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    きいろ

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    きいろ

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    ふるやさんがある日でろやさんになってしまって…!?といういつもの変なあむ~かです!よろしくどうぞ(っ`•◡•´)っ
    ※18000字超あるのでシクトリ期間が終わっても今月中でしたら読めます。読んでやるか~って方はブクマしてゆっくりご覧ください。

    #安赤
    #シクトリ9

    【5月中公開】でろやさん00:

    「このままではでろやれいになってしまう」
    「なんて?」
    「赤井の母性がすごいんだ……」
    「なんて?」


    01:降谷

     赤井とお付き合いを始めた。組織を壊滅させてしばらくしてのことだ。
     和解して、捜査協力して、背中を預け合った。その時には、降谷の中で赤井の存在は大きくなりすぎていた。
     もう一歩で恋に落ちそうと自覚したとき、降谷だって否定はしたのだ。
     勘違いもあったとはいえあれだけ憎んだ相手だぞ、どの面して惚れるんだしっかりしろ。
     なるべく適切な距離を取って、気持ちがばれないように立ち回るんだ。
     ――と。言い聞かせたのだが。
    「降谷くん、今日の飲み会は来るのか? ご飯がおいしいらしい」
    「行きます」
     即落ち2コマもびっくりのチョロさである。しっかりしろ降谷零。
     しかし体は正直なので、飲み会では赤井の隣をキープし続けた。風見に心配そうな目で見られようが、スターリング捜査官に呆れられようが、赤井の隣を誰にも譲らなかった。
     赤井を見る自分の目が蕩けていることを自覚したが、ここまできたらもう構うものかと開き直った。酒の力もある。開き直ったので、赤井にバレても全く問題なかったが、「はて? 降谷くんはどうしてこんなに俺を見るのだろう」くらいで確信には至らなそうだった。肝心なところで鈍い赤井秀一も解釈一致だ。かわいい。
     まんまと連絡先を交換し、メッセージやスタンプを送り合う仲になった。ほどなくして昼休みにご飯に誘った。残業がなければ夜飲みも誘った。そのうち休みの日にはドライブもするようになる。友人としてはこれ以上ないくらい順調なステップを踏んでいった。
     仕事外の赤井はよく笑い、よく拗ね、よく食べ、よく飲んだ。降谷が持っていた赤井秀一というステレオタイプを打ち壊す快闊さだ。
     赤井の隣は心地よかった。またもとろんと恋する目を向けられた赤井は、もはや常連となった狭いバーで、ようやく降谷の感情に気付いたようだった。だが彼は驚きこそすれ、全く拒絶反応を示さなかった。降谷がその手を握ってもだ。
    「赤井、その……、あの……」
     バーテンが気を使ってこちらから身を離し、グラスを拭き始める。赤井は緑の美しい目を降谷から離さなかった。
    「俺……、えっと……」
     言葉が出てこなくなった降谷に、赤井は手を握り返した。
    「うん。ゆっくりでいい」
    「え! あ、えと、えと……」
     赤井の言葉はYESも同然だった。安心して告白していい場面だが、これまで色恋に縁遠かった降谷の緊張が解かれることはなく、目をぐるぐるさせながら何とか言葉を捻りだした。
    「好きです、赤井! お、俺を! 幸せに! してください!」
     多分、赤井以外の人間が相手であれば、こんな他力本願な告白はしなかっただろう。降谷には、仮面を被っていいのであれば、嘘と虚飾で場の雰囲気を作り上げ、相手に幸せを感じさせるだけの力量はある。だがこの時ばかりは、降谷も幸せになってみたいのだというささやかな欲が前面に出てしまった。
     ぼぼぼっと顔が赤くなる。こんな告白があるか!
     見れば、赤井はびっくりした表情のあと、照れたように綻んだ顔で、
    「うん」
    と言った。うん! あの赤井秀一の、うん!
    「きみを、幸せにする」
     その時の降谷の心情たるや。
     非常に情けない告白だったが、やり直したいと微塵も思わなかったのは赤井がすこぶる優しかったからだ。
    「いっぱい、大事にするよ」
     頬にキスをされながら言われた台詞に降谷はもうめろめろで、一気に酔いが回ってしまって、気付いたら赤井のホテルのベッドで一緒に眠っていた。もちろんティッシュやスキンが転がっていることもない、健全な朝だ。
    「おはよう、Mr.Perfect」
     どこがパーフェクトなもんか。あんな告白を許す男はお前くらいだよ。
     そう言いかけたが、隣にいる寝起きの赤井秀一の眩しさに、都合の悪いことは投げ捨ててしまうのだった。


