モゴと褪が野原で花愛でる話ふと足元に目をやると間近に花が咲いていた。
晴れ渡る空に向かって焦がれるように花弁を向け、両腕のように葉を懸命に伸ばしている。
ともすれば踏みつけてしまいそうなそれに褪せ人は目を奪われて、その場にかがみ込むと手甲の端で傷付けてしまわないように指先で撫でていた。
「……お前のような男にも花を愛でる趣きがあったとは」
褪せ人より遥かに長身の曲がり角を幾本も生やした男が屈んだ褪せ人の近くで足を止めて、落ち着いて微かに揶揄いを含んだ声を掛けた。
「もう少しで踏んでしまうところだった。気をつけなくちゃな」
尻尾を生やした巨躯の男の言葉に気を悪くした風もなく褪せ人は穏やかな微笑まじりの声を返した。
「その花は多少踏まれたとて枯れんよ」
「そうなのか?」
驚いたように男を見上げる褪せ人に頷いて返すと曲がり角の男は辺りを過去を懐かしむように辺りを見渡した。
「破砕戦争の際には焼かれ、爛れ、踏みつけられたが今もこうしてここにある。お前が理を変えた今も、こうしてここに根を張っているのが何よりの証拠だ」
「…確かに…」
男の言葉に褪せ人は納得したように頷くと名残惜しげに花をひと撫でしてから腰を上げて、巨躯の隣に並んで立った。
「実は…この花はあなたに似ていると思ってね」
褪せ人の言葉に曲がり角の男は訝しむような顔を浮かべて呆れたように息を吐くと間近に立つ男を見下ろして皮肉を漏らす。
「ほう…この忌みたる鬼の王には名もなき雑草が似合いとは…褪せ人の王はなかなかに手厳しい…」
「雑草だなんて!」
曲がり角の男の言葉に褪せ人はさも心外だと言わんばかりの声を上げる。
「健気で強かに咲く綺麗な花じゃないか。だから…まるであなたのようだと思ったんだよ」
「………」
褪せ人の言葉に返答に困ったように口をつぐんでしまった曲がり角の男は己の背後をチラリと振り返る。
そこには自分と似通った角を生やした忌み鬼も入り混じるローデイルの兵士たちが居心地悪そうに視線を彷徨わせて、2人の会話など耳に入っていないふうを装っている。
「…はぁぁ…王よ…そういう事は、時と場合を選んで口にする事だと思うが…?」
呆れたように肩と太ましい尾を項垂れさせながら言葉をこぼす忌み王に褪せ人の王は気にした様子もなく、微笑みを浮かべたまま巨躯の男を伴って行軍を進めていった。