あなただけを見つめる・後編/グルアオ「じゃあ慣れてよ。今日から練習。ちゃんとぼくの目を見て話せるようになるまで、毎日続けるから」
両手で頬を挟まれた上に至近距離で突然何言い出すんだろう、この人は。
確かに目を合わせずに話し続けていたのは本当に失礼だったけど、普通ここまでします!?
が、顔面がいいと恐れるものは何もないんですか…?
グルーシャ先輩の何がそうさせるのか全くわからなかったけれど、とにかく壁際に追い込まれている状態を打破したかったから、目を合わせようと頑張った。
頑張ったんだけど…。
ダメ。無理。
男性とは思えない美しさに、しかもちょっと気になっている人に見つめられて冷静でいられるわけなんてない。
頑張った結果、顎を見るのが精一杯だった。
でも前は肩までしか見れなかったから、だいぶ進歩しているんじゃないかな。
これ以上となると、私自身が一体どうなってしまうのか検討もつかない。
た、助けてー!サワロ先生ー!!
職員会議で今日の放課後、ここには来れないと話していた人にヘルプを叫んだけれど、颯爽と現れてくれるはずもなく。
どうしようと困り果てていたところで、先輩は私の頬を解放して二、三歩後ろに下がってくれた。
少し距離が出たところで、知らない間に止めてしまっていた呼吸を再開する。
横を向いてはあはあ言っていると、グルーシャ先輩はまた不機嫌そうな雰囲気を出していたけれど、また近づかれる前に手の届かない場所までカニの様に横へスライド移動した。
「もしかして、まだ会った時のこと引きずってるの?
正直、なんでそこまで怖がってるのかわからない」
「決して怖いわけではないんです…」
そう。別に怖いわけじゃない。
ただ、その綺麗な顔と瞳を向けられると全力疾走した後みたいに心臓が飛び跳ねて大変なことになるし、上手く話すことだってできない。
本当はもっと先輩のことを知りたい。
何が好きで、普段どんなことをしているのか、どんな女の子がタイプなのか…聞きたいことはいっぱいある。
友達の前ではうるさいって言われるくらい たくさんおしゃべりできるのに、グルーシャ先輩の前だけは本当にダメ。
…理由はわかってる。
でも、私には叶いっこない 分不相応な願いだから、心の中で言うことすらできない。
だから…ーー
「ぼくに慣れないって言ってたよね。なら、話をしよう。
今のところあんたとは、あいさつくらいしかまともに喋ってないし」
そう言って花壇での作業をするときに使用する小さな椅子を二つ取ってくると、向かい合わせになるよう設置して片方に座りだした。
じっとその様子を見ていると、早くそこに座ってと催促される。
でもそのまま腰掛けると先輩と膝が当たってしまうから、少し距離を取った上で座った。
視界の端っこで彼の片眉がピクっと動いた気がするけれど、見なかったことにした。
そして何か向こうから話しかけてくれるのかと思いきや、しばらくの間沈黙が流れる。
ん?話をするんじゃなかったんですか?
「あの…グルーシャ先輩?」
「何?」
「お話をするんです…よね?」
「そうだけど」
「い、いや話題…。話題がないと、会話できないです…」
「そんなのあんたが考えてよ。女の子は基本おしゃべりだから、いくらでも出てくるでしょ?」
いやいやいや、言い出しっぺ!
話をしようって座らせておきながら、私に丸投げですか!?
なんと言うことでしょう…と衝撃を受けていたけれど、ふと これまで周りが勝手に喋りだしていたから自分から話題を振ったことがあまりないのかもしれないと思った。
だって私が校内で見かける時は、いつだって誰かが周りにいて 話しかけられていたから。
…その輪の中心人物本人は、それに返答する訳でもなく ツーンと無反応でただ目的地に向かって歩いていたけれど。
確か隣で話しかけているのは大体女の子の方で、一生懸命グルーシャ先輩の関心や気を引こうとお菓子を持っていたり、何か贈り物を渡されているのを見て、ボタンの言っていた名物モテ男は本当だったんだと納得したし、それと同時にあんなにおしゃれで可愛い子相手でも相手にされないんだとわかって、自分ではもっと無理だと確信してこっそり落ち込んだから。
私とは違って大人っぽい人達でも太刀打ち出来ないのに、私が色々聞いてもちゃんと答えてくれるんですか?