    02:降谷

     かくして安赤が成立した。
     赤井も降谷も交際を隠しはしなかったので、そうと知れたときは周囲がざわついたし、正気を疑われた。大変に失礼な話とは思うが、それまでの降谷がアカイコロスマシーンだったので仕方ないことではある。風見やFBIの数人は降谷の恋を知っていたのでお祝いされた。これはこれで気恥ずかしい。
     降谷は浮かれ切っていた。これまでの降谷の人生は散々に散々をミルフィーユしたようなものである。恋なんて初恋以降は全くない。モテはしたがそれどころではなかった。
     やっとできた恋人だ。その恋人が赤井秀一だという。
     あの、シルバーブレットが、恋人!
     恋人としての赤井こそMr.Perfectだった。赤井もFBIとして残務処理をしているが、自国の警察官である降谷のほうがどうしても比重は大きい。赤井はホテルを引き払い、毎日ぼろぼろになるまで残業している降谷の家に転がり込み、衣食住のほぼ全てを担った。実質結婚である。妻と言っても過言ではない。降谷はさらに浮かれた。
     意外や意外、赤井は掃除も洗濯も料理も得意だった。
     赤井一人だったら絶対やらなそうなことを降谷のためにやってくれている、特別感。
    「掃除なんてロボットがやってくれるし、洗濯だって乾燥機付きだから干す必要もないんだぞ」
     そう笑っていたが、ロボットが掃除できない水回りや油跳ねも綺麗になっているし、シャツもハンカチもパリッとアイロンがかけられている。休日にはこまめに布団も干しているらしくいつだって太陽の香りがするし、料理なんて煮込みしかできないと思っていたがそれは早合点だったらしく、レシピも見ずにぱっぱと作ってくれる。
    「おいひい……」
    「それはよかった」
     豚肉と野菜の甘辛炒め、ニラとキャベツたっぷりのスープ、ほうれんそうの小鉢に、ヨーグルトとフルーツでできたゼリー。
     疲れて帰って、赤井とハロが並んで出迎えてくれるだけで涙するくらい嬉しいのに、暖かいご飯を愛しい人と一緒に食べて、このあとも暖かい風呂と干された布団が待っている。
     散々ミルフィーユな人生でこんな幸福を感じる未来があるとは思わなかった。
     愛されている。
     そう、一部の隙もなく信じられる。
     毎日でろでろになる。
    「きみを幸せにするならこれくらいできなくてはだめだろ?」
    「これがスパダリ……いや、バブみ……?」
    「なんて?」
    「今晩、あなたのこと抱いていいですか」
    「抱……、う……、うん、いいよ。実は、明日休みだと言っていたし、そろそろかなと思って、その……」
    「準備してくれてた? 俺に、抱かれるために?」
     すごい響きだ。男が憧れる男上位ランカーな赤井秀一が、降谷零に抱かれるために、準備をする。
     降谷は童貞なので、抱かれるより抱きたいと明言してあった。ちなみに以降もトップを譲る気はない、赤井を抱きたいのだとも言ってある。赤井はOh……と絶句したものの、降谷がかわいく強請るように言えば陥落した。
    「はじめてなんだ。最初からお互い、うまくできるなんて思わないでくれよ」
    「う゛♡!!! 好゛き゛♡♡♡!!!」
    「ああ、泣くな降谷くん。ほら、ちんして」
     ばぶ……
     ついつい初夜前から攻め側が「゛」と「♡」を使ってしまったが、ご愛敬である。
     この作品は年齢指定がつかないので、このあと別段初夜描写があるわけではないことも注意されたい。


    03:風見

    「うまくできるか保証はないって赤井は言ってたけど、体の相性も最高だった。初めてながら赤井を存分に喘がせることができたと思う。いい休日だった」
    「なぜ……自分にそんな報告を……」
    「だって他に言える人いないし。風見なら他に漏れることもないだろ」
     尊敬する上司に信頼されているのは非常に、非常に嬉しいのだが、もっとこう、仕事関係でそういうことを言われたかった。
     しかしながら今日の上司はいつも以上に肌つやがよく、上機嫌で、仕事もいつも以上に効率よく捌いている。
     あれだけ憎悪を向けていた赤井秀一に惚れ、告白し、同棲し始めたときにはあまりのスピード感に卒倒しかけたが、蓋を開けてみれば上司の調子は右肩上がりだ。話を聞く限り、赤井が降谷に尽くしているらしい。
     風見からすれば赤井は自主的治外法権FBIで強面で無口で超絶腕のいいスナイパー。引き締まった肉体を持つ足長美形ではあるので、同じ男として若干の憧れはあるものの惚れる要素など皆無だ。ちなみに余談だが、風見は視力が弱いので、個人的にはどこかの部族かと思うほどの優れた視力が一番羨ましい。
     降谷がどんなにいい男とはいえ、大人の男の色気を擬人化したような赤井が告白に頷いたことも衝撃だし、抱かれたことも衝撃だし、その上尽くすような性格をしているとはにわかには信じがたかった。……目の前に現実があるわけだが。
     とはいえ、降谷ほどの男に対して赤井秀一が番うというのは、スペックだけで見れば、あるべきところにあるべきピースが嵌っているような、奇妙なまでの整合性がある。そしてなんだかんだ風見は上司を尊敬していたので、彼がにこにこ笑っているのに不満はない。
     だから。
    「赤井の料理がおいしくて食べ過ぎる。太ったらどうしよう」
    「ハロくんと散歩していれば大丈夫でしょう」
    「見てくれこの弁当! 彩りも栄養バランスも完璧なんだ」
    「おいしそうですね」
    「今朝の赤井もかわいくてさ~」
    「昨日も聞きました。ついでに言うなら一昨日も、一昨昨日もです」
    「ハロと赤井がじゃれてるのを見ると泣きそうになるんだ」
    「それ絶対その後赤井捜査官によしよしされる流れですよね」
    と、このような面倒な上司にもついうっかり逐一レスポンスをして、壁打ちじゃない喜びを降谷に与えてしまっていた。
    「このままではでろやれいになってしまう」
    「なんて?」
    「赤井の母性がすごいんだ……」
    「なんて?」
     これまで体を張って潜入捜査をしてきた上司がほのぼの惚気られるようになったのはいいことだ。風見は降谷がいかに幸せかを語る傍ら、半分聞き流すようにしてダメージを軽減しつつ、年下の上司を微笑ましく(生温くとも言う)見守っていた。
     この時は、まだこのあとあんなことになるとは思っていなかったので。
     具体的には、でろやれいが真実になるとも思っていなかったので。
     そんなん予測できるやつ、いる?


