歌舞伎町で万事屋銀ちゃんという所謂何でも屋を営んでいるオーナー、坂田銀時にはある悩みがあった。いや、新八の口うるさい小言の躱し方、神楽の登場により爆上げされたエンゲル係数や今日パチ屋で擦ってしまった金額など悩みは尽きないのだがそういったことではなく。悩みというのは、恋人が、土方が自分のことを名前で呼んでくれないことである。確かに、銀時も彼のことを土方くんと呼んでいるが、それでも彼のいつまでたっても変わらない万事屋呼びと比べたら幾段もマシであろう。
名前呼びでこんなにも悶々とするのでどれだけプラトニックな交際だと神楽辺りに知られたらツッコミを入れられそうだが、全くその限りではない。むしろ、体から始まった関係と言ってすらいい。こっちの方こそ、銀時と土方の交際がばれても神楽、そして新八には隠し通さねばならない事実だろう。知られたら最後、あの虫を見るような眼差しを数日間耐えねばならない。全くの御免である。
今日は、土方とデートをしてきた。彼は今日夜番だったので蜜のような夜を過ごすことにはならなかったものの、気の向くままに何となく映画館へ行き、偶々選んだ映画がホラー・スプラッターを含むものだったので映画館を出るときには二人してゲッソリし、目直しならぬ口直しにファミレスに入り、とそれなりに楽しく過ごしたものだ。銀時と土方は思考回路が酷似しているので付き合う前もばったり行く先々で鉢合わせすることもあったが、それと二人で決めて共に行くというのは中々充足感が違うものだった。
デートに満足しているといっても完璧に、という訳ではない。そう、名前呼びだ。最近では馬鹿にできないほどの出来栄えとなっているファミレスのパフェをつつきながらそれとなく尋ねた。
「なァ、俺の名前知ってる?」
「何だ急に。ッたりめぇだろ。」
「じゃあ言ってみてよ。」
「…坂田銀時。」
こんな聞き方だ。勿論銀時の名前は違うことなくその形のいい口から零れた。もし間違っていたら自慢の拳が多少気に入っている目の前の面にめり込んでいただろう。
「そりゃ間違えるはずないよね~。」
「好いた相手の名前を間違えるなんざあり得ねぇだろ。」
「そんなかっこいいことは言えるのに何で俺のことはいつまでたっても万事屋呼びなわけ?」
「…。」
土方は銀時の追及から逃れるようにカチッと煙草に火をつけた。こんなあからさまに話題を反らされてムッとしないわけがない。それでも銀時は口を閉じた。この問いかけが初めてという訳ではなかったからだ。
閨の際にも切羽詰まった声で万事屋、土産を持って銀時の家に訪れるときにも開口一番に万事屋、人前で屋号呼びならまだしも二人きりの時でさえずっと万事屋なのだ。そういえば名前で呼ばれたことないな、と気づいてからここ数ヶ月はそういわれる度に、同じようにどうして自分を名前で呼んでくれないのかと疑問を投げかけた。閨の際には銀時の善い所を激しく責められそれどころではなくなったし、土産を持ってこられた際には自分が土産に夢中になってしまって霧散してしまった。そんな風にいくら尋ねてものらりくらりと躱されてしまって連敗記録を絶賛更新中だった。
何時だって惜しみなくその口から聞こえる音は万事屋なのだ。どうして名前で呼んでくれないのか、なんて女々しいと思わないでもない。でも好き同士なのだ。まともに恋愛なんてしてこなかった自分のおそらく最初で最後の好い相手。そんな相手と両想いになれたのだからほんの少しだけ欲張りになった。相手にこの世で自分を表す唯一無二の音を聴かせてほしい。そんな欲を。
「ハァ、…あいつ、このまま一生俺の名前を呼ばないつもりか?」
