Our Princess悟が家族の待つ自宅に着いたのは、早朝だった。
出張と教員寮泊まりが続き、帰ってきたのは実に1週間ぶりである。
同じ寝室の傑は起こして抱擁を交わし、別室の娘は起こさないでおこうとしたが、悟に似て勘が鋭いのか、察知能力が優れているのか、起きてきて久しぶりに再会した父に飛びついた。
それから悟は眠りについたが、娘の話し声で目が覚めた。時計を見たら9時を過ぎた頃だった。
今日は日曜日であるので、娘は休日である。
リビングに入ると、ソファに身体ごと横に向けて座っていた傑と目が合った。
「悟おはよう。早いね」
「おはよ」
「お父さん、おはよー!」
傑の背後からぴょこっと娘が顔を出した。まだ小学生で成長途中であるので、身体を丸めていると、高身長の母のうしろにいると殆ど隠れてしまう。
「おはよ。何してたの?」
「お母さんで、みつあみの練習してるの」
「自分で出来るようになりたいんだってさ」
悟が傑たちの横にまわると、母娘が並んで座っており、傑の横の髪にかけて、細い房の三つ編みが左右に1本ずつできていた。
練習中だというように、ところどころ緩くなっていたりはしたが、毛先までしっかり三つ編みができていた。
「上手じゃん」
「えへへ。わたしもお母さんにやってもらったよ!見てー」
娘がくるりと背を向けると、悟と似ているが若干色味が違う、プラチナブロンドの後頭部は全体を1本で編み込みと三つ編みにされていた。
「え、これ傑がやったの?すごいじゃん。
似合う似合う」
「えへへ」
「大変だったよ…たしか30分くらいかかった気がする」
傑が娘の髪を眺めながら、思い出してげっそりしていた。
「エルサだよ!」
娘が自慢げに言うと悟は疑問を浮かべた。
「エルサ?」
「ほら、アナ雪の」
「ああ、アナ雪か!懐かしー。
オマエ当時観てたっけ?」
悟が娘に尋ねると、傑が横から「口調!」と口パクで指摘した。
公開から数年経っているし、映画の公開当時、娘は幼稚園児だったはずである。
「前の金曜日に、テレビでやってたの。クラスのみんなおうちでみててね。
そしたら、月曜日に、リンちゃんとメイちゃんが、わたしの髪がエルサにそっくりだねって言ってたの」
どうやら娘の髪色がエルサに似ていると、クラスメイトに言われたようだ。
「たしかに似てるかも。
うちのお姫さまが、雪の女王になっちゃったね」
悟は髪型が崩れない程度に、優しく娘の頭を撫でた。
それにしても娘はこの髪型を自分でできるようになるつもりなのか。
無理だろ、と思ったが、他人との関わり方を、今の延長線で子どもとの関わり方を妻から学んだ悟は、空気を読んで黙っていた。
「それにしても、傑も髪伸びたね」
悟は傑の三つ編みをつまんだ。
「久しぶりに短くしようかな」
傑も自分の毛先をつまむと、悟に制された。
「だめ!傑が減る。
編み込みの練習もできなくなるでしょ」
「あ!それはだめ!
お母さん切らないでー」
娘も同調した。
傑は笑って、彼女の頭を撫でた。
「あはは。じゃあ、梳いて整えてもらうだけにしようか。美々子と菜々子にまたお願いしようかな」
「オマエずっとあの2人に任せてるよな。
ちょっと切るくらいなら、僕やるよ?」
「あはは。最強様は美容師もできるのか?
でもあの子たち、本当に上手いんだよ。
それに…」
「お姉ちゃんたちに切ってもらうの?
お姉ちゃんたち来る?
やったー!いっしょにあそびたい!」
「なるほど。
そういえば、あいつら高校上がってから会っていないな
…あら、女王さま。ソファで跳ねてはいけませんよ。折角のヘアスタイルが崩れてしまいますわ」
娘がソファの上で飛び跳ねているのを、悟は戯けて彼女を抱き上げ、くるくると回った。
娘は「きゃー!」と叫んで楽しそうにしていた。
傑は、そんな父娘の様子を、目を細めて眺めていた。
傑の妊娠がわかってから、結婚した。いわゆる授かり婚だった。
悟には五条家が勝手に、ゆくゆく結婚させようとしていた候補が何人かいる状態だった。
傑も非術師を嫌うようになった中で、両親とも疎遠状態になっており、両家ともしっかりとした了承を得ていない形での入籍となった。
上層部やら五条家やらには婚姻するに相応しくないと何度も言われたし、今でも子どものことについて口出しされる。
だが2人は十分幸せだった。
婚姻届の証人を頼んだ夜蛾と硝子だけでなく、仲の良い後輩たちや同僚、補助監督たちに祝福された。
彼らと一緒に結婚式も挙げられた。
娘も元気に育っている。
一般的な親の愛を知らずに育った悟が父親になることに周囲は不安を抱いていたが、彼なりに上手くやっているようだった。
実子との関わり方が、美々子・菜々子や、妊娠・出産に前後して悟が保護した伏黒家の姉弟との関わり方と同じような感じだと、傑は傍目に見て思った。
逆に傑が母親になることは一切周囲に心配されなかったのが、悟にとって複雑だった。
硝子曰く「夏油ママは育てるの2人目じゃん」とのことだった。
家庭外でも色々あったが、夫婦で支え合って乗り越えてきた。
「傑、どうした?」
「ん?いや、家族だなーって」
「なんだそれ」
「それより悟、今のうちにいっぱい抱っこしときなよ。あっという間にできなくなっちゃうからね」
「大丈夫だよ。大人になってもヒョイッと持ち上げるよ」
「いや重さの問題じゃなくて。
思春期になったら抱っこなんてさせてもらえないよ」
「えーうちの子が?
そんなこと言わないよねー?」
「ねー!」
悟の問いに、娘が真似して同調した。
「そりゃあ、今はね…
とにかく、あっという間に大きくなるからね。
ちゃんと見届けてね」
娘が成長するにつれ、様々な問題が生まれてくるだろう。どう繕っても、一般的な家庭とは違う。娘もそのうち気づくようになるだろう。
だが悟となら大丈夫だと傑は思っている。
2人一緒なら、否、家族皆でならば、今までのようにどんなことも乗り越えていけるだろう。
傑はそんなことを考えながら、愛しい夫と子を眺めていた。
3人の身体は窓から差し込む朝の光に照らされていた。