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    あやま

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    あやま

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    途中まで書いて放置している小説の供養 珈琲店のオスカー×シノワズリフェイスのオスフェイ

    酔芙蓉「新しい従業員、ですか?」

     予想外の言葉に、思わずそのまま聞き返してしまう。オスカーはアンティークのグラスを磨く手は止めないまま、自身と並んでカウンターに立つ男ーーヴィクターの言葉を待った。

    「ええ、週明けから働いてもらう予定です。オスカーはレオナルド・ライトをご存知ですか?」
    「はい、多少は……」

     どうにも本筋の見えない話に返答も曖昧なものになる。レオナルド・ライトといえば、この一帯を代表するカンパニーのひとつ、ライトニング社の社長だ。一般的に組織の代表まで世間に広く知られていることはそう多くないだろうが、レオナルド・ライトは役職に驕らず自らの足で事業を広げる気質と、その見目の良さから常に世間の注目を集めていて、オスカーでも存在を知っていた。しかし、新しい従業員を採ることとそれがどう関係するのか。

    「実は、レオナルド・ライトから、息子に社会勉強のためアルバイトをさせたいと頼まれまして。私が直接依頼されたわけではないので、正確には彼に働き口の紹介を頼まれた知人が私に話を持ち込んだ、ということになりますが」
    「な、なるほど」
    「店を回すのは私とオスカーで事足りていますが、ちょうど別件で人手が欲しかったところでして。詳細はまたお伝えします」

     淡々と経緯を述べる間も、ヴィクターはドリッパーに湯を注ぎ続けている。暫く様子を伺ってみたが、それ以上新たな話題が出ることはなかった。ヴィクターにとってこの話は連絡や報告というより、片手間の雑談だったのかもしれない。二人の間には沈黙が流れるが、あえてオスカーから話題を振るようなこともしない。この沈黙が気まずさのような種類のものではないからだ。互いの気質的に無言の時間は苦ではなく、気を遣わなくて良いのはオスカーにとってもありがたかった。
     街はつい先日雨季に入ったばかりで、今日も朝から予報通り雨が降り続いている。音楽もかかっていない店内には雨音だけが響いていた。ここで働くようになりもうすぐ2年になるが、 店内に客がいる時の方が少ないくらいで、珈琲店としての業務を何もする事なく1日が終わるのも珍しくない。チャイナタウンの細い路地の先に佇む小さな店の限られた席に座るのはヴィクターの知人がほとんどで、稀に興味本意で迷い込む客がいるくらいだった。ヴィクターには"本業"があり、趣味の範囲であるこの珈琲店には利益を求めていないらしい。いま彼が淹れているコーヒーも、自分が作業の間に飲むためのものだろう。こういう時はオスカーの分も用意されるのが常なので、今日もありがたく頂くことにしよう。
     落ち着いた店内には、いつも穏やかな空気とコーヒーの匂いが立ち込めている。幼い頃からこの匂いは好きだったが、嗅ぎ慣れたいまでもオスカーの心を満たし安心させた。それは、自分のなかで昔も今も"変わっていない"という地続きの感覚が、自分を支えるものとなっているからかもしれない。

     オスカーには過去の記憶の一部がない。物心ついた時にはストリートチルドレンとして生活をし、17の時に己の主人であるブラッド・ビームスに拾われ、ビームス家に奉公人として迎えられることとなった。そこで、記憶は途切れる。次に思い出せるのは、切迫した表情でオスカーの名前を呼ぶブラッドの顔。オスカーの身に何が起きたのかブラッドは多く語らなかったが、己の身に起きた異変のせいでオスカーはビームス家で過ごした1年間の記憶が全く思い出せなくなってしまった。
     ちょうどその頃、ブラッドは家業を継ぐため海外で過ごすことがほとんどになっていた。記憶をなくしたオスカーがブラッド不在のなか留まるのもどうかと気を利かされたのか、真意は分からないがオスカーはビームス家を出てブラッドの旧知の友が経営するダイニングバーで働くことになる。6年前のことだ。その後、オスカーの身に起きた異変のような事象について研究しているという男、ヴィクター・ヴァレンタインを紹介され、彼が経営する珈琲店に転がり込んだ。この街で超常的な事象が起こったとき、その現場には常に硝子のような物質が落ちているらしい。その物質の研究がヴィクターの本業だ。オスカーは店員として珈琲店で働きながら、ヴィクターの研究を手伝い、記憶を戻す手がかりを探っている。
     24年間のなかの1年だけの記憶。もはや、それは今のオスカーにとって取り戻す必要があるのかどうか分からない。自身の主人であるブラッドのことを忘れたわけではないし、このまま思い出さなくても、生きていくうえで問題はないと6年の間で感じていた。それでも、その空白の前後で、自分自身の心情に大きな変化があったことをオスカーは自覚していた。まるで別人にでもなったように。そこに確かに存在した記憶は、柔らかく暖かな感触だけを手に残す。それが何に触れて得たものなのか、思い出さなければいけない気がしていた。