神楽が姫の所へお泊りに行っているので一人っきりのどこか閑散とした家の中でぽそりと呟く。そんなはずはないと思ってはいるのだが、あの全くの暖簾に腕押しの様子を毎度見せられるとそんな風に思えてくる。一人になると物事を悲観的に捉えてしまうからいけない、こういう時にはさっさと布団に入って気が済むまで寝るに限る。気が済むまで寝ていたら新八にたたき起こされるのだろう、そう予想しながら手際よく眠りにつく準備を済ませ、銀時は夢の中へと旅立っていった。
「御用改めである!!神妙にお縄につけ!!!」
唐突に響いたような気がした覚えのある声に銀時は手を止めて顔を上げた。今日の依頼は馴染みのあるものだった。家の庭の手入れをいつもの業者に任せようと思ったら予約が取れず、自分たちでやろうにもそこに住まう夫婦は高齢でとても自分たちではできそうにない。評判がいいと聞く万事屋さんにお願いしに来ました、とは依頼人本人の言葉だ。断るつもりもなかったが、褒められて有頂天になっている神楽がやる気満々に銀時を差し置いて依頼を受け、いの一番にその家に飛び出して行ったのだった。その家は中々に華美すぎず素朴すぎず、つまりちょうどいい塩梅なデザインで、それに合わせて庭もなかなかの広さだった。草むしりや茂る木の枝を適度に切ったりと、広い庭を三分割して互いに離れていたこともあって三人は黙々と作業を続け、ほぼ終わりかけたとき。あの馴染みのある声が聞こえた気がしたのだ。勘違いかもしれないが、あの声の主がどうであれざわざわと付近が騒がしくなったのは事実だった。
「婆さん、この近くでなんかあるんです?」
「いいえ、今日は特段何といった催しもなかったはずです。でも、最近攘夷浪士が集まるところがあると風の便りに聞いたような。」
「そこってどこか分かります?」
「この家を出て二軒ほど隣のあの少しさびれた屋敷です。空き家で有名なんですが…。」
「そうか…。」
攘夷浪士。火の無い所に煙は立たない。おそらく自分の聞いた声は土方の声で間違いはなく、数軒隣の屋敷に真選組が討ち入りに入ったと考えていいだろう。
テレビで討ち入りがあり、何人の攘夷浪士を捕縛といったニュースを聞くだけでこちらは土方が怪我をしていないか心配になるのだ。近くで討ち入りがあると知ったら途端に老婆心ながら心配になり、野次馬をしに行きたくなる。そんな銀時の様子を見て依頼主の婆さんが口を開いた。
「お知り合いでも居るんですか?心配でたまらないって顔してますよ。もうお手入れもほとんど終わっていますしお子さん二人はこちらで預かっていますのでどうぞ様子を見に行ってらっしゃいな。」
「なん…。」
そこまで表情筋を動かしていた自覚がなかったので銀時は心の内を見破られて少し狼狽する。そんな様子さえもまるで若いっていいわぁと言うかのように婆さんはにっこりと微笑んだ。
「ふふ、そんなに驚かないでくださいな。昔の仕事の関係上人の情緒を見極めるのにはちょっと自信があるんですよ。」
「そう、でしたか…。」
「さぁ、お気になさらず行って。お駄賃がお子さんたちに取られるかもって不安かもしれませんけど。」
「はは、そりゃあ一等不安になりますね。…じゃあ、少しだけアイツらの事任せます。すぐ、帰ってきますから。」
「はいな。」
なんとも温かい心をもつ依頼人だと感謝しながら銀時は騒ぎの方へと向かっていく。現場はそう遠くなかったのですぐに到着した。やはり討ち入りだったようで、屋敷の内外で浪士と隊士たちがドンパチやり合っている。少し見ただけでも真選組が優勢であると一目瞭然で、この様子なら心配も取り越し苦労で済みそうだと知らず止めがちだった息をほう、と吐く。
それから数分その場に留まっていると、屋敷の中から土方が出てきた。隊服についている血はすべて返り血のようで怪我らしい怪我も見当たらない。じっと見つめていた視線に気が付いたのか、土方も銀時に気付いて小走りでこちらに近づいてくる。仕事中だろ、と頭のどこかで土方を咎めるがそれよりこちらに近づいて来てくれる嬉しさの方が断然勝り、表情が少し崩れる。
