どうしても今夜がいい!!「レオ、これすごくおいしい。この、??、なにこれ。これなんだろうね、レオ」
「自分が何口に入れたのかもわかんねぇの?凪は。困った子だなー。これはな、??、なん、だこれ。きのこか?」
「野菜かな。肉、かも」
店内が暗いせいで形状もよくわからない、けれども大変おいしい何かを口に運ぶ。
ここは某高級ホテルの最上階に位置する創作料理の店。明かりは可能な限り落とされていて、外の夜景をよく眺めることができる。高い仕切りはないものの、隣の席との間隔が離れているためまわりの人間を視認することは難しい。
「レオもわかんないんじゃん。困った子だね」
「下見で一回来てるけど、その時はランチだったからな。メニュー調べておくべきだった。凪、嫌いなものないか?残していいからな」
「大丈夫、全部おいしいよ。このお店、レオのパパさんが絡んでるお店じゃないの?珍しいね、レオが他社?のお店選ぶの」
「ん?んー、まぁな」
今日は御影系列のホテルを選ぶわけにはいかなかったんだ。なぜなら、食事の後、そのまま下の階のスイートルームに凪を強制連行したかったからだ。絶対。抵抗されても。なんでそんな物騒なことを計画してるかって?ぜひ俺から説明させてほしい。
少し話はずれるが、世の中には腐女子と呼ばれる人間がいる。マンガ、ゲームのキャラクター、あるいは実在するアイドルやスポーツ選手。自分の好きな男性二人が、恋愛関係であると妄想する。それ、いわゆるBL、を好んでいる人たちのことを、腐女子、と呼ぶ。
存在を初めて知ったのは、ブルーロックにいた時だ。強制的に理解させられた、と言った方が正しいかもしれない。
配信コメントに時折、暗号めいた文言が流れることがあった。大抵はアルファベットであったが、中にはくにちぎ、ひおから、といった明らかに個人を指しているものもあった。
思春期真っ只中の男子高校生たちである。悪口を言われている、攻撃をされているのではないかと不安に思う奴らが出てきた。そこで、運営の大人たちによってそのことに関する説明、緊急ミーティングが開かれた。BLの世界についての説明、そしてこの先はフィルタリングをかける旨が話された。
参加者はそれぞれ、憤慨したり、からかい合ったり、視聴者が喜ぶならこの先も仲良くしていこう、と肩を叩き合ったりしていた。概ね朗らかな空気だったと思う。でも俺は、少しも笑えなかった。だって俺は、そういう意味で、凪のことが好きだったから。洒落にならないんだよ。
まぁその後、ブルーロックに居る間いろいろあって、出た後も相変わらず凪と俺はつるんでいて、大人になって同じチームに所属して。いつの間にか凪は俺のものになっていた。告白とか、好きとか、付き合おうとか、恋愛における通過儀礼を一切無視して。ある春の晴れた日の朝、凪は俺の腕枕で「ぉはょ、レオ」と目を覚ましたのだった。
俺は凪が好きだ。凪が俺のことを恋愛として好きかはわからない。でも俺に大人しく抱かれてくれる。これってもしかして俺の妄想?ああ、これがBLか?
まぁ、なんだ。結局、どうしてこういう行動(凪をホテルに連れ込む)を起こしているのかというと、レオナギのWebオンリーが開催されるのだ。今日。レオナギ、俺がタチで凪がネコという設定で書かれた作品のみが集まるイベントが。ネット上で。
世間で、俺と凪の組み合わせでは、凪をタチにした作品が多いようだ。誠に遺憾。でも今日開かれるのは、レオナギ、のオンリー。感謝の意を込めて、俺もなにかレオナギ的なものを提供しようかとも考えた。が、有識者に聞いたところ、迷惑らしい。絶対にやめろ。やめないのなら今この場で俺がお前を殺める、とまで言われた。そこで自分なりに考えたのだ。みんなが盛り上がってるその時、実際の俺たちもイチャイチャしてたらいいんじゃないかって。誰に発表するわけでもない。自己満足だ。キモいか?もしかしてキモいかな。ま、いいか。
もうここまで行動してしまっている。今夜はなんとしてでも凪とイチャイチャして過ごすんだ。
「ねぇ、レオ。今日はどうしてこんないいお店連れてきてくれたの?なにか記念日だったけ。初めてしゃべった記念日も、付き合った日記念日も今日じゃないよね。あ、わかった!初めてセック」
「おおおい凪、もうちょっと静かにおしゃべりしような?」
凪はどうやらご機嫌なようで、やけに声が大きい気がする。楽しそうなのは何よりだが、いかんせん、俺とお前は有名人。万が一にも、本当に恋人関係であることがばれることはあってはいけないのだ。
「なーぎ、そんなにはしゃいでどうしたんだよ。酒が入ってるわけでもないのに……お前それ何飲んでんだ?」
「わかんにゃい。シュワシュワする」
「ちょっともらうぞ、ってシャンパンじゃん!!今日酒飲むなって言っただろ!?」
せっかくシラフの凪を頂こうと思ったのに!!は口に出さずにおく。
「わかんにゃ、わかやないよ。レオ」
「もー!この子はもー!!」
「レオ、チューしたい」
「もおおお!」
