「うーん……」
がさごそ寝返りをうちながら寝やすいポジションを探してみるけど、なかなかしっくりこない。部屋の壁にかけた時計をちらりと見れば、時刻は十二時半を過ぎていた。どうしよう、このままじゃまずい……。
「ん、どうしたの? ……明日早いんでしょ?」
寝室に入る前に飲んだカモミールティーをもう一杯飲みにいこうかと考えて上半身だけ起きた際に、となりの毛布から声がかかった。視線を向けると、顔にかかった長い髪を邪魔そうに後ろへ払ったグルーシャさん。
「ごめんなさい。起こしちゃいましたね」
「別にいいけど……眠れないの?」
「いや、あのえっと……」
眠たそうにいつもよりとろんとしたアイスブルーの瞳に申し訳なさを感じ、なんとかして大丈夫だと伝えようとしていたら、彼が自分の毛布に手をかけた。
「おいで」
中に入るよう誘導するため、低い声で発せられたたった三文字の言葉。私は言われるがまま、彼の言う通りに毛布の中へ入っていく。そこはぽかぽかと温かくて、大好きな場所の一つだ。ぎゅっと抱きしてくれるのかと思いきや、頭のてっぺん近くやその周辺を指で押し始める。突然のことに驚きつつもされるがまま。すると次第にくたりと体の力が抜けてきた。
「ぐるーしゃさん……それ、きもちいーです……」
ふにゃふにゃの声でそう伝えれば、眠れない時に押すと効果が出るツボらしいことを教えてくれた。絶妙な力加減で、さっきまで眠気なんて一切なかったのにだんだん瞼が落ち始める。
「おやすみ、アオイ」
頭頂部から刺激が続く中、グルーシャさんの声に誘導されるかのように、私は瞼を下ろしそのまま眠りについた。あんなにも寝つけなかったのが嘘のような入眠で、しかもそのまま朝までぐっすり眠ることができた。
グルーシャさんの手には、何か不思議な力を宿しているみたいだ。だからそれを伝えたくて次の日の朝、話題に上げてみたんだけど――
「グルーシャさんて、テクニシャンなんですね」
言葉のチョイスが悪かったのか、向かいに座っていた彼はコーヒーを飲んでいる最中に盛大に咽せていた。その様子に、私は慌ててごほごほと咳き込むグルーシャさんの背を摩りに席を立った。
「な、んなの……急に」
ようやく治ったかと思いきや、若干涙目になりながら睨みつけられてしまう。
「だって昨日すごかったじゃないですか。いくらなんでも、あんなに気持ちよくなれるとは思わないじゃないですか」
「いや、だから言い方……」
薄らと頬を染めるグルーシャさんに、ますます首を傾げる。……私って、そこまで変なことを言ってるのかな?
「今度やり方教えてくださいよ。私もできるようになりたいです! ツボ押し!!」
そうすればもしグルーシャさんが昨日の私みたいに眠れなくなったら、寝かしつけることができますし。と続ければ、彼はため息をつきながら右手で目元を押さえた。
「……今度教えるよ。場所と力加減を覚えたら、すぐにできるようになるから」
「ありがとうございます!」
お礼を伝えてパクッとフォークに刺したペーコンを食べると、彼から外ではその言葉をあまり口に出さないように注意される。訳がわからず首を傾げていると、人によっては誤解を招くと言われてしまった。
「なんとなくあんたが伝えようとしていたことはわかったんだけど、多分使う単語が間違ってる」
「えぇ、そうなんですか!?」
パルデアに来てからもう十年以上が経ち、ここの言葉も完全にマスターしたと自負していたんだけど、未だにニュアンスが異なることがあるらしい。
「まあぼくもそれで結構間違えてきてるし、偉そうなことは言えないんだけど」
オチが行方不明なため、ボツ。