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    DasonHen

    @DasonHen

    画像化すると長くなる文はここ
    あとたまにえっちな絵を描くとここ(報告はサークル内)

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    DasonHen

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    PPPが終わる前に好き勝手書きます
    PPP前にさめししがうっかりくっついていた世界線の話
    かっこわるいむらさめ先生

    木こりの心臓 閉ざされていたガラスのドアが開く。
     酸欠に霞む目を瞬かせ、新鮮な空気を取り込みに外へ出る。足がふらつく。綿を踏んで歩いているようだった。頭が痛む。耳鳴りの向こう、背後でどさりと人間の体が落ちる音がする。
     
    「アンビューバッグを持って来い!」
     私の声を聞いても尚ニヤニヤと笑う渋谷の隣で、天堂の担当行員が即座に後ろへ駆け出した。オーディエンスの拍手の中、司会者がゲームの結果を明るく伝えている。
     後ろを振り向く。腕を下敷きにして前のめりに倒れたため、頭部外傷はなさそうだ。意識は混濁しているがまだある。酸素濃度6%はもちろん危険な水準だが、一口吸っただけで人間が即死する濃度ではない。猶予は数分。
     まだ間に合う。
     
     ふらつきながらガラスの部屋を回り込む私の後ろから、穏やかで静かな声がかけられる。
    「彼等と話し足りなかったか?」
    「まさか」
     私は医者だ。急病人の診療は医師法により定められている。
     
     
     帰路は銀行が用意したタクシーを利用した。向かう先は自宅ではなく真経津の家だ。当たり前のように反対側から乗り込んできた天堂が、我が物顔で運転手に行き先を告げる。
     
    「ひとつの迷いが晴れればまた新たな迷いが生まれる。仔羊の生はままならないな」
    「やかましい」
     運転手の手が緊張に震えているのが見えた。銀行お抱えのタクシー会社の人間ではあるが、他人の口に戸は立てられない。無用なことを言うなと隣を睨みつければ、神父の顔をした狂人はにこりと笑い返してくる。
    「そう焦るな」
    「黙れ私は今忙しい」
     
     私は焦っていた。それは事実だ。一刻も早く、目的地へと辿り着きたかった。ポケットの中に入れていた携帯端末が震える。見れば、その目的の男から勝利を祝う簡潔な言葉が送られてきていた。試合の中継を見られていたということだ。
     前半でとんだ醜態を晒したが、そんなことはどうでも良い。彼は——獅子神は、そのようなことをとやかく言う人間ではない。
     
    『人間は小さな過ちの集合体だ。』
     まさしくその通りであった。図星が過ぎて苛立ちをも通り過ぎる。
     小さな過ちは大きなずれを呼ぶ。一つの大きな医療事故の背後には百の見逃されたインシデントがある。学生時代に幾度となく耳にして、そんなものを見逃すほどマヌケではないと自負していたというのに——なんと腹立たしい。
     
     目的の男の顔を思い出す。マヌケだがまだマシ、しかし危機感をすぐに忘れるマヌケ。己の怒りすらすぐに忘れ、しかし心の奥底では決して忘れられない不合理。わけのわからないもの。私がわからないものを、すでに身の内に飼っていて、苦しみながらもあるがままに呑み込んだ男。
     
     私が伸ばしたカルテ越しの人形の手を、あれはどうして取ったのだ。
     私はどうして、分かりもしないままにこの手を伸ばした。
     
    「…………」
    「悩むのは前に進んでいる証拠だ」
    「だから黙れと言っている」
     声に混じる苛立ちは隠さなかった。獅子神に言った言葉と同じ言葉を使うのは当てつけか。道化の如く踊る私を見下してでもいるのか。
     ——否、違う。私の罪悪感と焦燥感が、事実を誤認させている。天堂はゲーム中と同じように笑っている。神託などと偉そうに、ただ己の世界を。
     目に見えないものが今まさに、事実を真実に捻じ曲げる。だからこんなにも腹立たしい。腹立たしさを切り離すのではない、腹立たしいというのが現実なのだ。
     酸欠の後遺症で痛む頭に捩じ込まれる情報量に吐き気がしそうだ。
     
    『お前にもいつかわかる』
     分からない。分からないということを認識しただけでも前進だ。しかし私はまだ、その輪郭を掴めていない。掴めないままに、私は。
     
    『オレの可愛い妻と子どもたちだぞ』
     それが理由になるのが現実なのだ。合理的に考えればあり得ないその道を、選ばせる何かがそこにはあるのだ。
     
     私は彼のために自らの命を捨てようとは思っていない。最大多数の命を救う方法を選ぶのが医者のあるべき姿だからだ。
     だがしかし、例えば後遺症の残らない怪我であれば——それこそ電流のようなペナルティなら——
     外傷は?手は駄目だ。医者でいられなくなる。
     足であれば?大学病院は貧乏だ。一人のために補助具など買えない。立って手術ができない外科医などお払い箱になって終わりだ。
     立って、手が動かせて、寿命が縮まない、生活に大きな支障が出ない範囲であれば、あるいは?
     
