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    kannuki_yayoi

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    kannuki_yayoi

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    ⚠️共依存っぽい犬飼と夢主(ナマエちゃん)
    ⚠️首絞められます
    ⚠️二人とも「この人には自分がついていないと」て思ってるんだな🎵

    海の底ではきみが眠る あ、と言う澄晴の小さな声がした。
     声のした方に振り返ると、ソファに座る澄晴が見えた。自分の手を眼前に掲げ、口を半開きにしたまま動かない。何かあったのかと傍に寄ると、彼の人差し指のささくれから僅かに血が出ているのに気付いた。
    「大丈夫? 痛そうだね」
     絆創膏貼る? と私が問うが、澄晴は「うん」なのか「ううん」なのか、不明瞭な発音で何か答えただけで、私の方には視線すら寄越さない。怪訝に思いながらも、洗面所から絆創膏を持ってくる。「澄晴くん、大丈夫ですか?」と言いながら彼の隣に腰を下ろすと、澄晴がそこでようやく私を見上げた。
    「いっぱい出ちゃった」
    「え?」
     ずい、と私の顔面に掲げられた彼の指先からは、尋常ではないほどの血が流れ出ている。彼の白い肌に映える生々しい赤が、指をつたい、手の甲にまで垂れていた。
    「ちょッ――何これ! ささくれじゃなかったの?」
     慌てて傷口をティッシュで押さえる。澄晴は「ささくれだよ? 剥がしたら血出てきただけ」と穏やかな声で笑った。
    「血止めないと。ほら、自分で押さえて」
    「嫌だよ。ナマエちゃんがやって」
     澄晴は甘えた声でそう言うと、私の肩に頭を乗せた。こうなった澄晴は、私が自分の思い通りに動くまで、テコでも動かないつもりなのだ。その頑固さと言ったら、岩よりも固いのだから頂けない。
     溜息。
     せめてもの抵抗に。小さな溜息をひとつ零してから、澄晴の指先にティッシュを当てがい、ぐ、と握った。
    「手挙げて。心臓より高くすると止まるから」
    「へぇ、ナマエちゃん物知り」
     嘘つき。澄晴だって知っているくせに。
     澄晴は指を握られながら、私の首筋に唇を近づけて少しだけキスをしてみたり、猫のように擦り寄ってみたりする。私が首を攻められると弱いと言うことを分かってしているのだ。辞めて、と言うと、やだ、と笑うような声で言う。だからやっぱり、私は何の反撃もできず、されるがままだ。
    「血、止まった?」と、澄晴。
    「うん、多分止まった。絆創膏貼るね」
     澄晴の綺麗な爪の先を、絆創膏でくるりと包んだ。彼は包まれた指先を宙に翳しひとしきり眺めた後、「おれの体って、本当に血流れてるんだね」と冷笑した。
    「当たり前でしょ。人間なんだから」
    「…………トリオン体に換装してる時は出ないよ」
     つまり、トリオン体の時は人間じゃない、てこと?
     そう言う澄晴の目は、何の温度も感じさせない、海の底のような色をしていた。私は――――時折澄晴が宿すこの瞳の色を見ると、心臓がぎゅうと収縮し、上手く息が吸えなくなり――言葉に詰まるのだ。
     人間に、決まっているじゃないか、ただ命の器が入れ替わるだけで、あなたはずっとあなたなのよ、と。そう言うべきなのだろうけれど、彼のこの瞳に見つめられると、上手く言葉にすることが出来なかった。海の底のような目をした澄晴が、まるで作り物のように思えて、私が澄晴をなど不可能なんだと――そんな現実を突きつけられているような気がした。私と彼の間の隔たりは、絶対零度の孤独となって、私の心を凍らせる。もちろんそれは幻覚だし、思い込みだと分かっていた。目の前にいる犬飼澄晴は、私の知る彼本人で、かっこよくて、優しくて、知的で、親切な、私が大好きな、血の通った人間なのだ。
     その、はずなのに。
     なのに。
     彼は言い淀む私に構う素振りもなく、ずるずると体を横たえ私の膝に頭を乗せた。そしてこちらを見上げながら、「今のおれは、正真正銘の人間だよね?」と問うてくる。
    「……今も人間だし、トリオン体の時も人間でしょ」
    「でも、血は出ないよ。首を跳ね飛ばされても死なないし、心臓を撃ち抜かれても死なない」
     人間じゃないのかもね、と嘲笑するように言いながら、澄晴は細い指先で私の頬をするりと触った。その指先が氷のように冷たくて、心臓がびくりと跳ねる。彼は驚いた私の仕草が面白かったのか、僅かに顔を綻ばせた。
    「おれさ」と、澄晴が言う。「たまに分からなくなるんだよね、自分が今、生身なのか、トリオン体なのか。もちろん、感じ方が違うから完全に分からなくなるわけじゃないんだけど――――ただ不安になる。現に今は生身だけど、こうやって、ナマエちゃんの心臓が手の届くところにあって。もし今のおれがトリオン体で。おれはそれをすっかり忘れてて。掌からスコーピオンを出したとしたら――」
     そこで澄晴は私の胸をゆっくりと撫でた。
     
