Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    zu_kax

    @zu_kax

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🍷 ☕ 💚 ❤
    POIPOI 33

    zu_kax

    ☆quiet follow

    翠玉の怪物(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15980559)の観覧車に乗るシーンのみはる視点のお話。
    なびばで現地視察できたのでリアリティが増しました…!

    みはるアテンション 土曜日の昼下がりは気持ちの良い天気だった。日差しは強いが、ふわりと吹く風は心地よく、爽やかだ。休日なこともあり、施設内は混雑していた。たまに通り抜けるジェットコースターのゴオッという音と、それに乗った乗客の悲鳴がときたま聞こえてくる。
     急流下りのアトラクションは、ボートが落ちるたびに水しぶきが広がって、見た目も涼しそうだった。暑い日に乗るとびしょ濡れになっても気持ちがいいかもしれない。
    サンドウィッチでお腹を満たしたみはるは、何食わぬ顔でSNSに画像を投稿し、続々と届くコメントに目を向けていた。お仕事お疲れ様、とかネイルがかわいいとか、いつも通りのコメントを辿ると、「奥に座ってるの、男?」という不穏な文字を見つけてにんまりと口元を緩ませる。
     みはるが用意した導火線に、早くも火がついたらしい。あとは着火した炎が大きくなっていくのを悠々と待っていればいい。憶測や疑念や猜疑心は、興味とともに火に油を注ぎ、どんどんと火だるまを広げていく。これからその火種の渦中に身を置くことになる男は、まだ何も知らないまま、みはるの手のひらの上にいた。
     オープンテラスから歩いて少しすると、観覧車に至るエレベーターがあった。観覧車の入口は五階にあり、地上階からは階段かエレベーターで五階に上がらなければいけない。
    「行きましょうか、旭さん」
     観覧車の目印の看板がある場所を指差すと、旭那由多は面倒くさそうに息を吐く。と同時に、カシャ、というシャッター音が聞こえて、みはるは視線だけで音の方向を見た。どうやら誰かが気づいてくれた、、、、、、、らしい。写真を撮ったのは若い女の子のようだった。興奮した様子で手元のスマホを弄っていたから、そのままSNSに投稿してくれるようだ。願ったりの流れに、みはるは更に上機嫌になる。
     誰も気づいてくれなかったら、ヨリちゃんに頼んで自演をしてもらおうと思っていたから、SNSの撒き餌も、二人でいるところにも気づいてもらえたのは僥倖だった。
     エレベーターを待つ間、ヨリちゃんに「多分撮られた。拡散お願い♡」とメッセージアプリで連絡しておくと、すぐに「やれやれ」というスタンプが返ってきた。そうは言うものの、ちゃんと拡散に協力してくれるので、持つべきものは有能なお友達だ。
     多分、ヨリちゃんも最近のみはるの様子を心配してくれていたのだと思う。毎日同じことの繰り返しで、刺激を求めていたアイドルが、久しぶりに楽しいと思えるオモチャを見つけた。それを嬉々として話すみはるのことを、彼女は呆れながらも笑ってくれていた。
     エレベーターが到着すると、旭とみはるは二人で中に乗り込む。定員が少ないせいか、エレベーターはあまり広くは無かった。他に乗客もいなかったので、みはるはルンルンしながら旭に話しかける。
    「なんだかワクワクしませんか? 私、観覧車に乗るなんて久しぶりで」
     お腹も満たしたし、天気もいいし、火の粉もいい感じに舞ってるしでみはるはご機嫌だった。旭に向き合って顔を上げると、赤い瞳は不機嫌そうに歪む。
    「黙れ」
     そもそもここに連れて来られた時点で腹立たしいのに、何が楽しくて観覧車に乗らなければいけないのだ、と考えていそうな旭に、みはるはむうとくちびるをへの字にした。
