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    akaikarai

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    akaikarai

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    再掲(?)以下のキャプションもpixivのままです。
    吸血鬼と、その同居人のお兄さんが海に行くだけのお話。エロもグロもない。
    Twitterのフォロワーさんが使っていた素敵な表現にインスピレーションを受けて、リハビリがてら書かせてもらったものです。

    海があっても、なくても。 夏の夜の海辺には生温い潮風が吹いていた。

    「海来んの、ひっさびさだな~。うわ、もう夜なのに砂ぬるい! はは!」

     裸足になって護岸から降りるや否や、黒髪の青年がはしゃいで駆けて行く。

    「転ぶなよ、シロ」

     その背中に向け、声を掛けると「はーい」と素直な返事があった。
    闘真も遅れて砂浜へと降り、シロの背を追いかける。
     軽快な足跡と、体重の分それよりも深く砂を掻き分ける自分の足跡を何とはなしに見比べて、ふと視線を上げると、黒が銀に変わりゆく様子が目に入った。艶と光沢のある、柔らかそうな銀色の髪。
     人に非ざる者──吸血鬼であるシロの、元の姿である。

    「おい、シロ」
    「ん。大丈夫大丈夫! 誰も見てないって。見てても髪染めてるって言い訳するからさ」

     肩越しに振り返ったシロの、鮮血のように真っ赤な目と視線が合う。端整な風貌に似つかわしくないくらいに無邪気に笑うものだから、闘真は何も言えなくなった。
     ただ、その姿を万が一にも他人の目に映したくないという独占欲じみた気持ちなど、表には出せなかったのだ。
     闘真はただ、「そうか」とぶっきらぼうに答えるだけだった。



     波打ち際。さざ波に濡れて色を変える砂に沿い、二人で歩いていく。
     寄せ返す海の水が、足の甲を覆うように撫でる。

    「水冷てー。気持ち良いな!」
    「ああ」

     楽しそうに前を行くシロの背を、闘真がゆったりとした足取りで追う。
     ここに来たのは、「海に行きたい」というシロの何気ない一言がきっかけだった。シロは、普段からワガママをあまり口にしない。もちろん、欲がないというわけではない。ただ、いざ言葉にしたとしても、「一緒にDVDを借りに行って、映画を観たい」であったり、「今日は添い寝がしたい」のように、大体が些細な欲望ばかりなのだ。「闘真さんと一緒にいる時間は全部幸せだから、あんまりデカいことをお願いするとバチが当たりそう」とは、シロ本人の談である。
     そんな健気なことを言うシロの願いはなるべく叶えてやりたいと、闘真は常々思っている。だからこそ、一緒にテレビ番組を見ていて、シロが何とはなしに零した一言を聞き逃さなかった。
     夜の生き物にしては元々が明朗快活な彼ではあるが、こうしてはしゃいでいる姿は本当にそこらの高校生となんら変わりない。実際、普段は男子高校生として生活しているのだから、当然の話なのかもしれない。
     不意に、シロが足を止めた。

    「どうした?」
    「もうちょい深いとこ行こうかなって思ってさ。ほら、あれキレイだから」

     あれ、とシロが指し示した先には月光があった。銀に輝く月の光が、海面に道を作り出している。今夜の月は、特別大きい。
     七分丈のパンツの裾を捲り上げて、シロは浅瀬へと足を踏み入れていく。
     闘真もカーゴパンツを同様に捲り上げて、彼の背を追う。
     汀を離れるにつれて、水も、水底の砂も冷たく感じる。
     シロは、ちょうど膝下が水に浸かる程の場所で足を止めて、海に走る光の道をじっと眺めていた。
     銀の髪が、月の光を受けて一層綺麗にキラキラと輝いている。
     その後ろ姿は妙に神秘的で、普段からコロコロと変わる表情が見えないせいか、畏怖にも似た感覚が闘真の胸に滲む。

    「……シロ」

     一度目の呼び掛けに、返事はなかった。

    「シロ」
    「ん、何? 闘真さん」

     少し声を大きくすると、シロはようやく振り向いてくれた。いつもと変わらない明るい声に、闘真はひとり胸を撫で下ろす。

    「いや、何でもない。……海が好きなんだな、お前は」
    「うん。海ってキレイだし、広いしさ」

     シロは、こう続けた。

    「どこかと、誰かと繋がってんだって、一番感じさせてくれる場所だから」

     ほんの少し、寂しそうな言葉だった。
     闘真は返事もできず、ただその背を眺める。
     吸血鬼として生まれ、しかし人との関わりを好む。魔物にあっては特異なその性質ゆえに夜を生きる者たちからも弾かれて、「人ではない」ことを隠しながら人に交わり、長命種として永く生きてきた彼の胸の内がどのようなものかを、推し量ることすらも闘真には難しい。
     だから、ただ思いのままに動くことにした。
     重たい波をゆっくりと掻き分けて近付き、シロを後ろから抱き締めると、「わ」と小さく驚く声がした。身じろぎもせずに大人しく収まっている痩躯は、見た目に反してよく引き締まっている。
     そのまま、腹に回した腕に力を入れて体を密着させる。
     肩越しに覗き込むと、赤々とした瞳と目が合った。

    「海があってもなくても、俺はお前と繋がっているだろう」

     思ったままを声に乗せると、シロはぽかんとした顔を見せてくれた。そして次に照れたような表情に変わり、最後には嬉しそうに相好を崩した。

    「うん、……そうだよな! オレもそう思ってる」

     体重を預けてくるシロを、闘真のがっしりとした体が支える。
     闘真の目の前にある、人よりも生白い頬が、ほんの少し血色を露わにしているのは夏の熱気がもたらしたわけではないだろう。

    「ああ」

     言葉少なに、だが穏やかに返事をする。
     この吸血鬼に向ける自分の想いというのが何なのかは、まだ分からない。愛情ではあるのだろう。だが、自分でもその形が分からなかった。家族に近しい存在に向けるものなのか、気心の知れた友人に向けるものなのか、あるいは歳の離れた弟か。それとも、もっと何か別の──
     闘真は、そこで思考を止めた。
     腕の中で向きを変えたシロが、闘真に抱きついてきたからだ。なだらかに隆起した胸の奥深くで、心臓が早鐘を打ち始める。

    「闘真さんがオレのこと甘やかすから、こうしたくなった。ちょっとの間してていいか?」
    「ああ、構わない」

     むしろ嬉しい、などと口にするのは憚られて、代わりに闘真もシロを改めて抱き締める。
     どうやら心臓がうるさいのは、闘真だけではないらしかった。



    「海はもういいのか?」

     しばらく経って、二人は砂浜に戻ってきていた。

    「うん! もー満足した。ありがとな」

     護岸の壁に向けて歩くシロが、振り向いて快活に笑う。

    「帰りにコンビニでアイス買って食べようぜ。オレが買うから、闘真さん何がいいか考えといて!」

     彼は正面に向き直り、闘真の方を見ないままこう付け足した。

    「オレ、……今は海よりも好きなものたくさんあるよ。闘真さんのおかげ」

     それを最後に、彼は駆けて行った。
     この吸血鬼はいつもこうなのだ。下手な人間よりもずっと真っ直ぐに想いを伝えてくる。
     闘真は独り、照れ臭そうに頭を掻いて、シロの背を追ったのだった。
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