「万事屋、なんでここに。」
やはり開口一番はこの音だ。でもまあ今回は土方の無事を祝って不問にしてやろうと尊大な心で受け流す。
「依頼がこの近くであってさ。急に騒がしくなったから見に来た。」
「俺を、心配しに来てくれたのか。」
「ぅ、…そんなんじゃないし。」
「おう、照れるな照れるな。」
「照れてないし!もううっせぇ!仕事に戻るから!!」
「ちょ、もうちょっと待ってろよ。もうすぐ終わるから。」
浪士と殺り合っているここは戦場といっていいはずなのにそんなことは何処かに置いて来てしまったと言わんばかりの甘い雰囲気を漂わせてからかってくる土方に怒ったふりをする。怒ったふりのついでにフイ、と視線を土方から外し屋敷の様子が視界に入った。その二階が。致命傷を負った浪士が最期の力を振り絞って何かを投げたのだ。それは放物線を描き、土方の少し後ろに落ちる。
「ッ土方!!!」
「ぇ。」
咄嗟に土方の服を掴んで庇うように自分の後ろに投げ飛ばした。投げられたものが何か判段しようとして体だけがそちらを向いた瞬間、閃光が走りドォンという音と共に爆風と灼熱が銀時の体を襲った。
「…とき!っ!!しっかりしろ万事屋!!!!」
「ぃじかた、くん…?」
銀時が意識を取り戻した時、仰向けになりながらも上半身を土方に支えられ空に浮いている状態だった。意識を取り戻したと言っても朦朧としているし、爆発音を間近で聞いたために音も不明瞭だ。それでも土方が必死の形相で呼びかけていることは分かった。男前な面は多少歪んでも男前のままなんだなぁと場違いな感想を思う。浮上した意識が再び落ちようとしている。こんな時だから、お願いしたら何でも聞いてくれそうだと馬鹿なことを考える。それでも一度思いついてしまったからしょうがない、と震える口を必死に動かす。
「ぉね、い…。」
「もうすぐ救急車が来る!それまで持ちこたえろ!!しっかりしろ、万事屋!!」
「ね、…こぇでさいごに、する、からさ。ぉねがい。」
「最期って、何馬鹿なこと言ってんだ!!」
「おれの、こと…ぎんときって、ょんで…?おねがい…。」
お願い。銀時と呼んで。もはや譫言のように繰り返す銀時に土方は狼狽する。それでも、そんな言葉一つで銀時をこの世に留められるならと気づかぬうちに涙を張って口を開く。
「ぎんとき、…ぎんとき、銀時!!これから何度も呼ぶから…!変な意地張らねぇで呼ぶから!だから、銀時…!!頼むから…。」
「へへ、…なっさけねぇ、かおしちゃって。けど、…わるいきは、しねぇなぁ。」
苦しいだろうにへにゃりとどこか満足げな表情を浮かべる銀時に土方は嫌な汗が止まらない。銀時、銀時と絶えず呼びかける。しかしその呼びかけも空しく銀時の瞼はどんどん閉じていく。
そうして、瞼が閉じ切った直後に皮肉にもサイレンの音があたりに響き始めた。
真白い部屋の中で土方は悲痛な面持ちで呟く。
「銀時。なんだよ名前一つであんな満足げな顔するってよォ。残された俺の気持ちを考えろよ。一生モンのトラウマ植え付けてくれやがって…。」
今にも泣きそうな顔をしているのにその瞳から雫が零れることはない。あの時、一生分の涙を流し切ってしまったからであるようだった。
「餓鬼どもにも散々責められたよ。俺の油断のせいで、市民を攘夷浪士から守る役人がなんでその市民に守られてんだって…。俺は真選組として刀を持ち続ける資格があるのかって何度も考えたよ。あの時確かに俺は役目を一時的にでも投げてお前を優先したからな。けど、俺は真選組鬼の副長だ。テメェに繋げてもらった真選組の使命を、俺の為すべきことを、やり抜く。お前もきっとそう言うだろうさ。寧ろうだうだしてたらあの憎たらしい顔で揶揄われそうだ。」
