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    A0_Cher1e

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    A0_Cher1e

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    学パロ高銀
    ※土銀要素あり

    「隣に越してきた高杉です。つまらないものですが…。こっちは息子の晋助です。良かったら仲良くしてやってくださいな。ほら晋助、ご挨拶。」

    そうきれいな女性に促されて女性の横にいた晋助という年の近そうな男の子がぺこりと小さく会釈した。

    「ご丁寧にどうもありがとうございます。吉田です。ほら銀時、君も挨拶なさい。」
    「ぎんとき、です。」
    「銀時ちゃんね。ふふ、うちの晋助より挨拶が上手で羨ましいわ。よろしくね。」

    まだ小学生低学年とはいえ周りからの視線や小言で自分の髪と瞳の色がコンプレックスになっていたために随分とおどおどした挨拶をしてしまったが高杉さんはさして気にした様子はなかった。
    銀時がほとんど松陽の後ろに隠れていたので見えなかったこともあるかもしれないが高杉は松陽に興味津々といった風だった。高杉の様子と、銀時の髪と目の色のことで二人は親密になることはないと思われたが、縁とは不思議なもので彼が松陽の開いている剣道教室にやってきて以来、ほぼ毎日二人は勝負している。松陽の計らいであるともいえるが。



    「おいあんた、おれと勝負してくれ。」

    高杉は道場に来るなり松陽にそう言い放った。初日にだ。銀時は失礼だな、と思うのを通り越して呆れてしまった。まだほんの小学生が達人の腕を持つ松陽に挑むだなんて、俺ですら全くかないっこないのに、と。
    言われた当人はぽかんとしていたがすぐにいつもの底の見えない笑みを浮かべた。

    「いいですよ。」
    「…え。」
    「本当か!?」

    銀時は思わず声を上げてしまった。松陽がそんな挑戦を受けると思っていなかったからだ。高杉も驚きながらも戦えることに喜んだ表情を浮かべていた。それも松陽の次の言葉に霧散したが。

    「ただし銀時に勝てたら、の話ですけどね。」
    「ぎんときって、…あの女かよ。」
    「おれ!?」

    どうしてそこで俺の名前が挙げられるのか、面倒事に巻き込んでくれるな、銀時の願いはけれど全く松陽に届かない。

    「こらこら、仮にも可愛い私の娘なんですから女呼ばわりはやめてくれませんか?」
    「…、悪かった。けどなんでアイツと戦わなくちゃならねぇんだ。俺の方が強いに決まってんだろ。」

    あの貧弱そうな奴に負けるわけがない。高杉の思っていることが手に取るように伝わって来た。確かに目を隠すように前髪は長く伸ばしているし筋肉は付きにくい体質なのか腕もほっそりしている。しかしそこまであからさまに下に見られてはムッと来る。銀時の中に闘志がふつふつと湧いてくる。

    「まぁまぁ、物は試しです。一度でいいのでやってみませんか?」
    「…しかたねぇな、一回だけだ。」

    あの女を倒せば目的である松陽と戦うことができる。全く難しいことではなさそうだ。そう判断した高杉は松陽にそそのかされるまま防具を身に着け始めた。
    実は高杉が松陽に声をかけてから道場の中のみんなが二人に注目していた。更に銀時の名前が出てから二人は三人になった。どっちが勝つのか、もしかしたら高杉ってやつが勝つかもしれないぞ。まさかあの銀時が巻けるのか?などと隠されている様子のない内緒話がチクチクと銀時の鼓膜に突き刺さる。好奇の目に晒されているこの状況といい舐められたイラつきといい早く解放されたいという一心から銀時もさっさと準備を始める。


    「それでは、はじめ!」

    審判である松陽が開始の合図をして十数秒後、床に倒れていたのは高杉の方だった。

    「勝者、銀時。」

    礼に終わることすら忘れて高杉は倒れた体勢から全く動かない。面の隙間から呆然とした表情がかろうじて見えるかもしれない。まさか、負けるとは思っていなかった、そんな様子を絵に描いたように表している。

