんなこと、する必要はないのだが。裏路地で生きていた頃に染み付いた癖は、どんなにL社で生きた日々を積み重ねようとも抜ける気配がない。そのことを意識する度に、自分の空っぽな生を呪う。死すらも飛び越えてまでなお空っぽな、己の生き様を。

     抜けない癖が、一瞬だけ目の合った管理人の思考を読み取ってしまった。
    『これは何かしらの感想を求めている』と。
     特に隠す理由もあるまい。正直に思った端から口に出してみた。むしろ何か言わないと、管理人の圧によってこの場から動けそうにない。そうなると面倒だな、と思ったのがひとつ。とにかく何か話してみて、”管理人X”に関する何かしらの情報が得られれば儲けものか、と思ったのがひとつ。
    「あー、ちょっと……わからないところがある、っつーか……」
     しばらく見ているうちに流れを把握できてきたので、概ね中盤以降は何となく理解できた。突然見せられた序盤の辺りは混乱していた節もあり、よく覚えていなかったり理解しきれない展開があったり。
    「わからない所は解説しますので、何でも聞いてください!」
     序盤部分のほんの少しだけだし、そこまで長くもならないだろう。と、思ったのだが。
     わからない部分を聞いた途端、俄然早口でまくし立て始める管理人。今までの穏やかそうな喋り方ともまた異なる、半ば狂気にも感じられる側面を覗いた、気がした。

    「すみません、遅くまで付き合わせてしまって」
     脱線に次ぐ脱線、早口すぎて肝心のわからない単語の説明を噛んでしまったり。”一通り”教えてもらったところで、麦茶をすすりつつ。
    「いや、……別に、いい」
     慣れないことの連続で、予想以上に疲れた。どう返すべきか迷ったが、言葉を無理に重ねるよりは端的に伝えたほうが良いだろうな、と考えた結果の返答の後、微かにペットボトルの臭いが残る麦茶に口をつける。どうせこのまま自室に戻ったところで何をするでもなし。たまの暇潰しくらいにはなっただろうか。
     暇潰しの選択肢が増えるかもしれないな。しかしどうしたものか、部屋に備え付けのテレビを殆ど触ったことがないことに今更気づく。そうか、アレの使い方を覚えるところからか。それだと面倒だな。やっぱり選択肢から外しておこうか。

     暫しの沈黙。管理人の顔に迷いが見えるのが気になり、様子を伺う。
    「その、今日の食事会、ご迷惑でしたか?素直な感想が聞きたくて」
     また答えづらい訊き方をしてくる。なぜ管理人はここまで自分に入れ込むのだろう。
    ……素直な感想、か。ならばとことん素直に答えてみるとするか。
    「あんたには悪いが、正直に言っちまえば、迷惑だと思ってる。別に人が楽しそうにしてるのを見るのは嫌いじゃないが、その中に加えられるのは……あまり、好かない」
     内容こそ素直だが、自分なりに言葉は選んだつもりだ。明らかに管理人は好意でもって今日の食事会を開いた。あまり刺々しい言葉を使うのが、どうにも躊躇われた。好意の扱い方こそよくわからないが、無碍にしたら何となく後悔しそうな気がした。
     いつ居なくなるかもわからないのに、無闇矢鱈と親睦を深めたって意味がない。人が楽しそうに笑うのを遠くから眺めているだけでいい。自分にはそのくらいが丁度いい。
    「やっぱり、そうでしたか。ずっとそういう顔してましたものね。……本当は光の巨人布教は建前で、二人きりになって率直な感想を言いやすくなるように、ってのが目的だったんですけど。どうも、その、熱が入っちゃって。はは」
     きっと、管理人の気遣いを無駄にするような無愛想な顔をしていたに違いない。あるいは困惑に満ちた顔だったかもしれない。
     残念そうな声音で、寂しそうな顔つきで。ぽつりぽつりと管理人がか細く語る。

     この際なので、素直ついでに訊いてみる。
    「どうしてあんたは俺なんかに対してそんなに気を遣う?元裏路地のドブ漁りだからか?哀れみから来るものだったら、」
    「心配だったんです」
     食い気味に返ってきた答えは、全く予想外のものだった。心配?はて、この点が始まってから管理人に心配などさせることがあっただろうか。比較的覚えているアブノーマリティばかりだから作業はそこまでヘマしていないはず。一体自分の何が心配なのだろう。
     怪訝な顔から疑問の顔へ。半ば固まった状態で管理人の言葉を待つ。
    「えぇと……ダフネさん、作業は手際良いのに……なんというか、仕事以外のことがさっぱりといったように見えて。それこそまさに典型的な裏路地出身者です、みたいな……。あーえっと、もちろん裏路地出身だから振る舞いが裏路地出身らしいってのは当たり前なんですけど、だからこそ、余計に……歪なんです。どうしてアブノーマリティへの作業はあんなに手際が良いのか。仕事”だけ”が、飛び抜けているのか」
     よく見ている。確かに割かし覚えているアブノーマリティに関しては半ば手癖で作業をする程には手慣れている。しかしなぜそれが心配に繋がるのだろう。普段の振る舞いと作業の良し悪し、全く関係ないだろうに。