    04:風見

     どえらいことが起きた。
     上司が原型を留めていない。
     その日、昼から出社した風見が見たのは上司の机にあるどろどろした何かだった。よくよく見れば降谷の特徴的な前髪が見て取れるが、完全にスライムの形状である。
     この部屋にいる公安メンバー全員が全員、何とも言えない表情で遠巻きにしている。
     風見は眼鏡を外し、眉間を解し、再度眼鏡をかけてその物体を見た。残念ながら、スライムは健在だった。
     次に、タブレットで降谷の出勤状況を確認した。出勤している。書類の進捗も見た。進んでいる。スライムの後ろから覗いてみる。器用にぺちぺちパソコンを叩いて書類を作っている。
     つまり、このスライムこそ降谷に相違ない。
     うそだろ。
    「……」
     憐れみとエールのような視線を部屋中から感じ取れた。
     いや、昼出勤の風見を待つな。それでも公安か。誰か一人くらい特攻して現状確認を試みたのちに華々しく散れ。……と、叫びたいのを何とか堪える。大人なので。
     風見はすーっと息を吸い込んだ。そして、決意を固めるとスライムに声をかけた。
    「おはようございます、降谷さん」
    「ああ、おはよう風見」
     スライムはしっかりと挨拶を返してくれる。「縺ゅ≠縲√♀縺ッ繧医≧鬚ィ隕」みたいな返答を想像して最悪に備えていた風見とその周囲は、ひとまず胸を撫で下ろした。
    「降谷さん。つかぬことを伺いますが、体に違和感はありますか」
    「違和感……」
     スライムがこてんと首(?)を傾げる。
     普段の見目麗しい姿であれば、そこらへんの妙齢の女性などが見たらころっと惚れてしまうような可愛らしさだったのだろう。だがこの場にはむくつけき公安野郎しかいないし、そもそも降谷はスライムだ。なんだスライムって。どういうことだ。
    「パソコンが打ちにくい」
    「でしょうね」
    「何だか力が入らない」
    「わかります」
     むしろなぜ当の本人が気付いていないのかが分からない。そしてスライムになってますよ、と直截的に言ってしまっていいのかも分からない。
     風見が思考の足踏みをしていると、コンコンと軽いノック音が聞こえた。ドアが開くと同時、目の前のスライムがしゅっと人の形を取ったので、風見は仰け反るほど驚いた。
    「失礼。降谷くんはいるかな? 頼まれていた書類を持ってきた」
     この降谷の変形から気付いていたが、やってきたのはやはり赤井秀一その人だった。降谷はいつもよりもびしっとした隙のない姿で赤井から書類を受け取る。きらきらエフェクトがやかましいくらいだ。先程までスライムだったとは思えない男ぶりである。
    「うん。中身も問題ないですね。これで申請します」
    「助かるよ。ところで、きみ、お昼はもう食べたか」
    「いえこれからです。えと……」
    「うん。誘いに来たんだ。キリが良ければどうかな」
    「もちろん!」
     降谷は元気にそう応えると、デスクをぱぱっと片付けて風見に2、3指示を出し、意気揚々と出かけて行った。
     風見はそれを見送り、一時的に引き継いだ降谷の仕事を確認する。
     驚くべきことに、進捗は全く問題がない。あのぺちぺちキーボードを叩いているようにしか見えないスライムの手で普段のペースということは、少なくとも内勤には何の影響もないということだ。
     外勤についてもあの上司がうつつを抜かしてミスをするとは思えなかった。つまり、外見がスライムになっただけ(だけ?)ということになる。
     風見がようやく自分のデスクに座ると、気を利かせた部下がコーヒーを出してくれた。礼を言って口をつけると、温かさがじんわりと広がっていく。ほっと息をついて椅子に寄りかかり、天井を見上げた。そして、ぼんやりと答えを見つけた。
    「……あ、……骨抜きってことか……」
     風見の周りから、「ああ……」「なるほど……」「そっかぁ……」と納得したような声が複数上がり、その後はただカタカタとキーを打つ音だけが響いた。


    05:風見

     今日もでろっている


    06:風見

     今日もでろでろだ


    07:風見

     でろ


    08:風見

     今日もスライムだが、仕事に支障はないし、幸せそうだし……
     いいか!


