お姫様のお気に召すまま/グルアオ「おかえりなさい!グルーシャさんも一緒に飲みましょうよ〜」
疲れた体をなんとか動かして、十時過ぎにやっと自宅に帰ってきたかと思えば、アオイがリビングで一人酒盛りをしていた。
ローテーブルの上には、空になったビール瓶とワインのボトルがいくつか置かれていて、結構な量を飲んだな…と呆れた。
「いい、いらない」
ぼくは一切酒を飲まないから彼女からの誘いを断った。
理由はただ一つ。過去にお酒で失敗した経験があって深く反省した結果、二度と飲まないことを固く誓ったからだ。
成人してからジムリーダーとしてオモダカさんから参加を厳命された資金パーティーで 初めてお酒を飲んだけれど、結構飲めると勘違いした挙句、早いピッチで延々飲み続けた結果、酔っ払って一人じゃ動けなくなるわ 帰りのそらとぶタクシー内で盛大に吐き散らかすわで周りに散々迷惑をかけた。
それだけで済んだらよかったんだけど、翌日の世界が終わるんじゃないかってレベルで頭が痛くなってベッドの上で屍と化してほんと最悪だった。
後日、一切ふざけていないナンジャモから酒の飲み方を改めた方がいいという真っ当な指摘と一緒に送られた ぼくの酔っ払った様子を映した動画を見て、あんな醜態を世に晒したという現実が恥ずかし過ぎて、二日酔いにも関わらず毛布の中でジタバタ暴れた記憶が昨日のように鮮明に思い出せる。
だからこそ断ったんだけど、アオイとしては気に入らなかったらしい。
飲んでいたワイングラスをぼくに近づけながら、私のお願いを聞いてくれないんですかーとウザ絡みをしてきた。
「知ってますか。お酒を飲むとですねー、元気になるんですよー。
元気があればなんでもできる!いつもの陰気も無くなります!
一緒にハッピーな気持ちになりましょうよー」
「あーも、うるさい。ぼくは残業して帰ってきたのに、なんでこんなことになってるわけ」
いつもの元気さとはベクトルが異なる陽気さに、若干イラついた。
なかなかの激務をこなしてやっとアオイと会えると思って帰ってきたのに、この仕打ちは一体何。
なんか不満があるなら、ちゃんと言ってよ。
今日は昼食を食べてからコーヒー以外何も胃の中に入れてないから、冷蔵庫から夕飯の残りを取っては電子レンジの中に入れて軽く温めた。
その間もアオイは産まれたてのポケモンの様にひょこひょこあとをついてきて、腰に手を回して抱きついてきた。
それだけなら可愛いで済ませられる行為だけど、そこからガンガン背中に頭をぶつけてくる。
いくらなんでもそんなことしてたら吐き気が来るよ。
そのまま手持ちポケモン達を彼らの部屋に放しに行き、温め作業が終了すると料理をテーブルの上に置いて椅子に座る。
すると背中に引っついていたアオイは離れると、隣の椅子に座ってまた肩に頭を乗っけてぐりぐり押し付けてくる。
「聞いてくださいよ。今日マリナードタウンで競りしてきたんですけどねー。
何ゲットできたと思いますー?はーい、ここで突然のクイズでーっす!」
「…はあ、知らないよ。何買ってきたの」
早く食欲の方を満たしたかったから適当に反応すると、彼女はヨクバリス並みに頬を膨らませて真面目に答えろと背中を叩いてくる。
痛ったいな…。
「えーと、前にハイダイさんが競り落としたホウエン産の高級ワカメ?」
「ぶっぶー!ちっがいまーす!
正解はー、なんとーええーそんなー、こんなー素晴らしいー…ラブラブボールでーす!!」
握り拳を力強くぼくの頬に当ててくるけど、それボールじゃないから。
あと、ご飯食べてるんだから大人しくしてよ。
そこから延々一人で喋り続けているのをバックグラウンド・ミュージックとして聞き流しながら、黙々と遅い夕飯を食べた。
明日の朝洗うため食器をシンクに置いて水に浸すと、またついてきたアオイと一緒にリビングのソファーに腰掛ける。
まだ何かぐだぐだ喋り始めたアオイを見ていると、もうそろそろ終わらせてもいいんじゃないかなって思えてくる。
早くお風呂に入らないと日付を跨ぐし、やっと獲得できた貴重な休みはぼくの癒しのために使いたいから。
だから、彼女の方に顔を向けて口を開いた。
「いつまでその酔っ払いの演技続けるの。いい加減そのテンション保つのに疲れてきたんじゃない?」
瞬間、へらへら笑っていた表情は消えて 真顔になった。
「…なんでわかったんですか」
さっきまでふわふわして間延びしていた喋り方はどこへやら。
随分としっかりとした口調になったアオイに、笑いがこみ上げてくる。
「ぼく、普段お酒は飲まないし、酔ってる連中を散々見てきたから周りが酔っ払っているかどうかすぐにわかるんだ。
アオイはあれだけ飲んでも全然酔ってないでしょ。
それに演技が下手。あまり間近で本当の酔っ払いなんて見たことないんだろ」
コント番組で披露されている演技そのままだったよ と付け加えれば、だって飲み会の参加許可出してくれないじゃないですか…と彼女は膨れていた。
そして首元に勢いよく抱きついてきたかと思えば、ボソボソと話し始める。
「…寂しかったんです。最近忙しいから帰りは深夜だし、朝起きたらもういないし、ずっとご飯も一緒に食べれてないし。
だから、こうやって酔っ払ったふりをしたら、構ってくれるんじゃないかって思ったんですよ。…悪いですか」
お酒のせいで少し汗ばんだこめかみを、優しく撫でる。
「悪くないけど、食事中は勘弁してほしいかな」
「…ごめんなさい」
抱きしめる力が強くなってきたから、別にいいよと答えた。
実際すれ違ってたし、寂しい思いをさせていたのは事実だから。
だからこそ、これからいっぱい甘やかしてあげる。
「お詫びに何してほしい?明日の休みはなんとか確保できたから、今から何でもリクエスト聞けるよ」
髪を梳く様に手を動かしていると、少しの間ぼくらの間に沈黙が生まれる。
大体の予想はつくけど、何を言ってくれるんだろうとぼくは心待ちにしているんだ。
だから早く言ってほしいかな。
でも催促したら拗ねるかもしれないから、ここはじっと我慢だ。
すると、アオイは顔を上げてぼくの顔をじっと見つめる。
「一緒にお風呂入って私の髪を洗ってほしいのと、それから寝る時間もないくらい私をいっぱい愛してください。
あとは…明日起きてからまた言います」
「いいよ。じゃ、追加サービスとして浴室まで抱っこしてあげる」
食べ終わってすぐだけど、せっかく可愛い子が出してくれたんだからすぐにでもリクエストに応えてあげないと。
ぼくも早くそうしたかったし。
アオイの体を抱き上げると、目的地に向かって歩いて行く。
付き合った当初は、ぼくが何を言ってもこんなわがままは決して言ってくれなかったけれど、最近になってようやく話してくれるようになった。
普段色々と我慢させてばかりだから、ここぞとばかりに頑張らないとね。
好きな子のわがままは特別だから。
だからもっと言って。どんな内容でも、叶えてあげるよ。
終わり