side:D
「イザークー?」
演習が終わり少し他のヤツと雑談しているうちに、気付いたらイザークがいなかった。
別に約束しているわけではないが、いつも一緒に行動しているから、傍にいないとつい探してしまう。
今日はアスランとバチバチすることもなく終わったし、平和に帰れると思ったのに。
「あれー、さっきまでいたよなぁ」
手持ち無沙汰で襟足に触れ、近くにいたニコルに聞いてみる。
「イザークですか?そういえばさっきふらふら〜っと出て行った気がします」
「そっか」
「一人で先に行くの珍しいなぁと思って。いつもはディアッカと一緒なのに」
「んー、さんきゅ。とりあえず部屋戻ってみるわ。もしイザークと行き違ったら伝えといて」
「わかりました!」
ニコルに笑顔で見送られ、アカデミーのイザークとの相部屋に戻る。
「え、?」
そこには、初めて見る光景。
「…イザーク?」
床に散らばる脱ぎ捨てられた制服。
インナー姿で倒れ込むようにベッドに突っ伏す姿。
そもそも何か(主にアスラン絡みで)気に入らないことがあると、部屋の物に当たり散らかすイザークだが、変なところで育ちの良さが出るから服を脱ぎ捨ててそのままにしておくなんてことはない。
体調でも悪いのかと一瞬焦って近付くと、穏やかな寝息が聞こえてホッとする。
アカデミーに入学した当初、こんな硬いベッドを見たこともなかったイザークは、なかなか寝付けなくて深夜に何度も寝返りを打っていた。
それが今やこの熟睡っぷりである。
「イーザ」
枕に半分以上埋めていてもわかる綺麗な顔。
そっと手を伸ばして頰にかかる銀髪を避けても起きない。
「疲れてんだなぁ」
離れていたほんの短時間でこの寝落ちである。このまま寝かしておいてやりたい気もするが、食事の前にシャワーもしたいだろうし、何より、ここは俺のベッドである。
「イザーク、」
むにむにと柔らかさの残ると頬をつまむと、ぎゅうと眉を顰めてむずがる。
「イザ、起きて、飯行く前にシャワーするだろ?」
「んん、でぃ、あ、?」
「それにここ、俺のベッドだぜ」
「…!」
不意に湧いた悪戯心で耳元で囁くと、急に覚醒したイザークが真っ赤になって飛び起きる。
「どしたの顔真っ赤、具合悪い?」
「いや、だいじょうぶだ」
「そ?」
「あぁ、すまない」
「どっちのベッドがわかんなくなるくらい疲れてた?」
「や、」
チラリと時計を見ると、まだ夕食まで余裕がある。なんとなくまだ、この時間を手放したくなくて。
「じゃ、もう少し寝よっか」
「は?おい!」
「俺もちょっとお疲れだから、一緒に寝よ」
せっかく起き上がったイザークを再びベッドに押し倒して捕まえる。
「ディアッカ!?」
「イザークは大人しく抱き枕になってて」
「貴様、やめ、」
「やめない」
首筋に顔を埋め、イザークの匂いだなぁ、なんて当たり前の感想を浮かべながら抱き抱える。
「いやじゃないだろ、?」
「…大した自信だな」
言葉とは裏腹に、背後から覗き込むと、力を抜いて腕の中におさまったイザークが目を閉じる。
「伊達にイザークの相棒してませんから」
「…そうだな…」
すう、と再びイザークが眠りに落ちる。
頬は、赤いままだった。
俺たちはそのまま、夕食に来ないことを心配したニコルが呼びに来るまで、そうしていた。
side:Y
気付いたのは、いつだろう。
アカデミーに入学した当初、慣れない共同生活、人間関係、その他諸々に、疲れているのになかなか寝付けなかった俺は、実家の半分もない硬いベッドで何度も寝返りを打っていた。
同室のディアッカは、優しいのかただのお人好しなのか、もぞもぞとうるさかったであろう俺に、文句を言うでもなく「眠れないのか?」と声を掛けた。