    「せっかくのデートなんですから、もう少し楽しそうにしてくれてもいいのに」
     不満気に頬を膨らませれば、旭は信じがたい物を見るような顔でこちらに鋭い視線を向ける。
    「デートじゃねえ」
     無理矢理連れて来られて何がデートだ、とその目は語っていて、みはるはニコニコしながら口元を緩めた。
    「男女がふたりで出かけたら、それはもうデートでは?」
    「デートじゃねえ」
     くすくす笑いながら尋ねれば、旭は念を押すようにもう一度同じことを言う。多分旭はこういう場所に女の子と来たことなんて一度も無いだろう。だからこそ、少しでも思い出を作ってくれたら嬉しい。なんて、これから彼を奈落に突き落とそうと思っているみはるが言うのはお門違いだけれど。
     そうこうしているうちにエレベーターは五階まで辿りつき、観覧車はもう目の前だった。ゆっくりと動くゴンドラに乗り込む家族連れやカップルが見えている。
    「まずはチケットを買いましょう。私が誘ったので私が二人分払います」
     待機列のQラインの前にはアトラクションに乗るための券売機があり、列に並ぶ前に乗車券を購入する必要があるらしい。みはるは鞄から財布を出して、券売機に紙幣を吸い込ませる。二人分のチケットを購入しようと二人用のボタンを押そうとしたが、横からヌッと伸びて来た旭の指が一人用のボタンを押す。
    「あっ、」
    「借りは作らねえ」
     口早にそう言った旭は、自分の財布から紙幣を取り出しもう一台の券売機に吸い込ませた。ピッと操作するとすぐに乗車券が落ちてくる。みはるも乗車券を取り、待機列のほうに向かった。
     休日だったが、待機列はそこまで長くなかった。入口のところに看板が立っていて、列は二手に分かれているようだ。看板には「カラオケ観覧車」「通常観覧車」と書いてある。
    「カラオケ観覧車ですって、旭さん」
    「……ハア?」
     立ち止まった旭に声を掛けると、興味の無さそうな返事が返ってくる。観覧車のゴンドラの中にカラオケが入っていて、乗っている間カラオケができるというものらしい。
    「台数が少ないから、こっちのほうがたくさん並ぶみたいですけど、どっちにします?」
     カラオケができるのはゴンドラの中でも一部のものらしく、通常の観覧車のほうが待ち時間は短い、とも併記されていた。どちらにせよ列は短いので、あまり待ち時間は変わらなさそうだが。
    「くだらねえ……話するのに連れてきたんだろうが」
     旭は面倒くさそうに吐き捨ててさっさと通常の観覧車の列に並んでしまう。もともとの目的は「秘密の話」をするためなので間違いではないのだけれど、GYROAXIAのボーカリストの歌声をライブ以外で聞ける機会があるのならぜひ堪能したいと思ったのだ。
    「えー? せっかくなら旭さんの歌聞きたいです」
     旭はみはるの歌になど興味も無いだろうが、Sweet Berryの曲が歌えるかも確認しておきたい。やだやだと駄々を捏ねるみはるに、旭はチッと鋭く舌を打った。
    「……てめえ、変装させてんのに名前連呼するんじゃねえ」
     低い声はわずかにトーンが落ちていて、「アイドルと休日にアミューズメント施設にいる」というリスクの重大さを、彼も理解しているのだと思った。みはるは普段とは全く雰囲気の違う服装をして、変装用眼鏡とキャップも被っているし、旭もマスクとキャップを着けている。この黒いキャップが逆にペアルックのようでよりデートらしさを演出していることには、旭は気づいていないらしかった。
     変装をして来てほしいとお願いすれば、きっと帽子くらい被ってくるだろうなと思ったし、旭の普段のファッションを見ていれば黒いキャップだろうなというのは容易に予想ができたから、合わせるのは簡単だった。実際はデートじゃなかったとしても、恋人同士でなかったとしても、二人の姿を見た人間が「恋人同士なのかも」と思ってくれればそれでいい。
