寝屋川ラブレター騒動「これ、巴くんに渡してくれへん……?」
言葉と共に桃吾に差し出されたのは、ハートのシールで封された淡い色の封筒。目の前で顔を赤くしている少女の姿を鑑みても、それがいわゆるラブレターであるのは明白だった。
「はあ?自分で渡せばええやん」
対する桃吾はといえば、ラブレターの配達役を頼まれるという初めての経験にやや戸惑いつつ、この上なくデリカシーのない返答をしていた。感情としては、面倒くささと呆れが半々といったところである。基本的に思ったところは率直に発言する──それによって数々のトラブルを引き起こしてきた桃吾からすれば、少女の行動は理解不能であった。
「雛くんはなんも分かっとらん‼」
「おっ⁉おぉ……」
少女が突然出した大声に、桃吾は面食らう。このクラスメイトの少女は、どちらかと言えば大人しい方だと認識していたのだが。ちなみに、桃吾は下級生のころ数回女子を泣かせて死ぬほど怒られて以降、女子に対して大声を出すことは封印している。
「ええ?巴くんは誰にでも優しい」
「せやな」
「せやから、むっちゃモテとる。うちが知っとるだけでも、巴くんのことが好きな子四人はおる。けど、実際に巴くんに告白しよった子はおらん。なんでか分かる?」
「知らんわ、そんなん」
というか、円がモテるという情報がそもそも初耳である。いつの間に抜け駆けしとんねんアイツ。
「皆、巴くんに避けられんのが嫌やねん。告白して、振られるんはまぁ、しゃあない。でも、そっから皆に優しい巴くんが自分にだけよそよそしくなったら嫌やん」
「円がそんなんするわけないやろ」
「分からんやん!誰も告白したことないんやもん!」
そう言われると、桃吾も何も言い返せない。円に限って、他人を傷つけるような態度をとることはないだろうとは思うが、前例がない以上それは推測にしかなりえない。桃吾の知る限り、円がこうした色恋沙汰に慣れていないことも事実だ。いくら円でも、初めから適切な対処ができるとは限らない。
「……それがなんで、オレを使う理由になんねん」
「せやからな、一回匿名で手紙出して様子みてみよ、思て」
「ほんなら、下駄箱か机に入れればええやろ」
ラブレターの定番である下駄箱に関しては、うちの学校の場合扉がついていないので向かないだろうが、机の中であれば、女子がやいやい騒ぎながら何やら入れているところを何度か見たことがある。
「あー、それはなぁ……」
桃吾としては至極真っ当な意見のつもりだったのだが、少女は顔を曇らせた。
「なんやねん、はっきり言えや」
「いや、一回やったことあるんよ。机の中に入れるの」
「渡せとるんなら、もうええやろ。オレんこと巻き込むなや」
「……渡せとらん。次の日、うちの机の中入っとった」
「はあ?円の机入れたんやろ、それがなんでお前のとこ、に……」
桃吾は途中で言葉を止めた。それは、少女が瞳に涙を溜めていたからだ。
「分からん、けど。巴くんのクラスにも、巴くんのこと好きな子おるから。たぶん、うちが手紙入れるとこ、見とったんやと思う」
少女の手に少し力が入る。手に持ったままの封筒がわずかに歪んだ。
「ほんで、うちのとこ戻って来た時には、ぐちゃぐちゃにされとって……」
女子、怖え。というのが、桃吾の率直な感想であった。大半の女子がそんなことをしないことは承知しているし、男子にだってそういう陰湿なヤツが絶対にいないとは言わないが。ちょっと、桃吾の知らない世界であった。
「すごい、頑張って書いたんよ。好きってことも書いたんやけど、それより巴くんには何度も助けてもろたから、ありがとうって伝えとうて」