    09:風見

     だめそう


    10:風見

     直談判に行くことにした。他でもない、上司のでろでろ具合が加速しているからである。
    「ちょっと出てくる……」
     振り絞るような声でそう言った風見に、行き先を察した仲間たちからエールが届く。代わりに行ってくれと返すと全員が明後日の方向を見るので、風見は心に傷を負った。
     風見は涙を堪え、廊下に出てずんずんと進んだ。向かう先はFBIのために用意された会議室だ。
    「失礼します!」
     ノックもそこそこ、部屋に入った風見にFBIの面々の視線が刺さる。FBIの面子は総じてガタイが良く、強面も多い。そして野次馬感もすごかった。ある種の圧を感じながらも風見はそれを無視し、一際目立つ男へと歩み寄った。
    「赤井捜査官」
    「うん」
    「お話が」
    「分かった」
     少しお借りします、と断って、風見は赤井を連れて別の部屋へと向かった。小さな面談用会議室である。お茶も何もなく、真向いに座り合ってから単刀直入に切り出した。
    「降谷のことですが――」
     ああ、と赤井が頷く。当然風見が単身乗り込んで赤井を指名すれば自ずと用件は知れるというもの。そこに驚きも意外性もない。
     だが、風見が次に差し出したものにはさしもの赤井も目を見開くこととなった。
    「これを見てください」
     タブレットには公安執務室の監視カメラの映像が流れる。ここです、と風見が指さした先が降谷のデスクだ。そこにはでろっとした物体がぺちぺちタイピングしている姿が見受けられた。
    「これは……降谷くんか?」
     分かるんだ!?
     この骨のない軟体動物と降谷を結び付けられる人間などそうそういるとは思えない。赤井はほぼノータイムで正解を導き出したのだ。
     これが愛の力ってやつか……。風見は一種の感動を覚えた。
    「かわいい……」
     かわいいんだ。愛の力ってすごい。風見は二種目の感動を覚えた。
    「この姿は一体? 俺は初めて見るが、きみたちの傍だとこんな姿に?」
     赤井の台詞には嫉妬が滲んでいて、風見は顔を真っ青にして首を振った。とんでもない冤罪である。元凶筆頭に容疑者扱いされては堪ったものではない。
    「多分赤井捜査官のせいですよ」
    「俺の? 悪いが心当たりがない」
    「こうなったのは赤井捜査官と恋仲になってからです。加えて言えば、降谷さんはこうなる前に貴方との生活が満たされすぎてでろでろになってしまう、と予告のようなことを言っていました」
    「それは……なんなら嬉しい評価だが」
    「まぁ、あなたにとってはそうでしょうけれども。そして降谷はこの状態でもなぜか仕事は完璧ですし、外に出る時は人間体ですし、いわんやあなたの前をや」
    「突然の漢語」
    「ただ、スライム化が日々増しており、見た目に不安があるというか。公安全体の士気にも関わりますので、赤井捜査官にも協力を要請したいんです」
    「構わないが、具体的には?」
    「その……母性を……」
    「は?」
    「母性を抑えていただきたいんです」
    「ぼ……?」
     赤井の戸惑いが伝わってくるし、その戸惑いは残当(残念ながら当然)である。
     いやなに? この理想の男の具現化みたいな――なんなら定冠詞を付けたっていい、THE 男である――赤井に、母性を抑えろって、なに? とは、風見が一番思っている。
     自分で発言しておいてなんだが、人生でこんな台詞を発言することになるとは思わなかったなぁ、と遠い目になりかけた。
    「ええと、降谷くんに優しくするな、控えめにしろ、甘やかすな……ってところか」
    「はい。想像ですが、あなたが甘やかしたぶんだけでろでろ度が増すのではと」
     赤井は少し考え込む。ややあって、端的に言った。
    「無理だ」
    「無理……」
    「その、降谷くんと恋人になったろ?」
    「はい」
    「もうどれだけでも愛していいんだって思ったら、止まらなくて」
     ぽっと赤らんだ頬に手をやる男は、たしかに、赤井に性的興味の全く湧かない風見をもってしても、ぐらりとくるような色香があった。
     歓迎すべき相思相愛ぶり、それがここでネックになるとは。
    「加減すればいいだけですよ!?」
    「あんなにかわいいのに?」
    「甘やかすなとは言いませんが、いい塩梅にしてくれませんか!」
    「あんなにかわいいのに!?」
    「ほんとに降谷さん大好きですね!?」
     直談判すれば好転するだろうと予測していた風見の目論見は打ち砕かれた。いや、ちょっと考えれば想像できたことではある。赤井が降谷に対してどこまでも愛情深いということは、惚気で聞いていたので。
     うぐぐと頭を抱えた風見に、赤井はとても言いにくそうに手を挙げる。
    「はい、赤井捜査官、発言どうぞ」
    「風見くんも知っての通り、もうちょっとで降谷くんの誕生日だ」
    「そうですね。……まさか……」
    「当日は休みを申請してあるはずだ。前日は仕事だから遅くなるかもしれない。最悪日を跨ぐかもしれないが、その、一番に祝わせてくれないだろうか」
     別段構わない。降谷だってそれが嬉しいはずだ。だが今。今か~~~
     この話をしたあとでその要請をしてくる赤井の神経の図太さにも呆れるが、降谷の誕生日という一大イベントが控えていることは風見も承知している。
    「誕生日、ですもんね……! わかり、ました……!」
     苦渋の決断であることを全面に出して首肯する。
     風見は上司の幸せを願っている。これまで危険な任務についていたあの人が、組織を潰してから初めて迎える、恋人との誕生日だ。何があっても必ず降谷を呼び出すことなくその日を過ごしてほしい、そのための努力は厭わない。
     が、それはそれ、これはこれだ。
     協力の要請に来て断られ、逆に要請されるとは不覚である。
    「誕生日明けの降谷さんは原型を保ってないかもしれない……」
    「それだが、案外上手くいくかもしれないぞ」
     へ、と顔を上げた風見に、目の前の美丈夫がぱちんとウインクする。その気障な仕草さえ様になっていて、風見は少しいらっとした。けっして僻みではない。


    11:降谷

     三徹だった。
     くたくただった。
     激務の合間に激務をこなすという、わけのわからない忙しさを乗り越えた。
     四徹だけは回避したものの、帰ったのは明け方に近かったから、もしかすると判定はグレーかもしれない。
     帰宅すると、愛犬と恋人がわざわざ起きて出迎えてくれた。ほかほかの晩御飯(晩…?)を出され、食べ終わったくらいのタイミングで風呂の追い炊きが鳴る。風呂から上がれば太陽に十分当てられたふわふわのタオルでくるまれ、寝室へと連れていかれる。親が子供にそうするように、布団の中で、優しくぎゅうっと抱き締められて、眠りへと落ちる。
     忙殺明けの降谷に待ち受けていたのは、そんな夢のような歓迎だった。性的な接触は何もなく、ただ慈しまれ、愛を享受する。
     満ち足りる、ということを、初めて、知る。
     満ち足りていい、ということを、肯定される。
    「ふふ……ふにゃふにゃ言ってる……」
     かわいいな、と頭の上から聞こえる。天鵞絨のような、艶やかで重みのある、優しい声。
     恋人の声だ。
    「おめでとう、ふるやくん」
     おめでと……?
    「ゆっくり休んでくれ」
     うん。うん……
     声は出なかった。頷けていたかも定かでない。けれど、赤井の存外柔らかな唇が降谷の頬に落ちて、伝わったのだと分かった。


    12:赤井

     赤井はこの国の警察官ではなかったから、実働に駆り立てられることはあっても、事務処理は最低限だ。対して降谷はこの国の警察官であり、最後まで最前線で潜入をやり遂げた重要人物なので、現場もデスクワークも山のようにある。
     恋人になった今、せめて家では心穏やかにあってほしいと願い、しれっと降谷のマンションに転がり込んだ。降谷はアレッという顔はしたものの、赤井を追い出すことはなかったし、自惚れでなければ喜んでいたように思う。
     赤井のほうが先に帰宅することが多かったので、今日は帰れそうだと聞いていた日に、ふと思い立ってご飯を作って出迎えてみた。
     それだけで降谷は泣きそうな顔をしたので赤井は驚いた。赤井にとっては、家族や恋人であれば日常の風景に過ぎない一コマだったからだ。
    「ありがとう、おいしい」
     啜り泣きにも聞こえる声が、切なく、愛おしいと感じたので、自分ひとりではおざなりになってしまう面倒な家事を率先してこなすようになった。
     自分でも知らなかったが、存外恋人に尽くすことに喜びを覚えるタイプだったらしい。降谷が赤井のやったこと全てに気が付いて、こまめに感謝を示してくれることも大きかったかもしれない。とにかく毎日楽しくてたまらなかった。
     しばらくそんな生活をしていたが、ある日リビングで食後のお茶を沸かしている時に降谷が口を開いた。
    「そんなに色々やらなくたって、俺だって家事は得意なんですよ」
    「ん? うん。知っているよ。休みの日はきみがやってくれるじゃないか」
     赤井も人並みにはこなせるが、まだまだ降谷のほうが効率よくできるし、料理の出来だって数倍上だ。
    「赤井だって疲れてるでしょう? 休んでますか?」
    「もちろん。こっちは狙撃の仕事でも入らない限り徹夜だってないからな」
     そう言いながら、ふとあることに思い至った。
    「好きでやっているんだが、あまり、手を出さない方がいいか? きみの領域を侵犯する気はなかったが、そう感じているのなら、」
    「違う」
     間髪入れずに否定される。あまりの速さに、赤井はぱちぱちと目をしばたたかせた。
    「違う、もうここはあなたの家でもあるんです。俺だけの領域だなんて思ってない……」
    「嬉しいよ」
    「料理もおいしいし、帰ってきて赤井とハロがいるのを見ると、ほっとする」
    「よかった」
    「無理をしていないならいいんです。いつもありがとう。あの……、愛してます」
    「うん。俺もだ」
    「ん……」
     そこで話は終わった。続きがありそうだなと思ったが、降谷は言う気がなさそうなので、赤井もあえて追うことはしなかった。
     続きそうな言葉も推測できていたので。