「何かないの?ぼくとは話す価値もない?」
そんなことは全く言ってませんが…。
かといってこのまま黙っていても解放してくれそうな雰囲気でもなかったから、仕方なく私は以前から疑問に感じていたことをこの際聞いてみることにした。
「グルーシャ先輩は、お花が好きなんですか?
前はお詫びで手伝うって話だったのに、ずっとしてくれているので…」
「別に。とりわけ好きってわけじゃないけど、あんたが前に言っていた様に花を見ていると落ち着くから。
それにここだとうるさい人達に絡まれなくていいし、気持ちが楽。
…うっとおしいんだ。ぼくと接点作ろうと必死に周りをうろちょろされるのが」
「ファンクラブの人達のことですか…?」
「それもそうだし、他の人達だってそうだ。興味もない人間から向けられる好意ほど迷惑なものはないから。
でも、花の世話をしているおかげで朝と夕方のラッシュを避けることができているし、今のところストレスも減っていい感じなんだ。
つまりはあんたと同じただの暇つぶしだよ。
あと、ちゃんとぼくの目を見て話してって言ったよね。全然見てないけど」
「…なんで、そこまでこだわるんですか」
「あんたのために言ってるんだけど?目も合わせずに話し続けるなんて、マナー違反だろ」
ああ、そうか…。
ほんの少しだけ、もしかしてグルーシャ先輩は私に興味があってここまでこだわってくれているのかなって思ってたけど、やっぱり違ってた。
良かった。舞い上がって変なこと聞かなくて。
私が始めたことで先輩の安らぎの場所を確保できているのなら、今度はそれを守ることに専念しよう。
「わかりました。もう少しお話できる話題がないか考えてみますね。
あと、ちゃんと目線合わせられるように…頑張ります」
もし他の居場所が見つかれば自然とそこに行くだろうし、それまでの思い出作りとしてひっそりと楽しむんだ。
まだ何も始まってないし、これから始まることもないなのもわかったし。
元々遠くで見れていれば十分だったんだから。
…これ以上、この人のことを好きになったりなんてしない。
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あの日以降、花の世話をした後に少しアオイと話をするようになった。
近所の人懐っこい犬とたくさん遊んだことや、授業でわからないところがあってテスト勉強を頑張らないといけないとか、そんなたわいもないもの。
正直ふーんって感想しか湧かないし、予想していた内容とは違っていたけれど、なんとかぼくと目を合わせて話そうと頑張っていることがよくわかった。
実際、時々目は合うようになった。
けど、なんか違う…。
ぼくを見ているようで見ていない。
ぼくを通してどこか遠くを見ているような、ぼんやりとしている様にしか思えなくて、一層もやもやする。
話はするけれど、決してお互いのことを知るために話す内容でもないし聞いてもこない。
…そんなにぼくはあんたの興味の対象にすらならないのかと詰め寄りたくなる。
今日だってほら。
遠くで友達と楽しそうに笑っているのに、ぼくといる時にはその笑顔を向けてくれないじゃないか。
別棟に繋がる廊下で、はしゃいでいる姿を遠くから見ているだけ。
こんな時、どうすればいいのかわからない。
だって、今まで向こうが勝手に話題を提供してきたり、笑いかけてくる人達の方が圧倒的多数で、ぼくはただそれを受け取ったりスルーしたりして、自分からアクションを取ることはなかったから。
そもそも、どうしてぼくはこんなにもあの子にこだわっているんだ?
ぼくに興味がない女の子もこの世に存在するんだ…って思うだけで済むことだろ。
自分のことなのに、よくわからないな。
今のところぼくが知っていることは、アオイは本当は明るくて活発で、花が好きで誰かのために手伝いを買って出るほどお人好しってことだけ。
でも全部、本人から見せてもらったものじゃない。
大体遠くから見た情報からそう判断したに過ぎない。
もっと、あの子のことが知りたい。
でも、どうやればいい?
どうすれば、見えない距離を縮めることができる?
