宿縁 幕間僕の番になった、否、番にしてしまった女子小学生・傑が、僕と一緒に住むようになって1週間が経とうとしていた。
傑は客人用の寝室に寝泊まりしており、平日は、大学生と小学生では生活リズムが違って殆ど顔も合わせてなかった。
土曜日。朝。
部屋の外から小さく、女の悲鳴が聴こえた。母親は父親と一緒に昨日から家を空けているから、家政婦だろう。
ダイニングに入ろうとしたら、家政婦に入口で止められた。
「今、入らないで下さい!」
普段のヘラヘラした様子とはうってかわって、鬼の形相だった。
かと思えば、ハッとした様子で、すぐに普段のヘラヘラした笑顔に戻った。
「悟さんでしたか。今片付けますので、朝食は、もう少しお待ち頂けますか」
「何かあったの、○○さん」
家政婦の背後を覗き込むと、机には吐瀉物が散っており、その前で座ったままの傑が震えていた。
「傑。大丈夫?」
家政婦を押し退けて近づくと、傑はこちらに気づいているのかいないのか、ずっと半べそで「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟いていた。
「傑、僕だよ。落ち着いて」
背中をさすると、傑は顔を見上げた。顔面蒼白だ。
「さとる…?」
「とりあえず、口、ゆすごう。
○○さん、ここはお願い」
この場の片付けを気にしている傑の肩を軽く押して、洗面所へ連れていった。「おんぶする?」と聞いたが、傑は首を横に振った。
傑が寝泊まりしている部屋に連れていき、布団に寝かせた。
最後に見たとき⸺初めて会った日よりやつれているような気がする。
「…慣れない?…ここの生活」
思わず聞いてしまったが、傑は何も言わなかった。
僕とは会えないし、忙しくて淡白な僕の両親がわざわざ傑に会いにくるようなことはしないだろうし、家に傑を訪ねてくる人も聞かない。
ここでは家政婦くらいしか関わり合いが無い1週間だったろう。まだ彼女とも知り合ったばかりで、気を許せる人はいない環境だ。
「困ったことがあったら、僕に言ってね。
あ、でも普段会わないか。さっきの家政婦さん…○○さんに言って。僕か僕の両親に伝えてもらうから。」
途端に傑は身体を固くした。「どうした?」と聞くと、考え事をしてか、しばらく黙ってから口を開いた。
「言えないよ…や、役に立たないのに、家に居させてもらってるんだから…」
何だそれ。
「…何か言われた?」
聞くと傑はまたじっくり考えてから、泣きそうな顔と声で話し始めた。
「子ども、まだ生めないからって…。せ、生理がこないと生めないって…。」
そんなこと言われたのか。
本人の前で、ましてや子どもの前でする話じゃない。
僕の両親がそう言ったのが家政婦に伝わって、家政婦も傑に愛想を振りまく必要がないと判断したのだろう。さっきのダイニングで、態度の良くなさの片鱗が見えた。
それにしてもまだ生理がきてないのは意外だった。傑は大人びて見えるから、もうきてるのかと思った。身体の成長も、他の同学年より早いんじゃないだろうか。
「家の奴らに言われたことは気にしなくていいよ。それに、子どもを生むことだけが傑の存在意義じゃない。僕が、傑に側に居てほしいから、今ここに居てもらってるんだ」
「本当?」
「本当だよ。
…ねぇ、傑は子ども欲しい?」
「…わからない。でも、悟とは一緒にいたい」
「そっか。ありがとう。僕も傑とずっと一緒にいたいよ」
傑がうつらうつらしてきた。
この様子だと、今週はよく寝られているかも怪しい。
ここでの生活には時間をかけて慣れていってもらうしか無いが、家政婦たちの扱いはなんとかしなくては。
傑は、傑の両親に半ば見離されたような形でここに連れてこられた。学校での様子はわからないが、家に頼れる存在がいない。僕がそれになるしかない。
傑とは事故みたいな形で番ったけど、何だか昔から知ってるような妙な安心感がある。数日前に出会ったとは思えない。年齢も関係なくとにかく好きだ。だから幸せになってほしい。
傑の寝息が聴こえてきた。
「おやすみ、傑」
僕は愛しい寝顔に唇を寄せた。