夜闇しか知らないヒミツ空気の流れが変わったことで刺激された意識が急浮上する感覚に抗わず、そっと瞼をヒーローは押し上げた。
見知らぬ、というわけではないが、現状を一瞬だけ忘れてしまいそうなしっかりとした作りの天井が、薄暗い中で目に写り込む。
家というものを失ったヒーローだから、「自宅」というものではないことは明白。
ならばここは宿屋で、そして。
「……ん」
もぞり、と。
傍らから他人の吐息が聞こえてきて、そっと視線だけを声の方向へと向ける。
ヒーローの目に写り込むのは、小さく寝返りを打ってうっすらと窓の外から投げられる夜明けの光を背にした、鍛えられた体躯の上に赤色の花弁をいくつも散らした、少年。
「ん、よく寝てる……」
年相応より幼いデュランの寝顔を見て、ヒーローは思い出した。
明日は休息日と決めたから、恋人らしく夜を過ごそうと決めたのだと。
「まつ毛長いなあ。こうしてじっくり見ると」
いつもは覗き込もうとすれば、バイザーやデュラン自身が恥ずかしがって隠されてしまうのだけれど。
眠っている時はさすがの彼も大人しくて、普段は見せてくれない幼い表情とともに、その顔を観察できる。
17歳という割には少し幼い顔立ち、起きている時の表情や口調、先陣を切って大剣とともに戦場を駆けまわる姿で紛れてしまうが。
大人しくしていると、可愛いと形容できるものだ。
……それに同意しているのは、ヒーローと運命の相手であるヒロインと。
デュランに対して思いを秘めている……バレバレだとは騎士の情けで言わないでおく……アンジェラぐらいだが。
「んー……」
ヒーローの小さな呟きに反応したのか、それとも、ただ単に寝返りを打とうとして失敗したのか。
わずかにデュランの体が動くものの、目は開かれない。
意識が、まだ遠い眠りの園にいる証。
「ふふ、可愛がり過ぎてしまった、かな」
明日が休息日だから遠慮はなしにと、ヒーローはがっつりデュランを「可愛がった」。
色事にはまだ耐性というものがなく、故郷では剣一筋だったことも相まってか、ヒーローの手管にひたすらデュランは翻弄され続けた。
与えられる快楽が怖いと泣いたり。
刺激に反応する体にひたすら戸惑ったり。
体を一つにつなげた時、内部から引き裂かれる痛みに耐えている時の表情が、これまで見た表情の中でも一番可愛らしいと思った。
夜の闇がいっとう深くなるまで可愛がって、悦楽を分け合って、一つの寝台で眠りの至福を共にして。
「……収穫者に感謝しないとなあ」
記憶の世界を旅する少女が自分たちを招かなければ、愛しい彼と出会うことはなかった。
そのことに感謝をささげる。
いつまで続くかわからない、という不安はあれど。
それでも今は。
「共にいられるこの今を、もたらしてくれたんだから」
手入れらしい手入れをしたことがない、剛毛と言えなくもないデュランの茶髪をそっとなでる。
共に歩んでくれることを選んでくれた、握り返してくれたその手の暖かさを。
涙を流しながら縋り付いてきた手の熱さを、胸の中に刻み込みながら。