呆れるほどに弱虫なので イデア先輩が相手を本気で罵倒する時は「虫」と形容する。
たまたまとは言え、初めてそれを耳にしてしまった時は固まったし、何を勘違いしたのか必死に「アッいや違っ、君のことじゃなくて! オンゲの! オンゲの対戦相手が! 本当に君じゃないから!! 信じて!!」とものすごく必死に言い募っていた。何をそんなに弁明するんだろうとは疑問に思いつつびっくりしただけだからと宥めたのも遠くない記憶だ。
「……虫、か」
中庭のベンチに座って地を這う蟻をぼんやりと観察する。生きるために外の世界に這い出ている姿はともすると人間より強いんじゃないかと思う。少なくとも私は自分の巣から出られないので。
背凭れに身を預けて空を見上げる。憎らしいくらいに爽やかな青が広がっている。もう二度と会うことのできない人の姿を思い出して自嘲の笑みが溢れた。
「………連絡先の一つでも聞いとけばよかったな」
それなりに仲は良かった方だと思う。少なくとも部屋に入り浸らせてもらえる程度には。それでも連絡先は知らない。踏み出すには勇気も度胸も自信も何もかも足りなかった。いなくなるのはわかっていたのに、リミットは傍らまで来ていたのに、影と喉を縫い止めたのは紛れもなく私なのだ。
いつかこの痛みも苦しみも風化する。褪せた記録として思い起こせる日が訪れる。そのための忘却機能が人間には備わっている。
そしてその「いつか」が来るまでは、罰を受ける罪人のようにこの胸の痛みを抱き続けるしかないのだ。