    13:赤井

     ぐっすりと深い眠りに落ちた降谷と共に、再度の睡眠に就いた赤井は、朝方ゆっくりと目を覚ました。降谷が帰宅したのがそもそも朝に近かったから、昼過ぎまでは眠らせてあげたい。この部屋は防音も優れているし、カーテンだって遮光だ。携帯が鳴らない限り、降谷の睡眠は妨げられることはないだろう。
     潜入捜査官であった時分には、時間はいくらあっても足りず、もっぱら削るのは睡眠時間という生活をしていた。睡眠が短くても十分に動くフィジカルがあり回転する頭も持っている。組織が潰れた今だって、それは変わらない。が、潜入捜査官でなくなった今、ゆっくりと過ごしたって罰は当たるまい。
     彼の寝癖のつきにくい髪をそっと撫でて、先にベッドから降りた。
     顔を洗い、ハロの分のご飯を出してから、コーヒーを淹れる。
     赤井に豆へのこだわりはなかったが、降谷はさすがポアロで働いていただけのことはあってコーヒーにはうるさい。
     豆のひき方から淹れ方までを得意げに教える姿はたいそう可愛かった。赤井も恋人がそこまでこだわるのであればと、教わるがままに習得し、今や降谷の納得するコーヒーを提供することが可能だ。
     続けて朝ご飯を作り、食べ終えると、洗面所やトイレやキッチンのタオルを回収して洗濯機に入れた。防音がしっかりしているので、洗濯機を回しても降谷の寝ている寝室までは届かない。洗剤と柔軟剤と漂白剤を入れて、スタートボタンを押す。水回りを軽く掃除してから、降谷のスーツと首輪を持って外出した。
     ハロとてこてこ向かった先はクリーニング店だ。スーツを預けるのも慣れたもの。赤井自身はスーツを滅多に着ないので、衣替えの時期しかクリーニング店にはお世話にならないが、降谷は別である。最寄りのこの店にはだいぶ通っている。
     大人しく待っていたハロを撫でて、暫く散歩を楽しむ。途中、ケーキ屋に寄って予約してあった小さめのホールケーキと犬用ケーキを受け取ってから、帰路についた。
    「ただいまー……」
     一応小声で玄関に入る。昼にもなっていない時間なので、降谷はまだ寝ているようだ。
     いったん先にケーキを冷蔵庫に入れ、風呂場でハロの足を洗ってから洗濯物と一緒にリビングへ戻る。足にまとわりつくハロと戯れながら、ベランダへ向かった。
     洗濯機に乾燥機能もついているが、天気がいい日は干すようにしている。快晴で、風もいい。よく乾くだろう。
     その後は読書をして過ごす。ハロは日当たりのいい場所に陣取ってぽかぽかしていた。昼近くなったので読書を中断し、昼食を作る。作り終えてボウルを洗っているタイミングでリビングのドアが開いて、きゅっと控えめに腰を抱かれる。
    「おはよう、降谷くん」
    「おはようございます」
     赤井は水を止め、体ごと振り返った。まだむにゃむにゃしている可愛い恋人が甘えるように胸に寄りかかっている。赤井は頬を緩ませて、そのぽやぽや柔らかく跳ねている頭にキスをした。
    「まだ寝ていてもいいが」
    「起きる……」
    「なら、改めて言ってもいいか?」
    「? なにをです」
    「誕生日、おめでとう」
    「……え」
     降谷はきょとんとして、カレンダーを見る。あ、と小さく漏れた声は自身の誕生日を失念していたことを証明していた。無理もあるまい、それほどの激務だったのだ。
     最悪の場合、誕生日も帰ってこないかもと思ったが、そこは風見筆頭に公安の面々が頑張ってくれたに違いなかった。
    「今日は家でゆっくりしよう。ご飯はちょっと気合を入れすぎて作りすぎたから、多いくらいかもしれない。買ってきたケーキもあるし……」
    「ご飯、作ってくれたの? ケーキも? ええと、……あの、その……」
     もごもごと口の中で言葉を転がしている。赤井はじっと待った。元々待つことは得意だ。ややあって、紅潮した降谷が言った。
    「ありがとうございます。嬉しい、です。すごく」
    「うん!」
     その顔がすごく可愛かったので、赤井もつい返事に力が入ってしまった。


