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    ニシン

    @xeno_herring

    九割九分、真桐です。
    様子がおかしいのは仕様です。

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    ニシン

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    昔々、終電続きだった時に意識を保つために書いたものです。当然纏まりはないし、特に内容もない上に5歳が幼児なのかも分かりません。えへ。

    #真桐
    Makiri

    幼児桐生と駄目な大人たち【登場人物】
    〇天使
    ・桐生ちゃん(5歳)

    〇大人たち
    ・ガチ告白をする秋山
    ・愛情が重い真島
    ・常識人ぶる大吾





    ◇秋山の場合

    桐生と初めて会った日。
    コツコツ培ってきた話術なんてものは、桐生の視線ひとつでアッサリと奪われてしまった。自分が何を喋ったのか、どんな顔をしていたのか、何ひとつ覚えていなかった。
    だって憧れの人なのだ。
    画面越しに見ていたアイドルが急に自分に話しかけてきたようなものだった。いつまで経っても慣れやしない。だから桐生と居る時の秋山の脳内は、緩い笑顔と気安い態度からは想像もつかないほど荒れ狂っているのが常だった。

    そんな秋山の目の前に、天使は現れた。
    柔らかな髪、ふくふくの頬、大きな瞳。
    どこもかしこもまろい曲線で構成されている。

    「ゎ…???」

    秋山はか弱い声を上げながら両手で口を覆い、はわわ…?と路上に膝をついた。集金という名のおさんぽ中だった秋山は『あ~煙草吸いたいなぁ』なんて思いながら歩いていたのだが、そんな考えは一瞬で消え去った。

    「え、え、なんでぇ??」

    桐生が小さくなっていた。
    自分を見つめて膝をつく大人は怖いだろうに、桐生は黒目がちの大きな目で秋山を見てトトト…と近付いてきた。「あ、コラそっち行ったらアカン!」という声が遠くの方でしたが、秋山の意識は全て桐生にのみ向けられていたから聞こえなかった。

    「だいじょうぶ?ころんじゃったの?」
    「っ……!」

    秋山の目の前にやって来た桐生が、チョット眉を寄せて心配げに聞いてきた。
    俺のこと覚えてないんですか…というショックは、それを上回るかわいい!という感情に飲み込まれた。桐生のトレーナーのお腹にはかわいらしい緑の龍がアイスクリームを持っているイラストが描かれている。服まで可愛い。
    ようやく多少頭が動くようになってきた秋山は、『多分また変なもの口にしたんだろうなぁ』と当たりをつけた。桐生は少し不用心なところがあるので。

    「どおしたの?」

    舌ったらずな甘い声。
    キラキラした大きな瞳が秋山だけを映す。
    弱くて、あたたかくて、柔らかな存在。

    「――俺が育てます」
    「え…?」

    コンマ1秒で心に決めた。
    桐生の周りは当然ながら極道関係者ばかりだ。純粋無垢なこの子を、あんな危険な反社集団に任せる訳にはいかなかった。東も西も敵に回すことになるが、金ならある。海外に飛んで色んな国を見せてあげるのもいいかもしれない。時代はグローバリゼーションだし。
    そうと決まれば事務所を畳まなければ。花ちゃんには十分なお金を払って次の就職先を紹介してあげる必要があるがマァそれは地球の裏側からでも出来るから、今はとにかく一刻も早く日本を出て――

    「よ……よしよし もういたくないよ」

    もみじのような手が思考の渦に呑まれていた秋山の頭を、そっと撫でた。
    目が合った瞬間崩れ落ちた秋山に、どこか怪我しているのだと思ったのだろう。大きな瞳は優しい光を湛え、小さな唇から発せられる声はハチミツのように甘い。

    「……俺の子だ」
    「え?」

    秋山の目の奥はぐるぐるしていた。
    YES!エンジェル!NO!タッチ!の精神で両手はお膝の上に置いていたのに、まさか桐生から触れてくるなんて。突然の過剰接触(※頭を2,3回撫でる程度の行為)によって、完全に理性という楔が外れてしまった。
    幼い姿の桐生を食い入るように見つめていた秋山は、小さなもみじのような手をそっと掴んで……