     あり得ない仮定の話だ。その時がきても、おそらく私はその道を選ばない。それくらいの理性はある。兄貴のそれとは比べ物にならない。訳がわからないそれ。我々の形はどこが異なっているのだろう。そもそも同じものではないのではないか?「わけがわからない」ものは、ありとあらゆる形で現実に溢れていると私はとうに知っている。
     目に見えないそれは確かにここにあるのに、見えないから定量することができない。
     だが、それはやはり、私がどれだけ否定しようと確かに存在していた。
     
     距離を狭めることに嫌悪感を抱かず、あまつさえ自ら連絡を取ったのは必要だったからではない。
     自分で買えば食べられるものを、わざわざ見えるように冷蔵庫から漁ったのは空腹に耐えかねたからではない。
     自分でも論拠が弱いと思いながら、買い出しについて行ったのは本当に遺体袋と一緒にいたくなかったからではない。
     なにより、必要などないというのに、深い関係をわざわざ結んだのは。
     最初からすべて、そこにあったではないか。
     
     訳の分からないものを無視して、知らずに取った手は未だ繋がれたままであるはずだ。しかし、そこに盛り込まれなければならなかった条件を見落として出した検定結果に意味などない。ブリキの木こりの胸が空洞であることを前提に繋がれた手に、介助以外に何の意味があるだろうか。
     ああくそ。
    「何故こんなに道が混んでいる!」
    「日曜の夕方だからだな」
     
     タクシーが目的の家に到着する。次鋒戦がいつになるかは我々に知らされていない。時間がなかった。後ろでゆったりと車を降りる神父を置いて、見慣れた玄関へと急ぐ。
     
     
    「いや……コイツら全員村雨はオレにベタ惚れだなんだってすげー揶揄ってくるし……オメーが何かする度に後から解説してきてたし……いや最初はぜんぜん信じてなかったんだぜ?オメーの言った通りさぁ、必要だし理に適ってるからって理由だけだって。でも何回も言われるとオレもちょっとその気になるっつーか……行動から心理を読み解く練習って言われて……そう思って見てるとなんか……うん……好、かれて……んなぁ……くらいは?思っちまってたっつーか……むしろそんな……なんでそんな……好きでいてくれんだろーなとか思ってたくらい……なんだけど……」
     頬や耳を赤く染めて、マシなマヌケの——私のわけがわからないことそのものである男が、随分と気まずげな顔をしている。
     
     落ち着け。慌てるな。感情を切り離し冷静に——いや、それではいけない。それではこの「何か」を私は診察することができない。感情がある。私にもこの男にも。それが意志を生み出し、行動につながる。
     私が——歩調を合わせるのが面倒だからと繋いだ手も、食事を自分で用意するのが面倒だからと彼の家に押しかけたことも、自宅の方が職場に近いというのに「帰るのが面倒くさい」と彼の家に何度も泊まったことも、その上で「交際関係にあるのだから」などと言って体を重ねたこともすべて——分かっていなかったそれを、周りのマヌケ共はともかくとして獅子神までも。
     
     ブリキの木こりの涙は本人からは見えないけれど、臆病なライオンやドロシーからは見えていました。彼らが自分で持っていないと思っていたものは、彼ら自身がもうすでに持っていたのです。
     
     なんとつまらなくあっけない、使い古された物語の幕引きだろうか。
     
     目の前の光景にノイズが走る。頭が痛い。嘔気もある。酸欠の影響だろうか。違う。額や背中に冷や汗をかいている。迷走神経反射が起こっている。羞恥によるストレスのあまり。
     ふらつく私の体を、もう触れることに慣れた腕が支えているのが分かる。その手はひどく震えていて、それは彼が自分から他人に接触することに慣れていないからだ。さらにそれは彼の生い立ちに起因する。そこまでは見るだけで診察できる。しかしまだ分からない。私が見ようとしていなかったものの中に、見落としてはならなかった彼の心が絶対にあったはずだ。
     それでも彼が私に手を伸ばしたのは。
     
    「……今日は泊まって行っても構わないか」
    「え、ど、どうぞ……?」
     
     とりあえず、向こうでニヤニヤ笑っているマヌケ共の記憶は、前頭葉あたりを殴ることで消去できないだろうか。
     
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