デザートを含めまだ数品、メニューは残っていたが、それらは今日泊まる部屋に運んでもらうことにした。普段だったら、ケチくさいことせずに去ってしまうところだが、この店の料理を凪は大層気に入っていたようだから。あと御影の息がかかっていないこの店は、予約が大変だったのだ。次いつ来れるともわからない。
「レオ!すごい!すごいねこの部屋」
凪がはしゃぐのも無理はない。室内の内装、家具はハイグレードホテルの名に恥じない特別な雰囲気を醸し出しているし、客室のなかで最上階のこの部屋は、眼下に横浜の街並み、遠くに東京の夜景を臨むことができるのだ。
今日がただの休日で助かった。これがバレンタインだクリスマスだったなら、まず取ることはできなかっただろう。
「レオー、ベッドもすごいよ!フカフカ、それにすごい大きい。5人位寝れそう。俺と、レオと、斬鉄と、あと。レオは誰呼びたい?」
俺は寝転ぶ凪の体の上に被さるように四つん這いの姿勢を取る。肩、両足を押さえつけているから、凪は居心地悪そうに身じろいだ。
「これから俺と楽しいことするのに、お友達呼ぶのか?なに、そういう趣味?」
斬鉄あたりだったら、頼めばノッてくれるかもな、と凪の耳元で囁く。元々飲み慣れない酒のせいで火照っていた頬が、より一層深い朱にそまる。
「レオ、ジョーダンやめて。離して」
「ジョーダンだと思ってるのか?本気で?」
「や、やだ!」
途端、凪はジタバタと暴れ始めた。ほぼ全体重をかけているとはいえ、この体躯を閉じ込めておくことは難しい。
「やだ!ぜったいやだ!」
俺から抜け出した凪は、毛布で体をマルっと包み、部屋の角に逃げてしまった。部屋が広すぎるのも相まって、遠近法+縮こまった凪は小動物用のように見える。
そっと近づき、ゆっくり毛布をはがす。涙目の凪に、少しだけ心が苦しくなる。ムラムラの方が勝ってるけど。
「凪、どうした?なにがそんなにイヤ?体調悪い?」
俺どうしてもヤりたいんだけど、という本音はしまっておく。
「ご飯、おいしかった」
「ん、ああ、さっき食べきれなかった分、あとで食べような」
「何も理由ないのに、おいしいご飯食べさせてもらったってことは、れおはなにか俺にお願いしたいことあるのかな、って思った」
「エサ撒いてるのバレバレだった?やだった?ごめんな。気分じゃないときもあるよな、そりゃ」
「ううん、今夜そうなるかもって、恥ずかしくて、お酒わざと飲んだ。やじゃないよ、そんなに」
「???じゃあ、ヤろ?」
「やだぁ……」
片腕を引っ張り上げようとしたら、凪はいよいよ大粒の涙をこぼし始めた。
「なーぎー、わかったから、ベッド行こう。風呂は入れるか?」
「やだ、エッチ、エッチは、したい」
……暴発しなかった俺を今すぐ誰か褒めてほしい。
「こんなきれいなベッド、汚すの、やだ」
「ベッド?」
「こんなきれいな部屋でやって、俺たちが帰ったあと、ベチャベチャになったきれいなベッド、係の人がおそうじするの?そんなのやだ」
きたない、よごしたくない、やだとうわ言のように繰り返す凪。
「じゃあ、今日はこのきれいな大きいベッドで大人しく寝ような。ほら、頭撫でてやる」
「やだ、えっちする」
「お前、いい加減にしろよ」
煽るのも。襟に両手をかけ左右に引っ張れば、簡単にボタンが弾け、凪の胸元が露わになる。
「やだ!やだから!だれかー!だれか大人の人ー!」
「はっ!呼んだって誰も彼も来やしねぇよ!」
もうだんだん疲れてきて、なんでもいいから一発やってしまおうかという気持ちになってきた。
「お風呂!お風呂入る!」
ピタ、と動きを止める。
「風呂?」
「まだお風呂見てない。いっしょに入ろう?」
凪は、コテンと首を傾けた。アザトース。
「風呂、風呂か、そうだな、風呂でヤろう」
「うん、いっしょに風呂入ろう」
凪はさっきまでの涙をどこにしまったのか、幼子のようにスキップしながら部屋を出ていった。190もある男のスキップをかわいく思うなんて、俺は異常者なのだろうか。いや、凪の可愛さが異常なんだ。
「ゲホ、ケフ、うう」
「凪、大丈夫か?」
昨日残しておいたデザートを、凪の口に運んでやる。真一文字に結んだまま、頑なに食べようとしないため、唇がジェラートで朱くベチョベチョになっている。
ちょっと楽しくなってたけど、垂れそうになったので、ベロっと俺の舌でなめ取る。うん、やっぱ美味しい。
「風邪引いた」
「だろうな」
「お風呂に入りたいって言ったけど、ヤるとは言ってない」
「ごめんて」
スプーンを唇に触れさせると、今度は大人しく口に含んでくれた。
「おいしいね、これ」
「な。また来ようか。今度はちゃんと記念日に」
ケホケホと咳をしながら凪はこちらを見つめてくる。
「結局、今回はなんの日だったの?」
「うーん、なんでもない日おめでとう、ってことで」
凪は不思議そうな顔をしながら、でもそれ以上は聞いてこなかった。凪を寝かしつけたら、ネットの海に飛び込もう。必死に作り笑顔を保って、凪の頭を撫で続けた。