    14:赤井

     食卓にあれやこれやと降谷の好物が並ぶ。和洋中混在の節操のないテーブルになってしまったが、それがパーティー感を増している……と思いたい。
    「い、いただきます」
     半ば夢見心地というような様子で降谷が箸をつける。途端、ぱああと明るくなった表情に、赤井は心の底から嬉しくなった。あれもこれもと買い込んで仕込んだ甲斐があったというもの。
     降谷は健啖家であるし、朝食も食べていないので、作られたメニューはものすごい勢いで消費された。作りすぎたことを心配していたが、この分ならちょうどよさそうだ。
     日本では一般的に夜にケーキを食べるのかもしれないが、赤井はこれまでケーキに立てられた蝋燭の火を掻き消して初めて誕生日を実感してきたので、降谷にもそうしてもらうことにした。
     ケーキを出して数字の蝋燭を立て、カーテンをしいて部屋の電気を消す。
    「こういうの、初めてだな……」
     蝋燭の暖かな火に顔を照らされた降谷がぼんやりと言う。
     今日の降谷の誕生日、日が変わってからも公安のメンバーと一緒にいたはずなので、彼らが隙を見て祝いの言葉をかけることくらいはできた。だが、一番に自分に祝わせてほしいと赤井が事前に風見に頼んだことで公安内に共有されていたのだろう。
     明日か明後日か知らないが、降谷が次に出勤した際に彼らにも祝われることだろう。赤井はそっと胸の中で感謝を送る。後日菓子折も持っていこうと心に刻んだ。
     イギリスでは特にキリのいい年齢の誕生日は重要視されていて、会場を貸し切って誕生パーティーを行うなんてこともざらであった。日本ではそんな規模の誕生日会はないので、せめて楽しい日だったと思ってほしい。
     ハロの合いの手と共に赤井が定番のバースデーソングを歌って、降谷が火に息を吹きかける。おめでとう、と主役の頬にキスをして電気を点けた。野菜や豆腐などで作られたハロ用のケーキは主役自ら贈呈してもらった。
     切り分けたケーキまでしっかり完食した降谷が、膨れた腹を抑えながらソファに深く座り、楽しい……と零したので赤井は笑ってしまった。
    「まだお楽しみは残ってる」
    「これ以上!?」
    「うん。誕生日と言えば?」
    「ケーキ」
    「あとは」
    「まさか……プレゼント?」
     ふは、と笑い声が漏れる。なんで、まさか、なんだ。
    「ちょっと、目を瞑ってくれるか?」
    「うん……」
    「立ち上がって、ゆっくりついてきてくれ。こっちだ」
     赤井は降谷の両手を握って誘導する。昼まで降谷が眠っていた寝室だ。
    「ベッドにかけて」
    「はい」
    「まだ目は開けないで」
    「はい」
     ごそごそ。ごそごそ。ごそごそごそ。
    「ごそごそ多くないですか?」
    「うーん、理由があってな。よし、目を開けて」
     ぱち、と目を開けた降谷の前に、プレゼントを差し出す。
    「30歳のきみに、これを」
    「これ……」
     そこには、それこそ降谷と赤井が恋人になる前の雑談で、降谷が欲しいと零したことのある時計があった。赤井は持前の記憶力でそれを覚えていたし、持前の洞察力で降谷がまだその時計を手にしていないことを知っていた。
     決して安い買い物ではなかったが、どうせ死蔵している金だ。それにどうにも自分にはロマンチストの気があるので、恋人に時計を送るというシチュエーションに憧れがあった。WIN-WINである。
     赤井は時計を降谷の腕につけた。あらゆる角度から時計を見ている降谷の目がきらきら輝いている。
    「欲しかったやつ……覚えててくれたことも嬉しいし、貰えたことも、つけてくれたことも嬉しい……」
     はふ、と子供のように頬を上気させ興奮を露わにする降谷に水を差し出した。