    「やはり負けてしまいましたね、これでは私と勝負するのは百年早い。
    さて、ハプニングはありましたが今日はもう終わりです。皆さん気を付けてお帰りなさい。」

    そんな松陽の天然の煽りも全く耳に入っていない様子だった。銀時は自分がやることは終わったとばかりにさっさと片付けを済ませて道場を出て行ってしまった。周りの子供たちもなんだ、やっぱり銀時が勝って終わりかよ~と近くにいた者たち同士で数言交わした後に興味も薄れたのか世間話をしながら片づけを始めていく。
    周りがほとんど片づけを終えた頃、松陽に声を掛けられて高杉もようやく正気を取り戻したのか帰りの身支度を始めた。しかしその手つきはおぼつかない。頭のど真ん中にはあの銀髪の少女がいた。帰ってからも、晩御飯を食べているときも、お風呂に入っているときも、ずっと。



    それからというもの、高杉の世界は銀時を中心に回っていた。剣道教室へ行くたびに最低一回は銀時と勝負をしてこてんぱんにされる。けれどめげずにまた挑み。初めは好奇心の視線を送っていたほかの子供たちもいつしかまたやっているよと生暖かい目を向けるようになっていった。
    学校でも銀時と同じクラスになったことで高杉は隙あらば銀時に声を掛けに行っていた。同時期に越してきた桂という少年も二人に絡みに行っており、三人セットがいつの間にか学年の中でも定番とみなされるほどだった。元々クラス、いや学校の中で孤立気味だった銀時が一気に騒がしくなり始めた周りにうっとおしさを感じながらも徐々にその態度が軟化したのは幸か不幸か。桂が松陽の剣道教室に入って来た時には流石に顔をしかめていたが。

    三人は共に過ごしていくうちに互いが知らないことの方が少なくなっていった。生意気そうな不機嫌女、そんな銀時の第一印象はさっぱり消え去っている。いや生意気というのは変わらなかったかもしれない。
    甘味が好きなこと、料理が上手なこと、チャオよりジャンプ派だということ、案外口は悪いこと、顔は前髪に隠れてよく見えないもののその下にはきれいな柘榴色の瞳がはめ込まれていること、その色を高杉と桂は綺麗と思っているのに本人はあまり肯定的に思っていないこと、などなど。前の学校にいたままなら詮無きことと記憶の片隅にも置いておかなかった友と呼べる存在の情報が沢山詰まっていく。
    懐古主義の気があること、家がぼんぼんなこと、レーズンが大嫌いで給食にレーズンパンが出る度に甘味好きを出汁にしてレーズンの部分だけをちぎって銀時に押し付けていること、負けず嫌いなこと、実は情が深いこと、勝負しているときの高杉の翡翠色の瞳が綺麗なこと。覚えるつもりもなかったのに気が付けば銀時の中にはたくさんの彼の姿が。
    ヅラ?アイツは電波。きっと二人は口をそろえて言うのだろう。けれどヅラというその愛称とぞんざいにも思える扱いの中には確かに情が感じられる。



    バシッ、バシッバシッ!

    「ハァァ…ヤァアアッ!!!!」

    バンッッ!!!!ドサ…

    「勝者、高杉!!!」

    半年近くが経った頃、ついにその日がやってきた。
    日に日に試合時間が長くなっていることを、高杉が強くなっていることを松陽が、桂が、そしてもちろん銀時が感じていた。
    銀時が見せた一瞬の隙を逃すことなく、高杉はするどい突きを銀時に浴びせた。まるで初めて二人が勝負した日の光景が真逆になったように、銀時は呆然とした表情でそのまま後ろに倒れた。あの日と違うのは高杉がやはり惚けた顔のままだったことか。勝ちたい、純粋に思い続けて試合に臨んでいたと言えど唐突に訪れたその瞬間に戸惑いは隠せなかった。

    「やったな!高杉!!!」
    「ついに銀時に勝つなんて!!」
    「すげぇよ!!!」

    周りの子供たちの方が状況を飲み込むのが早かった。わっと高杉を囲い込み賞賛と興奮の言葉を口々に述べる。
    一歩下がったところから松陽と桂はその様子を眺めていたがその顔には紛れもなく祝福の色が浮かんでいた。
    今まで剣道教室の中では銀時と桂、松陽としか深く関わってこなかった高杉は子供たちの勢いに呆気に取られていたが徐々に現状を理解し始めたのだろう。自身の実力に少々天狗になっていたころの棘はとっくにそがれていた高杉は素直にその祝辞を受け取る。そんな子供たちの塊に松陽と桂も近づいていく。

