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    紫蘭(シラン)

    @shiran_wx48

    短編の格納スペースです。

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    紫蘭(シラン)

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    グルアオSS集。
    4月以降はこちらにぽいぽいしていきます。

    4月度グルアオSS集『思春期あるある』

    「んふふ~」
     上機嫌に鼻歌を歌いながら明日着る服をクローゼットから取り出していく。いつもジムで会う時は制服姿だし、今回は思いきってスカートにしてみようかな。あ、この前可愛いフレアスカートを買ったし、それにしよう!
     
     そのスカートに合いそうな服をどんどん出していっては鏡の前で重ね、一人ファッションショーを開く。理由はそう、明日恋人のグルーシャさんと会うからだ。しかもデート先は彼が住むお家。これはもう、気合を入れるしかない。
     
     これかな? いやあっちの方がいいかな? どんな格好だとグルーシャさんから可愛いって言ってもらえるのかな? だなんてことを思いながら明日のコーデを考えるのがすっごく楽しい。
    「よし、これで行こう!」
     かなりの時間をかけながらも決めた服装をハンガーにかけ、残りは全てクローゼットの中へ片づけていると目に入ったのは姿鏡に映った自分の姿――いや、正確には自分の前髪。
    「……ちょっと野暮ったい、かな?」
     交際を初めてからというものかっこいいグルーシャさんと釣り合うため、自分なりにおしゃれに気を遣ったり髪を伸ばしてみたりと色々挑戦してきた。そのせいでほんの些細なことでもすぐに気になるようになってしまったけれど、大好きな彼の隣に立つためにはオシャレもポケモン勝負並に頑張らなくては!
     だからこそ、ちょっとでも微妙な部分があれば直したい。ここをなんとかしたら、明日着る予定の大人っぽいコーデがもっともっと素敵に着こなせるような気がする。
     
     よーし! と心の中で気合を入れると、近くの棚からポケモン用のハサミを取り出した。この中途半端に伸びてしまった前髪を、ちょこっとだけ切るだけだから大丈夫。パーモットの毛先を毎回上手くカットできてるし、へーきへーき!
     
     と軽い気持ちで散髪を始めたんだけど、この慢心こそが諸悪の根源だった。出会った頃のグルーシャさんだって、慣れ始めが一番危ないと言っていたはずなのに。
     
     そんなことをすっかりと抜け落ちていた私は、何の迷いもなく自分の前髪にハサミを入れた。
     
     
     数分後、私は隣の部屋に住む学生から何事かと激しくドアをノックされるくらいの叫び声をあげた。
     
     ***
     
     ソファから立ったり座ったり、忙しなく動くぼくをポケモン達は呆れたようにじっと見つめている。だって仕方ないだろ。今日はアオイが家に来るんだから。
     
     昨日ジムから帰宅後すぐに家中を掃除して回ったし、彼女が好む飲み物やお菓子を何日も前から準備した。変な臭いがしてないか急に不安になったから、普段は絶対に使わないルームフレグランスも置いた。これで清潔感あふれる部屋になっただろうし、あの子だって心置きなくくつろげるだろう。……それなのに重要なことを見落としているような気がして、なんだか落ち着かない。
     
     いや、理由はわかってる。生まれてこのかた恋人を家にまで呼んだことなんてないから、柄にもなく緊張しているんだ。
    「……こんなサムいところ、絶対に見せたくないな」
     そんなことを呟きながらキッチンまで水を飲みに行くのは何回目だろう。いい大人が情けない。アオイが来るまで、本当に大丈夫かどうか最終チェックをしにもう一度家中を回るか?
     
     そうやって、少なくとも本日四回目の巡回をしようとしたところで来客を知らせるチャイムが鳴った。……とうとうアオイがやって来た。
     
     年上らしく、スマートな対応ができるよう深呼吸をしながら落ち着こうとすれば、リビングに居座っていたポケモン達がみなぞろぞろと移動し始める。そして最後尾のマニューラがサムズアップするかのように指を一本だけ立てると、部屋から去っていった。あんな仕草、どこで覚えたんだ?
     