    「ナマエちゃんのこと殺せちゃうよね」
     
     しばらく間があった。私が何か言わなければともたついていると、澄晴は掌を私にむけて、「なんてね」と戯けて見せる。そこにいるのはいつもの澄晴で、先ほどの作り物のみたいな目をした澄晴はもうどこにもいない。
     
    「大丈夫だよ」
     と、私は言う。
     一体何が大丈夫なのか、自分にもよく分からなかった。けれど、澄晴が抱える不安定な感情も、私たちの不完全な関係も、それを声に出して肯定しなければ、まるで泥の舟が水に侵され崩れていくように、私たちの全てが海の底に沈んでしまいそうだと思った。私の声は少しだけ震えていて、それを誤魔化すように声を張り上げる。
    「大丈夫だよ。ちゃんと澄晴は生きてる。私が保証する」
     私の言葉に、澄晴は目を丸くして、それから嬉しそうににっこりと笑った。端正で美しい彼の顔が笑顔になる瞬間が、私は大好きだった。だからその愛おしい表情が少しでも長く続くように、彼の柔らかい髪の毛をふわりと撫でる。
    「ナマエちゃん、おいで」
     澄晴が身体を起こし、両手をこちらに差し出す。誘われるままに彼の手を取った。澄晴の腕が私の背中にまわり、ぎゅう、と優しく力が込められる。
    「本当に可愛い」
    「……何が?」
    「ナマエちゃんが可愛いんだよ。本当に可愛い」
     殺しちゃいたいくらい。すごく、可愛い。
     澄晴は私の首にするすると手を伸ばし、ゆっくりと爪の先をたてた。私の皮膚に突き立てられたその小さな刃が、じんわりと鈍い痛みを引き起こす。
    「痛い?」と澄晴が訊く。
    「痛いよ」
    「もっと力入れたら、ナマエちゃんからも血がでる?」
    「……きっと。ね、澄晴」
     キスして、とねだれば、彼は、じ、と私の目を見つめてから、掌で私の頬を挟み唇を啄んだ。一回、二回。それからまた目を見つめられて、もう一回。
     頬に触れていた手が耳を撫で、後頭部を撫で、背中をつたい、腰を引き寄せる。澄晴の薄い舌は、明確な熱さを持っていた。さっき感じた掌の冷たさとは裏腹に。彼はその舌で、私の舌を撫で、吸い、何度何度も求めてくれる。幾度触れ合っても慣れることはなく、私はその度に新鮮な快感に溺れ、身体の奥はじくじくと熱を持つ。

     澄晴。私の好きな、澄晴。
     
    「ッ、あ――――」

     急に。痛みが走った。
     じんわりと血の味を感じ、思わず彼の胸を押し返す。自分の唇に指を当てると、ぬるりと濡れていた。
     これは。
     血だ。
    「……私の唇、噛んだ?」
    「うん、噛んだ」
     彼の唇の端にも血がついていた。慌ててそれを指で拭おうとするよりも先に、澄晴はそれを舌先で舐めとる。
    「な、舐めちゃダメだよ」
    「さっきまでキスしてたのに。説得力ないじゃん」
     そしてまた、ちぅ、と唇を吸ってくる。
    「ナマエちゃん、痛い?」
    「……痛いよ」
    「痛いのに怒らないの?」
     私の腰を何度も撫でながら、彼は額を近付けた。間近で見る彼の瞳が、また冷たい色に戻っている。その海の底のような綺麗な瞳を見ていると――こんな海の底になら、沈んでみてもいいのではないかと、そんなことを思った。
    「怒らないよ」
    「へぇ。おれに甘すぎじゃない?」
     甘い――のかもしれない。でもそれでもいいの。澄晴の好きなようにしてほしいから。私は、澄晴のことが大好きだから。澄晴の傍にいたいし、澄晴の力になりたいし、澄晴のためならなんだってしたい。
     だから。
     澄晴になら、何をされたって構わない。
    「澄晴、好き」
    「なにそれ。全然答えになってないよ」
     変なの、と言いながら澄晴は笑う。おれもナマエちゃんのこと好きだよ、と耳元で囁くと、私の肩を、とん、と押した。背中に、ソファの柔らかな座面の感触がする。澄晴は、機嫌の良さそうな顔で私に馬乗りになると、その冷たい掌を私の頬に置いて、笑った。
     
    「おれたちって――ほんと、お似合いだよね」
     
     澄晴の綺麗な指先が、私の首筋に爪を立てる。その痛みは鋭く、脳に届く酸素が少しずつ減っていくのが分かった。そんな私を、澄晴はただ見つめていた。その目はこれまで見たどんな海の色よりも澄んでいて、きっと私が死ぬ時には、彼のこの目を思い出すのだろう、と思った。
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