    「あははは!!!」

    桂と松陽が見せた漫才のような掛け合いに爆笑していた子供たちにつられてか高杉も年相応の笑い声をあげる。教室中の誰もが初めて見る笑顔だった。高杉と教室との間にあった、膜になり始めていた壁が完全にはらわれた瞬間だった。
    その後もワイワイと盛り上がるその塊を少し離れたところで体勢を立て直していた銀時の表情は曇天のように暗かった。



    「さてさて、今日ももういい時間ですね、終わりにしましょうか。気を付けてお帰りなさい。」
    「「「はーい!」」」

    今日の晩御飯ハンバーグなんだぜ!!えー、いいなぁ!俺んちは唐揚げ!おお!!!
    そんな雑談が飛び交う中、高杉もだる絡みしてくる桂を半ば無視して黙々と片づけを進める。思い返すのは今日の勝利だ。たった一回、されど一回。小さな一歩は高杉に大きな自信をもたらした。確実に銀時に追いついていると。
    喜びをかみしめていると、そういえば銀時は試合が終わってからいつにも増して静かだったことに気付く。慌てて周りを見回しその姿を探す。色が色なのですぐに見つかった。

    「なんで、んな顔をしてやがる…。」
    「どうした、高杉。」
    「いや、何でもねぇ。」

    苦し気にしかめられた眉、瞳には今にも零れ落ちそうな水の膜がうっすらと張られており口はへの字にゆがめられている銀時の姿がそこにはあった。道具を目の前に置いてはいるが手は全く動くそぶりを見せず片づけが進む様子は受けられない。それよりもその表情だ。ただ悔しいだけではそんな悲愴な顔はしない。一体何なのだ。
    桂が高杉の零した言葉に気付くが電波に銀時の心情が分かるはずもなしと決めつけた高杉は桂の声掛けを一蹴した。松陽はこれに気付かないのかとその姿を探すが今は教室の中にいない。苛立ちの混じった焦燥が高杉を支配する。

    「さて、帰るぞ。高杉。」
    「ヅラァ、先帰れ。」
    「ヅラじゃない桂だ。…どうしてだ。まさか先生に抜け駆けであの問題を質問しに行く気か!?許さんぞ俺も聞く!」
    「それじゃねぇよ。いいからさっさと帰れヅラ。」
    「ハァ、なんなのだ急に。全く、お母さんはあなたをそんな子に育てた覚えはありませんよ!もう!」
    「俺もテメェの腹から生まれた覚えはねぇよ。」
    「…じゃあ、また明日。学校でな。」
    「おう。」

    半ば無理やり桂を先に帰すことに成功した。桂がいては話が変な方向へねじ曲がってしまうことは容易に想像がつく。仕方なかったのだ。気が付けば、他の子どもたちもすでに帰っており道場の中は高杉と銀時だけになっていた。
    丁度いいと銀時の前に立つ。目の前に影が落ちても銀時は高杉に気付いた様子もなく依然として浮かない様子を見せる。

    「オイ。」
    「…ハァ。」
    「オイ。銀時!」
    「っえ、あ…高杉。」

    少し強めに声掛けをしてようやく銀時は高杉の方を向いた。けれどもち上がった顔はやはり変わらず浮かない表情をしている。

    「お前、どうしたんだよ。元気ねェじゃねぇか。」
    「それは、…別にそんなことないし。」
    「んなわけねェだろそんな顔して!!なんかあんならさっと吐き出しちまえよ。今更遠慮する中でもあるめェ。」
    「…。」

    何とかして銀時の心の内が知りたくて、不安があるなら頼ってほしくて、高杉の語尾は強まっていく。けれど銀時は顔をゆがめるだけで口を開かない。

    「なんだよ、俺に負けたのがそんなに悔しいのかよ。」
    「…。」

    口を滑らせてすべてを吐かせようと今日のことを煽る。顔を一層歪めた銀時は一瞬顔を縦に振りかけ、しかし勢いよく横にぶんぶんと振った。どっちつかずの素振りと言い一向に口を開こうとしないその態度と言い高杉のフラストレーションがたまる。
    そこまで気の長くない高杉がしびれを切らしかけたとき、銀時はようやく口を開いた。