どうやら、この少女は本気で円のことが好きらしい、ということが、桃吾にもやっと分かってきた。円を選ぶとは、なかなか見る目のあるヤツである。
「雛くんなら、巴くんにちゃんと届けてくれる思ったんよ。せやから、お願い。この通りや」
そう言って、少女は桃吾に頭を下げた。基本的に女子には遠巻きにされるか怒られるかの二択である桃吾にとって、女子にここまで真摯にお願いをされるのは初めての経験である。桃吾はかなり調子を狂わされていた。
「……渡すだけやぞ」
桃吾とて、別に目の前の少女に嫌がらせをしたいとか、円が告白されるのが気に食わないとか、そういうわけではないのだ。単純に少しばかり面倒だと思っていただけで。
「ありがとう、雛くん!ほんまに‼」
桃吾が封筒を受け取ると、少女は目を輝かせて何度もお礼を言った。桃吾が女子にこういった態度をとられるのも、また初めての経験である。桃吾はこれ以上調子を狂わされないよう、少女を追い払うように手で宙を払う。
「円には放課後渡しとくさけ、さっさと自分の席戻りや」
「うん、ほんまにありがとう!よろしくなぁ」
少女を見送って、桃吾は手元の封筒に視線を下ろす。今日は(今日も、と言うべきか)放課後に寝屋川ファイターズでの練習がある。万が一にも練習に影響のないよう、練習が終わって円と一緒に帰るときにでも渡せばいいだろう。
あいにくとクリアファイルなどは持っていなかったので、今日持って帰る予定の漢字ドリルに封筒を挟み込む。桃吾は親に渡すプリントを持って帰るときも、基本的にこのスタイルだ。ドリルよりも若干サイズの大きいプリントなどはよく端がボロボロになるが、小さな封筒であればそういったこともないだろう。
そう、一応桃吾には、ラブレターを丁寧に扱おう、という気持ちがあったのだ。このときには、一応……
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「桃吾ー帰んでー?」
ファイターズでの練習終わり、いつも通り一緒に帰ろうと声をかけた円に、桃吾からの返事はなかった。円が桃吾の方を見てみれば、なにやら鞄の中身を見て固まっているようである。
「どうしたん桃吾、なんやセミでもおったん、か……」
後ろから桃吾の手元を覗き込めば、そこにはハートのシールが貼られたラブレターらしきものがあった。らしきもの、などという曖昧な表現になったのは、それが酷く皺になって歪んでいたのと、桃吾が鞄を閉めてそれを隠してしまったからである。
「セ、ミなんておるわけないやろ!もう秋やぞ!」
「そうだったのォ」
笑って返答しながらも、円の中では先ほど見た光景がぐるぐると回っていた。桃吾に、ラブレター。あの、女子たちに蛇蝎のごとく嫌われていた桃吾に、ラブレター。
「よかったのぉ、桃吾」
「⁉なんやねん、急に……」
桃吾を選ぶとは、見る目のある子もいたものである。いや、正直に言えば、粗暴な我が親友を選ぶなんて趣味が悪いんじゃないか、とは思うが。とはいえ、桃吾のいいところをちゃんと分かってくれている子がいるということは、円にとって喜ばしいことだった。
「なぁ、桃吾。わしに話すことあるんとちゃう?」
「な、ないわボケ!カス!」
ない、と言いつつも、桃吾の目は右へ左へと忙しなく流れていた。この慌てようをみるに、どうやら桃吾も相手のことをなんとも思っていないわけではなさそうだ。
「わしと桃吾の仲やないけー」
「円、お前今日キショいで」