     謎のエールに疑問符を浮かべながらも、再度鳴ったチャイムを聞き慌てて玄関へと向かった。
    「待たせてごめ……ん」
     春が来たと言えど年中雪が降るナッペ山の気温は低い。風邪を引かせないためにもすぐさまアオイを家の中に入れようとドアを開ければ、目の前にはエクスレッグヘルメットを被った人物が立っていた。
     前にプレゼントしたコートを着てるし、背丈的にもアオイなんだと思うけどどうしたんだ?
    「えっと……」
    「グルーシャさん、こんにちは! 今日はお邪魔しますねー」
     状況を把握しきれずに戸惑うぼくとは対照的に、アオイはいつもの明るい声で挨拶をする。とりあえず体が冷える前に彼女を室内に入れると、リビングまで案内した。
     暖房が効いた室内でコートを脱いでソファに座ってからも、彼女は頑なにヘルメットを外そうとはしなかった。
    「暑くない……?」
    「お気になさらず!」
     いや、無理だろ。即座に入ったツッコミは、口から出ることなく胸の中で消化不良を起こしている。ヘルメットについてあんまり触れてほしくなさそうな雰囲気を出してるけど、そんなのできるはずがない。いつもの制服姿とは違って可愛い服を着ているのに、頭にはフルフェイスメットを被っているというギャップに脳が混乱して、せっかくのアオイとの会話に集中できない。
    「道中で何かあった? もし怪我したのなら手当てするし、ちゃんと見せて」
    「あのっ、全然違いますから! なので今日はこのままでお願いします!」
    「そんな無茶言わないでよ」
     彼女が目の前にいるのに顔が見えないとか、意味わかんない。これ以上はしつこいと思われる危険性はあったが、どうしてもアオイの顔が見たくてぼくはなんとか食い下がる。だって、多忙な中なんとか有給をもぎ取ったのに、久しぶりのデートで恋人がヘルメット装着してるとか意味がわからないだろ。
    「……アオイの顔が見たい。お願いだから、それ外して」
     自分のよりもずっと小さな手に触れながらそう懇願すると、アオイは消え入りそうな声で笑わないですか? と聞いてくる。本当に何があったんだ? と思いながらも、ヘルメットを脱がせるためにぼくは頷いた。
    「絶対、絶対に笑わないでくださいね」
     そう念押しで言うと、アオイは両手でヘルメットを持ち上げた。中からうっすらと化粧をした彼女の顔が現れ、普段とは違う雰囲気にどきりとしながらも、瞬時にとある部分へと視線がバキュームのように吸い込まれていく。
     
     いつもは右耳にかけている前髪が、ない。いや正確には……――
    「あ! グルーシャさんの嘘つき!! 今笑った! 笑わないって言ってたのに、笑った!!」
     アオイは涙を浮かべながらぽかぽか胸板を叩いてくるけど、ぼくはまだ笑ってない。口元が緩みかけたから、引き締めただけだ。
    「酷い! だから嫌だったんですよ!!」
     怒りに満ちた表情を浮かべながら立ち上がって出て行こうとする彼女を、ぼくは慌てて止めた。
    「笑ってない、から。だから落ち着いて……」
    「じゃあなんでさっきお口をむぎゅってしたんですか! いつもはそんな顔しないじゃないですか!!」
     一気に燃え上がる炎のように怒鳴り声をあげる彼女をなだめるためにも、アオイをもう一度ソファに座らせ、力いっぱい抱きしめた。薄い背中を軽く叩きながら、アオイの怒りが収まるのを待つ。そうやっている内に、腕の中でぐずぐずと鼻水を啜る音が聞こえ始めた。
    「うぅっ……。こんな、はずじゃなかったのに……!」
    「そこまで落ち込まないでよ」
    「だってぇ……」
     ジェットコースターの如く感情の起伏が激しい。ここまで感情的で、しかもいつもの丁寧な喋り方ではなく年相応の言葉遣いで喋っているアオイは新鮮だな。
    「前髪を、自分で切るんじゃなかったぁ……」
     憎らしげにぼくの服を掴む指に力がこもる。なだめていても機嫌が戻る兆しは全くないので、仕方なくぼくもとある過去を打ち明けた。
    「ぼくも、同じことをしたことあるよ」
    「……そうなんですか?」
    「大会の前に前髪を切りすぎてさ、不貞腐れながらテレビのインタビューに応えてたよ。ほんと、サムい思い出」
     なんで人前に出る可能性が高いのに、そんな余計なことをしたくなるんだろうねと付け加えれば、アオイは目を丸くしながら見上げてくる。
    「グルーシャさんにも、そんな時があったんですね」
    「お年頃なら誰にだって経験はあるんじゃない? まあぼくの場合、その時の態度が悪すぎて周りからのバッシングがすごかったから、あんまり思い出したくないんだけど」
    「すごく気になるので友達にお願いして、当時の映像がないか探してもらいます」
    「え、なんで? 普通に嫌なんだけど。クソガキ時代のぼくなんか見ても何にもおもしろくないから」
    「さっき笑った仕返しです」
    「だから笑ってないってば。あれはちょっと……急にくしゃみが出そうになっただけだから」
     何度否定してもいや笑っていたと譲らないアオイにどうすれば逃れられるのか考えた結果、今日のために用意していた物を早めに渡すことにした。
     
