meal 4 star「ポットラック」
「パーティー」
「ああ、いいアイディアだと思わないか」
何がどう良いのか、と聞きたい以前に、そもそも自分たちはこの場に何のために集ったんだったかと、そう思ってしまった程度にキースとブラッドは敬愛する恩師にして今や同格で同僚であるジェイの言葉に顔を見合わせ首を傾げた。
第十三期研修チームのメジャーヒーローは各セクターに一人ずつ――奇しくも元メンター・メンティーの関係を持つ三人に、ヴィクターを加えた四人。実力もあり優秀なメンター揃いの十三期チームの中で、とりわけランク上最上位であるこの四人は定例ミーティングにて比較的頻繁に意見交換や互いの状況を報告し合ている。この日も、例によって集合した彼らだったが、業務報告から始めようかと思っていた矢先、ジェイから飛び出したのが「ポットラックをしないか」という言葉だった。
「アイディア自体の良し悪しについては、別段ネガティブな感情はありませんが――そもそも、どういった目的や狙いでそんなことを」
正しく、自分たちが口にすべきか迷いに迷っていた言葉を、いともあっさりと言ってのけたヴィクターにキースとブラッドは心の中で喝采を送り、そしてジェイもジェイで、
「ああすまない、つい先走ってしまったな」
と、ごく素直に謝罪を口にした。そして、仕切り直しと言わんばかりにジェイが告げた内容は、至ってシンプルな話だった。
曰く、ルーキーズキャンプなどを経て多少距離は縮まったものの、セクターの垣根を超えた交流の機会はそう多くはない。研修チームの任期ももう半分以上が過ぎつつある中で、【メジャーヒーロー】である自分たちが交流の場を取り仕切ってはいかがだろうかと――そう、司令部から提案されたのが、ちょうどこのミーティングに赴く直前だったとのことだった。
「つまり目的であるそれを我々に伝える前に、その手段が先に頭に浮かんだと」
「で、それを忘れないうちに伝えたいって気持ちが先行しちまったってわけか」
「ああ、その通りだ――流石二人とも、俺の考え方をよく把握しているな」
満足気な笑みを浮かべるジェイに、キースとブラッドは揃って曖昧な笑みを返す。確かにジェイのことは人より多少よく知っている方だと自負してはいるが、今に限った話をするとそれは少し考えれば誰にでもできうる簡単な推理だ。あえてそうだと伝えなかったのは、ごく単純にそれが野暮でしか無いとその場の誰もが――普段そういった類の配慮をあまりしないヴィクターさえもが――思ったからにすぎない。
ともすれば。
「それで、なんでポットラックなんだ」
司令部からのお達しならそれに対応するのが道理であることぐらい、キースとて理解も納得もできる。が、その割に随分と早々にそんなアイディアを出してきたからには、何か思うところがあったのかもしれないと、そう思って尋ねてみた。
「いや、食をテーマにした催しなら誰でも比較的参加しやすいだろうし、それにポットラックなら好きなものを持ち寄れるだろう。好きなものを分かち合う、ということの効果はそれこそお前もブラッドもよく知っているんじゃないか」
問いの体を取りつつもやや断定的なジェイの物言いと、そして好きな物を分かち合うという言葉。そこから連想できたのは、寧ろ布教に近いことを日常的にしているようなラブアンドピースな同期だ。
「あれはこう、好きなものの効果じゃなくてだな……」
「本人の人柄による部分の方が大きいと思うが?」
「ははっ、確かにディノが特別、というのは間違いないとは思うが……ともあれだ」
ジェイの言う通り、ディノのことはさておき、皆での食事自体には妥当性は見られたのは事実だ。
「ポットラックって何かルールとかあったか?」
「別段特別な作法などは無かったはずだが……」
キースの疑問にブラッドは一応の返答はしてみるも、彼にしてはあまりはっきりとしない辺り、さほど詳しくはないのだろう。すると口を開いたのはやはり、ヴィクターだった。
「作法は確かにありませんが、持ち寄りという形式上、他と極端に被らない方が良いでしょうね」
「つまり俺たちはピザやフライドチキンは避けた方がいい、ということだな」
ジェイの言葉にヴィクターは薄く笑って頷く。
「彼らはそういった予想が比較的しやすい程度に、好みが分かりやすいですからね」
「ちなみにヴィクターなら何を持ってくるんだ」
既に議論がポットラックそのものの是非を問うというよりは、どういった物を持ってくるかなどといった具体性のある話になってきたところで、さして異論も無かったらしいキースはやや興味本位と見える疑問をぶつけた。