ぶっちゃけ、円は完全にテンションが上がっていた。基本的に話すことが好きな円は、当然恋バナもそれなりに嗜んでいる。しかし、その会話に桃吾が混じることはなかった。「女子なんて何がええねん」というのが桃吾の談である。そんな桃吾に、春が来た。しかもその場で振ってしまうとかではなく、こんなところにラブレターを持ってきている。この時点で桃吾が相手の子を憎からず思っているのは間違いなかった。
「いや、ほんま、ほんまによかったのぉ」
桃吾を好きでいてくれる子がいる、という事実が円は妙に嬉しかった。今まで無自覚だったが、この誤解されやすい親友のことを、円は円が思っていた以上に心配していたらしい。もう心は桃吾の兄か親である。
「……なんも、なんも良くないわ。ハゲ」
浮つく円の気持ちに反して、桃吾の表情は暗い。なにやら思いつめている風である。
「なんかあったん?話してみぃ、な?」
円の気持ちは本気の心配が三割、出歯亀精神が七割程度である。あの、恋愛に興味のなかった桃吾が、色恋沙汰でこれほど悩んでいる。これほど面白いこともなかなかない。桃吾の精神が浮上したら徹底的にイジり倒してやろうと思いながら、表面上は心配そうな顔を取り繕う。そうすれば、桃吾は言いづらそうに口を開いた。
「……もし、もしやで?円が女子に……なんや、好きやーとか言われたら、どうすんねん」
「わし?」
「おん」
どうやら、桃吾は円を返答の参考にしたいらしかった。これは責任重大である。このデリカシーのない親友が好かれるだなんて、そうそうあることとも思えない。このチャンスを逃せば、桃吾は一生独り身かもしれない。
「わしやったら……相手による、としか言えんのぉ。わしら、休日も平日も練習あるやろ。あんまデートとかはできひん」
桃吾が返答に悩んでいるのだとしたら、やはりネックとなるのは野球だろう。桃吾に限って、恋人のために野球をないがしろにすることなんてないだろうから、休日も平日も恋人のために割ける時間はほとんどないのだ。
「もし、それでもええ、って子がおったら。そんなん逃がしたらあかんやろー」
逃したらあかんで!桃吾!と心の中で圧をかける。分かりづらい桃吾のいいところに気づいて、好きになってくれるような子なのだ。そういった寛容さを持ち合わせていてもおかしくない。
「……そんなヤツおるわけないやろ。夢見すぎやボケ、カス」
残念ながら、お相手はそういうタイプではないらしい。分かりやすく不機嫌な桃吾に内心焦る。桃吾のことだ。告白を断るともなれば、これ以上ないくらい配慮のない発言をしかねない。いくら付き合わないにしても、好感度を一気に下げてしまうのはもったいない。これは、断り方も口を挟まなければなるまい。
「ほんなら、断るしかないんかのぉ。でも、せっかく勇気だして伝えてくれたんやし、ちゃんと『ありがとう』は言わんとな」
桃吾が、『ありがとう』という言葉にビクリと反応する。どうやら、桃吾にとっては意外な言葉だったらしい。定番の断り文句にすら至っていないとは、やはり無理やりにでも相談に乗っていて正解だった。
「それにもしかしたら、野球とおんなじくらいその子のことが大切やーって思うかもしれへんやろ?そうなったら死ぬ気で時間作るしかないのぉ」
うちのチームは月曜が必ず休みだし、同じ学校なら休み時間を一緒に過ごすこともできるだろう。土日の試合を見に来てくれるよう誘うのもいいかもしれない。まあ正直、そこまでして一緒にいたいと思うような子なんて、少なくとも今の円にはいなかったが。
そんなことを考えながら桃吾の方を見れば、うつむく顔が酷く青ざめていた。……青?赤ではなくて?