…教えてよ。
「君達にはいつも手伝ってくれて大変助かっている。
お礼と言ってはなんだが、こちらを受け取ってほしい」
じわじわと暑くなってきたある日の放課後、いつものように手伝いに行けばサワロ先生より何かを渡された。
アオイが封筒の中身を確認すると、隣街にある国立植物園の特別入場ペアチケットだった。
「先生、そんなつもりで手伝ってるわけじゃないんで、受け取れないです…」
「もちろんわかっているとも。だが、それは我輩の感謝の気持ちだ。
…ちょうどひまわりで作られた巨大迷路を探索するイベントが行われていて、この前家族と一緒に行ったのだがなかなか楽しかったのでね。
もし興味がなければ他の人に譲っても構わない。
おお、すまないがこれから会議があるため失礼するよ」
「先生、ありがとうございました」
「…ありがとうございます」
お礼を伝えた後、サワロ先生は校舎の中へと入っていった。
残されたのは、ぼくとアオイだけ。
チケットをどうしようかと考えているアオイを見て、気づいた時には口が勝手に動いていた。
「アオイ、一緒に行こう」
驚いた様にこっちに向けた目線は、その時確かにぼくを見てくれていた気がする。
…またすぐに、逸らされたけれど。
なんとかして断ろうとしていたアオイの意見を無視して、次の日曜日に植物園へ一緒に行くことを約束させた。
その日が近づくにつれて、ずっとそわそわして忙しなかった。
登下校中 授業中と問わずにアオイが一体どんな格好で来るんだろうとか、確か園内にレストランやキッチンカーがあるから事前にどれがいいかピックアップしておこうだとか、四六時中今週末の予定について考えていたせいか、ついには夢の中まで彼女が現れるようになっていて…。
「…夢の中ですらぼくを見てくれなかったな」
決して合わない目線に、落胆している自分がいた。
お願いだからぼくを見てほしい…。
声にすら出せない言葉は、心の中で重くのしかかっていく。
このよくわからない気持ちを、どうすればいいかわからない。
そして当日、植物園の入り口前で待ち合わせていると、アオイが軽く走りながらやってきた。
肩を出した白のブラウスに青のショートパンツ姿で、いつもの制服姿とは違う動きやすさ重視の格好だった。
それが本来活発な性格のアオイには似合っていて正直に言うと可愛い…けど、ちょっと露出しすぎじゃない?
腕も足も無防備にさらけ出してるし。
「グルーシャ先輩、お待たせしました。
…パーカー着てますけど、暑くないんですか?」
「冷感だから結構涼しいよ。ほら」
「わあ、本当ですね。結構気持ちいいです」
袖を前に出せば、彼女の方から目を閉じて擦り寄るように近づいてきてどきりと心臓が高鳴った。
今までぼくから近づくと逃げようとするのに、なんでこんな…。
いつもと違う反応に驚いていると、すぐにアオイは離れてショルダーバックからチケットを取り出すと早く中に入ろうと促された。
「う、うん…」
一緒に歩いて出入り口ゲートに入った時点で、今更ながら気づいてしまう。
これってもしかして、アオイとのデートになるのか…?
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サワロ先生から渡されたペアチケットをどうしようかと考えていると、まさかのグルーシャ先輩から一緒に行こうと言われて、この人は一体何を言っているんだと驚いた。
今こうして学校で一緒にいる時ですら落ち着かないのに、休みの日にまで会うだなんて…。
心臓が持たないと判断した私は用事があるのでと断ろうとしたけれど、なんだかんだと約束を取り付けられてしまう。
最近わかってきたけれど、本当にこの人は強引だな…。
相手から断られるケースを全く考えてないし、私の言い分も全て無視して今週の日曜日に行くよと言ったっきり 新たに植物を植えようとしているスペースの草むしりをやり始めた。
これはデートじゃない、これはデートじゃない、これはデートじゃない…。
また勘違いしないために心の中で呪文の様に繰り返しながら、加勢に入った。
そして当日、デートと勘違いしていると決して思わせないためにも、普段よく着る服で出かけることにした。
…だって結局は私も他の子達と同じだったと気づかれてしまうと、もうあそこには来てくれないと思うから。
二人で花の世話をするようになって二ヶ月弱。