    「ひぇぇ……」

    変な声を喉から出した。
    桐生の手がびっくりするくらい柔らかかったので。
    子供の手なんて触った記憶のない秋山にとって、この小さな手はまさに未知のものだった。少し力を入れたら折れてしまう。
    骨、あるの?もしかしてお砂糖で出来てるのかな…?と、さっきまでとは違う意味で心臓をバクバクさせながら、小さな身体を片腕で抱き寄せる。

    「わっ、」
    「桐生さん」

    大きな瞳を見つめ、低い声で呼ぶ。
    秋山は精一杯カッコイイ顔をして言った。
    相変わらず目の奥はぐるぐるしているし、なんだかもう取り返しのつかないくらい情けない姿を見られている気もしたが。
    プロポーズの言葉くらいはしっかり伝えなければならない。

    「――桐生さん」

    桐生は肩をぴくりと震わせた。
    カラメル色の、大人の男の声だったから。
    思わず後退ろうとしたが、大きな手と腰に回された腕がそれを許さなかった。子犬だと思ったら狼だった――そんな顔をしてへにゃりと眉を下げる桐生を、愛おしい者を見る目で見つめる。

    「好きです」
    「お、おれ男の子だよ。すきっておかし…」
    「桐生さん、好きですよ」

    傍から聞いていても赤面してしまうような甘ったるい声で囁かれて、桐生はうろうろと視線を彷徨わせてきゅっと口を引き結ぶ。
    どうしていいか分からなかったのだ。
    だって5歳児はこんな耐性など持ち併せていない。
    耳につくほど口を寄せられ、抱き寄せられ、どんどん逃げ道がなくなっていく。

    「桐生さん、俺の所に来てくれませんか?」
    「な、なに」
    「お願いです、絶対に後悔させませんから」
    「ひゃっ」
    「あなたの望むものを、俺に叶える権利をください」
    「うぅ……」

    どんどん俯いていく桐生のほっぺたはりんごのように赤く染まっていた。熱烈な口説き文句の意味を半分も理解できずとも、なんだかとっても恥ずかしかった。
    だって誰もが二度見するほどカッコイイ男が、とびきりいい声で囁いてくるのだ。小さな耳に痺れるような声を流し込まれ、桐生の「ひぅ…っ」と上擦った声が響き――

    「何やっとんじゃオイゴラ!!!!」
    「ア痛い!あだっ、痛いですって!」

    ――妖しい空気は一瞬で霧散した。
    ドスを片手にすっ飛んできた真島がゲシゲシと秋山の背中を蹴り飛ばして、ピンク色だった雰囲気を粉々に砕いたのだ。
    秋山の憐れな悲鳴と現役極道の怒号が、神室町の空に響いた。



    ◇真島の場合


    秋山が桐生に何かを吹き込んでいるのを見て。暗い赤のジャケットが桐生を抱き込むのを見て。
    気付いたらその背中を蹴り飛ばしていた。

    真島は怒りの導火線が長いタイプだ。
    格下の組が調子に乗ろうがPDCAサイクルの欠片もない会議が続こうが、むっすり黙ってへの字の口で静かにしていることの方が多い。
    しかしこと桐生に関しては、長い導火線がびっくりするほど短くなった。そりゃもう火のついたねずみ花火のようにアッチコッチに跳ね回る。そんな真島は桐生を見つけると所構わず関わりに行くため、必然的に積乱雲のような情緒になる…という訳だった。