     一度彼女から離れると、引き出しの中からラッピングされた小物を取り出した。
    「これ、あげる」
     すぐに開けるよう催促すれば、彼女は不思議そうな表情を浮かべながら水色のリボンを引く。そして中にある物を手にして小さく呟いた。
    「きれい……」
     きらりと光ったそれは、モスノウの翅をモチーフにしたピン留めだった。最後に会った際、中途半端に伸びた前髪を邪魔そうに耳にかけている姿を見ていたので、フリッジタウンの雑貨屋で購入した。雪の結晶のような模様には細工がされているようで、光が当たると不思議な輝きを放っている。
    「こんな風につけてみたら、切りすぎた前髪を誤魔化せるんじゃない?」
     そっとそのピン留めを手にすると、アオイの前髪部分につけてみた。いつもより額が広く見えてしまうけど、あのガタガタが目に入らないからいい感じになっているんじゃないかと思う。……いや、どうだろう。アオイの好みに合うといいんだけど。
     
     そんなぼくの不安をよそにアオイは鞄から小さな鏡を取り出し、チェックをし始める。そして少ししてから、彼女は小さく笑った。
    「これなら大丈夫ですね……。ピン留めのプレゼントもありがとうございました。すごく素敵です」
     ここに来てからやっと明るい顔を見せてくれた。それに対して笑みを浮かべながら、ぼくはアオイの頬に触れる。
    「似合ってる。すごく可愛い」
     途端に赤面する彼女が愛おしい。コロコロと変わっていく表情を眺めているだけでも楽しくて、そこがアオイの好きなところの一つでもあった。
    「お茶とお菓子を持ってくるから待ってて」
     またアオイが何かを言い出す前にぼくは立ち上がると、キッチンへと向かう。流し台から覗き見れば、彼女は何度も何度もピン留めに触れては嬉しそうに微笑んでいた。
     
     
     ……これであの悲惨な前髪を見て、吹き出しかけたことはチャラになったかな。
     
     
    終わり


    ***

    『タイトル未定』

    「タイプの相性が不利でも、こうやって工夫すれば……」
     生徒同士の模擬勝負を通して、熱心に授業を行なっていたキハダ先生の声が突然止まる。どうしたんだろう? とみんなで首を傾げていたら、鼻先にぽたぽたと水滴が落ちてきた。
    「雨だー!」
     誰かがそう叫ぶと、みんな一斉にポケモン達をボールの中に戻してから屋根のある校舎側へと避難した。全力で走ったから、ちょっと濡れたくらいで済んでほっとした。軽い息切れをしながら床に腰を下ろす生徒達がいる中、キハダ先生はピッカピカの笑顔でこれで授業は終わりだと宣言をする。
    「続きは次回の授業で説明するぞ! あいにくの天気だが、おのおの元気に過ごしてくれ! 風邪引くなよ」
     はーいとやや気の抜けた返事をしたと同時に、学校のチャイムが鳴った。ぞろぞろと解散していく中、私はこれからどうしようかと考える。この後はもう受ける授業はないし、うーん……。
     
     しばし悩んでも考えはまとまらなかったので、とりあえず寮の自室へ戻ることにした。部屋についてベッドの上で大の字になってみたけど眠気はないから、いたずらに時間が過ぎていくばかりでつまらない。
    「んー……」
     やることが全くないわけじゃないけど、今は気分が全く乗らない。なんでだろ? 雨が降ってるせいかな? 未だに聞こえる雨音に目を閉じながら耳を澄ませると、頭の中でイメージが広がっていった。
     
     雨。雨といえば水。水といえば冷たい。
     冷たいといえば雪山。雪山といえば――
     
     一人で連想ゲームを進めていくと、最終的には必ずとある人物へと辿り着いてしまうのはいつもの流れ。静かで少し寂しい雪山の頂上付近で佇むあの人は、バトルコートからどこか遠くをよく見つめているのに、私が呼びかけるといつだって振り向いてくれる。
    「……まただ」
     その時の表情を思い出すと、いつだって心臓が大暴れしだして抑えるのが大変だった。
     