もう少し、憧れの人と一緒にいる思い出を残したい。
そんな下心を隠して待ち合わせ場所に向かえば、もう先輩が出入り口ゲート付近で待っていた。
え、待ち合わせ時間の十五分前には着くように来たのに…。
早いな。
私服のグルーシャ先輩は、いつも見ているブレザー姿とは全然違っていて パーカーとスキニーとすごくシンプルな格好だった。
だからこそ、全体的なバランスが取れていて いつも以上にかっこよく見える…けど今の季節で長袖って暑くないのかな。
今日は少し気温が高くなるって言ってたし…。
「グルーシャ先輩、お待たせしました。
…パーカー着てますけど、暑くないんですか?」
「冷感だから結構涼しいよ。ほら」
そう言って腕を出してきたからそこに頬を当てれば、ひんやりとした感覚がしてなるほどと納得した。
外から触れてもこんなに涼しかったら、多少暑くてもなんとかなりそうだな。
「わあ、本当ですね。結構気持ちいいです」
いいな。今度探してみていいのがあれば私も買ってみよう。
あ、少し早いけれど揃ったしもう中に入った方がいいかな。
鞄からチケットを出しながら入園しましょうと話しかければ、先輩の白い頬が少し熱っている様にも見えて…やっぱり暑いんじゃないかと思った。
でも指摘したら違うって言い張りそうだったから、熱中症になってないか注視しようと心の中で誓うと、一緒に植物園の中に入っていった。
初めてここに来たけれど、思った以上にバラエティ豊かな植物をたくさん見ることができた。
大小大きさが異なるサボテンや、おどろおどろしい見た目だけどどこか愛嬌のある食虫植物、カラフルな色が揃って賑やかな南国の花々に、静かな池に花咲く蓮の花。
あとは特別展示スペースでは、ラフレシアの標本もあってその巨大さに驚いた。
小さい頃に図鑑で見たことはあったけれど、実際はこんなに大きいんだ…。
強烈な臭いを発すると説明文に書かれていて、一体どんなものか想像してみる。
と色々夢中になって見て回ってる間に、あることに気づいて立ち止まった。
そして恐る恐る後ろを振り返ると、少しむっとした顔でグルーシャ先輩が立っていて…。
「あんた、ぼくがいること完全に忘れていただろ」
「い、いや…そんなことは…」
「一人でどんどん先に進んでいたのに?」
「…ごめんなさい。忘れていました」
正直に白状すれば、グルーシャ先輩はため息をつくと私の方へと近づいてくる。
先輩のお気に召さない行動を取った時、拗ねて割とぐちぐち ねちねち文句を言われたりする。
誰もそこまで言ってないのにな…という内容がほとんどなんだけど。
それでも普段は絶対零度のグルーシャ様と言われるくらいクールな人が、そんな子供っぽい反応をするところにギャップを感じて可愛いなー…と思いながら密かに楽しんでいる。
目を合わせる練習と称して会話をするようになってから先輩の少しづつ遠くからでは知らなかった反応を見ることができて、ちょっと優越感を感じ始めてしまっている自分がいた。
ああ、ダメだ。
これ以上の感情を持ってはいけないと、もう一度引き締めないと…。
「先生が言ってた巨大迷路はあっちらしいから、行こう」
自戒を込めて念入りに否定を繰り返していると、不意に手を取られる。
えっと思った時には、そのまま歩みを進められて転ばないように気をつけながらついていく。
一歳くらいしか歳の差はないのにゴツゴツしてておっきいな…。
いやそうじゃなくて 何で私はグルーシャ先輩と手を繋いでるの…!?
状況処理ができずに後ろからこっそり先輩の顔を覗き見たけれど、いつもと変わらず冷めた顔をしていて、余計に混乱した。
急に自分と目を合わせて話せとか言ってきたり、一緒に出かけようと言ってきたり、こうしていきなり手を繋いできたり…先輩の考えていることが訳わからなすぎておかしくなりそう。
こ、高校の名物モテ男だと、女の子と手を繋ぐことぐらいなんて なんてことないのかな?
…うん、きっとそうだ。
そうじゃないと、私は馬鹿みたいな考えを持ちそうになる。
先輩はそんなつもりなんて全くないんだ。
とにかくひまわりの巨大迷路に行きたいだけ。
それなのに、色んなところを寄り道していた私に我慢ができなくなって、早く目的地に行こうとしているだけなんだ。
だから、違う。
そんなんじゃない。違うったら違うんだってば!
