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    fuji6ra

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    fuji6ra

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    三松お焚き上げ 同大IF三松 体育教師×俳優を書きたかった

    無題1大学でもバスケをつづけて、このまま実業団に入るかプロになるか、そのどちらかだと自分でも勝手にそう思っていた。
    けれど、まさかこの自分が。手術後、医者から言われた「趣味程度にはできるかもしれませんが、プロは、厳しいかもしれませんね」という言葉。怪我の痛みよりも、その言葉のほうがずっと鋭く松本の胸を切り裂いた。
    松本にとって、人生のほとんどがバスケットボールだったといっても過言ではない。幼い頃から始めて、努力すればするほど実力もついて、身長にも恵まれた。そして、あの最強と謳われた山王工業にスカウトされ入学。
    そして、大学もいくつかのバスケットの強豪校にスカウトされ、入学。そこらのバスケット部員からすれば、エリートと言われる進路だったと思う。苦しくも、楽しいバスケット人生だった。この先も、そうやって生きていくのだと思っていた。
    それなのに、それが突如として断たれたのだ。松本は病室でぼんやりと天井を見上げて、バスケに関して高校入学以来、一度も流したことのなかった涙がひとすじ、頬を伝うのを感じた。



    「よお、見舞いに来たぜ」
    「……声がでかい」

    普通のしゃべり声ですら大きいのはある意味才能だ、と松本は無遠慮にベッド横のスツールに腰掛ける男を見た。
    この男はかつて高校時代に辛酸を舐めさせられ、松本個人に強烈なイメージを残した男――三井寿である。三井との出会いは大学の入学式だった。
    松本はバスケ部にスカウトされての入学だったため、春休み中から練習に参加しており、部活の知り合いが何人かいた。だから、入学式も同じくスカウトで入部してきたバスケ部員たちと参加していたのだが、そこに「なぁ」と話しかけてくる男がいた。
    誰だ、と振り返ると妙に見覚えがある、というよりも忘れられない顔の男がそこにはいて、飄々と「おまえらバスケ部? オレもバスケ部入るから、よろしく!」と声をかけてきたのだ。

    「おまえらもう知り合いってことはスカウト? 推薦組? オレも推薦狙ってたんだけど、内申点っつーの? それがダメとか言われてさあ、結局一般入学よ」

    よくしゃべるやつだな、と思っていたが、試合中でなくてもそうだとは思わなかった。呆然としている松本以外の部員たちは親しげで、懐っこい態度の男に早々に心を許した様子で話をしていた。
    三井はパッと松本に目を向けると「あ!」と大きな声を上げた。

    「山王の六番!」

    覚えていたのか、というのが最初の感想だった。煮え湯を飲まされた記憶が蘇り、どういう対応をすればいいのか目を泳がせれば「オレのこと覚えてるか?」となぜか嬉しそうに肩を組んできた。
    近い……、とやや引きながら、忘れるわけないだろ、という台詞は飲み込んで「覚えてる……」とどうにか返事をした。

    「三井寿……」
    「名前覚えててくれたのかよ!」

    いや、おまえがずっとオレの名前を言ってみろって……、というのも飲み込んで、松本は「まさかこんなところで会うとはな」とぎこちなさは隠さないで微笑んでみせた。

    「今度はチームメイトだな! いやー、おまえバスケうめーし一緒にバスケできるの嬉しいわ。それにマジ誰も知り合いいねえと思ってたから心強いぜ」

    知り合い……、と松本はその距離の詰め方にやや怯みながらも「ああ……」と頷いたのだった。
    ――あのときはこいつと絶対仲良くなるもんかって思ってたな……。
    その出会いがもう三年も前になるのだから時間が経つのは早いものだ。松本はかたわらでべらべらと部活のことやら授業のことやらを話す三井を見ながら、ふっと口角を緩めた。
    松本の微笑を目ざとく見止めた三井は「何笑ってんだよ」と口を尖らせて、大げさに身振り手振りを加えていた手を膝に置いた。

    「別に? おまえとこんなふうに仲良くなるなんて三年前の自分に言っても信じないだろうなと思って」

    素直に白状すれば、三井は「はあ?」とこれまた大げさに眉を顰めて「オレは最初っからオマエと仲良くなれると思ってたぜ?」と言った。

    「おまえは人懐っこいから」
    「ひとを犬みてえに言うんじゃねーよ」

    ぱち、と指で甘く額をはじかれた。これまでにも食らったことがあるデコピンはもっと痛かった。けれど今の優しすぎるそれにはおそらく松本の現状に対する確かな愛情と憐憫があった。
    三井はふう、と小さく息を吐くと「……今日、最後の診察だったんだろ」とこちらの目を見ずに言った。三井も怪我に苦しんだ過去があると聞いたことがあった。だから、松本が今抱えている感情に共感できる部分も多いのだろう。
    松本はしおらしい三井の横顔を見てから目を伏せて「ああ。やっぱり、だめみたいだ」と端的に答えた。