     最近変だ。綺麗な青空やサイコソーダにアイスといった何気ないものを目にしただけで、全部あの人へと繋いでしまう。これまではあの人のイメージカラーから思い出していたはずなのに、今回に至っては結構無理矢理だ。
    「ううー……」
     寝返りをうって枕を力強く抱きしめても、この妙な居心地の悪さは解消されない。なんでだろ。やっぱり今雨が降ってるから? 何度自問自答を繰り返しても導き出せない解答に、とうとう私は爆発した。
    「もう! 意味わかんない!!」
     ムキーと大声を上げても気分はことさら下がっていく。この正体がわからないものへの鬱憤を晴らすには、きっとこれしかない。そう考えついた私は、スマホロトムを呼んでそらとぶタクシーの予約ページを開いた。
     
     えいや! とベッドから飛び起きると私はナッペ山ジムに向かって出ていった。
     
     こうなったらもう、本人に直接聞くしかない。こうでもしなきゃずっと考え込んでしまうし、埒が開かない。きっとあの人は一緒になって考えてくれるはずだ。一見冷たいけど、すごく面倒見がよくて文句はこぼしつつも毎回ポケモン勝負のアドバイスとかくれるし、今回もそれに期待しよう!
     
     
     
     
     
    「……なにそれ」
    「だから、なんでもかんでもグルーシャさんのことを考えてしまって、大変なんですよ! 理由もわからないからそわそわして、気持ち悪いんです!」
     そう叫ぶように言うと、目の前の人は右手を目のあたりに添えながら深くため息をついた。その態度がなぜか妙にイラついてしまい、もう一度声を張り上げた。
    「なんとかしてください!」
    「なんとかって言われても……」
     想定外に素っ気ない口ぶりに、私は頬を膨らませながら抗議を続ける。
    「だって、気が休まらないんですよ。授業中とか課題を済ませてる最中に、涼しそうな色を見つけたらあなたを思い出して暴れたくなりますし、今何してるんだろうとか、会いたいなーとかいっぱい考えちゃって。酷い時は用もないのにナッペ山に気づいたら登ってることもあるし……。今日だって本当はここに来る予定はなかったのに、来ちゃいましたよ!」
    「ふーん、そうなんだ」
    「そうなんだって……」
     そんな軽く言わないでくださいと文句を言おうとすれば、グルーシャさんが目を細めてにやにや笑っていることに気づく。今まで見たことのない表情に、みるみる内に私の体温は上がっていった。そんな様子の私を見て、彼は口を開いた。
    「あんたって本当に可愛いね」
    「なっ!」
     予想外の言葉に驚き過ぎて目を見開きながら固まる私に構わずに、グルーシャさんは続ける。
    「そんなにぼくのことが好きなんだ。……ぼくだけじゃなくて良かった」
    「えっ?」
    「あの日からずっと今のあんたみたいに、ちょっとしたことで思い出しては会いたいって願ってた。こんなにもはアオイのことが好きなのに、あんたはぼくのことなんとも思ってなさそうで、なんでぼくばっかり苦しいんだって悩んで……。でも、今日やっと報われる。それがすごく嬉しい」
     グルーシャさんはそんなことを言いながら、青の手袋を外した骨張った大きな手で私の頬に触れる。指の腹ですりすりと肌を撫でられてこそばゆい。でもどこか心地よさを感じながらも、さっきからこの人が言っていることを理解しようとするけどできなくて、ただ呆然と佇むのみ。
     ヤドンがあくびをする時くらいの時間をかけて、やっと出てきたのは――
    「私……が、グルーシャさんのことがす、き……?」
     なんとも間抜けな言葉に、グルーシャさんは掠れるような声でまだわかってないんだと小さく笑った。だって、そんな。
    「相手のことをずっと考えてしまったり、胸がざわついて落ち着かないのは、その人のことが好きだからだよ」
     頬を触れていた手が私の背中にまわると、力強く抱き寄せられる。ふわふわでもこもこなグルーシャさんの上着に包まれながら、彼は耳元で囁いた。
    「ありがとう、アオイ。これでぼく達は両想いだ。……大事にするから」
     どこまでも追いつけない展開に戸惑いながらも、私は無意識の内に彼の背中に腕をまわしていた。
     