    「なんていうか、その…もう、用済みだなって…。」

    頑なに高杉を視界から外そうとそっぽを向きながら銀時はぼそぼそと零した。しかし高杉はその意味を全く理解できない。用済みとはいったい。

    「用済み…?どういう意味だよそれ。」
    「だってお前、松陽と勝負するために俺と嫌々やってただけじゃん。俺倒しちゃったから、もう俺要らないなって…。」
    「…は?」

    銀時の自己肯定感が低いことは知っていた。顔を隠すために前髪を伸ばしていたくらいだ。けれど、高杉が銀時の勝負を楽しんでいたことはせめて伝わっていると思っていた。だってあんなに真剣に、楽しそうな顔で高杉と向き合っていたから。時折好戦的な笑みを浮かべて高杉に鳥肌を立たせるほどぞくぞくさせていたから。
    全くの高杉の勘違いだった。何も伝わっていなかったのだ。愕然としていたがすぐにわなわなと怒りが湧いて肩が震える。銀時は床を見つめたままで高杉のそんな様子に気付けていない。

    ぺちっ!

    次の瞬間、銀時の顔は高杉の目の前で固定されていた。ひりひりと高杉の手に挟まれた両の頬が痛みを伝えてくる。

    「え、な、なに…。痛いんだけど。」
    「俺がテメェに一勝するまでにテメェは俺に何勝したと思ってんだ!奇跡的に今日は勝てたけどなァ、一回くれェはぜんっっぜん勝ちじゃねぇんだよ!!まだ終わってねぇからな。勝負は俺が勝ち越すまで、いや俺が勝ち越してもやるんだよ。ずっとな。」

    衝動のままに声を荒げた高杉は言い終わるやいなや銀時から離れて荷物をゴソゴソと漁ったかと思えば再び銀時の元へずんずんと荒い足取りで戻ってきた。その手には大きな苺のついたヘアピンがあった。

    「…本当はテメェに勝ち越してから渡そうと思ってたんだけどよ。もっとシャキッとしろよシャキッと。俺の、…ライバルがそんなんじゃ示しがつかねぇだろ。特に前髪!長すぎんだよ。せめて俺と勝負するときはそれ付けろよ。目と目があったら勝負だからな!絶対だぞ!」

    早口ではやし立てながらそのヘアピンを銀時の前髪を横に流すようにつける。絹のような銀髪の間から綺麗な柘榴色が露わになる。
    ヘアピンについている苺を触って呆気に取られていた銀時だったがふと高杉の顔が苺に負けないくらい真っ赤に染まっていることに気付きふふ、と笑い声が零れる。すかさず高杉は噛み付く。

    「んだよ。何笑ってんだよ!」
    「高杉顔真っ赤じゃん。変な顔。」
    「これはっ、夕日のせいだ!!俺の顔は赤くなってねェ!!!」
    「ほんとかよ?それに、目と目があったら勝負って。どこのポ〇モンの世界だよ、ははっ。」
    「……。」

    差し込む夕日に照らされながらも銀時は先程までの憂鬱さが本当にあったのかと疑わしくなるほどかわいらしく微笑んだ。
    思えば、高杉が銀時の顔をまともに見たのはこれが初めてだったかもしれない。負けた、と勝負もしてないのに何かを認めさせられた気がした。しかし銀時に圧倒されたことに気付いて慌てて口を開く。

    「あ、明日からはもっと容赦なくいくからな!五回は勝負すんぞ!!覚悟しとけ!」

    そう捨て台詞を吐いて荷物をさっと取って道場から出て行ってしまった。

    「明日はないんだけど。」

    そんな銀時のツッコミすら聞こえていない様子だった。
    高杉の姿が完全に見えなくなったと同時に松陽が道場に戻って来た。

    「いやぁすみません。急に電話が…ってもうみんな帰っちゃいましたか。お見送りしそびれちゃいましたね。」
    「誰からの電話?」
    「朧でした。元気にやっているそうですよ。近々帰ってくるかも、とも言ってました。」
    「そっか。今日の夜ご飯何がいい?」
    「何でもいいですよ。」