    「何度も聞いてみたけど、結果は変わらないよ。まあでも、リハビリすれば遊び程度にはできるらしいから、遊びには付き合ってくれよ」

    わざと明るい口調で答えると、三井がゆっくりとこちらに視線を向けた気配を感じた。つられて松本が顔を上げれば、まっすぐにこちらを見る三井の強い瞳と目が合った。

    「バスケがなくても、松本は松本だし、オレの大事なダチなのは変わらねーから。それに、オマエのバスケはオレが覚えてるから」
    「……おまえに慰められると余計情けなくなってきた」
    「なんでだよ。またオレの黒歴史で慰めたほうがいいか? 差し歯の話するか?」
    「いいよ、いい、いらない!」

    憎まれ口を叩かないとまた泣いてしまいそうだった。他のバスケ部の友人や後輩たちも皆同様に慰めや激励の言葉をくれたけれど、この男の言葉は妙に心の深い場所へ沈み込んでいくのだ。
    笑いながら目尻に涙が滲んだ。三井はくすくすと笑っている松本を呆れたように見てから「でも、すぐ部活来なくなるのやめろよ」と言った。

    「バスケから離れても、バスケのこと嫌いにはなれねーからな」
    「経験者は語る、か」
    「うるせー」



    三井はそう言ったけれど、練習に参加できる見込みはないのにずっと見学しているのはそれなりにつらいものがあって、松本が部活に顔を出す頻度は激減した。
    その代わり、空いた時間を勉強やこれから来る就活の準備に当てていた。今まではバスケ、というカードがあったけれど今の松本にはそれがないのだ。だから、それ以外の強みを身に着けないといけない。
    松本はそう考えて積極的に大学の教授らに話を聞いたり、OB訪問の依頼をしたりしていた。部活に顔を出さなくなった松本を、三井は不安に思っていたらしいがそんなふうに時間を使っていることを知って「真面目なヤツはサボるってことはしねーんだな」と感心しているのか馬鹿にしているのかわからない言葉で松本を評した。
    そんなある日のことだった。ゼミの教授から紹介された先輩にアポイントを取り、喫茶店で話を聞いた帰り、駅前を歩いていると突然「すみません、」とすれ違いざまに声をかけられた。

    「はい?」

    声をかけてきたのはスーツ姿の男性で、にこやかな笑顔を浮かべながら何やら名刺を取り出すしぐさをした。

    「突然なんですけど、今ってどこか事務所入られてたりしますか?」
    「え? 事務所?」

    道でも聞かれるのかと思っていたので、想定していなかった問いかけに驚いてただ鸚鵡返しをすると、男は名刺を差し出して「私、芸能事務所の者なんですが」ときた。
    芸能事務所なんてこれまでの人生一度たりとも脳を掠めたことのない単語だ。松本は首を傾げながら「ええっと……」と宙に浮いたままの名刺に視線を落とした。

    「遠くからでもスタイルの良さがわかったんですよね。近くに来たら顔も整ってるし、モデルか何かされてるのかと」
    「いえ、自分はバスケしか……」
    「バスケットされてるんですね! だから背が高いんだ」

    男は持田と名乗って、松本があまりそういうのは、と固辞しようとしても「ぜひ一度考えてくれないか」「身長もあるし、モデル分野もうちは強いから」とやけに食い下がり、名刺をつかまされてしまった。

    「あやしいのはわかってますから。見たところ就活生? のようですし、よく検討していただいてからでいいのでご連絡をください」

    最後はどうにかそうやってまとまり、おそらく十分以上は駅前で足止めを食らっていたと思う。そのあいだも通行人にはちらほら見られ、スカウト? こんなところであるんだ、なんて声も聞こえてきて居た堪れなかった。
    青天の霹靂のようにやってきた非日常な一瞬は、松本の心に動揺を与えるのには充分すぎるほどだった。ただ、なんとなく一人で抱え込むには大ごとだったので今現在一番頻繁に連絡を取っている相手である三井に『これ見て。今日声かけられた』と名刺を写真に撮ってメッセージを送った。
    誰かに共有したかっただけなので、送るだけ送って満足する。それよりも今日のOB訪問で得た情報をまとめるのが先決だ。
    そう思って作業をしていると、ピコン、ピコンピコンっと立て続けに端末が通知音を鳴らした。見ると、三井からの返信で『いま見た。すごいな』『待て』『今何気に話したらなんかすげー大手らしいぞ!』と短文があり、驚いているあいだにも松本でも知っている女優や俳優の名前とともに『この人たちがいるらしい』『一度事務所行けって』と怒涛のごとく送られてきた。
    おそらく、三井はこの松本からのメッセージを部活仲間と見ているらしい。ピコピコと松本の端末はうるさくメッセージの受信を告げて、それらはすべて『サインもらってきて』だの『俺たち友達だよな?』というようなもので、情報の回る早さに松本は「あいつに言うんじゃなかった……」と額を押さえた。
    松本はやや苛立ちつつ三井に『別に、就活で忙しい』と返信すると、今度は三井ではない、他の部活仲間から電話がかかってきた。