そのうち、硬いから寝れないんじゃないかと俺のなけなしのマットをひっぺがし自分の寝台に重ねて、これで少しはふかふかになるんじゃね?なんて言い出した。
馬鹿者、これじゃ狭いだろ!と文句を言っても、しまいには、人肌ってよく眠れるからと訳のわからないことを言って俺を丸め込み、狭いベッドで二人で眠った。
そうしないと俺のベッドにはマットがないただの板だから仕方ない、と距離感の麻痺し始めていた俺はディアッカのベッドで共に寝ていた。確かに背中越しに感じる温もりは、ありがたいことに眠りを誘った。
しかしそれも最初の頃だけで、そのうちそれなりに寝られるようになった俺は、ディアッカがいない隙に自分のマットを奪還し、一人で広々?眠るようになった。
ディアッカは、親離れってこういうことかな、とか相変わらずふざけたことを言っていた。誰が親だ。
「貴様は誰にでもそうなのか」
「んーん、いつもは男にはこんなことしないよ、でもイザークだったらいいかなって。イザークだって眠れるようになったでしょ?」
「それは、まぁ、感謝している」
「またいつでもどうぞ」
「するか!」
エザリア・ジュールの息子、生まれた時からそう呼ばれて生きてきた俺は、母上が最高評議会の議員になってから、ほんの少しの窮屈さが更に増して行った。
アカデミーに入ってもどうせそれは変わらないのだろうと諦めかけていた時に出逢ったのが、ディアッカだった。
エルスマン家の息子として生きてきたディアッカは、俺に対して何の遠慮もなかった。他にも同じような境遇の人間は何人もいて、俺はようやく息がしやすくなった気がした。
だからといって同じベッドで寝るのはどうなんだろうと我に返った俺は、ディアッカからマットを取り返したわけだが、何故かツキリと胸が痛んだ。
その感情を、俺は知らない。
アカデミーのほんの少しの休暇を利用して実家に帰った時、母上の大歓迎を受け、夜はふかふかの大きなベッドでひとり眠った。
おそらく高級な類であろうそれは、俺を柔らかく包み込んでくれるのに、どこか物足りなさを感じて。
アカデミーの寮の硬い寝台の方が眠れるなんてどうかしている。
そうやって俺も軍の人間になっていくんだろうか。
足りないものには、まだ気付いていなかった。
ひとりで寝るようになってひと月ほどが過ぎた。
何故か最近眠りが浅い。
その日の演習を終え、疲労と睡眠不足が限界を超えている気がして、ディアッカが他の人間と話しているのに少し苛立ちながら、さっさと自分たちの部屋に戻った。
今なら眠れる気がする、とふらふらと制服を脱ぎながらベッドに上がると、枕に突っ伏した。
ほんのりとディアッカの匂いがした。
あぁやはり落ち着くな、と同時に意識を手放した。
頰に触れる手。
幼い頃の記憶の母上ではない、硬く骨張った指。
摘まれてぎゅうと眉を寄せる。
何だ、せっかく久しぶりに安心して眠れたのに。邪魔をしないでくれ。
不意に何かが近付き、その心地良い匂いが濃くなる。
「ここ、俺のベッドだぜ」
囁かれ、寝起きの頭が一気に覚醒する。
その耳触りのいい声色に頬が熱くなって。
どうやらディアッカのベッドで寝てしまったらしい、通りでディアッカの匂いがするはずだ、その時点で気付け。
がばっと起き上がると、おっと、とディアッカが避ける。頭突きをしなくてよかった。
そして少しだけ気付く。
自分がディアッカを無意識に必要としていることに。
いやこれは最初の頃の習慣のせいだと言い訳し、何故かディアッカのベッドに逆戻りさせられた俺は、そのまま抱き込まれて寝てしまった。
入学してすぐの頃より、少し硬く逞しくなったディアッカの腕が巻き付く。
あぁ、足りないのは、これだったのか。
夕食の誘いに来たニコルに見られるまで、あと数十分。
卒業まで、あと数ヶ月。
俺たちはいつまで、このままでいられる?