    15:降谷

     赤井に差し出された水を、なぜ? と疑問に思いながらも飲んだ。そして、なぜ水を飲ませたのかはすぐに判明する。
    「そして、これは29歳のきみに」
    「えっ」
     赤井の手の上に乗っているのはネクタイだ。降谷の手持ちのスーツに似合う色。
    「何より濃い一年だったと思う。俺も、殺されたり生き返ったり変装したり降谷くんに命を狙われたり組織を追い詰めたりで忙しかった」
    「からかってます?」
    「まさか。辛いこともあったが、成し遂げたなってことを言いたかったのさ。そしてこれは28歳のきみに」
    「えっ、まだあるんですか」
     ネクタイピン。プラチナに光るそれは、サテンのようにマットな質感で、シンプルなぶん高級感が引き立つ。何にでも合いそうだ。
    「潜入中だからトリプルフェイスだった頃だな。ちなみにプレゼントはバーボンでも安室透でもなく、降谷零あてに選んでいる。次は、27歳のきみに」
    「えっ、えっ」
     皮の手袋。黒で深みのある光沢が漂う。
    「俺は離脱したが、きみはまだ潜入中。次、26歳のきみに」
    「ちょっと、赤井」
     カフスボタン。心なしか降谷の目の色に近い。これもまたシンプルな作りだ。
    「この歳は辛い年だった。今日は多くは語らない。……これは、25歳のきみに」
    「あの」
     万年筆。
    「俺が組織入りした年だ。きみも、彼も、詳しくは知らないが、大体同じくらいの潜入だったんだろうな。立場上言えなかったが、きみと初めて対面したとき、きみの瞳がまるで燃えているようで美しかったのを覚えている。これは、24歳のきみに」
    「あ……え……」
     赤井が不意打ちでそんなことを言うので、顔が真っ赤になった。渡されたのはカードケースだ。ジェラルミンの削りだしとレザーでできている。
    「この時は潜入準備中かな。知り合いと連絡を取れなくなるのはつらかっただろう。次だ。23歳のきみに」
    「……」
     キーケース。開けると特注なのか、ハロのキーホルダーが揺れていて微笑んだ。細かい。
    「23歳のきみは恐らく警察官としての職務にまっとうしている頃だろう。忙しく、やりがいのある時期かもしれない。今度は、22歳のきみに」
     スーツ。もちろん、今の降谷の体形に合わせてあるものだ。そろそろ一着は替え時だなと思っていたが、赤井に言ったことはなかった。クリーニングに出す際に触れて判断したのだろうか。
    「22歳は日本では警察学校の時期か。写真は処分されてしまっているよな。制服、見たかった。かっこよかっただろうな。次、21歳のきみに」
     ウイスキー。
    「もう飲んでいたころだろうか。これも、20歳のきみに」
     その年のワイン。
    「20歳の節目はやはり特別感があるよな。プレゼントしておいてなんだが、酒はぜひご相伴に預からせてくれ。次、19歳のきみに」
     好きなバンドの限定のCD。
    「ハマってたって言っていたから、探してみた。次、18歳のきみに」
     エプロン。
    「今使っている降谷くんのエプロンは俺が譲り受けよう。きみは今度からこれを使ってくれ」
    「もう年齢関係なくなってきましたね」
    「うん。俺があげたいものをあげてるからな。これは、17歳のきみに。降谷くんも似合うと思って。頭の形綺麗だし……」
     ニット帽。
    「おそろいにしたい?」
    「とても」
    「冬のデートで使います」
    「楽しみにしてる。これは16歳のきみに。俺の好きな画家の画集」
     色数の少ない、落ち着いた色の絵が並んでいる。
    「15歳のきみへ」
     本。推理小説のようだ。
    「俺がこれくらいの年齢の時によく読んでいた本だな。これは、14歳のきみへ」
    「弁当箱?」
    「13歳のきみへ」
    「保温マグ」
    「12歳のきみへ」
    「魔法瓶の水筒……お弁当セットじゃないですか」
    「朝に余裕があるときは愛妻弁当でもどうかと思ってね」
    「愛妻!? つ、つま!?」
    「ちなみに揃いだ」
     赤井はそう言ってもう1セットお弁当一式を取り出す。色違いで、降谷のものが緑。赤井のものが青。うわぁ、と照れてしまう。
    「つま、……つま……」
    「いやか?」
    「いえ、実は同居した当初から心の中でずっとそう思ってて……赤井もそう思ってくれてたんだって思ったら、ちょっと、かなり、感動……」
    「キスしてもいいぞ」
    「する」
     とんとん、と指示された場所に素直に顔を寄せ、ちゅっ、と軽く頬に唇を触れさせる。赤井はにっこり上機嫌に頷いた。
     まさかとは思ったが、赤井は全ての降谷の誕生日を祝う気らしい。年齢がどんどん下がっていく。プレゼントはハンカチや図書カードなど、小学生に与えるような内容になっていった。
    「5歳のきみへ」
    「くま……?」
     毛が赤いくまとは珍しい。。きゅるんとした目は緑で、ニット帽を被っている。服は誰かのいつものアウターとお揃い……
    「赤井じゃないですか!」
    「うん。5歳のきみは俺がいないときにはそれを抱いて寝るんだ」
     呆れたような、むず痒いような気持ちになる。5歳の時の降谷零にこれがあったら寂しくなかったかもしれない。ぎゅっとくまを抱きしめた降谷をどう思ったか、赤井が抱きしめた。
    「小さいきみ、可愛かっただろうな。俺は父と一緒にたまに日本に来て、そこできみに会って一緒に遊ぶんだ。走り回って、隠れたり、勝負したりして、また明日って言って別れる」
    「翌日も勝負を?」
    「うん。俺のほうが年上だから少し有利かな。それでいっぱい遊んで、疲れ切って、草むらで寝転がる」
     赤井の妄想に、降谷もくすくす笑う。
     4歳からは遊び道具になった。トランプ、ウノ、チェス、将棋。
     そこで赤井が一度止まったので、終わったものと思い、ベッドの上に広がった沢山のプレゼントを見遣る。色んな年齢の降谷を想像して、ちょこちょこ買い集めては隠していたのだろうと思うと、愛しさが募った。
    「ねえ、赤井。本当に嬉しい。本当ですよ。でも、でも……」
     視界が不安定に揺れる。プレゼントも、赤井の姿もぼやけていく。鼻先につんと何かが込み上げて、指の先が冷たい。
    「――これを、受け取っていいんですか? 俺が? 本当に?」
     あなたを手に入れたのに、その上でこんな幸せまで?
     手から零れ落ちそうなまでの幸福に、喜びよりも恐れが勝る。与えられたことのないものがあっけなく手に入って、心を温かく満たしていく恐ろしさ。
     狼のように、野良猫のように。自由の似合うこの男が降谷に縛られて、そのうえ降谷を愛し、慈しみ、傍にいてくれると言う。
     嬉しい、と思う。
     同時に。
     そんな都合のいい話があるか、と疑っている。
    「ずっときみが言いたかったことはそれだな?」
     降谷の無言を返答として、赤井は続ける。
    「質問に答えよう。”もちろん”だ」
    「こんなにたくさん……」
    「きみのこと、いっぱい考えて買うの、楽しかったな」
    「とても嬉しいのに、この気持ちと同じだけのものを、あなたに返せる気がしない……」
    「いいんだ」
     だって、
    「いっぱい大事にするって、言った」
     そう言いながら、赤井は手を広げる。今から抱きしめますよ、という予告であった。
    「きみのだよ。受け取ってくれ。これからも、たくさん。覚悟しろ、俺の愛は重いんだ。不安になる暇もないぞ」
     赤井の抱擁よりも先に、腕の中に飛び込んだ。
     つらい、かなしい、立ち止まりたい。そんな弱音を吐きだすことを許さずにここまできた。だから、降谷のそういう虚勢、見栄を張るためだけの情けない努力を、それでも頑張ったんだなと認めてくれる――ただそれだけのことが、どんなに心を温かく埋めていくのかということをようやく実感した。
     満ち足りる、ということを、初めて知る。
     満ち足りていい、ということを、肯定される。
     でろり、と体が溶けた。


