飯から始まる恋もある某都内にある収録スタジオから注文依頼を受け弁当を届けにやってきた。個人経営でひっそりとやってる俺には縁のない場所。いかにも高そうな機材が置いてあって壊さないよう慎重に運んだ。
スタッフさんに案内されて入った現場から凄まじい怒号が響く。
「我のやり方に口出しするな!」
「ふん、素人がいっちょ前に。本業の儂から教えてやってるだけ有難いと思わんか」
「誰が思うか!今やってるのは老人だろうが。我のと一緒にするな」
「儂のはたまたま老人役なだけだ。フェルより若いキャラなんて、これまで何百とやってきたわ」
「だからなんなのだ。過去の栄光に縋るなど老害もいいとこだ」
「あっ?」
「ああっ?」
防音室の中なのにこっちにまで聞こえてくる。周りのスタッフさんたちも、またかという感じでげんなりしてる。
「あの、止めなくていいんですか」
「大丈夫です。あの二人は会うといつも喧嘩ばかりですから」
「日常なんですね…」
「犬猿の仲ってやつですよ。二人と実力はあるしどちらの演技も素晴らしいんですが、悪すぎて会えば喧嘩しかしない。久しぶりの共演なんでなんとか仲良くしてほしいんですがねぇ」
あはは、と俺には笑ってくれたけどなんか怖かった。そんな険悪ムードに長居はしたくないと頼まれた物をテーブルの上に置いた。
「これ伝票です。確認とサインをお願いします」
「分かりました。皆さーん、お弁当届いたんでお昼休憩入ってくださーい」
スタッフさんの一声にみんなの視線がこっちに向けられる。奥にいるあの二人も、耳がいいのかこちらを見ると台本を置いて分厚い扉から出てきた。
二人ともかなりの高身長で、どちらも端正な顔立ちをしていた。若い方は俺より年上っぽくて銀髪の長い髪を後ろに束ねている。それだけなのに色っぽいのに、鍛えてるのか太い腕と張った胸筋、男の憧れの体型をしている。緑色の鋭い目で俺の作った弁当を見る。
もう一人の年配の方は物腰穏やかな振る舞いで、身に付けている装飾品は年相応の物でないのに似合っててどこか品もあった。黄金色の目を細くさせ、こちらも弁当を吟味する。
「やっとか。待ちくたびれた」
「ほう。今日は新しい入れ物じゃな」
「最近見つけたお店で、口コミの評判も良かったので今日はこちらで頼みました」
「この前の飯は味が薄くて食べられた物ではなかった」
「確かに。気を使ってくれてるのだろうが、儂ももう少しガツンとくる味のが好みでのう」
「そう思ったのでお二人が揃う日この日に注文したんです。あ、この方が作られたんですよ」
話の流れで俺を紹介してくれた。慌てて頭を下げる。
「グリーンキッチンのムコーダといいます。本日はご注文ありがとうございました」
「お主一人で作ったのか」
「あ、はい。他にもスタッフはいますがほとんど私が」
「これだけの量を…手抜きはしていないだろうな」
「なっ、してませんよ!全部いちから仕込んでやりました」
初対面なのにちょっと失礼な人だな。イケメンだからってなんでも許されると思ってんのか。
料理は俺の人生そのものなんだ、料理だけは妥協してないし、それなりの自信を持ってやっている。
「まぁそれは食ってから判断すればよい。儂は先にもらうぞ」
「あ、爺!多いのを取るなっ」
「早い者勝ちじゃ」
「全部同じ量です」
この二人のやり取りはまるで低学年の子ども。見た目はいいのに中身で損するタイプだ。これじゃあ彼女さんがいても付き合ってから冷めるな。いいザマだ、イケメン爆発しろ。
心の中で悪態をつきながらスタッフさんから伝票を受け取る。弁当も無事届けられたしここでの仕事は終わり。次の現場用に仕込みをしないとな、と出ていこうとした時だった。
「「うまーーい!!」」
二人分の声が部屋全体に反響する。突然の発狂に驚いて後ろを振り返るとあの二人が俺の弁当をかきこんでいた。
「なんだこの美味さは。今まで食べた中で断然美味いぞ!!」