「桃吾、どうしたん──」
桃吾の様子が、おかしい。さすがに本気で心配になってかけた声は、桃吾が勢いよく鞄を置く音に遮られた。桃吾はそのまま鞄のチャックを開けると、いびつな何かを取り出した。
「すまん!円‼」
そうして円に差し出されたのは、しわくちゃになったラブレターだった。
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学校から帰ってすぐ、おやつの菓子パンを口の中に突っ込みながら、急いで練習の準備を行うのは桃吾の日課であった。学年が上がって六限終わりになって以降、急がなければ練習の開始に間に合わなくなっていたのだ。
だから、円宛のラブレターを預かったその日も、桃吾は慌ただしく準備をしていた。そんな準備の中で、桃吾の意識はラブレターから野球の練習の方へとシフトしてしまう。
そんなだったので、ラブレターを練習用のバッグに入れていないことに気が付いたのは、家を出る直前のことだった。時間もなかったので、ラブレターは挟み込まれた漢字ドリルごとバッグの中に放り入れられる。
悲劇はここから始まった。放り入れられた漢字ドリルから滑り落ちたラブレターは、バッグの中の奥底に入り込み、水筒やらバッテやらを出し入れするうちにしわくちゃになっていた。おまけに、水筒から漏れた麦茶が茶色いシミを作っていた。それらの印象が強すぎて霞んでいるが、バッグの中に大量に入っていたグラウンドの砂によって、全体が若干黄ばんでいる。
練習後になって、ラブレターが漢字ドリルの中にないことに気づいた桃吾は、自分のバッグの底で悲しい姿になっているラブレターを見つけて青ざめた。
言い訳になるが、桃吾はラブレターを雑に扱ってもいいと思っていたわけではない。漢字ドリルごとバッグに入れたのは、ラブレターを汚したり折ったりしないように、という配慮でもあった。ただ、ちょっと慎重さだとか想像力だとかが欠けていたのだ。
『うちのとこ戻って来た時には、ぐちゃぐちゃにされとって……』
自分にラブレターを預けた少女の、涙混じりの声が頭をよぎる。もしかして、自分は最低なことをしてしまったのではないだろうか。
「どうしたん桃吾、なんやセミでもおったん、か……」
突然円に話しかけられて、反射的にラブレターを隠す。この状態の手紙を正直に渡す勇気が、桃吾にはなかった。
なぜかやたらとテンションの高い円と会話をしながら、桃吾は思考を巡らせる。
……そもそも、あの少女は匿名で出して様子を見る、と言っていた。つまり、返事を期待しているわけではないのだ。であれば、別に桃吾が渡さなかったとしても、バレやしないのではないだろうか。
『雛くんなら、巴くんにちゃんと届けてくれる思ったんよ』
しかし、バレるとかバレないとか、そういう問題でないことは桃吾にも分かっていた。このまま渡さないのは、自分を信頼してくれた少女に対してあまりにも不誠実である。だがしかし、そもそもラブレターを汚してしまった時点で不誠実なのは間違いない。自らの不誠実さを隠しきれるのなら、その道を選んでしまいたい気持ちが桃吾にはあった。
「なんかあったん?話してみぃ、な?」
ぐるぐると思い悩む桃吾に、円が心配そうな声をかける。そうだ、そもそも少女は『振られてよそよそしくされるのが嫌だ』と言っていた。なら、円が誰とも付き合う気がない場合、つまり確実に少女が振られるのだとしたら、それはラブレターを渡さない口実になるのではないだろうか。
「……もし、もしやで?円が女子に……なんや、好きやーとか言われたら、どうすんねん」
桃吾の言葉に円は不思議そうに目を丸くした。よほど予想外の質問だったらしい。確かに、桃吾はいわゆる恋バナというものを毛嫌いしていた。円が会話に参加しているときも、ほとんど聞き流していたほどだ。それを今、少しばかり後悔している。せめて聞いてさえいれば、円の好きな人の一人や二人分かったかもしれないのに。
「わしやったら……相手による、としか言えんのぉ。わしら、休日も平日も練習あるやろ。あんまデートとかはできひん」
当たり前のように恋よりも野球を優先する気の円に、なんだか安心してしまう。そうだ、そもそもこれだけ野球で忙しくしている円が、彼女を作ろうだなんて思うはずがないのだ。やはり、振られるのは確定である。それならば、無理にしわくちゃになったラブレターを渡す必要はない。
