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    nnnnnarukami

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    hq 花国
    しあわせなアパート

    クニミちゃんにヨシヨシされるハナマキさんの話

     ハア、と白い吐息を吐いて、花巻は空を見上げた。定時で帰っていたのなら暗くなる前に自宅に着くことができたのだろうが、いかんせん職が職。繁忙期でもないのに残業ざんまい休日出勤ざんまい。しょうがない、しょうがないと分かってはいるが、社会人とはこんなに過酷なのかと思い知った4月からはや半年。日中は暖かいが朝晩は少しずつ冷え込んできて、今日なんかは震えるくらいには寒い。宮城と比べて狭い東京の空は、ネオンや街灯で星なんかちっとも見えやしない。それでもここで生きていくためには、そんなことを気にしてはいられなかった。足早で駅へと向かいちょうどホームに着いた電車に乗り込む。一本乗り過ごしてもまたすぐに次の電車が来るのは都会のいいところだ、と大学で上京して初めて思ったことだった。
     20分ほど電車に揺られ、軽快な音楽とともにプラットホームのコンクリを踏む。もうすっかりと身に馴染んだ、いつもの帰り道。ビールあったっけな、うん、多分ある。なんで考えながら先ほどよりも静かな道を1人歩く。今から家に着いてご飯を食べて風呂に入って、日付を超える前には眠れるか。……ああ、うん。自分の身体が怠いのが分かるし、また明日朝早く起きて同じ道を歩かなければならないことも分かる。段々と遅くなる足取りに気付きながらも、家に帰らないわけには行けないので歩を進める。いくらゆっくり歩いても自分のアパートに着かないことなんてない。一人暮らしの、古ぼけた冷たいアパート。カンカンと安い音を鳴らして階段を登り、そこで自分の部屋の電気が着いていることに気がついた。そんなことで少しでも気分が上がってしまう自分に呆れつつ、ポケットから取り出しかけていた鍵をそのまましまった。そしてドアノブに手をかけると、ゆっくりと回る。…ったく、1人の時は鍵閉めろってあれほど言ったのに。
     ガチャリと音を立てて空いたそれに気づいたのか、パタパタと軽い足音が聞こえた。
    「おかえりなさい、花巻さん」
     エプロンをつけたままそう言って微笑んだのは、高校時代の後輩で、今は恋人でもある国見英だった。
     高校時代、確かに俺たちは一緒に部活をして、全国に行くために努力した仲だ。でも本当にそれだけで、引退したあとは部活の様子を見に行く以外で国見に関わることなんてなかった。そしてそのまま卒業して、少しだけ部活に想いを馳せて泣いて、そして進学のために上京した。大学ではバレーはしなかった。自分のバレーはあの体育館の中にしかないと思ったからだ。そのまま2年なんとなく過ごして3年になったある日、国見と再会した。国見も進学先に東京の大学を選んだらしく、たまたま自分が通っていた大学の近くだったのだ。そこから急速に俺たちは仲良くなり、気づいたらお互いがお互いを大切だと思うようになっていた。ある意味で自然の摂理。違う表現をすれば必然。とにかく、高校時代のことを不思議に思うほど、俺は国見に夢中になった。国見もそう思ってくれてたら嬉しいけど、まあ天邪鬼なあいつが言葉にするわけでもなく。それでも残りの2年、2人でそれなりに甘い時間を過ごした。そして今年、人生最大の選択、就職。苦労して入った会社は、まあブラックに近い職種で。それでもどうにかこうにかやってきた。国見はまだ大学3年生で、新卒1年目の俺とはなかなか時間は合わなかった。でも、時折約束していた日以外にも俺の家を訪れて、俺の帰りを待ってくれている時がある。俺が疲れ切っている時に限ってそれだから、あいつはエスパーなんじゃないかな、なんて真剣に考えていた時もあった。
    「ただいま、くにみ」
    「はい、疲れ様です」
     国見がここにいるという事実が嬉しくてふにゃりと笑った俺を怪訝そうにみて、国見はそのままキッチンへと戻って行った。途端に鼻に入る、胃をくすぐる匂い!今日はきっと、生姜焼きだ!!
     ノロノロと上着を脱いでハンガーにかけ、ネクタイを緩める。その間にも国見は着々と準備を進めて、気づいたらテーブルの上には美味しそうなホカホカご飯が。ぐう、とお腹が鳴ると、その音が聞こえたのか国見がクスリと笑った。
    「ご飯できましたよ、花巻さん」
    「……ウン、ありがとう」
     いただきます、と口を揃えた後、国見特製の生姜焼きとお米を口に運ぶ。口の中に広がる生姜と甘い味に、ぎゅんと心が温かくなった気がした。うまい、と小さくこぼして、花巻はそのまま掻き込むようにご飯を食べた。その様子を見た国見も、生姜焼きに箸をつけ始めた。そういえば、1人ではあまり料理する気にもなれなくて、最近はちゃんと食べていなかったかもしれない。
     10分もしないうちに食べ終わり、さすがに片付けはしようと立ち上がった。だが国見に、そのままゆっくりしてて下さいと肩を押されて、そのままソファに腰を下ろす。やけに機嫌のいい国見は、楽しそうに鼻歌なんて歌いながら洗い物している。手持ち無沙汰になった花巻は、リモコンを手に取りテレビをつけた。特に面白いと感じる番組はなかったのでニュースにチャンネルを合わせてそのまま流し見することにした。
     しばらくすると、きゅ、と蛇口を閉める音が聞こえて、次いで国見が部屋に入ってきた。そしてそのまま花巻の隣に腰を下ろすと、「ん」と手を広げてきた。急になんだ?
    「おいで、花巻さん」
     腕を広げた国見を見て動かない花巻に痺れを切らしたのか、国見が優しい声でそう呼びかける。その声に抗えなくて、花巻はポスリと国見の肩に顔を埋めた。国見の体温が少しずつ自分に移ってきているのが分かって、じんわりと目の奥が熱くなったのが分かった。
    「花巻さん、いつもお疲れ様です」
     花巻さんが頑張ってることおれ知ってます。でも、たまには休まないとダメですよ。
     低くて、でもどこか甘さを含んだ国見の声とともに頭をポンポンとリズムよく叩かれ、思わず花巻は鼻を啜った。国見の腰に手を回して、肩にぐりぐりと頬を押し付ける。家に帰って、国見に会うまで重たくて冷たかった身体が、心が、解れていく。国見の少しの気遣いが嬉しくて、愛おしくて。こんな格好悪いところ見られたくないけれど、全部を受け止めてくれる国見にもっと触れたいと思った。
    「…なんで、いっつもおれが疲れてるの分かんの?」
    「……花巻さん、すごく疲れてる時は全然連絡返って来なくなるんです。しかも感嘆符が全くなくなる」
     毎日会えるわけじゃないから、少しでも花巻さんのこと理解したくて。
     そう言ってはにかんだ国見に、ああ、敵わないなあ、なんて思ったのはきっとしょうがないことだ。
     古ぼけたワンルームの、安いアパート。そこにあるのは生姜焼きの香りと、俺のいちばんの幸せ。
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