当主×高専♀ 7「オマエ今日どうした?」
「え?」と夏油が顔を横に向けるが、視界に映るのは真白い袴と履物だけだ。
夏油は久しぶりに五条に呼ばれ、また体術の稽古をつけてもらい、何度目かわからないが、地面に転がされたところだった。
「何か私、変なところある?」
夏油が尋ねると五条は、
「なんつーか…うーん……」
後頭部を掻きながら口ごもった。
そのまま問いには応えず五条は、夏油に尋ね返した。
「何かあったのか?」
「何かって、何が?」
なかなか要領を得ないやり取りが続く。
「高専とかで、何かあったのか?」
「別に何も無いけど…」
まるで父親が娘に「学校はどうだ?」と聞いているみたいだ。
夏油がそう考えていると、五条がムスッとした。
「なにニヤニヤしてんだよ」
「いや別に。…というか、心配してくれてるんだな。ありがとう」
「何1人で完結してんだよ。つーか何かあったか聞いてんだけど。」
「別に何も無いよ。変に見えたかい?」
「変っつーか…。
元気無さそうに見えたから…」
それを聞いた夏油は小さく笑った。
「やっぱり心配してくれてたんじゃないか。素直じゃないなぁ」
五条は拗ねた様子だった。
「うるせーな!オマエが言ったんじゃねーかよ。
大事な奴のことは気にするんだろ。」
五条は以前、夏油が言っていたことを指していた。
それを聞いた夏油は、たまらなく嬉しくなった。
「君は良い人だね。本当にありがとう」
「別に…。俺ら友だちなんだろ。これが普通なんじゃねーのかよ」
友だち。
夏油が以前自分たちの関係を指して言ったのである。
直近にあったお見合いで、相手の真意を探る為に、五条の愛人として振る舞っていた夏油としては、一瞬ドキリとした。
「愛人」よりは遠い関係だが、やはり「友だち」の方がしっくりくるし、何よりあたたかいな、と夏油は考えた。
「そうだね。友だちとしては普通かもしれないけど、でも、私が嬉しかったからお礼を言ったんだよ」
「律儀な奴だな」
「なんでも…ってわけじゃないけど、なるべく良いことは口に出した方がいいよ」
「ふーん。やっぱ友だちってめんどくさいな」
「諦めるなよ」
2人で笑い合った。
呪術師界隈の面倒事など、2人の間には無く、ただお互い気兼ねなく関わり合える関係性が、2人にはあった。
自分と違ってその資格がある者が⸺五条の隣りに、妻になる女が現れるまでは、自分が「友だち」として、五条の一番近くに居ても良いだろう。その時が来るまでは、その権利が自分にあるだろう。
夏油はそう考えていた。
五条と会った翌日、何度目かわからない学長・夜蛾からの呼び出しを受けた。
「縁談ですか?」
夜蛾は言い淀んだ風に、黙ってしまった。
夏油がその机に目を向けると、男性の名前や家系について書かれた紙が見えた。
前回、相手の男性に言われたことは夜蛾に伝えており、その時は厳つい顔を更に険しくさせていた。
「こうも矢継ぎ早に話がくるのはおかしい。これまでの縁談も五条家か、上層部が関わっているだろうと思われる。
おそらくお前がどこかの家に収まるまで縁談は止まないだろう」
「五条家にとって私が邪魔な存在なんでしょうか」
「…まだ五条家によるものかもわからないから、何とも言えんな。」
夏油が考え込んでいると夜蛾が「とにかく、」と言って続けた。
「この縁談は断ることにしたか。構わないな?」
えっ、と夏油は声を上げた。
「大丈夫なんですか?高専の立場とか…」
「確かに、お前の家は非術師だから、代わりに高専が縁談を仲介している。
だが生徒の意思に反することは勧められない。
とにかくお前に結婚の意思が無いことを伝えさせてもらう」
夏油は申し訳無い気持ちになった。