    「とっくにご存知かもしれませんが、アブノーマリティの管理は常に危険が伴います。作業の結果が良いのは素直に喜ばしいことです。ですが、覚えることも多いですし、時には恐怖のあまりパニックを起こす職員だっています。……なぜ、”自称”裏路地のドブ漁りであるダフネさんが、これらの作業を的確にこなせるのか。脱走した際の鎮圧だってそうです。攻撃を仕掛けるタイミングや間合いの測り方など、とても初めて相対する相手への挙動とは思えなくて……」
    「……まどろっこしいな。何が言いたい」
     何かに気付いたのだろうか。だとしたら厄介なことになるかもしれない。警戒心が跳ね上がる。
    「ですから、その……心配なんです。アブノーマリティへの対応だけが上手な裏路地出身者なんて明らかにおかしいんです。何か特別な事情とか……何かがあったんじゃないか、って。ダフネさん自身のことですから、言いたくなければ言わなくても構いません」
     もちろん事情なんて言うつもりは欠片もない。
     この”管理人X”は、職員のことをつぶさに観察し過ぎだ。もっと駒のように扱ってくれたほうが気が楽だというのに。

    「別に仕事さえこなせてりゃ充分だろ。あまり無闇矢鱈と関わらないでくれ」
     踏み込まれる前に、話を切り上げてさっさと逃げるべきだ。そう思った。立ち上がり、ドアの方へ向かおうと、一歩。
     去ろうとする背中に管理人の声。

    「あ、ダフネさん!」
     つい、気になった。そこまで必死になって、この”管理人X”は一体何を自分に伝えたいのか。
     踏み出したばかりの足が止まる。
     また面倒事に首を突っ込むつもりか。ここから離れたがっているもう一人の自分が、頭の片隅で必死に警告する。
     警告を振り払う。多少面倒だろうが、”管理人X”という存在に対する好奇心が勝った。
     踵を返す。勿体つけるようにほんの少し振り返る。「気が変わらないうちに早く話せ」と。体と首の角度で言外に、続く言葉を促した。

     管理人の顔が綻ぶ。DVDのパッケージを両手で大切そうに抱えて、声を弾ませて。
    「時間に余裕がある日はお誘いしますから、一緒に続き、観ましょうよ」
     あぁほら、やっぱり面倒なことじゃないか。ただ、まぁ……
    「……気が向いたらな」
     事実上の肯定。どうせ業務終了後の自由時間なんて、することもしたいことも無い。暇潰しの口実として使わせてもらうか。

    ――実際の所は”続きの展開”に若干後ろ髪を引かれていた。
     ただ、それを正直に表に出すのが、どことなく悔しかった。



     管理人は、何度も記憶貯蔵庫へ戻った。
     今までの時間軸では情報チームを開放した時点で繰り返し記憶貯蔵庫へ戻ることはほぼなかった。精々厄介そうなヤツを収容してしまった際に戻ったのが数えるほど。
     管理人Aはとにかく先へ進みたがっていたようにも思えてくる。多少の犠牲は厭わず、1日でも先へ。
     管理人Xの場合は、どうも多くのアブノーマリティを観測して情報や装備を集めるというよりは、職員との親睦を深めるため――もっと言えば、“俺が環境に馴染めるように”。そのための場を作ることに、多くの時間を割いていた。
     何度も戻っている割に、未観測のアブノーマリティをなかなか収容してこない。記憶貯蔵庫に戻れば情報は保持されたままだというのに。うまいことやれば、HEクラスの装備だって手に入るだろうに。
     モノにもよるが、覚えている範囲で現状俺が作業に入れるHEクラスはいくらか居たはず。見ればきっと管理方法は思い出せる。きっと管理人Xには怪しまれるだろうが、それでも俄然死ぬよりかはマシに決まっている。
     それでも、管理人Xは既知のものを優先的に収容した。それが管理人の方針ならば、従うしか無い。どのみち現状の方針であれば、少なくとも危険が及ぶことは殆ど無いだろうし。

     管理人Xは2・3日に一度は業務終了後に「お時間空いてますか?」と訊いてくるようになった。
     意図は大まかに分けて2種類。職員たちと一緒に食事会をするか、管理人の部屋で“光の巨人”とやらの続きを観るか。

     管理人の部屋を訪れるようになって何度目か。数話分の鑑賞を終えて引き上げようとした際に、管理人Xが呼び止める声。今度は何だ。また面倒なことじゃないだろうな。振り返り、渋々話を聞く姿勢。
     珍しく、話を切り出すのが遅い。勿体ぶっているわけではなく、単純に言いづらいことをなんとか絞り出そうとしているように見えた。
    「何もないんなら、帰るぞ」
     多少強引に話を引き出そうと試みる。きっと俺に聞いて欲しい話であることには違いないはずだから。
    「あ、えっと、その」
     焦りを見せた管理人Xが、咄嗟に俺の手首を掴む。直後、「あ……すいません」と手を離したが、ここまで強く引き止めようとするのは初めてかもしれない。そこまでのことなのだろうか。話の続きが出てくるまで待った。