    そんな雑談をしながらリビングの方へ二人で歩いていく。
    それにしても何でもいいとは。むぅと銀時は頬を膨らませる。

    「何でもいいって…。それが一番困るんだけど!」
    「だって銀時の作るご飯が美味しいから…。」
    「そりゃ松陽が作る料理と比べたら…ってなに?」

    自分の可愛らしい娘のふくれっ面を見た松陽はおや、と歩みを止める。急に止まった松陽に銀時も立ち止まり振り返る。

    「…その可愛い苺はどうしたんですか?それにその顔…。」
    「…もらった。」
    「誰にです?もしかして、晋助ですか?」

    松陽は大層勘が良かった。年の功だろうか。
    銀時はやはり苺そっくりに赤く染まった顔を隠すように前に向きなおし勢いよく走っていった。今日はカレーにするからっ!そんな声が聞こえた気がしたようなしなかったような。
    しばらく顎に手を当てて何かを考えるそぶりを見せていた松陽はふと顔を綻ばせた。そして自身も歩を進める。

    「…これはもしかしてもしかしてでしょうか?」





    それが、小学校の頃の苺のように甘い記憶。銀時にとって大切な思い出。
    けれど苺は甘いだけじゃない。酸っぱさもあるのだ。小さい頃は甘いからと先端から食べ始めて、最後に感じた酸味に泣かされたこともあったっけ。
    そしてこれが、私の苺の思い出の酸っぱい部分なのだろうか。

    銀時の目の前には大きくなった高杉と、いつもは前髪と一心同体のはずの大事な苺のヘアピンがいた。苺は元の形をとどめておらずパキリと割れてしまっている。



    中高と進学していくにつれ銀時と高杉は疎遠になっていった。お互い思春期を迎えてこれまで通りに接することができなくなっていたからだ。距離が近すぎたせいか数少ないとはいえできた友達に銀ちゃんと高杉君って付き合ってんの?どうなの?と最低一回は聞かれた。性の興味の増した同級生たちに好奇の目で見られるのがやはり耐えられなかった。今回は高杉の方も耐えられなかったらしい。互いに声をかける頻度は減っていき、いつの間にか全く声を掛け合うことは無くなっていた。桂は、やっぱり電波だから気にせず声をかけてきたが。
    高校受験を機に高杉も桂も剣道教室は辞めており、二人の接点は無くなってしまった。同じ高校へ進学したはずなのに廊下ですれ違ったら目線を少し合わせる程度の、ほぼ他人同士となってしまった。あの頃のようなまでに距離は近くならなくてもいい、けどせめて声をかけるくらいはしたい。でも…。悶々とする日々が続いた。


    そして今日、久しぶりに高杉と話す機会を得たのだった。その契機は壊れた大事なヘアピンという最悪なものだったが。
    家にいると最近松陽からの声掛けがウザイ、けどテストであまりにもな点を取ったら松陽が怖い。テストも近いので銀時は教室に残り一人勉強していたのだった。まだテスト期間じゃないので他の生徒もいるはずもなく、教室は帰宅部で部活のしがらみもない銀時一人のものとなっていた。少し疲れたから十分だけ、と居眠りをして、カシャンと音が聞こえたので目を覚まして、目の前の光景だ。

    気兼ねなく高杉と話せる機会を得たのに一番大事なものが壊れていて、犯人は間違いなく目の前でばつの悪そうな顔をしている男で、感情が溢れ出てきて上手く言葉が出てこない。

    「な、なん、たかすぎ?ていうか、これ…。」
    「あ、その…わりィ。」

    素直に謝られたはずなのに、気にしてないと言いたいはずなのに銀時の心の奥からは激情が濁流のように押し寄せてきた。

    「なんで!!!壊したの!!??…なんでっ!!!大事にしてたのにッ!!!!」
    「なんでって…テメェが呑気に寝こけてんのが悪ィんだろうが!!!そもそもなんでんなモンまだ付けてんだよ!!小学生かよ!!!」
    「……、たかすぎが、っくれたのに…。なんで、そんなこと言うの…。」
    「ッ!!」

