暑熱のsummer time休暇日。
それは働く人間にとって、甘露にも似た日である。
溜まりに溜まった家事や用事を片付けたり、遠出をして息抜きをしたり、または家で何もせずにひたすら睡眠を貪る。
その過ごし方は千差万別、人間の数ほどその日の過ごし方というものは異なる。
ドライクロイツでもそれは同じで。
交代で休暇を取ってくれとの命令により、誰もが夏の休暇を楽しむために、意気揚々として日本の街に繰り出す者もいれば。
日本が故郷という面々は、実家に顔を出しに行ったりと。
その過ごし方は、本当に千差万別。
残っている者も、己が休暇を取る日に何をしようか考えながら。
大人たちは基地内で仕事をし、少年少女たちはたまっている課題などを片付けていた。
……そして、トラブルというものは。
存在が最前線と言われるドライクロイツには、つきもののようであった。
「…………あまりにも暑すぎるんだが」
「シャア……暑いとか言うの禁止って言ってただろ……」
全身から汗を拭きだしながら、うんざりとした気分を隠さないシャアの言葉に。
こちらも倦怠感とうんざりとした声音のアムロが、暑いのわかってるわいと声を返す。
あてがわれた私室で大の男、しかも英雄と名高い二人の男が、全身から汗を拭きだし……おまけにパンイチという格好で……団扇を仰いでいるという光景。
ジオンシンパの連中が見たなら卒倒する、とブライトがいたならばそう評するだろう。
アムロの親友二人が見たなら、アムロを引きはがしてからシャアに熱湯をかけることだろう。
そんな異常な光景であるが、二人の様子を見に来る者はいない。
否、誰もが動きたくないのだろう。灼熱地獄ともいえるような状態に陥った、今のこの基地では。
「暑いものは暑いのだよ……」
「わかるけど、喋っても暑いぞ……」
口を開けば、湿り切った熱が口を通して、体内へと侵入してきそうだと。ぬるすぎるペットボトルの水を一つ煽るアムロの言葉に、シャアは唸る。
この暑さの原因は、想定以上に青く澄み切った空に、焼き焦がさんとばかりに輝く太陽の光が、地上を熱しているからというのもあるのだが。
……人類の叡智である電力が、あまりの暑熱、否、酷熱に対して不足してしまった結果だ。
この酷熱に対して、人類は無力ではないと言わんばかりに電力という叡智をもって対抗し、どこでもかしこでもエアコンやクーラーと言った冷却機器はフル稼働をしていた。
フル稼働をし過ぎて基地内の供給電力に対し、需要が圧倒的にオーバーしていたにもかかわらず、それでも必要とされた電力をあちらこちらから引っ張ってこようとした結果。
電力供給を行うケーブルが大音量とともに弾け飛び、メイン電力を失った基地内は、つい2時間ほど前まで大騒動であったのだ。
今は自家発電機のフル稼働と、電力供給を優先的に行わなければならない箇所に最優先で回しつつ。
ケーブルの復旧と停泊しているドライクロイツ旗艦ドライストレーガーが、発電を行うことで回しているものの。
こういった兵舎などは優先度が低いのか、電力が回ってきていないらしく。
基地内待機となっていた二人は、あられもない格好で私室で暑さに耐えるしかなかったのだ。
「バッテリーがあれば……簡易的に扇風機が使えるんだけどなぁ……」
「そもそも湿気もあるのでは、扇風機は役には立たない気もするがね……」
体力も気力も奪う酷熱の原因は、気温だけでなく湿度にもある。
日本の夏はそのどちらも高いために、体感温度が想定以上に高く感じられるのだ。
空気を攪拌する扇風機はある程度、両方を下げる効力を持ってはいるものの。
あまりに暑い空気を攪拌しても、元々の暑さのせいでさほど涼しくはならない。
ハンディ扇風機というものを借りて試してみたシャアは、実体験でそれを知っている。
「氷も溶けちゃったし……あっつい……」
シャワーもぬるま湯どころか、肌にあてるには熱湯に近い温度となっているから逆に暑くなる。
様々な涼をとる方法を試してはみたものの、あまりの暑さにそのほとんどが不調気味ともなれば。
我慢強い方であるアムロですら、うんざりした気分を隠すことなどできなくもなる。
ましてや、共に部屋にいるのはシャアだとくれば。
「……って。なんでそういや、お前がいるんだ……」
「おや、そこは今更じゃないかね」
この部屋はアムロにあてがわれた部屋であるはずなのに、シャアはしれっと居座り、ともに酷熱に対して愚痴を言っていた。
そこがそもそもおかしいのであって、今までそれに気づかなかったのも暑さのせいであろう。
鈍りに鈍った頭の働かなさに、口元をゆがめるアムロ。
逆にシャアは、少しだけ笑った。