    『松本ぉ~~~~ッ! 絶対絶対スカウト受けろ!』
    「なんでだよ。というかそもそもなんでおまえが知ってんだよ」
    『隣で三井が、なんか松本が芸能事務所から声かけられたらしーってのほほんと言ってるからよー』
    「想像通りすぎて何も言えねーわ」
    『えー、つーかさ冗談抜きでマジで一回話聞いてみればいいじゃん。松本イケメンだしワンチャンあるっしょ』

    ――バスケだけじゃないんだしさ、人生。
    そう言った同級生の言葉がごうん、と頭に響いて松本は何も言えなくなってしまった。かたわらから三井の声で「おまえっ、適当なこと言うんじゃねえバカ! アイツがどんな思いで……っ」と怒鳴る声がして、唐突に通話が切れた。
    きっと、三井は松本がたった今受けた衝撃を理解してくれていたに違いなかった。松本は携帯を放り出し、ぼんやりと天井を見上げた。
    目の前の机に広がるノートは、現実を見ないためのささやかな抵抗の証だった。しかし今、まさに目をそらしていた問題をほじくり返された心地で、松本は誰に言うでもなく「ンな簡単なもんじゃねえんだよ、おれには」と小さく呟いた。



    『それが今、モデルや俳優として活躍するきっかけなんですね』
    『そうですね。当時はバスケができなくなってこれからどうしたらいいのか何もかも手探りだったので、むしろあのとき気楽に言ってくれた同級生には感謝かもしれません』
    「……おい、オレじゃなくてアイツに感謝すんのかよ」

    スタジオにゲストを迎え、人生のターニングポイントについて話すというトーク番組を発泡酒片手にじとーっと見ていた三井がうらめしげに言った。
    ゲストとして写っているのは松本自身で、今現在松本はモデルもしながら俳優としてデビューをした、今後の活躍が期待される若手俳優枠なのだ。
    松本は、テレビの前であぐらをかいてこちらを振り仰ぐ三井を呆れ半分に見つめて「スカウト受けろって言ってくれたのはアイツだし」と言い返した。

    「はあ~? それまでのメソメソ稔くんを慰めてやってたのはオレなんですけど~?」
    「メソメソしてない」
    「いーや、してたね。だから気持ちのわかるオレが寄り添ってやって、んで、今もこうして……」
    「してないし、下心ありきで寄り添ってたのかよ。というか、おまえ、明日仕事だろ、朝練あるとか言ってなかったか? 寝なくて良いのか?」
    「下心は半々だ」
    「聞かなきゃよかったな」

    三井は神奈川県内の高校で体育教師をしており、男子バスケットボール部の顧問兼コーチを務めている。
    そして、都内のマンションで松本とともに暮らしている。二人でこうして住むようになるまでにも色々とあったのだが、端折って言えばあの電話のあと三井が松本のところへ押しかけてきて「自分を一番に考えてほしい」「オレはオマエがしんどい顔してるのを見たくない」「オマエが笑える道に進んでほしい」「オレがオマエを笑顔にさせてやる」などと捲し立て、最後には「黙ってるつもりだったけどオレはオマエが好きだ」と来たのだ。
    勢いに流されたといえばそこまでなのだけれど、そこまで真っ直ぐな好意をぶつけられたのが初めてで、さらに言えば松本も三井のことはいいなと思っていた。自分自身、どちらかといえば異性よりも同性に惹かれる性質なのは気づいていた。しかし、だいたい好きになるのは年上の男性だったし、三井なんていかにも健康的な男性そのものだったからそんな気があるなんて思いもしなかった。
    だから、お互い好奇心の強い二人だったし物は試しにと交際を始めて、結局同棲する現在にまで至ってしまった。キスをすれば冷めるかも、から、セックスをすれば冷めるかも、になって、けれど冷めないままここまで来てしまったというわけである。

    「松本ぉ、なんか最近冷たくない? ずっとおまえのこと支え続けてきた彼氏だぜ?」
    「支えられてたときはまだ友達だった」
    「それも含めてって話だよ。なあ、松本」



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