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    kasumi0x0roku

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    #カヴェアル
    Kavetham

    この人生で唯一の、「アルハイゼン、君は後悔ってやつをしたことがあるかい」
    「…――君は後悔ばかりの人生でも歩んでいるのか? 俺は違うが」
    「君ってやつは! まったくいつもいつもそう……!」
     唸るような声のしたほうへ、アルハイゼンは一瞥もくれずに返してぱらり、と読みかけの本のページをめくる。
     しかし、聞き慣れた、聞き飽きた応えが今日に限っては返らない。投げては打ち返し、打ち返してはまた投げる。なぜだかいつの間にか馴染みの光景になりつつある、かつては静寂に満たされていた自宅リビングでの騒がしいやり取りが途切れてはあ、とアルハイゼンはため息を吐いた。まだ、本から顔は上げない。ただ、先ほどまでページをめくっていた手がつい、と宙を行く。書記官、という肩書から連想するにはいささか武骨な指先はそのままテーブルの天板へと降り立って、汗をかいた、透明のグラスを真正面へと押しやった。
     まっすぐに滑る、グラスはじきにアルハイゼンの向かいに組まれた両手の指にぶつかって、止まる。
     白く長い、指だ。薬指にはペンだこが目立つが、およそ木槌を振り上げ夜な夜な模型を破壊し、両手剣を振り回すようには見えない芸術家の手だ。のろのろと組まれていた指が解かれ、グラスを包み込む。こちらへ向いていたつむじがのそりと動いて、金色の髪が揺れた。そうしてようやっとアルハイゼンを映したカーヴェの双眸にはいつものような生気はない。もっとも、アルハイゼンはこれっぽっちもカーヴェのほうなど目もくれずに再び、手元のページを繰るだけである。
    「僕は、」ぐいっと一息にグラスの水を煽って、カーヴェが口を開いた。けして酒に強いわけではないのに、けして酒癖がいいわけでもないのに、夕べもこんなふうに飲んでいたのだろうか。「君が思うほど後悔の多い人生は送っていない」
    「それは、そうだろうな」
     返すアルハイゼンの相槌に、ゆる、とカーヴェが瞬いてほんの少し、瞳に生気が戻る。
     気まぐれにちら、と本から顔を上げてみれば一体どうした。そんなふうに心底驚いたように見開かれた赤い眼がこちらを凝視していた。カーヴェは瞬きも、二日酔いさえも忘れて、そのまま呼吸まで忘れてしまいそうな表情をしてアルハイゼンを見つめていた。
    「明日はキノコンでも降ってくるのか、君が僕を褒めるなんて」
    「今のが褒め言葉に聞こえるとは、君はお人好しどころか随分と自己肯定感が高いと見える」
     カーヴェがぐぬ、と唸るだけの応えをする。
     実際のところ、アルハイゼンは褒めたつもりなど毛頭なかった。
     ただ、誰かが困っていればそれが動物であれ人であれ、たとえどんな悪党であっても慈悲を向けずにはいられない。金で、労力で、才能で、ともすればいつかそれによって命を落とす可能性があろうとも、愚直なまでに他人を助けることを厭わない。
     博愛主義の塊のような彼ならば、しない後悔よりもした後悔を選ぶことをアルハイゼンは知っていた。後から悔やむから、後悔。なればカーヴェという人物は、後にも先にも「今」悔やみながら選択し、生きていく。
     そういうカーヴェであるから、果たして彼が自らの行いの後に思うことは後悔ではないのではないか。そんな、愚にもつかない屁理屈を内心でだけ、アルハイゼンは述べておく。
    「それで」
     アルハイゼンがまた手元へと視線を落とそうとする。一挙手一投足から目を逸らさないカーヴェがじきに、口を開いた。
    「それで?」
    「君は僕の質問にまだ、答えていない」
     即ち、後悔をしたことがあるか。およそ後悔とは無縁に見えるアルハイゼンにする質問か、とこの場に既知の大マハマトラかレンジャー長がいれば突っ込みの一つもあったかもしれない。だが、ここにいるのはカーヴェとアルハイゼン、二人きりであった。
     ふむ、とアルハイゼンは緩やかに首を傾ぐ。
     ぱたん、と静かに本を閉じてカーヴェへと向き直るからなぜか、カーヴェがたじろいだ。
    「生憎と、俺は後悔をするような人生は送っていないな」
    「だろうなーー」
     人と話をする時には、人の言葉を遮っては駄目ですよ。とアルハイゼンに教えたのは、亡くなった祖母であったか。しかし彼は、カーヴェの相槌に「それでもあえて、と言うのなら」と重ねて続けた。
    「金と酒にだらしなく、どうしようもないほど博愛主義で、だが、少なくともこのスメールでは一番の建築デザイナー。あまりにも理解のしがたいこの男を愛してしまったことだけは、確かに、そうだな」
     手にした本を、テーブルの上に置く。
     そのまま天板へ乗せた手に体重をかけて腰を上げたアルハイゼンの顔が、カーヴェのほうへと近づいていく。切れ長の、吊り上がった赤い瞳。砂漠に出てもなお白い肌と、淡い金の髪。きっと母親似だろうと想像する顔立ちが、ふとした時に精悍なそれに変わることをアルハイゼンは、知っていた。
     薄く開かれたままの唇に、触れるだけ、口づけた。
    「俺の人生において唯一の、後悔かもしれない」
    「……は、君、本当に……君って奴は素直じゃないな!」
     すぐに離れて、また元の通りに腰を下ろす。
     まるで氷元素に当てられていたみたいに固まっていたカーヴェが、一周回ってその言葉の意味を理解した。がたんっ、と今度は彼のほうが立ち上がって、ああ。
     期待通りのセリフが返ってきたものだから、アルハイゼンはほとんど彼にしかわからない、淡い笑みを口元に浮かべてまた、本へと手を伸ばすのだった。
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