    小さくなった桐生を最初に見つけたのは真島だった。
    いつも通り桐生の気配を追って入った路地裏で、見慣れたグレーと赤の服の中でキョトン…とした顔の子供を見つけたのだ。
    くりくりした瞳の子供を見下ろして、脇に落ちている茶色の小瓶を見つけてキッカリ10秒考えてから、「変なモン口に入れるなて言うたよなぁ…?」と地を這うような声で呟いた。(ちなみに、真島は桐生を見間違えることはないと自負していたため、このトンデモ現象をアッサリと受け入れた。だって事実小さくなっていたのだから。)
    怖い声を出したのは、中身はそのままだと思ったからだった。しかし小さな桐生が相変わらずキョトン…としていたため、すぐににこりと笑って優しい声で「おうち帰ろか」と抱き上げた。どうやら中身まで子供になっている。
    真島は長い腕をやわっこい身体に絡めて、びっくりするほど優しい声で、

    「桐生ちゃんは迷子で、それを兄さんが迎えに来たんやで」
    「兄さんは桐生ちゃんのことが好き」
    「桐生ちゃんも兄さんのことが好き」

    ……といった内容を歌うように紡いだ。
    普段の桐生なら眉間に皺を寄せて、「おれの半径5m以内に近付かないでください」と頭のおかしな人間を見る目をしながら言い放つような内容だったが、子供の桐生はアッサリ信じた。警戒心が薄いのは分かっていたが、びっくりするほどトントン拍子に信用された。そしてカワイイ龍のトレーナーやコーナーで差をつける運動靴を買い与え、さて…とひと息ついた一瞬で、視界から消えた。
    ここ数十年経験していなかった嫌な心臓の軋みと共に視線を巡らせれば数メートル先で見慣れた男に口説かれている桐生を見つけて、暴対法で一発アウトを食らいそうな怒声と共に回収に向かったのだった。

    足元から「イタッ…っちょ、鉄板!この靴鉄板仕込んでますよね!?」という元気な声が聞こえてくる。カタギに手は出さない主義だが、秋山はそこらの極道よりよっぽど強いしどちらかというと裏社会側の人間だから問題ない。
    もう少し懲らしめてやろうかと一歩踏み出そうとしたところで軽い抵抗を感じ、あ?と振り返る。視線を下げれば、真島の上着の裾を控えめに握りしめている桐生がいた。

    「桐生ちゃん?」

    慌てて地面に膝をつき、きゅっと口を結んだ桐生の顔を覗き込む。
    大きな目がゆらゆらと揺れているのを見て、考えるよりも先に攫うようにその柔い身体を抱き上げた。首に腕が回され、高い体温が密着してくる。

    「すまんなぁ、びっくりしたなぁ」
    「ぅん…」

    幼い首筋から陽だまりの匂いがする。
    真島が知っている桐生はセブンスターのほろ苦さとムスクの甘い香りを纏う、夜の似合う男だった。けばけばしいネオンと騒々しい音の中で、いつも桐生だけはひんやりとした夜を纏っていた。
    しかし今の桐生はその真逆。
    明るい陽の光の下で、あたたかな優しさに包まれて生きる子供だった。
    真島が少し力を入れれば、簡単に死んでしまう。
    無条件で愛されるべき弱い存在。
    それが今、自分を信頼しきって腕の中にいる。

    ――喰ってしまいたいなぁ。

    己の腹の底から涌き出るどす黒い欲望は、桐生と触れ合えば触れ合うほど大きく重くなっていた。
    もしこのまま桐生が元の姿に戻ることがなかったら、真島は躊躇なく桐生を暗闇へと引き摺り込む。きっと外野が横槍を入れてくるだろうが、全て捻じ伏せて桐生を隠すつもりだった。
    だって、それだけ執着しているのだ。
    柔らかな黒髪に口づけ、頬、首へと可愛らしいリップ音を立てていく。擽ったそうに小さく笑う桐生が己の欲望に気付いていないのが哀れで愛しく、たまらなかった。

    「かわええなぁ」

    真島のとろりと滴る毒のような声に、首元に抱きついていた桐生が顔を上げる。綺麗な二重の目がぱちぱちと瞬き、小さな手が真島の眼帯にぴとりと触れた。

    「へびさんもかわいいよ」
    「うん?蛇が好きなんか?」

    眼帯にうねる白蛇を撫でられても、真島は好きにさせた。桐生が自分へ触れることを遮る理由などないからだ。例えそれが誰一人触れさせることのない古傷だとしても、桐生ならば話は別だった。