     おずおずと、管理人Xが切り出す。
     何を言われたのか、瞬時には理解できなかった。



    「これだけは、知っておいてほしくて。ダフネさんのお陰で、僕たち、凄く助かっているんです」


     ――――


     俺は、空っぽじゃなかった。それを教えてくれた、“あいつ”の言葉。

     ふと思い出して、どうにも恥ずかしくなって、おそらく真っ赤になっているであろう顔を管理人から見えないように背ける。
    「ダフネさん?」
     自分から訊いておいて、説明を聞く様子を見せず顔を背けた俺の様子に違和感を覚えたのだろう。管理人が呼びかけてくる。
    「や、悪い。クシャミ出そうだったから」
     どうにも苦しい嘘で誤魔化す。
    「わ、顔赤くないですか?熱あります?今日はもうやめときましょうか」
     赤く染まった顔の意味を取り違えた管理人が慌てる。なんだろう、この温かな気分は。本当に風邪でもひいたのだろうか。苦笑いしながら、大丈夫だからと管理人をたしなめる。それでも管理人は体温計を持ってきて、本当に熱がないか確認する。勿論熱はないのだが、「念のため」と今日の分の勉強時間を切り上げて俺を帰そうとする。
     心配性だな、管理人は。

     ついさっきまで見せていた、深刻そうな顔で思案する管理人の顔はとうに忘れていた。
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    アロマきかく

    DOODLEたまにはサブ職員さんの解像度を上げてみよう。
    49日目、オフィサーまでも一斉にねじれもどきになってその対応に追われる中、元オフィサーであったディーバにはやはり思う所があるのではないか。そんな気がしたので。
    甲冑で愛着禁止になったときも娘第一的な思考だったし。
    なお勝手に離婚させてしまってるけどこれは個人的な想像。娘の親権がなんでディーバに渡ったのかは…なぜだろう。
    49日目、ディーバは思う 嘔吐感にも似た気色の悪い感覚が体の中をのたうち回る。その辛さに耐えながら、“元オフィサー”だった化け物共を叩きのめす。
    「クソっ、一体何がどうなってやがんだよ……ぐ、っ」
     突然社内が揺れ始めて何事かと訝しがっていたら、揺れが収まった途端にこの有様だ。
     俺がかろうじて人の形を保っていられるのは、管理職にのみ与えられるE.G.O防具のお陰だろう。勘がそう告げている。でなければあらゆる部署のオフィサーばかりが突如化け物に変貌するなどあるものか。

     もしボタンを一つ掛け違えていたら、俺だってこんな得体のしれない化け物になっていたかもしれない。そんなことをふと思う。
     人型スライムのようなアブノーマリティ――溶ける愛、とか言ったか――が収容された日。ヤツの力によって“感染”した同僚が次々とスライムと化していく。その感染力は凄まじく、たちまち収容されている福祉部門のオフィサーが半分近く犠牲になった。そんな元同僚であるスライムの群れが目前に迫ったときは、すわ俺もいよいよここまでかと思ったものだ。直後、管理職の鎮圧部隊がわらわらとやって来た。俺は元同僚が潰れてゲル状の身体を撒き散らすのを、ただただ通路の隅っこで震えながら見ていた。支給された拳銃を取り出すことも忘れて。
    3225

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    アロマきかく

    MOURNINGコービン君から見た緑の話。
    と見せかけて8割位ワシから見た緑の話。未完。
    書き始めたらえらい量になり力尽きて改めて緑視点でさらっと書き直したのが先のアレ。
    コービン君視点、というかワシ視点なのでどうしても逆行時計がなぁ。
    そして33あたりから詰まって放置している。書こうにもまた見直さないといかんし。

    緑の死体の横で回想してるうちに緑の死体と語らうようになって精神汚染判定です。
     管理人の様子がおかしくなってから、もう四日が経つ。



     おかしくなったというよりは……”人格が変わった”。その表現が一番相応しい。むしろそのまま当てはまる。
     Xから、Aへと。

    「記憶貯蔵庫が更新されたらまずい……それまでになんとかしないと……」
     思い詰めた様子でダフネが呟く。続くだろう言葉はおおよそ察しがついていたが、念のため聞いてみる。
    「記憶貯蔵庫の更新をまたぐと、取り返しがつかないんですか?」
    「……多分」
    「多分、とは」
    「似た状況は何回かあった。ただし今回のような人格同居じゃなしに、普段はXが表に出ていてAは眠っている状態に近い……っつってた、管理人は。相変わらず夢は覚えてないし、記憶同期の際に呼び起こされるAの記憶は、Aが勝手に喋ってるのを傍観しているような感じだったらしい」
    24245

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