『麗しのオメガと卑しいアルファ〜カースト逆転オメガバース〜』 感想 この世界ではオメガが崇められ、アルファが虐げられる──
という設定を初めて目にした時、私が想像したのはまず「猿の惑星』でした。
勿論、着飾ったオメガが毛皮を身につけたアルファを鞭でしばき回している様子を想像したのではなく(私はSM系ならば長期的な暴力と心理戦を望みます)
狼の群れにおけるヒエラルキーを参考にしたとされるオメガバースにおいて、統率者たるアルファは絶対的な支配者であり、最も力のないオメガは社会の底辺において苦渋を舐めるしかない。
やもすれば差別的、現実のジェンダーロールの強化に繋がると言われるほど厳しいオメガバースの設定は、一説には攻受の固定を強固にするために誕生したと言われます。その中で敢えて、運命の二人が手に手をとって苦難を乗り越え、或いは上手く世界の掟を出し抜き生き延びていくのが、オメガバースの醍醐味だと思っていました。
が、今作『麗しのオメガと卑しいアルファ〜カースト逆転オメガバース〜』においては、オメガであるアランは自立することを(少なくとも本人は)強烈に望んでいます。何せ幼少期の時点で、アルファであるグウィンにひたすら勝負を持ちかけ続ける始末。愛らしく未熟な彼が一所懸命自分に追いつこうと喰らい付いてくる様子は、設定を知っている読者、そしてグウィンからすると微笑ましく思えます。
ここで私は「未熟で愛らしい」とさも自然に書きましたが、これこそがオメガバースにおける差別性を、なんの衒いもなく受け入れている証なのでしょうね。
さながら『猿の惑星』の原作者ピエール・ブールが、第二次世界大戦中に自国フランスの勝利を望んでレジスタンス活動に勤しみつつも、戦後のアルジェリア独立時に「自分達の猿真似で知恵を得た従属者でしかない癖に、混乱に乗じて自立を望む劣等種」としてFNLを猿に仮託したように。表題のカースト逆転という言葉はありつつも、結局彼らは崇め奉られ、保護される存在です。我々も、そして作中の世界も、アランが弱い存在であることを望んでいるのかも知れません。何故なら彼はオメガなので。そしてその役割に甘んじている限り、アランは社会制度という鳥籠において守られます。
アランがある意味囚われの身であるということは、グウィンが作中で街とスラムを行き来しているのに対し、アランが危険な地区へ入るのは彼の身に危険が及ぶからと顔を顰められているところからも裏付けられます。
ところで、『猿の惑星』において人類が衰退した理由の一つとして、人類の無気力が挙げられています。自ら達の能力に気付いた猿達が自立し反乱を起こすも、文明を作り上げることの出来た己達の力に驕り、やがては団結することすら億劫がるようになってしまった怠惰こそが逆転の原因だと。
グウィンの無気力は確かに、アルファという性別が発覚して凋落してからの苦難も関係していますが、作者は同時に希望を捨ててしまったグウィンの諦めも断罪しているように思えます。傷ついた心で、いきなり現れた救いの手(しかも昔は可愛いと、ある意味自分が庇護「してやっている」と思っていた男です)を取るのはプライドが許さなかったのだろうとは言え、再会したばかりの二人のすれ違いにはハラハラさせられます。
しかし、昔のようにグウィンへ頼る事なく、独立独歩で歩もうとするアランの健気な姿に(またアランの「弱さ」に視点を置いていますね、私は)グウィンの心も軟化していき、少しずつかつての親交を温め合えてきた……と思いきや、ある登場人物の手でアランは絶体絶命のピンチに陥ります。
ここが結局、これはグラン・ギニョールじみた世界観であると言う残酷さを醸し出します。それまで見え隠れしていた、オメガバースの世界観の危うさが一気に噴出し、アランは陵辱の危機に。踏み躙られたものは何でしょう? これまで彼が懸命に求めてきた自立=グウィンと対等になる強さ? それともこの世界でオメガが持つとされていた神性?
ここでグウィンに助けられることを、陳腐な展開だと言うことは簡単です。けれど真の強さとは、相手に対して弱さを曝け出せること。私はここで、これまでグウィンに「バース性が発現しなかった頃の気高いグウィン」をアランが求めていたことと同様、アランに「バース性が発現しなかった頃の弱いアラン」を素直に認めることを突きつけたよう感じました。
そしてラストの展開、オメガバースにおいてハッピーエンドの代名詞とも言える「うなじを噛む」と言う行為が、今作においてはオメガの神聖さを奪う禁忌とされています。それでも二人は、特別な存在であることから降りてしまいます。どちらにとっても犠牲であることには違いないのに。現実のアルジェリアのように血生臭い闘争の末に、勝利の一歩を踏み出したのです。
甘い余韻だけでなく、これから先、彼らの行く末に幸あれ、と願わずにいられない切ない最後。強さも脆さも全て包括した素敵な物語、堪能させて頂きました。