    「あのね、へびさんはね、にいさんのこと守ってくれるの」
    「ほぉ。なら桐生ちゃんのことは兄さんが守ったろうな」
    「ほんと?」
    「兄さんは嘘吐かんよ。桐生ちゃんが嫌言うても傍で守ったる」
    「おれ、イヤなんて言わないよ」
    「ほんまかぁ?ガキにゃ反抗期っちゅうモンがあるからなぁ…」

    悩まし気に真島が言えば、桐生がむすっとした顔で「言わないもん」と繰り返した。

    「ずっとずっとすきだもん」
    「ふふ、そうか……ひひ、そりゃ、ええ。ええこと聞いたわ」
    「うれしいの?」
    「ン。」

    真島は子供が見たら泣くような顔をして嗤っていたから、桐生の肩に額をつけて見られないようにした。そのくらいの配慮は出来る。桐生を怖がらせるつもりはないのだ。もし拒まれる日が来たら怖がらせてしまうかもしれないが…。
    俺がこんなガキの言葉に喜ぶなんてなぁ…とくふくふ笑えば、真島が笑っているのが嬉しいのか、桐生もきゃらきゃらと笑い声を上げた。

    「かわえぇなぁ…」

    まろい頬を指先でくすぐる。
    今後桐生を手元に置き続けるために、先手を打つ必要があった。コレは俺のモノなのだと知らしめなければならない。事務所に向けていた足を止めて、「――おう、俺や。今から本家に顔出すから車回せ」と低い声で手短に電話を済ませる。
    そして桐生のちいちゃな手を自分の頬にぴとりとくっつけさせ、とろりとした目で口角を上げた。

    「ウチの坊に、お披露目行こか」




    ◇大吾の場合


    「六代目おる~?」

    バンッ!と扉が蹴り開けられる。
    会長室の扉というのは間違っても足で蹴っていいものではない。しかしこの野蛮な入室方法は真島のスタンダードで、今月大吾が発した「真島!!」という怒鳴り声は20回を超え過去最多となっていた。ちなみにこの記録は毎月更新されている。
    大吾は軽い声と共に入って来た男にスゥーーと息を吸い込んだが、飛び出る筈だった怒りの声は掻き消えた。
    代わりに、静かに携帯電話を取り出す。

    「……ああ、ご苦労様です。すみません、お手を煩わせてしまうのですが事件でして、はい、ええ。児童誘拐で――」
    「おう待て待て待て!!」

    真島が通話中の電話をぶん取れば、液晶画面には110の文字。コイツマジか……という顔のまま通話を切り大吾に投げ返せば、軽々とキャッチされた。

    「どこの世界にサツに電話するヤクザがおんねん!」
    「理由もなくガキの誘拐されちゃあ俺の手には負えないのでつい…」

    大吾は常に「正気ですか?」「真島さんを直視すると眼瞼ミオキミアになるんですよね。ストレスかな」「今日の分の鎮静剤はもう飲まれましたか?まだでしたか、通りで」などとまるで真島が悪くてオカシイかのように言ってくるが、真島からすれば大吾の方がオカシイ。
    しがらみや常識に一番囚われないのは大吾なのだ。
    それがどれほど恐ろしい事か。

    「つい…ちゃうわ!あと誘拐もしとらん、見てみぃ!」

    話ながら「誘拐だし7年はムショだろうなぁ」と考えていた大吾は、ぐいっ!と目の前に突き出された子供を初めてまじまじと見た。
    子供のくりくりとした目も大吾に向けられる。
    黒く柔らかそうな髪。
    透き通った瞳。
    柔らかそうな頬に、小さな唇。