「うむ。今日ばかりはお主の意見に賛同するぞ。これは美味なる味だ」
「え…そ、そんなに?」
他のスタッフさんたちも取り分けて食べ出す。皆さんほぼ同じリアクションをして食べる手が止まらない。
「なんだこれ、マジやべぇ!」
「こんな美味い弁当初めて食った」
「あの…皆さん大袈裟では」
「いえいえムコーダさん、これは本当に美味しいです。またリピートしていいですか?」
「え、それは有り難いですけど…」
「是非そうしろ。我は気に入った。特にこの肉がいい」
生姜焼きね。料理名すら知らんのかい。有名だから贅沢品しか食ってこなかったのか。
「儂もだ。もう一つの肉の味が気に入った」
ニンニク入りの炒め物ね。こっちも何が入ってるか分からずに美味い美味いと食ってたのか。
嬉しいが複雑な気持ちになっていると若い方がこっちにやってきた。
「お主、次とは言わず毎日我のために作れ」
「ん?」
そう宣言され俺は思考回路が一時停止する。さっき毎日と言いましたか。
後に続いて年配の方も寄ってきた。
「それはいい考えじゃ。儂の分も毎日三食届けて欲しい」
「んん??」
毎日三食って、朝昼晩って意味ですか。
「爺!我が先に言ったのだぞ。我も三食だ!」
三食だ!って言われても、俺はどう返したらいいんだ。周りもあまりの熱量にちょっと引いてしまってる。
「儂のが先だ。それにこの男、なかなかおぼこくて可愛らしい顔をしとる」
男が男に可愛いと言われてもぜんっぜん嬉しくねぇ。貴方に比べたらまだまだ子どもでしょうけど、そんな扱いされるのは正直腹立つ。
「ふん、爺に言われるまでもなく此奴の見た目が愛らしいのは分かっていた」
あ、愛らしい!?待て待て、それはちょっと度が過ぎてませんか。そんな印象持って欲しくありません!弁当からいつの間にか俺の方に向けられてる。なんでだ。
「お主、我と専属契約をしろ。我の食事管理をお主がやるのだ」
「は?専属…?」
「ならば儂も契約するぞ。管理と酒に合う料理が欲しい」
「え、え…?」
「我はフェルだ。食材や金なら心配するな。我が取ってくる」
「儂は色んな名で呼ばれておるが、フェルにはゴン爺と呼ばれとる。お主もそう呼んでくれ」
「我は他の人間に憑依し演ずる。故に身体作りも仕事のうちだ。手を抜くなよ」
「彼奴は俳優をしている。儂は声だけで命を吹き込んでおってな、つまり声優じゃな。喉は命より大切、気を抜かんでくれ」
二人で勝手に話を進められてるけど、全く反応出来ない。急展開過ぎて頭がついていかない。弁当一つで二人分の胃袋を掴んでしまったのだ。
「爺と吹き替えとやらの共演なんぞ吐き気しかしなかったが、初めてマシだと思えたぞ」
「それはこちらの台詞じゃぞ。フェルを指名した阿呆を潰してやろうと画作していたが、とんだ棚ぼたじゃったわ」
「此奴の飯で活力がみなぎった。爺、続きをするぞ」
「ふむ、儂も飯のおかげで気分が良い。さっさと済ませるぞ」
「お主の連絡先は後で聞いておく。逃げるでないぞ」
そうしてフェルは俺の口に自分の口を重ねた。
「ムッ、先を越されたな。儂も聞いておく、明日からよろしくのう」
ゴン爺からも同じく口に唇を重ねられた。
ご機嫌の二人はまた奥のブースへ入っていった。一瞬しんと静まり返ってたのが、また慌ただしく機械の操作をしだすスタッフさんたち。
俺だけポツンと取り残された感、というより呆気にとられた状態で立ち尽くしてしまう。
人気者の俳優と声優、両方の飯を任されるなんて事あるのか。あるからこうなってんのか。
テンパりすぎて自分で突っ込んでしまった。
自分の店はどうすんだよ。一緒に働いてくれてるスイやドラちゃんをどう養っていけばいいんだ。
いやいや、それよりもあの二人は俺に何をしてきた。
男の俺に、き……き……
チラッと奥から俺を見る四つの瞳にロックオンされ、キスした口の口角が上がった。
息をするのを忘れほど二人の表情は艶めいてて胸の奥がズクンと重く感じたのだった。
END