「私ですか? あくまでインドアだと想定してのことですが、ドリンクを提供しようかと、」
「それ、流石にエスプレッソだけとかは……」
「エスプレッソマシンの提供はしますが、それのみならず他の飲み物の手配なども、と思っています」
「確かに率先して飲み物を持ってきそうな者はあまり居ないかもしれないな」
そんな言葉を挟んだのはブラッドだ。彼の言う通り、ポットラックと聞いて基本的に用意すべきではと思い浮かぶのは食事やデザートの印象が強いと、キースも感じていたようで頷いて見せる。
「かといってそれこそそんなに人数も必要ねえしな」
「ではこのまま私は飲み物担当でよろしいでしょうか」
ヴィクターの言葉に反論する人間は――というより反論する理由がある人間などこの場に居るはずもなかった。それも彼自身分かっていたからか、ヴィクターは沈黙を了承と受け取った上で、
「そういえば、本来この時間は定例会議だったかと思いますが」
と、流れるような軌道修正をやってのけた――はずだった。
「それもそうだが、折角この話題が進行しているんだ。ついでだから俺たちの担当も決めてしまわないか」
ジェイのそんな言葉に、キースとブラッドは今一度顔を見合わせ、仕方無さそうに肩を竦めるのだった。
「で、今日は何の練習してんだよ」
メジャーヒーロー会議、と便宜上呼ばれているかのミーティングから数日経った。
その後、ジェイの言葉を受けてその場に居た面々が持ち寄る品の内容が決まったところで、正式に十三期研修チームの親睦会が――ご丁寧に業務扱いにするという司令部からの無言の強制参加要請付きで――開催されるという通達が下りたのは今日のことだ。
それまでの間、ではブラッドが何をしていたかというと――。
「ジャパニーズ・ハッシュド・ビーフだ」
――料理の練習をしていた。
「またシチュータイプのディッシュか、こだわるよなお前も」
前の日はジャパニーズカレー、そしてその前の日はジャパニーズクリームシチュー、と似たようなメニューばかりを練習しては、それをキースに味見させていた――寧ろ正確には、キースが率先して味見役を買って出ていた。
「お前はいいのか、何もしなくて」
自分の練習にばかり付き合わせてしまっていることをそれなりに気にしているようで、ブラッドの顔には申し訳無さが浮かんでいた。それを一瞥すると、キースは、
「ローストビーフなんて何度も作ってるし、仕込むのに何日も掛かるようなもんじゃねえからな」
と、言いつつ視線をたまたま正面に見えた壁掛けカレンダーの方に移した。
「ポットラックは明々後日に決まったんだったか」
「食べ物絡みであれば比較的協力的になってくれそうだ、とジェイが目論んだ通りに話が進んだからな。日本語で言うところの善は急げというやつかは知らないが、早速皆のスケジュールを押さえてしまおうという話になって、調べたところ直近で全員の時間が取れそうな日が思いの外すぐだった、という話だ」
「で、結局最終的に作るものってのは決まりそうなのか」
これだけ味見に付き合ってやったんだし、という言葉こそキースの口からは出なかったものの、案にここまでの成果が如何ほどなのかと問われているような気がしてしまい、ブラッドは少しだけバツの悪そうな顔を浮かべる。
「存外、難しいものだな」
「それは何を作るか決めることか、それとも満足の行く味に料理を持っていくことか――それとも、如何にも焦がしかけてそうなそれをどうやってサルベージするか、か」
「っ、気付いているならもっと早くに一言――」
キースの言葉に、ブラッドは慌ててほんの一瞬だけ目を離してしまっていた鍋を火から下ろすべく手を伸ばすも、
「気付くも何も焦げてねえから安心しろ」
などと言われ、オマケに【サイコキネシス】で体を少し浮かされその手は空を切った。
「おいいきなり何を」
「慌て過ぎだろらしくもねえ、ちなみにあの勢いで鍋を掴みに行ってたら力入りすぎて溢れるとこだったぞ」
呆れ混じりの声と共に、浮かされていた体がキッチンフロアに何事も無かったように下り立ち、ブラッドは気を落ち着かせるように深呼吸し、再びシチューの入った鍋に視線を向ける。キースの言う通り、特に焦げそうな様子もなく、そして先程自分の体を浮かせたついでにか火も少し弱めてくれていたようだ――現に、自分が最後に触った時よりもコンロのノブの角度が鋭角になっていた。
「……すまない」
「どうしたんだ、本当に」
真面目に心配している面持ちのキースに、ブラッドは少し恥じらいを滲ませた顔を向け、そして。