先ほどまでの弱弱しい表情はどこへいったのか、今度は力強い面持ちで静かに眠る銀時を見つめて決意を述べた。そこに悲しみは寸分も浮かんでいない。
「そうだね。とりあえず誤解を招くような言葉遣いとこっぱずかしいお前の発表会は終わりにしてくれる?」
「万事屋!!!!目を覚ましたのか!!」
つい先ほどまで眠っていたはずの銀時は冷ややかな視線を土方に向けていた。それでもそんなことを気にすることなく土方は銀時が目を覚ましたことを盛大に喜んだ。
そう、これまで悪運や生命力がそこはかとなく強かった銀時は実際の所体の皮膚が一部焼けていた程度の怪我で死ぬはずはなかったのだ。あの時意識が朦朧としていたのは吹っ飛んだ先で当たり所が悪かったから。銀時の体を吹っ飛ばせるほどの威力を身近で浴びながら多少の火傷で済んだのは庭の手入れの際依頼人のお節介により多少の刃物でもそうそう体に傷がつかないような素材の服を貸して貰っていたからだった。軽傷で済んだのはまさしく銀時の悪運の強さに依るものだったのだろう。
自分のことは自分が一番よくわかっている。銀時はそのことを理解していたはずだ。それなのにあんな誤解を招くような言い方をしたのか。土方が先ほどまであのような口ぶりだったのも一種の意趣返しのようなものだった。誰に意趣返ししているのかは分からないが。
いつものように煙草を吸おうとして、ここが病室であると思い起こして懐に箱を戻した。それを数回繰り返した後、土方はようやく口を開いた。
「それで、万事屋。」
その言葉で銀時は顔の色を途端に無くして近くにあった見舞いの品を態とごそごそと音を立てて漁りだした。
「おい、万事屋。」
がさがさと音が酷くなった。眉間のしわを深くさせて土方は再び重くなった口を開く。
「…銀時。」
「へへ、よくできました。えらいえらい。で、なぁに?」
ようやく銀時は笑顔で土方の方を向いた。ようやく銀時、と互いの意識が明瞭な時に呼んでしまった。万事屋、とはもう呼べない、と観念する。
「なんで、あんな最期とか言ったんだ。流石に肝を冷やした。」
「え~何が?最期?俺は最後って言ったつもりだったんだけど。土方くんが勝手に勘違いしただけでしょ?」
によによと愛おしくも憎たらしい笑みを浮かべる銀時に土方は降参だ、と言わんばかりにため息をつく。あの状況でよくあんな企みができたもんだと感心さえする。そうしていると、今度は銀時がそれで、と言葉を紡ぐ。
「土方くんは何で俺の名前を頑なに呼ばなかったの?」
「それは…その……。」
出来れば隠しておきたかったことだが、ここまで来てしまったらもうゲロってしまった方が楽なのではないか、と思案する。それに合わせるように銀時もゲロっちまえよ、楽になるぞーと声をかけてきた。土方は、諦めてすべてを話すことにした。
初めは恥ずかしいだけだったんだよ。ぎんとき、たった四文字だがこんなにも愛おしい言葉を口にするのがこんなにも緊張して羞恥を煽られるとは思ってなかった。けどこれも慣れればいい話だと誰もいないところで呼んでみたりした。やばい奴とか言うんじゃねぇよ。ったく。それで、だいぶ慣れてきたから次はお前の寝ている隙に呼び始めたんだよ。…そりゃお前がヤり疲れて寝てる時なんだから気づくはずねェだろ。それでよ、その、寝てるときに銀時って呼んだら寝てるはずなのにテメェがふにゃって笑うんだよ。ヤった後だから少し汗かいて赤らんだ顔で。最中にも見せないような顔でだぞ。それが腰に来るんだよ。寝てる間に何度抜いたことか。おい、話せって言ったのはテメェなんだから耳塞いでんじゃねぇよ。…それ以来、独りでに名前呼んだらあの顔を思い出しちまって、…ああ、勃つんだよ。何度も試したから誤作動なんかじゃねぇ。それでよ、外でそうなってみろ。俺が猥褻物陳列罪で捕まっちまう。…言っとくけどな、お前のせいだからな!