     何度も旭の名前を呼んだのも、彼が旭那由多だと周囲の人間に知らしめるためだった。先ほど撮られた写真がSNSに投稿されていることは確認したけれど、火の元は多いほうが良い。
    「あ、そうでした……うっかり」
     えへ、と笑いながら謝ると、旭は脱力するように肩を竦める。なにか企んでいることには警戒しているのに、熱愛報道で炎上させようとしているみはるの魂胆には考えが及んでいないのはまだまだ詰めが甘い。リーダーの里塚賢汰ならばみはるの悪意を敏感に感じ取ったかもしれないが、彼は今旭の傍にはいなかった。本当に、すべてみはるにとって都合がいい。
    「じゃあなんて呼べばいいですか? 那由多、だと余計バレちゃうし……なゆくん…? も近いし」
    「話しかけるな」
     頭の弱い女を演じながら言葉を続ければ、旭はギロリと鋭い目でこちらを睨む。低く、吐き捨てるような声は怒気を孕んでいた。だが、そんな風に脅されて怯む高坂みはるではない。
    「間を取って、あーくんにします?」
    「チッ」
     ぽんっと手を叩いて提案すると、まったく効いてないみはるに呆れたのか、旭は鋭く舌を打つ。自分でもどこの間を取っているのかわからないが、イラついているオモチャを見るのは心がスッと洗われるような気になった。
     もう何を言っても無駄だと察した旭は、みはるのことを無視してさっさと列を進んでしまう。待機列はすでに解消され、次に来るゴンドラがみはるたちの乗る番だった。
    「あっ、もう、勝手に行かないでくださいよぉ」
     みはるの制止も聞かずにスタスタと足早に進む旭は、スタッフに乗車券を渡しているところだった。
    「お二人様ですね。乗車券頂戴します」
     そう言われ、みはるも手にしていた乗車券を渡す。眼鏡とキャップのせいで高坂みはるであることはバレていないらしい。バレて騒ぎになるのは本意では無いが、誰かしらに旭那由多とここにいるということは印象付けておきたかった。
    「観覧車に乗る前に、お写真撮影してます。足元のマークのところに立ってくださいね」
     ゴンドラはまだゆっくりと動いているところだった。乗車口のゲートは閉ざされており、乗り場に行くことはできない。ゴンドラが来るまでの間、記念撮影をするのがここでのサービスらしい。よくよく見れば、観覧車から降りた人たちにスタッフが記念写真の購入を勧めている。遊園地のアトラクションでは割とありがちなサービスだ。デートや家族旅行の思い出に購入していく人もいるのだろう。
    「写真ですって、旭さん!」
    「あ゙?」
     スタッフに案内されるまま、みはるは足形のマークがあるところに立ってポーズを取った。旭は写真撮影など興味も無く、早くゴンドラに乗りたいようだったが、ゲートの安全柵はまだ閉ざされたままで、勝手に乗車口に行くわけにはいかない。さすがにスタッフに迷惑をかけてまで無茶なことをするつもりはなさそうだった。
    「にっこり笑ってくださ~い、もう少し近づいて!」
     レンズを向けられて、みはるはピースをしながらほほ笑むが、旭は声を掛けられてもカメラに見向きもしなかった。
    「はいっチーズ!」
     合図とともにパシャッとシャッター音が聞こえる。同時にゴンドラもようやく乗車口までやってきたのか、安全柵が開かれた。
    「お待たせしました、どうぞ」
     スタッフに案内され、旭は振り返ることもなくゴンドラに乗り込んでいく。その迷いのない足取りに、みはるはくすりとほほ笑んだ。このゴンドラの中でどんな話をされるのか、旭はまだ知らない。「秘密の話」につられてのこのこやってきて、本当に詰めが甘いですね。
     みはるの手のひらの上にいることも、その身体が少しずつ燃え始めていることも、旭那由多は気づいていない。
     ――さあ、はじめましょうか。旭さん
     この観覧車のゴンドラは、もう火の海に飲まれている。高坂みはるは翠玉の瞳を光らせて、ゴンドラに乗り込む哀れな生贄に笑みを浮かべた。