    16:風見

     一旦話は翌日まで進む。
     風見は定刻通りに出勤し、自部署へと続く長い廊下を歩いていた。
     昨日は我が公安のエースであり風見の尊敬する上司でもある降谷零の誕生日だった。当日の祝いこそ恋人である赤井秀一に譲ったものの、翌日にプレゼントや祝いの言葉を投げて喜んでもらいたいという気持ちは有り余るほどある。
     しかし、恋人と楽しい楽しい誕生日を過ごした上司が果たして人型を保っているかと言われると、まぁ、赤井捜査官は何やら自信ありげだったが、普通に無理だろうなというのが風見の見解であった。
    「降谷さん、おはようございま――」
     そしてその風見の目に映った降谷の姿は――
     人間。
     人間だ。
     人間である。
    「おはよう、風見」
     ヒューマン。
     ホモサピエンス。
     汝のあるべき姿へ戻っている。
    「風見?」
    「おっ……おはよう、ございます降谷さんっ!」
    「おお……朝から元気だな」
     人間体だ。
     人間体の降谷だった。
     赤井捜査官は一体どんな魔法を使ったのか。
     彼のあの言い振りからして恋人を甘やかさなかったなんてありえないから、それ以外の方法で人間体を保っているのだと思われるが、風見にはさっぱり手法が思い浮かばない。
    「昨日、お誕生日でしたよね。遅れましたが、おめでとうございます」
    「ありがとう。とてもゆっくりできたよ」
    「それは良かったです。あの、これ少しですがプレゼントです」
    「! ありがとう!」
     ニカッと笑って風見からの贈り物を受け取った降谷の笑顔に連勤の疲れや陰りはなく、ああ、昨日頑張ってこの人の誕生日を死守できてほんとに良かったなぁ、と込み上げるものがあった。
     風見が渡したのをきっかけに、皆がわらわら降谷に群がりプレゼントを渡していく。降谷は驚きつつも満面の笑みで受け取っていた。
     降谷の潜入中は誕生日を祝うことすらできなかったから、こうして皆で祝うことができるのは組織を潰せたことの証左である。
     なお後日、降谷と二人で飲みに行った際、これまで誕生日を祝ってもらう機会にあまり恵まれなかったこと、そのためプレゼントを貰うことにも慣れていなかったこと、誕生日当日にばかげた量のプレゼントを赤井から貰っていたことで、皆からのプレゼントを強張らずに受け取れたことなどを聞き、風見は泣くことになる。
     だがこの時はまだ、微笑ましい光景に日常の幸せを感じつつ、そっとスライムの呪いを解いた赤井捜査官へと感謝を送る風見なのであった。


    17:赤井

     そして話は誕生日当日に戻る。
     でろりと赤井の目の前で降谷が溶けた。それを目撃した赤井は、風見に見せてもらった動画を思い出し、これがでろやくんか……! とひとり感動していた。
     でろでろになった恋人は自然と赤井の膝に乗るような形になる。赤井からすれば抱っこだが、降谷からすれば膝枕くらいの感覚なのかもしれない。なにせいつものすらっと逞しく長い手足は消失しているので判断が難しい。
     でろでろしてようが可愛い恋人には違いないので、赤井はその頭らしき部分をなでりなでりと擦る。でろやくんは更にふにゃふにゃになって蕩けた。
     かわいい。
     かわいすぎる。
     普段から可愛い男だというのにこんな形態まで隠し持っていたなんて。
     赤井は耐え切れずスライムを掬いあげ、頬と思われる部分にキスを落とした。
    「……? ……!?!」
     降谷はそこで自分の体がいつもと違う形を取っているということに気付いたらしい。手足(?)をばたばたとさせて赤井の手から逃れ、人型を取り戻した。
    「あれ、戻ってしまったのか」
    「……?! 今……俺……軟体になってなかった!?」
    「もう一回なってくれ。かわいい」
    「どうやって!?」
    「さぁ……? 試してみよう。おいで」
     赤井がそう言って腕を広げると、ぽやんと夢見心地になった降谷がふらふらと近付く。抱き着いた途端にでろでろと溶け、ふやふやのスライムのできあがりだ。
    「俺……軟体になってる……!」
    「きみ、職場でも時折こうなってるらしいぞ」
    「!? 知らない」
    「そうらしいな。知ってて俺にだけ見せてくれなかったのなら拗ねてたところだ」
     既に風見相手に拗ねてみせたのだが、かっこ悪いのでそれは言わない。
     なでなでしてツンツンしてでろやを堪能する。気持ちいいところを撫でられた猫のように、ふにゃふにゃと蕩けていた降谷に頬が緩む。
     降谷は早くも軟体に順応している。なんかすごいことになってるけど別に支障ないし、赤井も喜んでるし、甘やかしてもらえるし、まぁいいか! くらいのポジティブさであった。この臨機応変さがトリプルフェイスという激務をこなせた理由かもしれない。
     さて、赤井が風見に言った「案外上手くいくかもしれないぞ」の具体的な内容であるが、非常にシンプルなものであった。ただし、恋人にしかできないという注釈が付く。赤井は降谷の恋人であるので、堂々とその作戦を実行した。
    「降谷くん」
     つんつん、と頬(?)をつつくとスライムが赤井を見上げる。輪郭が人の形をとらなくなっただけで、透き通る青の大きな目は降谷のものそのままだった。
    「んー?」
    「この姿、もう俺以外には見せないでほしい」
    「えっ」
     でろやの目が見開かれる。
    「すごくかわいいから、独り占めしたいんだ」
    「えっ」
     でろやの頬が紅潮する。赤井がそんなことを……!? と歓喜に震えているので、とどめを刺した。
    「俺が抱きしめた時だけでろってほしい」
    「う゛♡!!! ♡♡♡!!!」
    「ありがとう、降谷くん。さっそくいっぱい可愛がらせてくれ。ほら、よしよし……」
     ばぶ……でろ……
     こうして職場での降谷のスライム化も阻止され、公安の平和と秩序は守られた。
     赤井は自分だけの特別な降谷を手に入れ、降谷もまた憩いの時間を手に入れたので三方良しと言っていいだろう。
     なお、このあとスライ……よしよしセッ……やや特殊なプレイが展開されたが、別に描写があるわけではないことも注意されたい。描写はいつでも歓迎しています。


    18:風見

     後日、赤井から降谷を人間体に戻した方法について聞いた風見は眉間に手を当てて目を瞑った。参考になるかと思ったら全く参考にならなかったからだ。
    「それ、赤井捜査官にしかできない方法じゃないですか……」
    「そうとも。俺にしかできないんだ」
     いいだろ、とでも言いたげな、跳ねるような声色に、風見はとりあえずお礼の煙草1カートンを無言で差し出した。
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