6話前提雑誌の発売時期と撮影する時期は必ずしも、一致するとは限らない。
夏服を着て撮っているのに季節は2月半ばから3月の初めという、肌寒いなかだったりする。それは冬服も同じでモコモコのジャケットに中はセーターなど厚着なのに汗ばむような陽気のなか、涼しい顔をして撮影へ臨まなければならなかった。
雑誌の撮影は片手で数えるほどの回数しかこなしたことがないが、モデルが本業でない自分でこうなのだから本当に大変だろう。
「こっちに目線くださーい」
「うーん、もうちょっとアンニュイな表情がいいかな……そうだなあ、食べたいと思ったケーキが自分の前の人で売り切れた時みたいな」
「すみませーん。こっちのメイク直し終わりましたー!」
今回の撮影は郊外にある南仏──プロヴァンス風の建物が多く立ち並ぶアウトレットモールをすべて貸し切り、行うという大掛かりなものだった。
今回、雑誌のモデルを依頼してきた出版社は、一回オファーを受ければモデル自身になんらかのトラブルが生じない限り、3年契約で使ってくれるそうだ。8LOOM再始動という話題性もあるし、それに乗じて名前と顔を売らないとね、という香坂の敏腕マネジメント戦略もあり、二人ずつの組み合わせで1号ごと交代制の条件なら、と雑誌モデルの案件を掴み取ったのだ。
掲載後の反響を見て、その都度モデルの組み合わせを変えると言っていたが第一回はとりあえず王道でいこうということになった。弾となる、有起哉と栄治に巧、公式双子の竜星と宝でいくことになり記念すべき第1回目は弾となるに決まったいきさつがある。
「すみません、あと30分後に撮影入りますね!」
どうやら自分たちが載る前のページでモデルを務める人が、寒さで唇が真っ青になり大至急でメイクを施しているらしい。ばたばたと忙しなく走り回るスタッフに、駆け寄り際そう謝られ、充電式カイロを頬に当てて暖をとっていた大二郎は、いえと頭を振った。
「僕らは大丈夫なので、そちらのモデルさん優先してください」
「ごめんなさい! 準備できたら速攻、呼びに行きますんであったかくしておいてくださいね」
「はい」
カイロを頬にあてて暖をとっている大二郎に、スタッフは恐縮したようぺこぺことお辞儀を何度もして、去っていった。大二郎とスタッフとのやりとりを横で見ていた弾は首をすくめる。
「てか、そもそもこんな真冬に夏服の撮影するっていうのがまずすごい」
弾の恰好は大二郎と同じく足元まですっぽり覆われているロングダウンコートに首元は黒と白のタータンチェックのマフラーを巻いている。
ロングダウンコートはどんなにスタイルがいい人でも、すごく野暮ったくなるものとして有名なのだが、なぜか弾が着ると洗練された装いになるので不思議だった。
さっきメンバーへ写真を送り、『雪だるまみたいでかわいい』と巧からメッセージを貰った自分とは雲泥の差だ。少し悔しくなったので念のためにと持ってきていた防寒用のうさ耳ニット帽を後で押し付けようと、こっそり心の中で考えていた大二郎は弾の呟きに一拍、遅れて反応した。
「本当だよね……冬でこんな死にそうなんだから夏とかすごく地獄じゃない? 7月でも秋服着るんだって」
大二郎の言葉を聞いて、弾はその場面を想像したのか眉を寄せた。
「冬より夏の方が無理だから、夏のときは引き受けない」
「でも3年契約だし冬の号しか載ってなかったら変に思われるよ」
「そうかもしれねえけど、俺は無理」
このまま議論しても堂々巡りになりそうだったので大二郎は話の方向を変えようと、口を開いた。
「なんか、あったかいのもらってくるけど弾は何がいい?」
寒い中の撮影だからか、今回は欲しい時に温かい飲み物や食べ物をを自由に飲み食いできるようにとスタッフ側の計らいでキッチンカーが用意されている。
キッチンカーで提供されているドリンクはスープ系からお汁粉、コーヒーなど色々な種類があり迷うほどだ。
弾にたずねると即答で『ホットコーヒー』と返ってきたのに大二郎はうなずいた。
「了解。ミルクは要る?」
「少し寒いし砂糖も追加で」
弾の注文に大二郎は笑顔を向けてから持っていたカイロを弾へ放り投げた。突然、大二郎が取った行動に弾は瞳を大きく見開きながらも危なげなくキャッチする。
無事、カイロのリレーは引き継がれた。
「じゃあ行ってくるね~」
「……おう」
カイロ──使い捨てカイロではなく充電式のポータブルカイロを受け取った弾の顔が次の瞬間、少し引きつった。
なぜかというと大二郎が今日、持ってきていたカイロの形に理由があった。普通の形状──四角形や円形でなく可愛らしいクマの形をしたものだったからだ。
可愛いもの好きを公言しているからか、ファンミーティングや握手会などでそういったファンシーグッズを貰うことが多い。せっかくもらったのに、眠らせていてはもったいないと積極的に使っている。
今日、持ってきていた充電式カイロとうさ耳ニット帽は一番、使用する頻度が高く重宝していた。
カイロをダウンコートのポケットに入れていくこともできたが、弾がそういったあったかグッズを一つも持ってきていなかったのが、気がかりだったのでカイロを預けたのだ。
「カイロで手、あっためとかないと撮影の順番が回ってきたとき、かじかんで思ったようなポーズとれないから大変だよ」
グッズのモチーフが可愛かったり、自分の持つイメージ的にそぐわないと気恥ずかしさの方が勝つのか貸しても使わないことの多い弾なので、大二郎は先手を打って仕事に支障をきたす点を強調して伝えることにした。
するとカイロをダウンコートの両袖に包んで隠しながら使おうとしていた弾の動きが止まる。そうして渋々といった態度で袖の中に引っ込めていた両手を出し、せめてもの抵抗とばかりカイロを裏返しにしていた。