ダアトの底から見ている「ここも……皆、死んでる……」
子供は生存者を探していた。
この施設を救うため。
正確には、ちょっと違うかな。
この施設で共に働く、とある少女を救うため。
「……っ、はぁ……はぁ……っぐ、う……」
子供の左手があらん限りの力を込めて右肩を押さえる。
その手はすっかり真っ赤に染まって、ぬらぬらと気味悪く照明の光に照らされる。
押さえている右肩、そこにあるべき右腕は無い。
制圧対象である幻想体に、切り落とされてしまったから。
子供は脇腹にも傷を負っていた。
まるで右脇腹の一部が欠けたかのようにえぐられており、傷口からは止め処なく血が零れ、時折内臓の一部が覗く。
この傷も、先の幻想体がつけたもの。
収容違反を起こし、現在進行系で施設内を徘徊している幻想体は、とても職員だけで制圧できるものではなかったようだね。
管理人は見かねてR社のウサギチームに頼ったけれど、戦闘のプロである彼らをしてなお制圧できなかったんだ。
結果、生存者を求めて今も子供が探して回る先。どこもかしこも、生きている人間はいまだ一人として見つかっていない。
「管理人がTT2プロトコルを使わないのなら、もう……あれしかない、ってのに」
このときの管理人に何が起きていたのか、当然子供は知る由もない。
たった一回の失態で、施設全体が壊滅してしまった。
その責任の重さと、一体で施設を壊滅させるに至る幻想体の恐ろしさと、不甲斐ない結末を直視した。
その結果、心が壊れて放心していたんだ。
でも、そんなこと知らされなければわからないよね。
だから、子供は自分が今できることをするしかなかった。
逆行時計という幻想体の力で、施設全体を平穏だった時間まで戻すこと。それが子供の目的。
けれど、それを実行するには大きな問題を乗り越えなければならなかった。
それは、逆行時計のゼンマイを巻くための協力者を見つけること。
逆行時計を使用するには、やたらと大きくて重たいゼンマイを巻く必要があるんだけど……
右腕を失い、右脇腹もえぐられた今の子供には、とても一人で回せる代物じゃない。
だから、一緒に重たいゼンマイを回してくれる協力者が必要だったんだ。
だけど、行けども行けども見つかるのは死体ばかり。
今の施設で解放済みの部門である一番奥、抽出部門まで瀕死の身体を引きずりながらもやって来たけれど、ここにも生存者は居ないか、と思った矢先のこと。
「……え……?」
子供は一瞬我が目を疑った。見間違いかと思いかけた。
折り重なるように倒れていた死体の一番上。
ぐったりとして一見死んでいるように見えた人物の胸が、僅かに上下しているように見えたんだ。
子供は既にいつ気を失ってもおかしくないほどに出血していた。
足元もおぼつかないし、視界だって霞んできている。
見間違いかもしれないけれど、今の子供にとって一縷の望みとして縋るには、充分すぎる糸だった。
子供がその糸に縋った結果どうなったかは……別の機会にしようか。