「なんでテメェのムラムラが俺のせいなんだよ!?」
ツッコミどころ満載の白状に何とか声を抑えようとしていた銀時はついに堪えきれなくなって声を荒げた。予想以上にシモな理由が飛び出してきて銀時はやるせない気持ちでいっぱいになる。
「あとな、外でテメェの名前をそんなに呼びたくなかったんだよ…。」
「なにそれ。」
「他の有象無象にテメェの名前を聞かせたくなかったって言うか…。」
そうごにょごにょと話す土方の様子に銀時はキュンときた。一つ目の酷い理由がなければ、という注釈が付くが。恋人が重いのは好きでも嫌いでもないはずだったが目の前の犬のような恋人が忠犬っぷりだけでなく狂犬っぷりを見せてくるのは中々どうして悪くない。
「土方くん、かわいいね。」
「馬鹿にすんな。っていうか、テメェも俺を名前で呼ばせたんだ。テメェも俺の事名前で呼べよ。」
照れ隠しに露骨に話を逸らす。そんなところもかわいいなと思いながら銀時はニヤッと笑う。
「やだね~。」
「っなんでだよ!」
「どれだけ俺苦労したと思ってんの?こんな傷までこさえてさ。」
「軽傷だろ。」
「うるさい。ま、そういうことだから暫くは土方くん呼びしかしませーん。」
「…。」
土方はむすっと子供のような表情を浮かべる。そういえば怒り以外の感情も案外わかりやすく表に出すと銀時が気づいたのはいつ頃だったか。それでもこのわかりやすい表情の変化を見るのも自分で変化させるのも案外悪くない。
「頑張ってとうしろうくん呼びに昇格させてくださーい。」
「ッッ今!!!!」
ばっと土方が顔を上げて尻尾をぶんぶん振り回しているのが幻視できるほど明るく表情を変えた瞬間、ガラッと勢いよく病室のドアが開かれた。
新八と神楽、そして沖田が見舞いに来てくれたようだった。
少しだけ開かれた窓から優しい風が部屋の中を巡る。
めぐって、銀時と土方、そして入ってきて早々に騒がしくする三人の肌に触れる。
二人きりの時間はあっさりと終わってしまったが、それでも温かく朗らかな雰囲気に包まれて銀時と土方は人知れず目を合わせて笑い合った。
昼間の暖かな日差しが二人を優しく照らしている。
おまけもどき
病室では静かにしなさいと注意しようと銀時は口を開いたが、それよりも神楽たちの声を上げる方が早かった。
「銀ちゃん駄目ヨ!そんな銀ちゃんが危ない状態になって初めて名前呼びをするようなヘタレに易々と名前で呼んじゃ!!」
「そうですよ。ボケともツッコミとも未だにポジションがあやふやな人に銀さんは預けられません。っていうかお二人が付き合ってたことを今知ったんですけど。」
「なんだ新八ィ。気づいてなかったアルか?銀ちゃん最近あんなに乙女チックな表情しててキモかったのに。」
「えっそうなの…!?」
「ハァこれだから新八は…。」
「ちょっとやめてくれるかな、そんな憐みの籠った顔でこっち見ないで。なんか胸に刺さるから。刺さるっていうかもはや抉られてるから。」
そう新八と神楽がキャイキャイとはしゃいでいる。神楽は幼いなりに女の勘とやらがよく働くとは思っていたがまさかバレていたとは。罵倒の言葉も相まって心底恥ずかしくて居た堪れない。銀時と土方がうだうだしているとはしゃぐ新八と神楽を脇目に沖田が近づいてきた。その顔にはニヤニヤと厭な笑みが浮かんでいる。
