東京の曇り空は重たかった。
梅雨入り前の湿気った空気がまとわりつき、朝セットしたはずの襟足が僅かに跳ねはじめている。
そろそろ髪の毛を切らないといけない。
鏡を覗き込み伸びた襟足の毛を手のひらで軽く抑えてみたが手を離すとすぐにまた跳ね上がる。
髪の毛が伸びてしまうと大人びたスーツを着た姿と跳ねた襟足の幼い顔立ちのアンバランスさが際立つ。
ガキのような顔。
「あー、これJASSやってた頃の髪型か」
妙に芋臭い自身の姿に苦笑いを浮かべる。
フラッシュバックのように記憶が蘇り視線が無意識に押し入れにいく。
そこにはもう何も入っていないけれど。
少しの間感傷に浸ろうと溜息をついた時、プライベート用のスマホが短く震えた。
「ダイ」
画面には多忙な友人の名前。
連絡が来るのは珍しく、思わず画面の名前を読み上げた。
慣れたはずのスマホの操作なのに不思議と手が滑る。喜んでんじゃねーよ。
連絡の内容は至ってシンプルで、久しぶりに日本に帰るから雪祈も合わせて会おうというものだった。
日付けの指定は1週間後の6月15日。
玉田の手がピタと止まる。
玉田は忘れていない。
その日付は少し特別な意味を持っていた。
スマホを操作する指が画面の上をくるくると彷徨う。
その日って、と切り出そうとしたが玉田は眉を吊り上げ唇を尖らせた。
俺ひとりが感傷に浸ってただなんて死んでも言わねーぞ。
「その日なら空いてる」
素っ気ない程にシンプルな返信をし、鏡の中の伸びた襟足にもう一度触れた。
おわり。