     
    終わり

    ***

    『星に願いを』

    「ラウドボーン、テラスタルするよ!」
     テラスタルオーブを構えたアオイが高らかに声を上げる。先手を取られまいとぼくはチルタリスにムーンフォースを放つよう指示を出したが、一歩遅かった。
    「フレアソング!」
     咆哮と共に飛び立つ火の鳥がムーンフォースのエネルギー弾とぶつかり、その衝撃波によって強い風がバトルコートに吹き荒れる。状況は見えずらいが、なんとかしてこの風を利用したい。
    「チルタリス、ぼうふう……!」
    「させません、シャドーボール!」
     だが、彼女の方が一枚上手なようだった。体勢を立て直そうとしていたチルタリスの隙を逃さず、技が水色の体に当たる。苦しげな声を上げるポケモンの元に再度火の鳥が飛び込んできて、氷を模したテラスタルジュエルが砕け散った。
     
     ――完敗だ。でも、今の自分に足りない部分が見えた。
     
     悔しさが滲み出ながらも、本来の目的を果たしたぼくは戦闘不能となったチルタリスをモンスターボールの中へと戻した。
    「……頑張ってくれてありがとう。ゆっくり休んで」
     そう語りかけていると、アオイはラウドボーンのテラスタル化を解除し共にぼくの元へとやってきた。
    「どうです? 力になれましたか?」
     恐る恐る聞いてくる彼女に対して、ぼくは真っ先にお礼の言葉を告げた。
    「ありがとう、だいぶ助かったよ。あんたのおかげで自分の課題が見つかったし、次の視察までには調整できそう」
     すると彼女は、嬉しそうに笑う。
     
     来週に控えたトップチャンピオンによる視察に向けて自分なりに準備を進めてきたけど、イマイチしっくりこなかったので、アオイに頼んで模擬戦の相手をしてもらっていた。オモダカさんとは手持ちもバトルスタイルも異なるのに、なぜか彼女とポケモン勝負をすると改善の道筋が見えてくるし、実際にその後のコンディションは上がっていく。
     だからこそ、視察の日程が決まるとその一週間前にアオイの予定を確保しては、毎回協力してもらっていた。
    「えへへ、よかったです。グルーシャさんのお役に立てるなら、いくらでも使ってください」
     健気にそう言ってくれるアオイに改めて感謝の気持ちを伝えようとしたところで、突然彼女が声を張り上げた。
    「あっ、流れ星!」
     彼女が指差した方向へ振り向けば、空に何かが駆けていった。少ししか見れなかったけど、アオイの言う通りあれは流れ星だったみたいで……それと同時に知らない間にすっかり日は暮れて夜になっていたことに気づいた。
    「長い時間付き合わせてごめん。すぐにそらとぶタクシーを呼ぶから……」
     アオイとの勝負に熱中しすぎた結果、下山させるタイミングを見逃していたなんて。そんな失態に内心焦りながらも急ぎタクシーを呼ぼうとスマホロトムを取り出すが、そんなぼくをよそに彼女は興奮した様子で空を見るように促してくる。
    「え、ちょっと何……?」
     珍しい様子に戸惑いながらも言われた通りに従うと、数えきれないくらいの星々が疾走していた。
    「すごい、すごい! こんなにたくさんの流れ星を見たのは始めてですよ!!」
     その直後、ぼくはあることを思い出して呟いた。
    「ああ、もうそんな時期なんだ」
    「え、何がです?」
    「いや今の時期になると流星群が見れるんだ。たしか今日がピークなんじゃないかな……」
    「そうなんですか!? じゃあ今日ここに来れてラッキーですね」
     はしゃぐアオイの姿に、ナッペ山の気温は低いのにぽかぽかと体が温まってきた。マフラーの下でこっそり微笑んでいると、彼女は急に目を瞑り祈るように両手を組み始める。何をしているんだろうと疑問に思いながらも邪魔をしないように見守っていると、少ししてからぼくの方へ顔を向けた。
    「グルーシャさんは、何かお願いしないんですか?」
    「お願い?」
    「えー、よく言うじゃないですかー。流れ星に願い事をすれば叶うって」
    「いや、聞いたことあるけど実際にしようとは思わないんだけど……」
     もういい大人なんだし、そんなことはしないよと続ければ、アオイは信じられないものを見るような目で凝視してくる。え、そこまでびっくりする?
    「ダメですよ! せっかくの機会なんですから、一つくらい願い事しないと流れ星に失礼です!」
    「流れ星に失礼って、意味わかんないんだけど……」
    「いいからやりますよ! 恥ずかしいなら、一緒に祈りますから」
    「別にそんなんじゃ……」
     全く人の話を聞こうとしないアオイによって両手を合わせさせられると、願い事を唱えるよう勧められる。サムいけど、ノッてあげるか。そうやって渋々従うと、心の中であることを呟いた。
     ちらりと横を確認すれば、アオイもまた何かを願っていた。何気なしに聞いてみる。
    「あんたは何を願ったの?」
    「私ですか? 一つ目は、友達とか知り合いとかポケモン達がみんな元気でありますようにって」
    「ふーん、あんたらしいね」
    「で、さっきお願いしたのは……」
     今まで無風だったのに、突然冷たい風がぼくらの間を通り過ぎ、アオイのサイドに垂れた三つ編みが揺れた。それに構う様子もなく、彼女は続ける。
    「グルーシャさんとずっと一緒にいれますようにってお願いしました!」
     まさかの言葉に、ぼくの心臓が大きく跳ねた。え、なんでぼくと同じことを――
    「グルーシャさんとは、もっともっとたくさんポケモン勝負がしたいんです。だから一緒にいられる回数や期間が増えたら嬉しいなーって」
     ああ、そういう……。大胆発言をしながらも、拍子抜けするような理由に落胆する自分がいてちょっと恥ずかしい。いや、相手はアオイなんだから当たり前か――
     