「いやぁまさかお二人が付き合っているとは流石の俺でも驚きましたぜィ。めでてェこった。」
「「……。」」
素直に祝福してくれているとは到底思えず二人は硬い表情のままだんまりを決め込む。
「それで、どっちが下なんですかィ。」
「いきなり何聞いてんだテメェは!!」
唐突にぶち込まれた下世話な話題に土方が噛み付く。それでも沖田は意にも介さず飄々と笑みを浮かべ続ける。そこへ神楽の声がかかる。
「おいサド!ここに私という幼気で可憐な少女がいることを忘れるなヨ!!」
「テメェみてぇなじゃじゃ馬のどこが幼気で可憐なんだか。」
「お前ッッ!!外出ろよ!今日という今日こそ決着をつけるアル!」
「まぁまぁ神楽ちゃん。ここ病室だから。大人しくしようよ。」
新八が神楽を必死に宥めすかす。その様子を横目に沖田は再び銀時と土方の方へ視線を寄越す。先ほどまでの笑みは消えており、真剣みを帯びた表情だ。二人の方を見ているとは言ったが正確には土方の方を見ている。ここで目を逸らすことは許されないと土方は本能的に悟る。
「姉上のことをアンタが忘れてるとは微塵も思っちゃいねぇが、アンタ一人が姉上差し置いて仮初なり永遠なりの幸せを掴むってこと、その重さを忘れるんじゃねぇぜィ。」
「総悟…。」
「沖田くん…。」
沖田の言うことは全くもって正しかった。忘れるわけが、忘れられるわけがない。ミツバにとってもそうだったように、土方もミツバが初恋だったのだ。それを自分の身勝手で袖にした。後悔は、ないけれど。してはいけないけれど。そしてミツバの想いの丈を彼女と少し接しただけの銀時も知っている。そんな二人が恋人という縁で結ばれているのだ。それを他でもない沖田本人に言われることの重みを二人はひしひしと感じる。
「アンタが自分自身で手を伸ばして他でもねェ旦那を捕まえたんだ。間違ってもその手を緩める、況してや放すなんて半端ァ許しやせんぜ。もしそんな様子を少しでも見せたら、…そん時は俺が旦那を攫っていきまさァ。」
「沖田、くん…?」
「ああ、お前が銀時を攫って行くなんてことには今後一ミリたりともなりゃしねぇよ。」
「チッ、なんでィ。Sって自分で吹聴しまくってる旦那を俺の手で立派なドMの雌犬に仕立て上げてやろうと思ってたのに。とんだ誤算だったぜィ。」
「沖田くん!?ちょっと、土方くんマジで頼むよ、俺Mになんか絶対なりたくないからね!」
「そらァテメェ次第だな。とりあえず名前で呼んでもらおうか。」
「ハァ!!??調子乗ってんじゃねぇぞヘタレ!」
先ほどまでの真面目腐った雰囲気はどこへ行ったのか。沖田は恐ろしい計画を当の本人である銀時の前で言い放った。無論銀時と土方はそれが沖田なりの優しさだということに気付いていて、そしてあえて乗っかっている。やはりドS星の王子と言えどその奥底には何処か優しさがある。土方はミツバの弟が沖田でよかったと、銀時は土方や近藤の弟分らしい素直のような素直じゃないような優しさを見せる子だと再認識するのであった。
「ちょっと、ああ言ったのは俺ですけどねィ、目の前で堂々とイチャコラしてんじゃねぇぞ。リア充らしく爆発四散して死ね土方コノヤロー。」
「そうアル!ちょっと目を離した隙になに甘ったるい空気漂わせてるネ!!」
「今回ばかりは同感ですね。TPOを弁えてもらいたいものです。」
病室の喧騒はまだまだ落ち着く気配を見せない。