ままならないハート・ビート 己の感情を全て自分の意思で制御できたなら。
誰もが一度は考えるであろう問いを脳内で反芻する。こんなことを考えている時点で自分が相当滅入っているのがわかってほろ苦い笑みが零れた。意味のないたらればを夢想するなんてナンセンス。それはわかっている。それでもそうしたイフに逃げなければやっていけない時だってあるのだ。
「ヒッ! び、びっくりした……なんでそんなところで行き倒れてんの?」
掛けられた声に反応してゆっくりと視線を合わせる。想像通り、困惑に満ちたイエローアンバーが私を見下ろしていた。たったそれだけのことで馬鹿みたいにはしゃぎ回る心臓はあまりにも幼稚すぎて反吐が出そうだ。
「そんな気分です」
「いやどんな気分? 普通に不審者でしかないからやめた方がいいと思うけど……」
「その不審者によく話しかけましたね」
「うっ。そ、それはそうなんだけど……一応顔見知りだし……反射で口に出てたっていうか」
顔見知り。客観的に見た私たちの関係性をこの上なく的確に表した言葉に浮かれて空も飛びそうな心臓が撃ち落された。
イデア先輩の言っていることは正しい。ただ私が、それだけでしかないという事実に勝手に傷ついているだけだ。
「でもご忠告ありがとうございます。次は人通り絶無のところを探してみますね」
にこ、と綺麗に作った笑みと共に向けた言葉に、イデア先輩は何とも言えない顔をした。そういう問題じゃないんだけど、と小さく呟いた言葉は聞かなかったことにした。