     変に期待してしまった自分に思わず苦笑すれば何かを勘違いしたのか、アオイは丸い頬を膨らませながらなぜ笑うのかと非難ような視線を送ってきた。それに対して、別の意味を込めた笑みを浮かべる。
    「バトル馬鹿のあんたらしい願いだ」
    「むー、バトル馬鹿ってなんですか! じゃあ、グルーシャさんは何をお願いしたんです?」
     想定通りの質問に少し考えるフリをした後に、ぼくは答えた。
    「教えない」
    「ええー、私に聞いておきながらずるいですよー。ね、ね、教えてください!」
    「ダメ。願い事を口にすれば、もう叶わないんだろ」
    「そうなんですか!? どうしよう……全部言っちゃった」
     一転して青ざめながら慌て始めるアオイの姿に、ふきだしそうになるのをなんとか堪える。やっぱりあんたはまだまだ子供だな。ぼくの言葉でこんなにも動揺するのなら、まだ願い事は教えられない。
    「まあ、アオイがもう少し大人になったら教えてあげる」
    「もー、なんなんですかー! そんなこと言われたら気になっちゃいますし、でも言わせたらグルーシャさんの願いが叶わなくなっちゃうし……」
     どこかズレた部分で悩み始める彼女に、愛おしさが止まらなかった。
     
     星に願いをだなんて言うけれど、やっぱりぼくとしては成就するよう祈るより、自力で願いを叶えたい気持ちの方が強い。だから、あんたが大人になるまで待っていて。必ずぼくのことを好きになってもらって、一生ぼくのそばにいてもらうから――
     そんな決意を密かにしながら、また夜空を見上げた。
     
    終わり
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    chikiho_s

    PASTTwitterに上げたバレンタインとホワイトデーの連作。
    プレゼントは死ぬほど貰うけど、自分からあげるなんて無いだろうから悩み悶えていればいい
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    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19706108
    氷の貴公子とチョコレイト今年もこの日がやってきた。一年の中でも憂鬱な日。バレンタインだ。

    ジムの建物内を埋め尽くす勢いでチョコレートやプレゼントが届く。言うまでもなく全部ぼく宛て。わざわざ雪山の山頂にあるジムまで届けにやってくる人もいる。多分明日は本部に届けられた分がやってくる。正直、意味がわからない。
    この日だけ特別に一階のエントランスに設置されるプレゼントボックスは何度回収しても溢れていて、業務に支障が出るレベル。下手にぼくが表に出ようものならパニックが起きて大惨事になるから、貰ったチョコレートを消費しながら上のフロアにある自室に篭もる。ほとぼりが冷めたらプレゼントの山を仕分けして、日持ちしない物から皆で頂いて、残りは皆で手分けして持ち帰る。それでも裁ききれないからポケモン達に食べさせたり、建物の裏にある箱を冷蔵庫代わりにして保管する。これは雪山の小さな特権。
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