「もし、それでもええ、って子がおったら。そんなん逃がしたらあかんやろー」
楽な方へと逃げようとした桃吾を、円の言葉が捕まえた。
「……そんなヤツおるわけないやろ。夢見すぎやボケ、カス」
桃吾はそう言いながらも、今日話しかけてきた少女のことを思い浮かべていた。円を選んだ時点でそこそこ見る目があるのは間違いない。野球に対して理解があるかは分からないが、少なくとも野球に打ち込む桃吾たちを泥臭いと馬鹿にする女子の集団に属していないことは確かだった。
「ほんなら、断るしかないんかのぉ。でも、せっかく勇気だして伝えてくれたんやし、ちゃんと『ありがとう』は言わんとな」
重ねて言われた言葉に、さらに罪悪感が募る。『巴くんには何度も助けてもろたから、ありがとうって伝えとうて』と少女は言った。少女の『ありがとう』は、ここで桃吾がラブレターを渡さなければ、永遠に伝わらないままかもしれないのだ。
「それにもしかしたら、野球とおんなじくらいその子のことが大切やーって思うかもしれないやろ?そうなったら死ぬ気で時間作るしかないのぉ」
それは、とどめだった。円だって、誰かと付き合うことはあり得るのだ。その相手は、もしかしたらあの少女かもしれない。そうなれば、もう、このラブレターを渡さない、なんて、許されるはずもない。
ドサッと乱暴にバッグを置く。勢いよくチャックを開き、くしゃくしゃになって薄汚れたラブレターを取り出した。
「すまん!円‼」
そうして、桃吾はしわくちゃになったラブレターを円に差し出した。
===
「ほんで、こんなことになったんか」
「おん……」
すっかり小さくなった桃吾から、円は事の次第を聞いていた。丁寧な字で『巴くんへ』と書かれたラブレターを見つめる。初めてラブレターをもらった嬉しさと、いざ貰ったものがこの状態である悲しさが相殺し合って、円の心中は複雑だった。
「……とりあえず、桃吾。さすがに、預かりもんくらいはちゃんとせえや」
「おん……」
桃吾の物の扱いが雑なことは把握していたが、まさかここまでとは思っていなかった。色々と言いたいことはあるものの、きちんと反省している様子の桃吾を見ていると、これ以上詰める気にはならない。
諦めてため息を一つ吐き、ペリペリとハートのシールを剥がしていく。
「ここで読むん⁉」
「そもそもこれ読めるんけ。麦茶染みとるやん。わしもさすがに、初めてのラブレターが読めへんのは嫌やで。もし読めんかったら、責任とってもっかい貰ってきてや」
もし水性のペンで書かれていた場合、麦茶の染みた部分は完全にアウトだろう。どうか無事でありますように、と念じながら二つにたたまれた便箋を開く。鉛筆で書かれた文字は、やや滲んだ部分もあるものの、読めないほどではなかった。
桃吾がハッとしたように視線を逸らしたので、ありがたくこの場で読ませてもらう。送り主の名前は無いのだな、と思いながら読み進めていくと、綴られたとあるエピソードが目に留まる。
「これ、××け」
「なんで分かるん⁉匿名言うとったで!」
「やって、普通に委員会が一緒で~て書いとるし。名前は書いとらんけど、桃吾と同じクラスで委員会が一緒ゆうたら××しかおらんやろ」
「……どうするん?返事」
「んー……やっぱり断るしかないやろ。野球より優先してやれんしのぉ」
そもそも手紙の中には『付き合って』といった類の文言がなかった。委員会であった出来事への感謝がほとんどで、添えるように一言『好きです』の言葉があるだけだ。
とはいえ、たかが一言、されど一言である。初めて向けられるそういった好意は、正直めちゃくちゃ嬉しかった。なにより、紙がくしゃくしゃになっていても伝わる、一つ一つの文字に込められた誠意だ。これは、円も真摯に応えなければいけないだろう。
「明日返事持ってくるさけ、届けてもろてええ?」
「おん」
「今度は汚さんといてやー」
「……分かっとるわ」
円の丁寧なお断りの手紙は、桃吾経由で(今度は円が用意したクリアファイルのおかげで綺麗な状態のまま)、無事少女の元まで届けられた。その後、桃吾経由で円にラブレターを渡すと丁寧なお返事が貰えるという噂が広まり、桃吾はしばらく幾人の円に恋する乙女に囲まれることとなる。三人目で面倒さにブチ切れた桃吾が怒鳴ってしまい、久しぶりに死ぬほど怒られることになるのだが、それはまた別の話である。