    他でもない高杉がくれたものだったから大事にしていたのに、他でもない高杉に馬鹿にされ、あまつさえ付けていることを咎められるような言葉を掛けられて視界がにじむ。もう怒りなんて湧いていなかった。ただただ悲しかった。ずきずきと胸が痛い。視界の何処かでグ、と顔をしかめていた高杉が走ってどこかへ行くのが見えた気がしたがそんなことを気にしている余裕すらなかった。
    そのとき、銀時はヘアピンを貰ったあの時から高杉のことが好きで、その恋心を自覚した今失恋したのだと思い知ったのだった。

    「なんで今なんだよ…。」

    割れたヘアピンを集めて優しく掌に包んで握り、それに縋るように額へ手を持っていき、ほろほろと泣いた。
    教室には橙色の夕日が差し込んでいた。





    くそくそくそっ。なんであんな…!

    「晋助様、今日ずっとあんな調子ですけど何があったっスか?」
    「それが分かれば苦労しないでござる。」
    「曲の合わせも調子よくないですし、心配ですねぇ。」

    学外のバンド仲間からの心配をよそに、高杉はひたすらに後悔と自身への怒りに支配されていた。すべてはあの日の自分の所為だ。

    万斉たちとの集合まで時間があった。暇だがどこか外へ行くほどの時間ではなかったため校舎の中を散策していた。あわよくば銀時と会えたら、と。願いが通じたのかある教室で居眠りをする銀時の姿があった。その額には昔あげたあの苺が。とっくに捨てたってかまわないのに大事に毎日付けているその姿に言いようもない愛おしさがこみ上げる。
    周りを見る。誰もいない。今なら、そう思って教室の中へ足を踏み入れて銀時の目の前に立つ。んん、と小さくあげる寝言でさえも可愛い。はらり、とピンから零れた銀糸が銀時の顔を幾ばくか隠す。それが嫌でそっと手を伸ばし、前髪を横にはらう。
    しかしそれがいけなかったのだろう。力加減を間違えたのか、銀時の髪のキューティクルが最強だったのか、ヘアピンは手にはらわれるがまま滑って、机を通り越して床へ落ちてしまった。まずい、と思って手を伸ばしたが間に合うはずもなし。無残にも床に落ちた苺はカシャンと音を立てて割れてしまった。急いで欠片たちを集めてとりあえず机の上にのせるがそれで元通りになることもなく。そのタイミングで銀時も目を覚ましてしまって。


    今回は全面的に自分に非があることは分かっていた。だからまず謝ったのだ。これで許してくれると思っていない。しかしまず誠意を示そうと。けれど銀時に激情をぶつけられたら途端に冷静さを失ってしまった。
    勝負なんてもう永らくやっていないのにまだあのピンを大事にして、付けてくれて嬉しい。けれど美しく育った銀時の顔が他の有象無象に惜しげもなく晒されるのが嫌だという醜い独占欲もあって。それは中学に上がったころからずっと高杉の中でくすぶっていた葛藤で。その葛藤が最悪の形であの日爆発してしまった。

    くそ、と何度戒めても起こしてしまったことは今更どうしようもない。
    泣いていた銀時の姿が毎日のように高杉にこれがお前の罪だというように突き刺さってくる。次の日、あれ銀ちゃんいつもの苺はどしたの?…まぁ、ちょっとね、と友人と話していたあの姿も。前髪に隠れて友人は気づかなかったようだが銀時の目元は少し赤らんでいた。

    くそ。何度目かもわからないが再び零れ落ちる。やはりこのままではだめだと思い起こす。万斉たちとのバンドの調子にも影響が出ている。一方的にかもしれないが、あの日の清算をしようと。

    「また子、アクセサリーを買うならどこへ行く?」
    「え…えっとぉ、私なら駅前のショップに行くっス!!」
    「そうか。お前らすまねぇ。今日はもう俺ァ帰る。」