「いいじゃないかね、この暑さをわかちあうにはひとりではつらすぎるというものさ」
「二人いるから暑さが倍になっている、っては考えないのかよ……」
「では、一人で悶々と暑さに耐える方が、アムロにはいいということかね?」
「あーーーー……そういうのはじゃなくてさあ……」
こんな時に問答などしたくない。
手に持った紫のタオルで、うんざりとした表情のままに顔と首の汗をアムロは拭う。
吹き出してくる汗を何度も拭ったタオルは、湿度のせいか、それともアムロの汗のせいか、随分としっとりと濡れていた。
「吸水速乾ってのも考え物かあ……」
「この暑さでは、汗を拭うのもキリがないということさ」
「じゃあ、どうするんだ?」
汗をかきすぎたら脱水症状にもなるだろ、と。
言いかけたアムロの声が固まったのは。
いつの間にかそばに座っていた、金髪の男からの不意打ちと言える唇にふさがれたから。
「ん……っ?」
一体何を、と、問う声も喉の奥で塞がり固まる。
吸い付きついばみ、ほんのわずかに開いた口腔へ侵入する舌の、熱さと容赦のなさにアムロの眉が跳ねるけれども。
それを追い返そうとするのは、できなかった。
暑さで、そういったものへの面倒くささが先立ってしまったがために。
だから。
「ぷ、はっ っ、何、考えて」
唇が離れた瞬間に、抗議の声をぶつけてやる。
隣に他人の体温があるだけで、感じる温度は跳ね上がったのか、新たに汗が噴き出してくる。
それは、隣にいるシャアも同じようで。
秀麗な顔から、幾筋も体温調節のための汗が滴り落ちている。
……男の色気というものを増している、なんて思っても、絶対に口には出さないとアムロは決めたが。
「なあに。暑いのなら、暑さを感じないぐらいに熱くなるのも一興かね、と」
「……ただ単に倒れないか、それ?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、と日本では言うそうだよ?」
日本のコトワザ、だと胸を張ってこたえる男に、軽くめまいをアムロはおぼえる。
熱中症か何かで頭をやられたか?とは、言わなかったが。
「引っ付かれたら暑いんだけどさあ」
「だから暑さを感じなくなるように、お互い熱くなるのさ。なあに。熱くなるのなんて、簡単だろう?」
俺はやだよ…… という抗議は、あっさりと却下されて。
追い払おうと振ったアムロの手は、シャアの手によってつかまれて。
そこから流れるように、体がシーツの上に縫い留められる。
おい、と。抗議の目と声は、シャアにはスパイスとしかならなかったようで。
アムロを見下ろすシャアの笑顔から、一筋、垂らされた汗がアムロの体躯へと流れ落ちる。
「いやさあ……動きたくないんだけど……」
「問題ないさ、今日はマグロで楽しんでくれたまえ」
「引っ付くなって意味なんだけどさあ……」
「とは言いながら、触られればまんざらでもないとは思うがね?」
アムロの体にまとった最後の布を、いつの間にかはぎとったのか。
暑さなどで萎えたアムロの男性器に軽く触れて、シャアはもう一度笑う。
わずかに反応を返してくれたことへの、意地の悪い笑み。
「よくやるよ……」
「君もまんざらではないだろう、わずかでも反応は返す」
「普通そういうふうなこと言うかあ?」
頼むからどいてくれ、暑いから。
懇願というより、依頼ではあるが、シャアは聞く気はないようで。
……そして。
今のアムロにとっては不幸の鐘が、その時に鳴り響く。
「ん?」「あ」
つけっぱなしにしていたにもかかわらず、沈黙を貫き通していたエアコンが、わずかな起動音を立てて動きだす。
ウイングのスイングが上下しながら、吐き出す冷たい風が、灼熱に対して侵攻を開始したようだ。
それはつまり。
「どうやら暑さも、ここがピークとなるようだ」
「……そうみたいだなあ」
そして。
涼しくなるだけとなったなら。
「熱中症となることは、どうやらなくなりそうだ」
一度火が付いた欲望を、冷ますことはできないという宣言が。
シャアからアムロに下されるということ。
「お互い汗だく って、これから関係なくなるか」
「おや、先ほどまで乗り気じゃなかっただろうに?」
「もうこうなったら付き合うしかないかな、って」
どうせこの後から触られ続けて、欲望を引き出されたら。
あとは、シャアの手管で啼かされるということを、アムロはいやというほど知っている。
抵抗したところで、思考がぐずぐずになったら同じこと。
「楽しんでしまおうって、観念しただけさ」
「ならば、アムロの仰せのままに」
精一杯、楽しませてあげよう、と。
汗まみれの体が重なり合うのには、さほど時間は必要なかった。