ぐるぐる否定の言葉を繰り返している間に、ひまわりで作られた巨大迷路の入り口に辿り着く。
そのまま中に入ると、お互い無言のまま突き進んでいく。
背の高いひまわりが壁になっていて外の世界から遮断されてしまい、それが余計にグルーシャ先輩と二人っきりになっている状況が際立っているように感じて、心臓がドキドキと暴れ回っている。
て、手汗かいてないかな…。
どうしよう、気になって仕方ない!
もう手を振り解いて逃げ出したいと思い始めたところで、急にグルーシャ先輩の歩みが止まる。
それに気付くのが遅くなったせいで、思いっきり彼の背中に鼻をぶつけた。
「あだっ…」
ひんやりした感覚とちょっとした痛みで鼻を押さえていると、先輩は体をくるりと翻して私と向かい合う。
そして両肩を掴んでくると、私は驚きで体が震えた。
さっきから行動がすごいんですけれど、本当にどうしたんですか!?
状況確認のためにグルーシャ先輩の顔を見ることすらできなくて、彼の気まぐれがすぐに過ぎ去ることを願いながら、ただただじっと耐えていた。
それでも全然離してくれないから、思い切って話しかける。
「ぐ、グルーシャ先輩…どうしたんですか?後ろつっかえちゃいますよ」
「ぼくらの後ろには誰もいなかったから、しばらくは大丈夫」
そういう問題ではなくてですね…。
「ねえ、ずっと聞きたかったんだけどあんたにとってぼくは何?」
「へぇ!?そ、そんなの…学校の先輩としか…」
「本当にそれだけ?ぼくはその程度でしかないの?」
「ちょっと先輩が言ってる意味がわからないんですけど…!」
何の脈略もない質問に対してあたふたしていると、いつかの日の様にまた距離を詰められる。
「ちゃんとぼくを見て」
はっきりと告げられた言葉に思わず見上げると、グルーシャ先輩はどこか必死な表情だった。
よく似た言葉を聞いてきたのに、今まで見てきた私の不作法さを注意する際に出していたあの不機嫌さはなくて…心の底から訴えかけているように思えて。
綺麗なアイスブルーの瞳が、じっと私を見ている。
遠くからでしか今まで見れなかったもの。恐れ多くてできなかった行為。
目が、合ってしまった。
それに気づいた瞬間、固い蕾がやっと花咲いたみたいにな笑顔に変化していってーー
「やっと…ぼくを見てくれた」
先輩に憧れを持つきっかけとなった、体育祭で見たあの笑顔。
それを向けながら、グルーシャ先輩は心底嬉しそうな声でポツリと呟く。
そして複雑な色が入り混じった瞳の中に、キョトンと間抜けな顔で見上げる女の子がそこにいた。
あ、私だ…と認識すると、ぽろりと口から転び落ちていた。
「好き、なんです。グルーシャ先輩のことが…。
…だからあなたのことをちゃんと見れるはず、ないじゃないですか」
一体誰がこんなことを言っているんだろうと、どこかぼんやりと他人事の様に眺めている自分がいたけれど、先輩の笑顔が消えて凍りついたような表情になったのを見た瞬間、血の気が引いていく。
「あっ…、あああ…わあああああああ!!」
渾身の力で先輩の体を突き飛ばすと、後ろを振り向いて来た道を逆走した。
途中何人かとすれ違ったけれど、奇声を上げる私から避けるように道を開けてくれたからぶつからずに済んだ。
迷惑行為に心の中で謝りながら、園内を駆け抜けていく…
どうしようバレてしまった。
いや、自分でバラしてしまった。
これで、周りの女の子達と同じ うっとおしい存在だったと知られてしまったから、もう裏庭には来てくれない。
だってもう、そこはグルーシャ先輩の安らぎの場所ではなくなったから。
…自分で壊してしまった。
ただの憧れのはずだったのに。
それがいつの間にか好きって気持ちに変わっていて、取り返しのつかないことをしてしまった。
このまま一生言うつもりなんてなかった。
ただ遠くで眺めるだけで十分だと、諦めていたのに。
どこかから出てきた謎の水分で視界が歪む。
必死に腕でそれを拭いながら、私は植物園のゲートをくぐり抜けた。
終わり