挨拶回り ある休日の荘園、広間にて。それぞれが思い思いの時間を過ごす中、ひときわの喧騒。越後と声聞士を囲むように、何人かの地魂男児たちが集まっていた。
「ご報告なんスけど……実はオレたち、付き合い始めたんス!」
「……みんな。改めて、これからもよろしくね」
挨拶回りは、二人で相談して決めた事だった。
もちろん荘園の何人かは、越後と声聞士の事のあらましを知っている。それに──他の皆も、共に過ごしている仲間だ。世話になったり、迷惑をかけたりもした。だから恥ずかしさはあったけれど、感謝も込めて、改めて知っておいてもらうことにしたのだ。
二人が照れながらも挨拶を済ませると、皆口々に騒ぎ立てる。
「フン、やっとか」と土佐。
「俺からしてみれば遅すぎるくらいだ。だがこうして改めて見てみれば……癪だが酒が進む。──さぁ呑め!」
「もう、こんな明るいうちから……」
声聞士は呆れながらも皆と盃を交わし、注がれた酒を飲み干す。
──今日は休みだ。少しくらいは、羽目を外してもいいだろう。
「おぉ、いい飲みっぷりッスね師匠。ではオレも……」
越後も声聞士に続く。と、一口目で何か気づくことがあったようで。
「ひょっとしてこの酒……越後国の地酒じゃないッスか!?」
「フ、当然だ。俺が普段どれほど酒を呑んでいると思う? 祝いの場に相応しい酒を選ぶことなど朝飯前だ」得意げな土佐。
「あ、呑んだくれてる自覚はあるんスね」
「……何か言ったか?」
「い、いえっ。──でも、すごく嬉しいッス! 土佐、ありがとうございますっ」
「そうだろうそうだろう! さぁもっと呑め!!」土佐はいっそう上機嫌だ。
「──いやはや、めでたいなあ」
いつも以上に賑やかな様子を微笑ましく思い、信濃は目を細める。
「信濃先生も、ありがとう」
早くも深酒をし、絡んでくる土佐をあしらいながら声聞士が答えた。
「ひょっとして……気づいてましたか? その……オレたちのこと」
越後も話題に加わる。
──挨拶回りをしていると、十中八九「やっとか」「バレバレだったぞ」と言われるので、もう自分から尋ねることにしたのだ。
「はは、まぁ薄々はなぁ」
「やっぱりッスか……」
越後はかっと赤くなった。
「ま、越後は分かりやすかったが。主もってのは……もう少し後になってからだなぁ。それに」
そこまで言うと、信濃は越後と声聞士をぐっと抱き寄せ、ぽんぽんと肩を叩いた。
「思いをしっかり伝える。言うは易く、行うは難し。誰にでもできることじゃないからなあ。俺はお前らが誇らしいぞぉ!」
「……信濃先生も、ちょっと酔ってる?」
「へへ……ありがとうッス」
越後と声聞士は照れながらも、満更でもない表情で目を見合わせた。
そこに、酔った土佐の絡む声が聞こえてくる。
「──但馬ぁ! 貴様呑んでるかぁ?」
「……うん、俺もいただいてるよ。推しカプを肴にね」
但馬の立ち居振る舞いはもはや堂々たるものだ。
「かぷ……? 何だかわからんが、呑んでいるならよし!」
「越後、主様……これはもう、結婚だよね……」
「けっ──」
「た、但馬! きっ気が早いよ!」
越後と声聞士が照れと焦りの混じった顔で口々に返す。と、但馬はさらに満足げに深々と頷くのであった。
「俺の妄想が……現実に……。公式が解釈一致すぎる……辛い……推しカプが好きすぎて辛い……!!」
「師匠。オレはあんまりわからないッスけど、但馬も喜んでくれてるってことで……いいんスよね?」
「うん。間違いないよ」
尊み──。
但馬の魂の叫びが広間にこだまする。
「──越後ゴラァ!」
そして、それをつんざく叫び声。
「親分を独り占めたぁ、いい度胸じゃねえかぁ!?」
激しい剣幕で広間にずかずかと入り込んできたのは甲斐。今にも越後につかみかかりそうな勢いだ。
「事と次第によっちゃあ……」
「甲斐」
間に入ろうとする声聞士を制止して、越後はすっくと立ち上がる。
「──心配ないッス。オレ、絶対に師匠を幸せにしてみせるって、約束しますから」
越後はそう言い切って、まっすぐな瞳で甲斐を見つめた。
慌てたのは声聞士のほうだ。甲斐と真っ向からぶつかるんじゃないかとはらはらしつつも、嬉しいやら恥ずかしいやら。
「……」
甲斐は真っ赤になった声聞士と、越後の真剣な表情を交互に見る。そしてようやく厳しい表情を解くと。
「──ふん」
どこか満足げに笑った。
「……わあったよ。親分に免じて、今日のところは退いてやる」
「甲斐──ありがとうございます」
「だがな。テメェが不甲斐ねえ真似したら──即ブッ飛ばしに行くぜ。覚悟しとけよ?」
「……はいッス」
荒っぽい口調の中に感じる面倒見の良さ。これはきっと、甲斐なりの叱咤激励なのだろう。
「……土佐。俺にも酒をよこしな」
甲斐はどかりと腰を下ろした。
「──親分、見苦しいところをお見せしました。ささ、甲斐が注がせていただきますよっ!」
「……それなら。へへ、お言葉に甘えて」
「か、甲斐こそ抜け駆けじゃないッスか! 師匠! 次はオレがっ……!」
──こうして、とある荘園の一日は喧騒とともに過ぎていった。宴はお開きとなり、まためいめいの時間に戻っていく。あたりはすっかり暗くなっていた。そんな中、縁側に並んで腰掛ける越後と声聞士。
「みんなお祝いしてくれて、よかったね」
「はいッス! ……甲斐が凄い剣幕で入ってきた時は、さすがにどうしようかと思いましたけど……」
川中島の戦いの再来か──周囲の空気が張り詰めたのを思い出して、越後は苦笑した。
「でも、嬉しかったな」
声聞士は微笑んで、越後の手をそっと握る。
「その……絶対に幸せにするって、言ってもらえて」
どくんと心臓が跳ねる音。それは自分のものか、はたまた越後のものだったか。
「ちょっと驚いたけど。それだけでおれ、幸せになれそうな気がするよ」
「あ、あの時はっ。なんとかしなきゃって夢中で、それで大それたことを……」
きっと酒の力も後押ししたし、場の雰囲気もあったかもしれない。
声聞士もわかっていた。それでも、嘘だとは全く思わない。
「大それた……ことッスけど。オレは本気で、そう思ってます」
越後は、声聞士の手を強く握り返した。
「なれそう、じゃなくて──なるんスよ。オレも、師匠も」
「──うん。そうだね」
手に感じるぬくもりが心地よい。
明日は早いけれど。もう少しだけ、このままで──。