🎷🍺「ミュンヘンから出ます」
3回目のライブだった。サックス一本での単独ライブだというのにDの音に当てられた観客達は熱気冷めぬ様子を見せ、小さなライブハウスは賑わっていた。熱を孕む会話があちこちで飛び交っている中、選んだかのようにクリスの耳はDのその言葉を拾った。
両の手に持ったビールとグラスがピタリと止まる。ノイズキャンセルされたようにクリスの意識は少し離れた位置で広げられる会話に向く。
「聞いてなかった」「いつ決めたの」「どうして先に自分に言ってくれなかったんだ」まるで責めるような言葉達が波のように自分を丸飲みにしてしまったかのような感覚だった。
近いうちに訪れる別れを考えていなかった訳ではないがその覚悟が、まだできていないのだと実感する。
「やれる事をやった」と言うDの声と表情はとても晴れやかなものだった。
これが、Dとクリスの正しい距離感なのだろう。
この小さなバーが薄暗くて良かった。
クリスは手に持ったグラスを傾けるが、喉を通った量はいつもの半分くらいだった。
次の日からDはメンバー探しを始めた。
さすがに1日目から上手くはいかなかったようで簡単じゃない、と頭を掻いているがその表情は彼がサックスを手にしている時と同じ強さを孕んでいた。
良い人でいよう、と決めた訳ではなかった。
ただ、一見頼りなくも見えるこの青年を美しく送り出そうと思った。
そしてこれから訪れる孤独に凍えないように。
「何かあたたかいもの飲むかい?」