    「……かわいいですね?」
    「アホ!桐生ちゃんやろが!」

    そう言われて見れば、確かに桐生に似ている気もする。
    だが桐生は大吾より年上の大人だ。
    どれほどその背中に手を伸ばしたことか。
    凛とした背に、何人が憧れたことか。
    ふぅ…と息を吐く。

    「俺はその子を元居た場所に返してくるので、真島さんは総合病院に行ってください。精密検査をした方がいい。どこか悪いところが見つかるかもしれません、頭とか」
    「だ~~っ!分からん奴やのお!」

    もう朦朧したのか…という諦めの目で地団駄を踏む真島を見た大吾は、子供に視線を移す。子供は綺麗な瞳をぱちぱちと瞬かせながら、真島の腕の中でジっとしている。
    大吾は素直に感心した。
    自分がこの子供くらいの頃ならば、真島のような大人に抱き上げられた瞬間、真っ暗な未来に絶望して泣き叫んでいただろう。
    机に両肘をつき、真島に抱えられたままの子供を伺うように見上げる。

    「名前は何と言うんだ?教えてくれるか?」
    「うん。きりゅうかずま、です」
    「……」

    思わず真島を見れば、ほら言っただろうという得意気な顔を返された。この人ホント嫌だな…と思いながら、にこりと笑って質問を続ける。
    きちんと警察に保護してもらうためだ。

    「桐生……くんは、どこから来たのかな?」
    「えっとね、あのね、にいさんがつれてきてくれたの」
    「なるほど」

    見つけたのは真島らしい。
    どこかの母親の腕からひったくって来た訳ではないらしく、ひとまず安心した。大吾から真島への信頼度は全てにおいてこのレベルなのだ。

    「それでね、赤いふくのおにいさんとぎゅってして、」
    「うん」
    「そしたら、にいさんがおこってげしっ!って」

    赤い服でパっと思い当たるのは、金貸しをしている秋山だった。秋山が桐生に対して人並みならぬ好意を抱いているのも把握している。そして真島が暴力に出れる数少ないカタギでもある。

    「…はい」
    「でね、ずっとおれのことまもってくれるって言ってね、」
    「ええ」
    「ちゅってしたの、ふふ」

    桐生は小さな両手でふくふくの頬っぺたを挟んで、うふふと笑った。小さな秘密を話す子供の無邪気さがキラキラと瞳を輝かせていた。
    ……なるほど。
    なるほど、と大吾は何度か小さく繰り返し、ブツブツと口の中で仮説を組み立てた後に、桐生に向かってキッチリと一礼した。そしてとびっきり低い声で、トロリと目を細めて桐生を見つめていた真島を呼ぶ。

    「真島」
    「……ちゃいますやん六代目」
    「真島」
    「や、概ねその通りですけど」
    「真島」
    「確かに金貸しは蹴り飛ばしたし桐生ちゃんとは将来の誓いを交わしたけども」
    「真島」
    「まだ手ぇ出しとらんし…」
    「当たり前だろう!!!!!」

    ぴ!と桐生が目をまんまるにした。
    ビリビリと響く突然の大声にびっくりしたのだ。
    大吾は、目も口もまんまるにして硬直してしまった桐生に「驚かせてすみませんでした」と優しい声で微笑む。一瞬前に怒号を上げた人間とは思えない切り替えの早さ。コッワ…という真島の声は綺麗に無視された。

    大吾は身振り手振り一生懸命話す桐生を凝視して、話の内容を整理して、「ああ、桐生さんだ」と確信したのだ。
    初めは驚いたが、自分が桐生を間違える筈がない。
    どうして小さくなったのかは後々聞くとして、一目で気付けなかったことが悔しかった。桐生への一礼はそのことを詫びる意味も込めていた。
    そもそも。
    真島が見ず知らずの子供を抱えて来た時点で勘ぐるべきだったのだ。真島が仕事と桐生のこと以外で動くなどないに等しいのだから。桐生を自分の前に連れて来た理由も分かった、きっとこの狂犬は自分に桐生を見せることで義理は果たしたとして、この後一人で囲うつもりなのだろう。
    狡猾な男が考えそうなことだった。