    「俺は、レオナルド・ライト・Jr……です。よろしく……お願いします」
    「私は、ヴィクター・ヴァレンタインです。慣れないなら無理に敬語を使わなくても構いませんよ。オスカーもそれでいいですか?」
    「はい。……俺は、オスカー・ベイルだ。よろしく頼む」
    「おう、よろしくな」

     オスカーが差し出した手を握り返すジュニアの手のひらは、随分と小さく感じた。歳は10代半ばくらいだろうか。オスカーが人と比べて身長も体格も大きいことも原因だろうが、ジュニアに並んで立つと、あまりの身長差にどうにもちぐはぐとした印象を受ける。だが、こちらをまっすぐと射抜くオッドアイから見受けられる意志の強さは、彼の存在を何倍にも大きく感じさせた。

    「ジュニアには、店の中の仕事も一通り覚えて頂きますが、お使いをメインにお願いしようと考えています」
    「お使い、ですか?」
    「ええ、最近北の裏路地に骨董屋が出来ましてね。店主はマリオンです」
    「あぁ、なるほど……」

     オスカーの脳裏に、薔薇に似た鮮やかな真紅の髪が浮かぶ。この店にも何度か現れたことのあるマリオン・ブライスは、ヴィクターの共同研究者であるノヴァ・サマーフィールドの親族だ。つまりその骨董屋自体、彼らの研究に関わるものなのだろう。
     それにしても、マリオンの名が出た時に、ジュニアが僅かに反応したように思えたのは気のせいだろうか。

    「もとよりマリオンは私を避けてこの店にあまり寄り付いていませんでしたが、自分の店など構えたら余計に足が遠のくでしょう。しかし、その骨董屋は研究における情報収集の役目も担っています。新たな知見を得るためには、こちらから赴くしかありません」

     ジュニアは、珈琲店の店員というより、ヴィクターの本業の手伝いがメインで雇われたということだ。骨董屋で得た情報と、ヴィクター自身の研究の伝達係といったところか。ジュニアも仕事内容に対し特に異存はないようで、黙って聞き入っている。

    「今日は急ぎのお使いはないので、店内の1日の流れを覚えてもらいましょう。オスカー、頼めますか?」
    「わかりました。それじゃあジュニア、こっちに……」

     オスカーが身を返したその時、カラン、と何者かの入店を告げるドアチャイムが響く。ちょうど扉に身体を向けるような状態だったので、店内に入ってきた青年の、マゼンタピンクの瞳と目が合った。初めて見る宝石のような、それでいて、どこか懐かしいような不思議な感覚を覚え、胸がざわつく。思わずじっと見つめてしまったが、すぐに目を逸らされて、その視線はオスカーの奥に向けられた。

    「アハ、本当に働いてる。様子見に来てあげたよ、おチビちゃん」
    「……クソDJ……!!」

     ジュニアに"クソDJ"と呼ばれたその青年は、店内をまっすぐ、ジュニアの元へと進んだ。いまだ胸のざわつきが治らないオスカーはその一挙一動を目で追うが、彼はその視線を避けるように、こちらを見向きもしない。
    美しい人だと思った。一度見たら忘れようがないほど。だからこそ、彼を見た時から湧き上がる"懐かしい"という感覚の正体が、オスカーにはわからなかった。

    「おチビちゃんがここのお使い係になったように、俺も骨董屋で同じ役目になったワケ。たまに顔出すと思うから、よろしく」

     そう言って青年は手のひらに収まる大きさの木箱をヴィクターに差し出した。ヴィクターも当然のようにそれを受け取り「例の件ですね。ありがとうございます」と告げる。どうやら、オスカーだけが彼のことを知らないようだ。

    「じゃあ、要件はそれだけだから……」
    「あの……!お名前を、聞いても良いですか?」

     早々に店を去ろうとする青年の後ろ姿に、思わず声が出た。自分だけが彼のことを知らないから知っておきたい、というだけの気持ちではない。ここでオスカーから彼に歩み寄らなければ、この先この青年と距離を縮めることができない、と直感で思った。なぜ距離を縮めたいと感じたのかはわからないが、この美しい人を手放してはいけないと本能が告げる。青年は徐に振り返り、ようやくオスカーをその視界に収めてくれた。

    「人に名前を聞くなら、まず自分から名乗ったら?」
    「っ、すみません……。俺はオスカー・ベイルです」
    「…………フェイス」
    「え、」
    「俺の名前。フェイス、だよ」

     フェイス、と言う名前の人物はオスカーの記憶にはない。それでも、確かに"この青年はフェイスだ"と思えた。

    「その……どこかで、お会いしたことがないですか?」

     瞬間、フェイスが目を見開く。輝く宝石の瞳の奥に見えたのは、動揺、そして僅かな期待だ。何かを乞うような視線に、吸い込まれそうだと思った。

    「…………それは、俺と同じ瞳の人間を思い出してるだけじゃない?」
    「え……?」

     発言の意図が分からず呆けている間に、フェイスはまたオスカーから目を逸らしてしまった。

    「ていうか、なんで敬語?お前の方が歳上でしょ」
    「……自分でもよくわからないのですが、その方がいい気がして」
    「……あっそ。まぁ、なんでもいいけど」
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