     ゆっくりと天に昇っていくゴンドラの中で、みはるは外の景色に目を向けていた。以前にも乗った観覧車だが、前は景色を見る時間も無かったから、純粋に楽しむのはこれが初めてだ。
    「見て見てとのちゃん! 晴れてて遠くまで見えるよ」
     反対側の席に腰を下ろした琴乃に声を掛ければ、琥珀色の瞳はつられてガラス窓から外を見下ろす。
    「うわ、本当だ……綺麗」
     二人とも高所恐怖症じゃなくて良かった。弥生は確か高いところがダメだった気がするので、観覧車に乗るのも嫌がるかもしれない。
    「降りたら写真も買おうね♡」
    「ええ? いいよ、こういうところのは高いし」
     えへ、と笑うと、向かい合う琴乃は割合冷静だった。自撮りはたくさん撮ったのでみはるのスマホフォルダにはオフモードの琴乃が保存されている。どうせ入口のところにいたカメラマンもアルバイトの素人だし、スマホで撮った写真でも変わらないだろう。
    「せっかくのデートなのに……」
     しょぼんと肩を落とせば、琴乃は苦笑しながらやれやれと息を吐く。
    「デートっていうか、ライブ前の時間潰しでしょ」
    「まあ、そうとも言うけど」
     今日はGYROAXIAのライブに琴乃と一緒に参加する予定で、後楽園に来ていた。仕事は午前中のダンスレッスンで終わりで、開場前の空いた時間にこの観覧車に乗っていたのだった。今回も界川がチケットを融通してくれたので、関係者席で見れることになっている。弥生も曙に誘われたらしいが、仕事が入っていて来られないという話だった。配信もあるから、後でアーカイブを見るわねと笑っていた。
    「曰くつきの場所でライブやるジャイロ、なかなか肝が据わってるよね」
     外の景色を眺めながら、琴乃はくすりと笑う。ドームの天井がメロンパンみたいだな、と思っていたらいきなりそんなことを言われてみはるはウッと息を詰まらせた。自分からあのときのことを琴乃に話したことは無かったから、いきなり言及されると対応に困る。
    「曰くつきって……そんな心霊現象みたいな」
    「じゃあ、鬼門?」
     意地が悪そうに笑われて、みはるはうぐ、と言葉を飲み込む。ジャイロというよりも、旭那由多にとっての鬼門というほうが正しいだろう。
    「もうあの報道のことはみんな水に流してるし、気にしてないからこそ、この会場なんじゃない?」
     実際、熱愛報道は真っ向から否定されていて、今はもう過去のデマとして扱われている。会場の手配には里塚も関わっているだろうけど、ここを選んだのは作為的なものではなく、単純にキャパや空き状況が加味されたのだと思う。それでも旭は今頃苦虫を嚙み潰しているかもしれないが。
    「本当のところ、みはるはどうだったの?」
    「どうだったって、何が?」
     ずい、と膝を詰めて顔を近づけてくる琴乃に、みはるはきょとんと首を傾げる。
    「旭那由多のこと、好きだったんじゃないの?」
     興味津々で聞いてくる琴乃は、少し面白がっているようにも見えた。ハアと息を吐いて肩を落とす。
    「ありえない」
    「ふーん?」
    「どう考えてもない、欠片もない」
     旭那由多に恋愛感情を向けることなど万に一つも無かった。彼はみはるの楽しいオモチャで、それ以上でもそれ以下でもない。それに、旭那由多はたったひとりにしか執着しない。みはるは勝てない戦いはしない主義だ。
    「そっか。まあみはるは前からタケちゃんのこと大好きだったもんね」
     ゆっくりと天上に辿り着き、あとは降下していくだけのゴンドラで、琴乃は楽しそうににっこりと笑った。勝てない戦いはしない主義だと言ったばかりなのに、既婚者子持ちの名前が出てくるのは絶対におかしい。
    「ちょっ そっちのほうが無い!!! 絶対ない!!」
     大体、あんなやつに恋愛の好きを向けるなんてありえない。いや、奥さんが奴を好きなのは知っているのでその気持ちを否定するつもりはないんだけど。
    「タケちゃん、元気かな」
     ぽつりとつぶやいた琴乃の言葉に、みはるはぎゅっと胸が締め付けられるような思いだった。
     スイベの子たちから、大事なマネージャー兼プロデューサーを奪ったのは高坂みはるというアイドルだった。みんなに慕われていた「タケちゃん」は、みはるのせいでいなくなった。
     どこにいるかは、調べれば多分すぐにわかる。でも本人はそれを望まないし、みはるは目標が叶うまではあの男には会わないと決めている。
    「まあ、どっかの田舎で農業やってるってことだけは聞いたけど」
     元日になると事務所に住所未記入の年賀状が届いて、それが生存確認の術になっている。彼も、彼の奥さんも、その子供も、みんなつつがなく暮らしているらしい。
    「すみれさんも、元気だといいね」
     相変わらず彼女は奴を尻に敷いているのだろうか。懐かしい名前を聞いて、みはるはぎゅっと目を閉じる。
    「……うん」
     会いたい気持ちが、無いわけじゃない。でも、私が輝けば、あんたは見つけてくれるんでしょ。
    〝高坂みはる〟は世界一のアイドルになるんだから。
     どこかで見ててよね、武蔵たけぞう


    了.
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works