    「この子供が桐生さん本人なのは分かりました」
    「誤解も解けたようで良かったわ。ほな俺らはそろそろ…」
    「そこから一歩でも下がれば警察に連絡しますけどいいですか?」
    「なんでぇ?」
    「教育に悪いんで」
    「えぇ……」

    真島は心底困ったな、という顔で腕の中の桐生に視線を落とす。
    桐生は未だに目をまんまるにしていたが、真島が「桐生ちゃん」と声を掛ければすぐに「うん?」と丸っこい声で返事をした。

    「お勉強好きか?」
    「おべんきょう?」

    もし桐生が勉強が嫌いと言えば、勝ち誇った顔で「ほなそういうことで」と颯爽と立ち去る予定だったのだろう。しかしコテンと首を傾げて聞き返してきた桐生に、パチリと瞬きをした真島は「どういうことやろか」といった顔で大吾を見てきた。
    真島の“子供”への理解はだいぶ薄いようだった。大体は自分の幼少期と比較して考えられるものだが、多分初めて人を殴った辺りからしか記憶がないのだろう。
    仕方なくフォローを入れてやる。

    「まだそういった年齢ではないのでは?」
    「あー……?桐生ちゃん、今いくつなん?」
    「んーとね、」

    桐生がまごまごと何か不明瞭なことを呟きながら小さな指を数え始めたかと思えば、その手をぱっと広げ、満面の笑顔でバンザイをした。

    「ごさい!」
    「ゥグッ……」
    「う゛…ッ」

    真島は天井を仰ぎ、大吾は心臓を抑えて蹲った。
    極道の男達はこんなに穢れのない笑顔を向けられたことがなかったので、桐生のひまわりのような笑顔を直視することが出来なかった。
    免疫/zeroなのだ。とてつもない破壊力だった。

    「ぇ、あ、ご、ごめんなさ…」

    桐生はそんな大人達に再び目をまん丸にして、不安げに顔を曇らせた。突然呻き声を上げた大人達がちょっぴり怖かったし、心配だった。
    それにどう考えても自分のせいだと思ったので。

    「コホンッ…、違うんです桐生さん。すみません、五歳ですよね、大変結構かと。そこの狂犬もちょうどそれくらいですし」

    いち早く立ち直った大吾が、桐生を慰めるために席を立つ。その言葉は全く動揺を隠しきれていなかったが、態度さえ堂々としていれば誤魔化せる。大人とはそういうものなのだ。
    未だ天井を仰いで何かを噛みしめている真島を放置し、桐生の頭にそっと手を置く。
    片手で掴めるほどの、小さな頭だった。
    そういえば桐生さん頭の形良いもんな…とちんまりしたつむじを見下ろしながら思う。
    この小さな生き物が宙を駆ける龍となるのか。
    全てを統べる力を持つ男となるのか。
    もし桐生が小さくなっていると他所に知られれば、誇張なしに血で血を洗う奪い合いになるだろうな…と思いながら、ふくふくの頬っぺたを指の背でなぞる。

    「桐生さんは本当に、罪な人だな」
    「つみ…?」
    「とても好かれているということですよ」
    「うふふ」

    宝石のような瞳がきゅぅと細まり、嬉しそうな声が上がる。
    普段の桐生ならば、「いい加減俺はカタギなんだから勘弁してくれ…」と疲れ切った声で返事をしてくる内容でも、小さな桐生は幸せそうに笑うだけだった。

    ――この子は、人に愛されるのが嬉しいんだ。

    鈴のような声で笑う桐生を見て、大吾はなんだか少し泣きそうになった。大吾はずっと桐生を見てきたが、人からの好意をこんなに素直に、嬉しそうに受け取る姿は見たことがなかった。…マァいつも“好意”で真島に追われ続けていることを考えればウンザリしていても仕方がないが。
    この素直で暖かな気持ちを持つ桐生を大事にしてやりたい。

    大吾は「俺が育てなければ」と強く思った。

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