「いや……いくらお前からの申し出とはいえ、味見をさせ――してもらうからには、防げるミスは防いで、できる限りの物を食べさせたいと思うのは、道理だろう」
顔を少し火照らせながらも大真面目にそのようなことを言われてしまってはキースとて、仮に表面上こそさして気に留めていなさそうな様子であったとしても、内心落ち着かないに決まっていた。
「……ったく、そういうとこだっての」
辛うじて聞き取れるかどうか、というボリュームで告げられたその言葉は、やはりブラッドには届いていなかったようで、当の本人は改めて鍋の様子を見ながら口を開いた。
「ともあれ焦げかけていたのであれば今ぐらいが食べ頃だろう――味見をお願いできるか、今日こそお前のお墨付きをもらえると思う出来だ」
真面目ながらも、されど勤務中と比べて格段に柔らかな顔を向けるブラッドに、キースは一言、
「ああ」
と言ったと思えば、いつの間にか用意していた小皿とスプーンを手にブラッドの――正確には鍋の近くまで動くと、冷まさずともすぐに食べられそうな程度に小さめの一口を掬い、それをそのまま自分の口へと運んだ。
食べたというよりも舐めた、という程度の量ながら、肉の旨味や玉ねぎ由来の甘みと思しきフレーバーが舌の上で踊り、キースはつい口角を上げてしまう――とはいえ、ブラッドからは丁度死角となって見えていなかったが。
「どうだ」
キースがスプーンを口に運んだのを確認したブラッドが声を掛けると、当のキースはさっと浮かべていた笑みを消して一言。
「悪くはねえんだが、あと一歩ってトコだな」
「……今日もそうだったか」
残念さ、悔しさ、更にはちょっとした苛立ちすらも見え隠れするような顔を浮かべるブラッドの背を、キースはそっと叩いて口を開く。
「不味いつってるわけじゃねえんだ、ただ何かちょっと、どっか惜しい気がするんだ」
「毎度同じことを聞いている気がするが、それはもう少し具体的な言葉に出来ないのか」
「俺にそういう語彙力を求めるなっての。なあ、そろそろ時間もねえし、やっぱり俺が提案した通り手巻き寿司じゃ駄目なのかよ――ジャパニーズシチューみたいにウェスタンフードと間違えそうな紛らわしいのよりもよっぽど分かりやすい日本食だと思うんだが」
キースの言葉にブラッドは不服そうな、けれども少し諦め混じりの顔でため息を吐く。
「確かに手巻き寿司の方が分かりやすく和食として出せはするが、ただ食材を切って並べて器に入れて、後は食べる人間任せというこれを料理と呼んでいいのか」
「ポットラックの真髄は持ち寄りって部分だろ。それに食材の切り方にだってお作法的なものがあるだろ、それを熟知した上で食材を準備してるのも立派な料理って呼んで良いんじゃねえか」
キースのやや饒舌ながらも、とはいえ彼なりにブラッドを納得させられるよう工夫された言葉に、ブラッド本人も一応の納得感を覚えたようだった。
「まあ、お前がそう言うならば――」
「ああ、お前が引き続き練習したいとかなら、いつでも味見してやるから言ってくれ。とりあえず手巻き寿司に決めるってんなら、買い出し付き合うぜ」
「それは、助かるな――食材の選別もお前の得意分野だしな」
では俺は失礼する、とブラッドはいつも通り作った料理をそれまで居たウエストのキッチンに残したままその場を去っていった。
すると。
「アニキ来てたんだ……って、また料理してたの」
入れ替わりに入室してきたフェイスの開口一番の言葉に、キースはああ、と生返事を口にする。
「どうだったの、今日のキース先生の辛口評価は」
「どうだったと思う」
「いつも通り」
「ご明察」
予想通りの返しにフェイスは呆れ気味の顔を向ける。
「……あのさあ、俺が言えたことじゃないかもしれないけど、いくらアニキの手料理を独占したいからってああいう返しばっかりしてたらいつか痛い目見るんじゃないの」
「そん時はそん時、いいから今日も残飯――」
「あのさあ、身内認定してくれるのは結構だけど俺とキースだけでこの量消化とかほんとに」
「多分それ、今日で終わりだから我慢してくれ――アンシェルの」
「ガトーショコラ?」
「……あ、ああ、それでアイツに黙っててくれるなら」
キースの、滅多に見れない本気寄りの協力要請に、フェイスはくすりと笑って、
「独占欲の強い恋人を持って、アニキも幸せ者なのか苦労性なのか――まさか自分が作った料理までその独占対象になるなんて、流石に思ってないんじゃない」
などと言うのだった。
そんな二人の密約が結局ブラッドにバレてしまい、揃って大目玉を食らうのは、きっと遠くない未来の話だ。