当主×高専♀ 2夏油が高専の寮に着いたのは夜も遅くなった頃だった。
色々な人に、主に五条に振り回されて、ぐったりと疲れていた。
夏油は自室の前に着き、部屋に入ろうとした直前、先ほどの出来事を思い出し、無意識に首元に触れた。
ふいに隣室の扉が開いた。
家入が顔を覗かせた。
「遅かったじゃん。どこ行ってたの?」
夏油は普段のしっかりした態度らしからぬ、慌てた様子を見せた。
「うわっ!硝子!…びっくりした…」
「普通に部屋から出てきただけなんだけど。
夏油がぼーっとしてたんだろ。
…首抑えて、どうしたの?」
夏油はそこで、自分の無意識にやっていた行動に気づき、しかし抑えたまま取り繕った。
「なんでもないよ。
寝てた?起こしてごめんね。
また明日。」
おやすみ、と自室に入って扉を閉め、ふぅと安堵した。
そして、引き出しから手鏡を取り出した。
首元を見ると、赤い点のようなものがついていた。いわゆるキスマークというものだ。
「去り際のやつか…」
夏油が五条の邸を去ろうとしたときのことである。
五条が呼び止めてきた。
「おい。忘れもの」
大振りの花がついたかんざしを持って、近づいてきた。
夏油が着物に着せ替えられたときに、後頭部の綺麗にまとめられた髪に挿されたものだった。
どうやら、押し倒されたときに落ちたらしい。
「私のじゃないけど…。ありがとう…」
かんざしを受け取り、顔を上げると、五条と目が合った。
まだ五条の顔の良さに慣れず、夏油が息を呑んだ瞬間、
首元にチクリとした感触があった。
五条の唇に依るものだと気づいたのは、数瞬後だった。
「な、なんだ!?」
五条は淡々と言った。
「オマエをここに呼んだやつには、俺と寝たことにしろ。
ただでさえ、オマエのような一般の出は、俺の周りの連中には下に見られる。
俺が手を出さなかったとなると、ますます馬鹿にされるだろうからな」
夏油は、そういうものなのか?と思った。
本当に、時代錯誤もいいところな世界だ。
しかし、経験の浅い自分と違い、この業界で生きてきた五条の助言には従った方がいいだろう。
夏油は頷いた。
「わかった…」
「よし。じゃ、また会おうな」
五条は無邪気に笑った。
重ね重ね「また」と言われた。
会う機会なんて無いだろうに。
夏油はそう思うと同時に一瞬だけ、寂しくも感じた。
第一印象こそ悪かったが、五条には不思議と夏油に、もっとこの男のことを知りたいと思わせる魅力があった。
こうして自分を気遣ってくれるあたり、生きている環境が特殊なだけで、根は素直ではないだろうか。
夏油は色々考えたが、まぁ、もう会わないだろうという考えで片付けてしまった。
翌日、夏油は再び学長に呼ばれた。
部屋に入ると、学長は居らず、代わりに見知らぬ年老いた男が一人いるだけだった。
夏油は内心、警戒した。
老人は立ち上がり、一礼した。
「私は五条家に仕えている者です。先日はお越しいただきありがとうございました。」
そして夏油に座るように促した。
夏油が大人しく座ると、老人は夏油をじっと見つめ、
「無事にお務めを果たされたようで、何よりです。ご当主様も、たいへん喜ばれておりました」
そして首元に視線がいったように思えた。
夏油は顔の体温が上がっていくように感じた。
家入に何か言われるのではないかと思い、今朝は、キスマークの上に絆創膏を貼ってきたのだった。
今になって、余計「何かありました」という感じが出てしまっているのではないかと気づいた。
返答に迷う夏油に、老人は紙を差し出した。
「なにか体調等に変化がありましたら、こちらにご連絡下さい。
それでは、失礼致します」
老人は立ち上がり、さっさと退室してしまった。
どうやら、もう既に五条家の方では、夏油が当主と寝たという認識になっているようだ。
何やら、余計に面倒なことになってしまうのではないか。
夏油は嫌な予感を感じていた。