    そういうなり高杉はさっさとベースを片付けてスタジオを出て行ってしまった。
    他の三人は全くの置いてけぼりである。

    「ちょ、晋助様ァ!!??」
    「…行ってしまったでござる。」
    「一体、何があったんでしょうか。」




    翌日の放課後、高杉はいびつなラッピングの施された高杉には似合わぬ可愛らしい子袋を持って銀時の居るであろう教室へ向かっていた。また子に教えてもらったショップで買ったヘアピンを、わざわざ店員からの提案を断って自分で何時間も格闘して包装して。自分なりにできる精一杯の誠意を込めたそれを潰さぬように右手で大事に優しく持って。

    そこへ近づくにつれて教室から声が聞こえてくることに気付く。二人の声だ。一人は、間違えはしない。銀時の声だ。もう一人は、男の声だ。何となく忍び足で、自分の存在が気づかれないように教室を覗く。

    「…~~、えー?沖田くんそんなことしてたの?ふふっ。」
    「だからよ、~……。」
    「あははっ土方くんって意外と面白いんだね。ただの真面目くんだと思ってた。」
    「…、ま、まぁな。」

    其処では予想通り銀時と、緑がかった短髪の男が楽しそうに談笑していた。男は、土方…?どこかで聞いたことがあると記憶を漁る。よく聞くのは、集会の時だったか。
    そうして、思い出す。剣道部で全国大会まで進んだ奴の名前だった。副部長を務め部をまとめ上げている切れ者、などと漫画かよと思えるような噂をされている男。そんな男がなぜ銀時と…。予想外も予想外で高杉はその場で二人の様子を眺めながらぐるぐると思考を巡らす。

    「ところで、最近あのピン付けてねぇんだな。」
    「え?あ、ああ、まぁね。高校生なのにあんなの幼稚すぎるかなって。」

    先ほどまでの様子とは一転して銀時の表情は悲しげなものに変わる。高杉の口の中も苦々しくなる。銀時の変化を察知したのか偶々なのか、土方は声を荒げる。

    「んなことねぇ!似合ってた!…すげぇ、かわいかった。」
    「ん?ごめん最後のところ聞こえなかったんだけど。」
    「いや、なんでもねぇ!」

    銀時には一部聞こえてなかったようだが風下にいたらしい高杉には余すことなく土方の言ったことが聞こえていた。いや、きっとすべて聞こえていなくとも察していたのだろう。土方も、銀時のことが好きだと。
    突如発覚したライバルの出現に焦るも今ここで出ていくほど高杉は常識知らずではない。早く出て行けと土方に念を飛ばしながら固唾を飲んで様子をうかがう。
    すると土方はカバンから小さな包装を取り出した。

    「その、なんていうかよ。あれとは違うんだけどよ。付けてたの、似合ってたから…。」

    ぼそぼそと口ごもりながらその包装を銀時の手の上にのせる。

    「?…開けて、いいの?」
    「ああ。坂田に、やる。」

    銀時は丁寧な手つきで包みをはがしていき、中にあるものを右手に取る。

    「これ、ピン…。」
    「ああ、嫌じゃなけりゃ貰ってくれ。壊したってお妙に話してたの実は聞いちまってよ。」

    土方の話を半ば聞き流しながら銀時はヘアピンを頭上に持って大事そうに眺める。そうしたことで、そのピンが高杉にも見えるようになった。見えてしまった。

    「偶々ショップに入っただけなんだけどよ、その色がよ。」

    その言葉の続きは高杉でも言える。銀時の瞳にそっくりできれい、だったんだろう。予想通り、その音が高杉の鼓膜を震わせた。
    当然だろう、全く同じものが、ほぼ同じ動機で俺の右手の中に在るのだから。

    「ありがとう…!大切に使う。」
    「!!…おう。」

    銀時がそのピンを慣れた手つきで少し長い前髪を横に流すようにつける。そしてあの時のように、俺に向けたのと同じように土方に笑いかける。

    「どう?私に似合う?」
    「ああ!よく似合ってる!!」
    「ちょ、声出しすぎ。…ふふ、ありがと。」
    「…おう。」
    「土方くんてばそればっか。」
    「…うるせぇ。」

    夕日が二人を照らし出す。二人のためのスポットライトのようだった。
    高杉は行きと同じように息をひそめて二人に勘づかれないように来た道を戻る。もはや高杉の中には無しか残っていなかった。右手からぐしゃりと音が聞こえた気がした。
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